十氏族

 ニーミアに乗って、高速で南下する。

 同乗した流れ星さまの五人が初めての空の旅を堪能する暇もなく、あっという間に僕たちは禁領の南端に到着した。


「さて。この辺の何処かに、十氏族の人たちがいるはずなんだけど?」


 禁領は、約二千年もの間、人の手が入らなかった自然が深く広がっている。そうすると、人工的な目標なんて存在しないので、山並みや樹海の様子から、テルルちゃんが教えてくれた十氏族が待機している場所を探し出さなきゃいけない。

 とはいえ、こちらにはニーミアがいるからね!


「んにゃん。みつけたにゃん」


 ゆっくりと禁領の南端の空を飛んでいたニーミアが、目的の者たちを見つけたようだ。

 樹海の奥へと向かい、翼を羽ばたかせて降下していく。そして、成長しきった樹々の隙間に器用に着地をすると、僕たちを降ろしてくれる。


「エルネア様!」


 そこへ、すぐに駆け寄ってきたのは、見慣れた魔族の人たちだった。

 彼らもニーミアの姿を知っているからね。駆け寄る足に躊躇いはない。

 耳の上に角が生えた男性。山羊やぎの頭部をした屈強な青年。翼の生えた者。見た目的には人族と変わらない男女が二人ずつ。

 全員が、十氏族の魔族だ。


 見た目で魔族とわかる容貌の者たちに、ニーミアから降りた流れ星さまたちに緊張が走る。

 だけど、安心してください。みんな、いい人たちだからね。


「みなさん、お久しぶりです」


 僕たちは、この夏の終わりに家族みんなで竜王の都へ遊びに行っていた。でもまさか、こういう形での再会になるだなんてね。


「みなさんのおかげで、メドゥリアさんは一命を取り留めました。それで。竜王の都で何が起きたんですか?」


 禁領の南端の樹海に身を潜めていた十氏族は、七人。

 ということは、残りの三人はどうしたんだろう?

 ともかく、事情を聞き出す。

 山羊の頭部をした屈強な青年コリンダートが言う。


「突然だったのだ。俺は普段、領主様の護衛を任されている。だが奴は、竜王の都と領主館の警備を掻い潜り、領主様を襲ったのだ!」


 竜王の都の支配権は、僕にある。だけど管理はメドゥリアさんなので、魔族が「竜王の都の領主」と言うと、メドゥリアさんのことを指す。

 それと、領主館というのは、ついこの間に完成した、竜王の都の行政を担うお屋敷だね。


 コリンダートの役目は、公務中のメドゥリアさんを護衛することだ。メドゥリアさんには私的な護衛もいるけど、指揮系統の混乱を避けるために、公務中はコリンダートが身辺警護を仕切っている。

 そして、警護を任されるだけあって、コリンダートも中級魔族で腕は立つ。

 だけど、そのコリンダートや領主館の警備を破って、メドゥリアさんを襲った者がいる。


「恐ろしい奴だった。領主様の悲鳴を聞き、俺が執務室に駆けつけた時には、既に他の護衛の者は殺され、領主様も致命傷を負われていた。それでもなんとか領主様を救出したのだが……」


