遠征隊編成

「わたくしが、精神を高揚こうようさせる法術で強制的に衰弱を弱まらせます!」

せて、私が命の灯火ともしびを輝かせる法術を使います。ルイセイネ、負担が大きいですがそちらは任せますよ?」

「はい、マドリーヌ様。お任せください!」


 駆けつけたルイセイネとマドリーヌは、すぐに法術の祝詞の奏上に入る。

 緊迫した雰囲気の中に、朗々ろうろうとした祝詞が響く。ルイセイネとマドリーヌは複雑な模様を空中に描き、法術を完成させる。

 メドゥリアさんの全身が、淡い満月の輝きに包まれた。


「いったい、何が起きたというのかな!?」


 外傷の手当てを終えて、見守ることしかできない僕たちは、互いに視線を向け合って疑問を浮かべる。


 中級魔族のメドゥリアさんは、竜王の都の管理をしてくれている。

 魔族としての力はそれほど強くないメドゥリアさんたけど、統治能力は優れているんだよね。

 魔族らしからぬ、と言うと失礼になるけど、それでも心優しいメドゥリアさんは、人心を上手く掌握して、竜王の都を正しく運営してくれていた。

 そのメドゥリアさんが、瀕死の状態で禁領のお屋敷に運ばれてきた。それも、千手の蜘蛛のテルルちゃんによって。


「もしかして、竜王の都で反乱でも起きたのかな!?」


 竜王の都がある竜峰西部の麓は、元々は妖精魔王クシャリラの領土だった。

 だけど、竜峰を西から東に越える大遠征の末に敗退したクシャリラは、中央の命令で西に領国を移した。

 その後は、魔王位を狙う者たちが暴れ回ったり、魔族の支配者に喧嘩を売るような者たちが荒らし回ったせいで、荒廃の一途を辿った。

 その時に、竜王の都には多くの難民が押し寄せたんだ。

 放って置くわけにもいかず、少なくない難民を迎え入れた竜王の都。

 入都には厳正な審査や、様々な決まり事が守れるかという判断基準があったけど、それでも多くの人たちが都に定住して暮らしている。

 中には、領主であるメドゥリアさんよりも力の強い上級魔族だっている。

 もしかしたら、その上級魔族の誰かが!?


 それと、あと幾つかの疑問が浮かぶ。

 僕はメドゥリアさんに竜王の都のことは全てお任せしているけど、実は禁領に入る許可は出していない。

 だというのに、テルルちゃんがこうして領内に入れた理由とは?

 それと、これだけ瀕死のメドゥリアさんが、一体どうやって禁領まで来られたのか。どうやってテルルちゃんと連絡を取ったのか。


 僕たちの疑問に、テルルちゃんが声だけを降らせて答えてくれた。


「禁領に不法侵入した者たちがいたでーす。でもでも、テルルちゃんの糸を持っていたのと、前に見たことのある魔族だったので、今は見逃してるでーす」

「テルルちゃんの糸を持った魔族ってことは、竜王の都の十氏族じゅっしぞくだね!」


 竜王の都の管理責任者はメドゥリアさん。それ以外にも、運営に関わる魔族たちがいる。その中で、特に僕と面識のある魔族には、メドゥリアさんの補佐をする者として千手の蜘蛛の糸を分け与えていた。

