日常は非日常

 心を鎮めて、竜脈を頼りに意識を広げていく。すると、いろんな部屋に息を潜めて隠れている耳長族の人たちの気配を捉えた。

 耳長族は本来、精霊や自然と共に暮らす種族だ。とはいえ、禁領に住む耳長族の人たちは、そうした真っ当な営みをこれまで送れていなかった。

 それでも、自然と自分を調和させて世界に溶け込むという技量は、人族の何倍も優れている。

 気配を殺して潜伏した耳長族の人たちは、上手く隠れているね。

 耳長族の人が潜伏している部屋の前を、流れ星さまが通り過ぎていった気配を読む。だけど、流れ星さまは室内の耳長族の気配には気づかなかったようだ。

 と、思った瞬間!

 その室内に、何者かの気配が一瞬にして現れた!


「ぎゃーっ」


 お屋敷に響き渡る悲鳴。

 部屋を通り過ぎた流れ星さまの気配が、驚いたように震えた。


 残念です……

 潜伏していた耳長族の人は、鬼役の幼女、プリシアちゃんにあえなく捕まりました。


 プリシアちゃんの気配は、耳長族を捕えるとまたすぐに、瞬間移動していく。

 そして、次から次に、潜伏している者たちを捕らえていく。


 逃げの達人ということは、捕まえる達人でもあるということだ。そして、なぜプリシアちゃんは上手く隠れている耳長族の人たちをこうも簡単に発見できるのかというと。


「んんっと、精霊さんたち。みんなを見つけてね?」


 という無邪気な声が聞こえてきそうです。

 はい。そうです。プリシアちゃんの目となり耳となるのは、禁領の精霊さんたちなのです!

 使役しなくたって、精霊さんたちは誰もがプリシアちゃんのお願いを聞いてくれる。


 耳長族の人たちよ。これが、友情を基礎とした耳長族と精霊の在り方ですよ!


 耳長族の人たちは、プリシアちゃんを見習いましょう。と思いながら、他の場所へと意識を向ける。


「ふむふむ。ルイセイネも見つかったようだね」


 お屋敷の外庭。その縁石の陰に隠れていたルイセイネは、ひとりの流れ星さまに見つかったようだ。

 相対する者たちの気配を読み解く。

 じりじりと、間合いを図る様子を見せる流れ星さま。対するルイセイネは、平常心だね。

 気配が乱れていない。


 ばっ、と流れ星さまが動く。それを、ルイセイネが軽やかに回避する。

 それでも流れ星さまはルイセイネを追い詰めようと、肉薄する。

 流れ星さまの追撃を華麗にかわすルイセイネ。


 僕の意識は、二人の動きを正確に捕らえていた。

 流れ星さまは、攻勢に出ていると思っているだろうね。でも、残念。気配を読んでいる僕にはわかる。攻撃しようと気配を揺らす流れ星さま。間合いに飛び込み、ルイセイネを捕えようとする。でも、その全てが躱されている。

 それもそのはず。

 ルイセイネは、流れ星さまが動く前に、既に的確な回避行動に入っているんだ。


 ルイセイネの魔眼は、元は「竜眼りゅうがん」として、竜気を視覚できる能力だった。

 でもそれは今や、大きく進化しようとしている。

 ルイセイネには、視えているんだ。流れ星さまの動きの全てが。

 だから、必死に攻撃を仕掛けようとしても、攻撃する前から全てを読まれてしまっている。


 ルイセイネの脅威的な回避能力に、流れ星さまの気配が動揺に揺れる。

 困惑しているんだろうね。なぜ、自分の攻撃が全て空振りに終わってしまうのかと。

 ふっふっふっ。僕の妻たちは、ひと筋縄ではいきませんよ?


 と、そこで流れ星さまに援軍が加わる。数人の流れ星さまが応援に駆けつけて、連携してルイセイネに迫る!

 さあ、どうなるルイセイネ!?