 身辺護衛とはいっても、朝から晩までメドゥリアさんの側にコリンダートが控えているわけでわない。警備の厳重なお屋敷の中なら、尚更だ。

 メドゥリアさんは執務室でお仕事をしていて、コリンダートは控室で待機していたらしい。そこに、襲撃者は現れた。そして、メドゥリアさんに襲いかかった。

 コリンダートが執務室へ駆け込んだ時には、既に大惨事になっていたらしい。


 よく見れば、コリンダートも肩口に深傷ふかでを負っていた。マドリーヌが素早く処置を施していく。


「悲鳴を聞き、すぐに執務室へ駆け込んだが、その時には既に護衛が五人も殺された。俺も領主様を救出するので手一杯だったんだ……」


 部下と上司とはいえ、共に仕事をする仲間だ。その仲間が殺された現場をコリンダートは見たんだろうね。

 意気消沈した気配が伝わってくる。

 僕たちも、メドゥリアさんを警備する他の魔族とも顔見知りだったので、報告に胸が締め付けられてしまう。


「でも、貴方のおかげでメドゥリアさんは助かったんだから、それは誇ってくださいね?」


 メドゥリアさんを救出したコリンダート。その間に瞬殺されたという護衛者の五人。

 では、その後。コリンダートとメドゥリアさんには追撃がなかったのだろうか?

 僕の代わりに疑問を口にしたセフィーナに、コリンダートが続けて応える。


「奴は、追撃を繰り出しては来なかった。だがそれは、俺や領主様にとどめを指す余裕がなかったわけではなく、絶対の自信があるからわざと見逃したと言う方が正しいだろうな。悔しいが、奴は本当に強かった」

「コリンダートが自分より強いと明言するくらいの者なんだね。ということは、上級魔族?」


 そうだ。と頷くコリンダート。

 そして、付け加える。

 メドゥリアさんを襲った者は、全身を赤黒い装束で覆っていたという。

 目元と額の鋭い角の部分だけが赤黒い装束から露出したその姿。圧倒的な戦闘力。それだけで、魔族なら何者かを知るらしい。


「奴は……赤鬼種あかおにしゅの暗殺者ジュメイで間違いない!」


 赤鬼種、という単語に、僕たちの背後で静かに様子を伺っていた流れ星さまたちの気配が揺れた。背中越しに、彼女たちの息を呑む気配が伝わってくる。

 もしかしたら、過去に赤鬼種の魔族と戦ったことがあるのかもね。


「鬼種の魔族かぁ」


 鬼種といえば、賢老魔王ヴァストラーデの腹心や、妖精魔クシャリラ王配下の鬼将バルビアの「黒鬼種」を思い出す。

 そうした鬼種の補足を、ルイララが入れてくれた。


「黒鬼種は、忠誠心の強い者たちだね。魔王や始祖族といった、自身よりも強い者に仕えて尽くすことをほまれとしている誇り高い者たちだ。青鬼種は、主に傭兵家業を生業なりわいとしている。お金さえ積めば鬼種の高い戦闘力が手に入るんだから、貴族や金持ちには重宝されているよ。それと赤鬼種だけど。奴らは、暗殺業だね。最初は真っ白な衣装を着込んでいるんだけど、それを暗殺した者の血で少しずつ染め上げていくんだ。だから、生地に白い部分が残っている者は未熟者、衣装が全て赤く染まれば一人前。そして鮮血の赤よりも、どす黒く濁った色の装束の者の方が格上になる」


 まあ、赤い血じゃない魔族もいるから、一概には言えないけどね。と言って陽気に笑うルイララだけど、僕たちは顔面蒼白だ。

 暗殺した者の血で自分の服を染めていくだなんて、聞いただけで全身に鳥肌が立つ。

 それだけ、赤鬼種というのは残忍で恐ろしい鬼種ということだ。

 そして、赤黒い装束で全身を覆っていたというジュメイは、まさに恐るべき暗殺者というわけだね。


「それにしても。暗殺者ジュメイを前にして、君はよく生き延びられたね?」


 ルイララに笑顔で問われて、コリンダートは説明に補足を入れる。


「たまたま、ジャンガリオじいさんが執務室に同席していたんだ。それで、あの方が応戦してくれて……」

「ははは。つまり君は、引退したあの爺さんよりも弱いってことだね?」

「ルイララ?」


 言い過ぎです。


 ジャンガリオ爺さんは、蜘蛛の頭部をした上級魔族だ。現役を引退し、宿屋の経営をしていた。

 だけど、戦火に巻き込まれて僕たちと一緒に竜王の都に来た。その時からの仲なんだけど、あのお爺さんはまさに「魔族」なんだよね。


 ジャンガリオ爺さんは、魔族以外の人族や他の種族を、奴隷以下の存在としか見ていない。だけど竜王の都に住んでいるから、僕が決めた約束事にはきちんと従っている。

 それは、僕がジャンガリオ爺さんよりも格上だと認められているからだ。そうじゃなきゃ、引退したとはいえ上級魔族のジャンガリオ爺さんが、人族の僕の言うことに大人しく従うわけがない。