 そして、千手の蜘蛛の糸を持つ十人の魔族を「十氏族」という。


「それで、その十氏族とメドゥリアさんの関係は?」


 僕は、上空の亀裂の奥に潜むテルルちゃんに尋ねる。

 テルルちゃんは、虚空の奥から瞳を光らせたまま、状況の詳細を教えてくれた。


「魔族たちが、この人を連れてきたでーす。死にかけているから、エルネア君に救ってほしいそうでーす」

「ということは……。何者かにメドゥリアさんは襲われた。それを十氏族の人たちが禁領まで必死に連れてきたんだね」


 そして、そこから読み取れること。


 十氏族だって、魔族だ。真の支配者が定めた禁領の意味を正しく理解しているし、この地は千手の蜘蛛という伝説級の魔獣が守護していることは承知している。

 それでも、わざと禁領に足を踏み入れた。

 認められていない者が無闇に侵入すれば、容赦なくテルルちゃんに排除されると知っていて。


 十氏族は、命を賭けたんだ。

 禁領に侵入する。そうすれば、テルルちゃんに即座に見つかってしまう。

 でも、テルルちゃんに意識されれば、自分たちの現状を伝えられるかもしれないと。


 自分たちの命を賭けて、僕たちに知らせたかったんだね。メドゥリアさんが危篤状態に陥っているという事態を。


「ありがとうね、テルルちゃん。十氏族の話を聞いてくれて、メドゥリアさんを連れてきてくれたんだよね」


 これは非常事態だから、大目に見てくれますよね? と魔王を見たら、無言で頷いてもらえた。


「それで、十氏族はどうしているのかな?」

「禁領の入り口近くにかくまってまーす。でもでも、怪しい動きを見せたら、容赦なしでーす」

「うん、それで良いよ。ありがとう!」


 どうやら、十氏族も無事なようだね。

 それと、と気になることが頭に浮かぶ。


「匿っているってことは、十氏族も何者かに命を狙われている?」

「詳しくは知らないでーす。とりあえず、この人を届けることを優先したでーす」

「そうなんだね。それじゃあ、詳しいことは十氏族に聞いた方が良いね」


 テルルちゃんからもたらされた情報によって、色々とわかったことがある。

 メドゥリアさんを襲った者が、今も何処かに潜伏している。

 もちろん、それは禁領内ではないけど。少なくとも、禁領の外に、敵はいるんだ。


 そして、十氏族も命を狙われている?

 メドゥリアさんの容態が気になるから残っているだけ、という可能性もあるけど、僕は違うと予感している。

 メドゥリアさんと十氏族は、何者かに命を狙われた。そして、実際にメドゥリアさんは瀕死の重傷を負った。

 応急処置が間に合っていなければ。もしくは、十氏族が禁領にたどり着くことができなければ、メドゥリアさんだけでなく、多くの仲間を失っていたかもしれない事態が起きているんだね。


「僕は、ちょっと竜王の都まで行こうと思います」


 魔王にそう告げると、これも頷いて肯定してもらえた。

 ただし、幾つかの注文が入る。


「流れ星どもを数人連れて行け。それと、ルイララもだ」

「ルイララの同行は戦力として嬉しいですけど、流れ星さまたちもですか?」


 流れ星さまたちは、全員で「一願千日」という修行に入っている。こうして中庭で鬼ごっこ隠れん坊をしている人たちも、役割が回ってきたら小神殿に籠って、お祈りをしなきゃいなけない。

 三十人以上いるから、数人くらいは大丈夫だよね? なんて気安くは言えない。何せ、数人が抜けるだけで、残された人たちの負担は大きく増すのだから。


 だけど、魔王は言う。


「其方らとて、スレイグスタぼうに試練を課せられたからといって、他の全てに関わらなくて良い、という甘い生活は送らなかったであろう? これは、流れ星どもの試練だ。己の願望だけに生きるのではなく、世界に関わることが重要なのだと、其方を通して覚えさせろ」


 確かに、僕たちだって複数の試練を同時に受けたり、試練の途中で別の問題に巻き込まれたりしてきた。

 つまり、流れ星さまたちにもそうした難題を克服する力を付けさせるように、という注文なんだね。


 とはいえ、こちらが一方的に流れ星さまたちの方針を決めるわけにはいかない。

 なにせ、流れ星さまたちは本来、竜王のお宿のお客様なんだからね。

 でも、僕たちが悩む前に、流れ星さまたちの方が先に動いてくれた。


「申し訳ございません。手を差し伸べなければならない人がいるというのに、恐怖のあまり出遅れてしまいました」

「巨人の魔王陛下の仰られる通りかと思います」

「私たちもエルネア様を通して、様々なことが学べればと思っております」

「微力でしかありませんが、どうか同行させてくださいませ」


 流れ星さまの代表を務めるディアナさんは、今朝は「一願千日」のお祈りのために小神殿に籠っている。

 代わりに、他の巫女さまたちが駆け寄ってきて、僕や魔王たちにうやうやしくお辞儀をする。


「それじゃあ、お言葉に甘えて。ですが、心してください。禁領の外は、巨人の魔王の支配する国ですが、魔族の暮らす世界です。たとえ聖職者の身であっても、絶対に油断はしないでくださいね? それと。これを試練と捉えるのなら、こちらも相応の対応をさせていただきますが、良いですね?」


 禁領の外に出て、今回の事件の真相を追う。それが流れ星さまにとって試練になるというのであれば、甘やかしは厳禁なんだよね?


 僕の確認に、駆け寄ってきた流れ星さま全員が淀みなく頷いてくれる。


「それでは、人選はお任せします。ニーミアに連れて行ってもらうので、人数は多くて五人くらいまでかな?」


 魔王の空間転移?

 それは甘えになっちゃうよね?