「ほう。よくもまあ、それだけ上手く気配を読むことができるようになったものだ」


 すると、僕を観察していたのか、魔王が話しかけてきた。


「ううーん。でも、こうして本気で瞑想状態に入っていないと、まだまだ読みきれませんよ? それに、範囲も狭いですし」


 嵐の竜術に乗せて意識を世界に溶け込ませると、周りの全てが手に取るようにわかる。範囲だって、とても広い。

 だけど、竜剣舞を合わせずに世界の違和感を読み取ろうとすると、まだまだ効果範囲は狭くて、繊細せんさいとも言い難い。

 ルイセイネの気配だって、大まかには読めるけど、細かい手の動きや足の動きまではわからないんだよね。

 あくまでも、流れ星さまが攻勢に出ている。ルイセイネが上手く躱した。と読める程度だ。


「おじいちゃんの領域に達するためには、修行が足りません」

「良い心がけだ。もう少し達者になったら、魔王城の警備を其方に押し付けよう」

「今、押し付けるって言いましたね!?」


 いやいや、僕の修行は、魔王城警備のためじゃないからね!

 くつくつと愉快そうに笑う魔王とシャルロット。逆に僕は、修行の果てにとても面倒そうな役割を押し付けられそうで戦々恐々ですよ。


「気のせいだ。それよりも、このまま其方らも精進し、できれば流れ星どもも鍛え上げろ。其方らほどとは言わぬ。それでも、天族や神族程度にはあらがえるほとどにな」

「むむむ。魔王がそういうことを言うのは珍しいですね? しかも、天族とか神族なんて具体的な相手を指して言うなんて」

「なに、簡単なことだ。魔族に刃向かうような力であれば、即時に皆殺しにする」

「きゃーっ!」


 聖職者は、魔族や神族にも庇護ひごされている。とはいえ。それは、自国の聖職者に限定されたものであって、他の地域の聖職者や、そもそも一定の神殿に所属していない流れ星さまたちには、その庇護は向かない。

 だから、魔王やシャルロットがその気になれば、禁領の流れ星さまたちだって危ないんだね。と改めて思い知る。

 でもまあ、魔王はそんな極悪非道なことはしないよね?


「どうであろうな。あの者たちの目指した先が私らと対峙する道であるのなら、私はそこに私情など挟まぬ。其方もそれくらいは知っているだろう?」

「そうですね。魔王とは、そういう地位ですもんね」


 最も魔族らしい魔族が、魔王の地位に就ける。だけど、魔王になれば国の運営や種族の繁栄にも目を向けなきゃいけない。

 その時に邪魔だと認識した障害は、まさに魔王らしく傍若無人に排除する。たとえそれが、誰かの大切なものであったとしても。


「流れ星さまたちは、そもそもがすごく強いですよね? きっと、アームアード王国やヨルテニトス王国の巫女様たちでは束になっても手も足も出ないくらいに。でも、まだ何かが足らない……。それを僕たちが鍛える? でも、魔族に敵対するような力にはしないこと? むむむう、難しい!」


 弟子なんてとったことはないし、今までだって、誰かを鍛えたり導いたりした経験なんてない。

 妻たちはみんな強いけど、それは其々それぞれの個性を自ら伸ばしていった結果であって、僕やミストラルが手解てほどきをしたわけじゃない。

 では、どうすれば流れ星さまたちの足らない点を見つけて、おぎなってあげられるのだろう?


「簡単なことだ。今のにぎやかしい常態のままで過ごせ。其方らと日々こうして賑やかに過ごしていれば、あれらは自然と己の道を導き出す。なにせ、流れ星だからな」

「自分の道を探す者が流れ星ってことですね!」

「そうだ。であれば其方らも自然体でいることだな。流れ星どもに気を遣い過ぎて其方らの生活が乱れてしまえば、流れ星どもも流れ行く空の景色を見失う」

「そうか。僕たちこそがいつも通りの生活を意識しなきゃいけないんですね!」

「言うはやすいが、それを意識した時点で難しくなる。それが『普段』というものだと覚えておけ。まあ、その普段が既に他の者たちから見れば突出しているのだがな」


 と、笑みをこぼす魔王。そして、シャルロット。

 そうだよね。僕たちの普段の生活は、普通とは違う。でもだからこそ、こういう人生になったんだと思うな。

 そしてこれからは、僕たちの普段の生活に流れ星さまたちを巻き込んで、楽しく過ごせば良いんだね!


 あれ?

 待てよ?