 そのジャンガリオ爺さんが、ジュメイに応戦したという。


 ジャンガリオ爺さんの応戦。それと、ジュメイという暗殺者の絶対の自信から、コリンダートやメドゥリアさんは態と見逃された。

 でも、本当にそうかな?

 ジュメイの目的が、実はメドゥリアさんの暗殺ではないとしたら?


 そもそも、メドゥリアさんの命を狙う理由が薄い。

 メドゥリアさんは、竜王の都の領主だ。でも、支配権は僕が持っている。つまり、たとえメドゥリアさんを暗殺したとしても、暗殺を依頼した者に「竜王の都の新しい領主」や「周辺一体の支配権」は巡ってこない。

 なにせ、領主の地位は僕の一存に掛かっているし、支配権はそもそも僕を倒さなきゃ奪えない。


 僕の考えに、十氏族のみんなも頷いてくれる。


「我らは、エルネア様がいかに優れた人族かをよく知っております。であれば、エルネア様の寵愛ちょうあいを受ける領主様を排しても何も得はないどころか、我らの地位さえも危うくなるということは重々に承知しております」

「寵愛はしていないけどね!?」

「ははは。エルネア君、愛されているね? ところで、十氏族と言うわりには人数が不足しているようだけど? ジャンガリオ爺さんはジュメイに応戦したんだよね? ということは、あの爺さんはただでは死なないだろうから……。残りの二名はどうしたんだい?」


 ルイララの質問に、翼を持つ魔族のゲルドラが答える。


「我ら十氏族も、全員が領主館にいました。そこへ、コリンダートの侵入者の存在を知らせる叫びが響いたのです」


 十氏族として竜王の都の運営の中枢を担ってくれている魔族たちだけど。元をただせば、自分たちが住んでいた街や村や都市が魔王位を狙う者たちに襲撃をされて、逃げ出した者たちだ。

 元上級魔族のジャンガリオ爺さんという特殊な立場の者もいるけど、殆どは戦いを得意としていない魔族になる。

 それで、十氏族も領主館から抜け出して、逃げてきたらしい。


 面目ない、と項垂うなだれる十氏族に、僕は首を横に振る。


「違いますよ。みなさんの選択肢は正しいんです。だって、みなさんが真っ先に死ぬようなことがあったら、それ以降の竜王の都の運営は務まらなくなるんですから」


 人によっては、代表者は率先して最後まで戦うべきだ、と豪語する。だけど、僕は違うと思うんだ。

 人には向き不向きが必ずある。だから、戦闘は苦手でも都市運営が得意な者は、戦いから逃げて良い。戦いの後の復興こそが、彼らの戦場になるのだから。


 それでも、勇猛に領主館に残った十氏族もいた。

 それが、ジュメイに対峙したジャンガリオ爺さんであり、残りの二人だと話すゲルドラ。


「ジーク様も上級魔族だ。ジャンガリオ爺さんと共にジュメイに立ち向かって行った。フォラード様は、エルネア様たちより預かっている宝物を護るといって、地下へ降りて行った」


 暗殺者が竜王の都の警備を突破し、領主館に侵入した。

 でも、疑問が幾つも浮かぶ。

 ジュメイが超一流の暗殺者だとしても、現在の竜王の都の警備は、巨人の魔王直属の黒翼こくよくの魔族が担っている。その監視網を、そう簡単に破れるものなのかな?