「もちろんだ。そもそも、其方ら以外に私が手を貸すと思うか?」


 魔王は、僕たちに優しい。だからといって、他の者たちにも優しいわけじゃない。

 僕たちは魔王に認められるだけの実績を積み上げてきた。だから気を配ってもらえているけど、それは本当に特別なんだよね。

 その特別に「流れ星にも少しばかり気を向ける」という配慮が入っているけど、それは流れ星さまたちへの優しさではなく、僕たちへ向けられた気配りだ。


 流れ星さまたちも、魔王のそうした「魔族らしい反応」に戸惑いは見せず、素早く人選する。


「現状で動ける者で、巫女からはアニーとリズ。戦巫女からはミシェルとセリカ。それと、私イザベルが責任者として同行させていただきます」


 妙に手慣れた人選だね。

 こういう緊急事態に常日頃つねひごろから接していて、どういう状況にはどういう人選が良いのかという基準が、明確に定められているんじゃないのかな?

 イザベルさんの選出に、四人の流れ星さまがすぐに反応する。


「アニーです。回復法術と結界法術を得意としています」

「リズでございます。回復法術、及び流れ星の戦闘指揮はお任せください」

「ミシェルです。薙刀術と攻撃法術が得意です」

「セリカです。攻撃法術、呪縛法術が得意です」

「改めまして、イザベルと申します。私は攻撃法術を最も得意としています」


 金髪の小柄なアニーさん。

 同じく小柄な赤髪のリズさん。

 ミシェルさんとセリカさんは寒色系の髪の色で、体格も女性にしてはしっかりしている。

 イザベルさんは、蜜柑色みかんいろの髪の毛を伸ばした長身の女性だ。

 巫女系のアニーさんとリズさんと、戦巫女いくさみこ系のミシェルさんとセリカさんとイザベルさんで、体格が違うんだね。


 軽く挨拶を済ませている間に、妻たちの準備が整う。


「エルネア君、わたくしはこちらに残りますね? メドゥリアさんの命は助かりましたが、経過が気になりますので」

「代わりに、私が同行します」

「マドリーヌ様が行くのなら、私も行こうかしら。竜王の都の様子が気になるわ」


 こちらは、先遣隊として少数精鋭だね。

 臨機応変に対応できるセフィーナと、信頼のおける回復役のマドリーヌが来てくれるみたいだ。

 ルイセイネや他の妻たちはお留守番になるけど、場合によっては後発部隊として、適切な準備をしてから来てもらうことができる。


「ニーミア、お願いできるかな?」

「がんばるにゃん」


 プリシアちゃんと鬼ごっこをしていたニーミアも、緊急事態に戻ってきてくれている。

 ちなみに、プリシアちゃんはユンユンに抱かれて、心配そうにメドゥリアさんの様子を覗き込んでいた。


「それじゃあ、早速出発だ!」


 ニーミアが、誰もいない場所まで駆けて行き、巨大化する。

 テルルちゃんの超巨大な手が未だに空から伸びているせいかな。大きなくなったニーミアにも、流れ星さまたちはそれほど驚かなかった。


「みなさん、ニーミアの背中に乗ってくださいね」


 指示を出す僕に、遠征隊代表を務めるイザベルさんが質問する。


「物資などの準備はよろしいのでしょうか? その……」


 と、遠慮がちに僕の腰辺りを見つめるイサベルさん。


「ああ。僕が何も武器を所持していないってことですね? 大丈夫ですよ」

「エルネア君は、武器なしでも都くらいは破壊できるわ」

「エルネア君は、物資なしでも都くらいは養えるわ」

「ユフィ、ニーナ、僕の誤解が拡大しちゃうよ!?」

「エルネア君、油断だけはしないでくださいね?」

「ルイセイネ、後のことはよろしくね? ライラはきっと、悲しむだろうなぁ」


 きっと今頃は、ライラは霊山の山腹からお屋敷の上空の様子を見つめて、しょんぼとりしてるんじゃないかな?


「ふふふ。無事に帰ってきてくださいね。そうしたら、今度はわたくしとライラさんとミストさんでエルネア君を連れ回しますので」

「次の予約が立っちゃった!」


 笑顔で挨拶を交わす。

 メドゥリアさんの容態や、十氏族の様子。竜王の都の現状は気になるけど、何事も平常心が大切だ。

 こうして普段通りに出発の挨拶を交わすことで、全ては日常の延長だと認識する。

 そうして心を穏やかに保つ。


 そうしないと、僕は怒りに爆発しそうだからね!

 メドゥリアさんだけじゃない。僕の身内に手を出すような不届者は、絶対に許さないんだ!


「ルイララ、其方の役目はわかっているだろうな?」

「陛下、十分に承知いたしております」


 こちらは、恭しい出立の挨拶だね。

 魔王に深くお辞儀をするルイララは、まさに貴族そのものだ。

 いつもの飄々ひょうひょうとした気配を消し、魔族然とした雰囲気になったルイララに、流れ星さまたちが少しだけ息を呑んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る