 それって、つまり……


「流れ星さまたちには、良い迷惑ですね!」

「エルネア君、気づくのが数日遅いですよ?」

「シャルロット。と、言うと?」

「初日に流れ星様たちをプリシアちゃんの鬼ごっこに巻き込んだ時点で、既に陛下の仰っているような日常は始まっていたのでございますよ?」

「言われてみれば!?」

「其方らには遊びだろうが、流れ星や耳長族どもには過酷な修行だな」

「そ、それは自覚していましたけど……。まさか、流れ星さまたちが既に僕たちに巻き込まれていただなんて認識はありませんでした。知りたくなかった真実ですね!」

「ほれ、早速のように迷惑が広がっているではないか」

「えっ!?」


 魔王の向ける視線を追って、僕はセフィーナたちの混戦を改めて見る。

 そして、悲鳴をあげる。


「ユフィと」

「ニーナの」

「ちょっと、お姉様たち! 流星様たちもいるのよ!?」

「あはは、僕を巻き込むき満々だね?」

「「竜翼嵐風りゅうよくらんぷう!」」


 中庭の湖のほとりに、荒々しい突風が巻き起こった。

 そして、無差別に人々を巻き上げていく!

 悲鳴が重なり合い、阿鼻叫喚の状況になる。


「ユフィ、ニーナ。どこに行ったのかと思っていたら、この機会を狙っていたんだね……。ということは、マドリーヌも……」


 意識を世界に溶け込ませていく。すると、遠くでも惨事が起きていた!

 一対多数の攻防を繰り広げていたルイセイネの戦場。でもそこは今や、静止された世界へと変わっていた。

 ルイセイネも。流れ星さまたちも。物陰から機を狙っていた耳長族の人たちまでも。全員が、完全に動きを封じられていた!


「マドリーヌは、ルイセイネに絞った法術は見破られるって知っているから、周囲全てをまとめて呪縛したんだね!」


 恐るべし、元冒険者組!

 目的のためなら手段を選ばず、そして終いにはその目的も忘れて暴れ回るという、魔族も真っ青な人たちです!


「ええっと……。こういう日常で、本当に良いんでしょうか?」


 僕は、とてもとても不安です!


 だけど、この程度なんて、僕たちにとっては本当に日常すぎる光景だった。

 そして、これもまた、日常の一部だ。


 ふと見上げた空が、ぱっくりと引き裂かれる。

 そして、虚無の闇の奥に八つの真っ赤な輝きが光り、超巨大な蜘蛛の手が降ってきた。


「消えそうな魂がひとーつ」

「えっ!!」


 上空の異変と、計り知れない者の気配を素早く察知した流れ星さまたちが、絶句して硬直する。

 僕も同じように空を見上げたけど、降ってきた声と手に首を傾げた。


「消えそうな魂?」


 どういうこと?

 僕の疑問は、空から降ってきた巨大な蜘蛛の手、すなわちテルルちゃんの手の爪の先に乗せられたひとりの女性を見て解消される。と同時に、叫んでしまう。


「メドゥリアさん!!」


 テルルちゃんの爪の上にそっと乗せられていた女性は、竜王の都を管理してくれている魔族のメドゥリアさんだった!

 そして、メドゥリアさんの衣装は、大量の血で真っ赤に染め上げられていた!


「ユフィ、ニーナ、セフィーナ!」


 僕が呼ぶ前から、三人は既にこちらへと駆け出していた。

 僕は空間跳躍を使い、一瞬でお屋敷の中へ。そして秘薬の入った小壷こつぼを手に取ると、また中庭に戻る。

 三人は既にテルルちゃんの爪の先に到着していて、真っ赤に染まったメドゥリアさんの衣装を脱がせ始めていた。


 女性の裸を見る。なんて悠長なことを言っている場合ではない。

 虫の息のメドゥリアさんの胴体は、袈裟懸けさがけにばっさりと斬られていた。他にも、腕や足などにも、無数の深い傷がある。


「応急処置だけはされているわ」

「でも、このままでは死んでしまうわ」

「はやく、スレイグスタ様の秘薬を!」


 小壷の封を切り、四人掛かりでメドゥリアさんの全身に素早く秘薬を塗っていく。

 塗ったそばから深い傷は消えていく。それでも、メドゥリアさんの意識は回復しない。


「衰弱しきっているわ」

「このままでは、傷は癒えても死んでしまうわ」


 さすがの流れ星様たちでも、空を割って超巨大な手を降ろしたテルルちゃんの存在に怯えて、こちらには近づけない。それどころか、身動きさえ取れないくらいに硬直している。

 でも、このままでは……!


「エルネア君!」

「むきぃっ、どうしたのですか!」


 そこへ、高速の星渡りでルイセイネとマドリーヌが駆けつけてくれた。

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