 それと。暗殺者が動いたということは、必ず依頼者がいるはずだよね。その依頼者が誰なのか。目的は何なのか。

 メドゥリアさんの暗殺が狙いだった?

 でも、さっきも疑問を思い浮かべたように、メドゥリアさんを狙う理由が見出みすだせない。


 では、本命は別にあるのではないか。

 十氏族はそう考えた。

 フォラードは、メドゥリアさんの暗殺は目眩めくらましで、本命は竜王の都の宝物にあるかもしれないと思ったんだね。


 竜王の都には、少なくない宝物が保管されている。

 巨人の魔王から貰ったものの、使い道のない魔剣や魔具。様々な調度品や美術品。そうしたものは、竜王の都の運営に役立ててもらおうと、僕たちは惜しみなく提供しているんだ。

 その宝物の中には、僕たちには価値はないけど魔族には至宝になるような物もある。それを狙ったのでは、とフォラードは考えたわけだね。


 そしてもうひとりの十氏族のジークは、暗殺者ジュメイをジャンガリオ爺さんと共闘で倒そうと、逃げずに立ち向かって行ったらしい。

 ここでジュメイを返り討ちにできれば、今後の脅威は薄れるからね。

 逆に取り逃してしまうと、超一流の暗殺者に今後も命を狙われ続けるという状況に陥る。


 ジークはたしか、魔法が得意だったはずだ。それでも温厚な性格で戦いを好まず、普段は言い争いにさえ参加しない。それが自ら参戦してくれたんだと知って、少し嬉しくなる。

 と同時に、領主館に残った十氏族の三人と竜王の都の現在の様子が気になってしまう。


「それで、エルネア君。これからどうするんだい?」


 ルイララに問われて、僕は少しだけ考えてみる。


「メドゥリアさんが狙われた理由は、正直に言って意味不明だけど。でも、暗殺者の本命がメドゥリアさんじゃなくて、他の誰かだったとしたら……。でも、その相手には一流の暗殺者といえども容易に手を出せないから、メドゥリアさんをまず狙ったと考えると……」

「暗殺者の狙いは、エルネア君の命かしら?」


 セフィーナさんの指摘は、僕だけでなく魔族の全員が考えていたようだ。


「エルネア様は、普段は竜王の都にいらっしゃらない。だが、領主様の身に何か起きれば、エルネア様は間違いなくすぐに駆けつけてくださる」


 今のようにね。

 僕の行動原理は、他者から見ても単純だ。

 自分たちや身内に掛かる火の粉は、全力で払い除ける。そのためには、僕自身が問題に乗り込んで、解決に向かって突き進む。

 僕たちが自分でそう認識しているように、魔族の間でも僕たちのことを知る者であれば、想像がつくだろうね!


「僕が狙いなら、正々堂々と勝負を挑めば良いのに!」


 といきどおったら、ルイララが「それは魔族らしくない」と笑った。


「それで? エルネア君が狙われているのなら、君が現地に行かない方が黒幕の思惑を踏み躙る感じで面白いと思うけど?」

「駄目だね。僕が絶対的に嫌悪しちゃう。メドゥリアさんやみんなを傷つけて、竜王の都に騒動を持ち込んだ者を、僕は絶対に許さないよ! 僕自身が乗り込んでいって、黒幕の企てを真正面から蹴散らしてやるんだ!」


 僕の怒気に、十氏族のみんなが表情を明るくする。


「それでこそ、我らのエルネア様だ!」


 僕だって、争い事が好きなわけではない。だけど、売られた喧嘩は買わないと、舐められる。それが魔族の社会だと知っているからね。


「よし。それじゃあ、これからの方針を決めます」


 まず僕は、家族のみんなを見つめる。


「僕とセフィーナとマドリーヌは、ニーミアに乗って竜王の都に急行しよう。向こうの様子が気になるからね!」


 それで、と今度はルイララと十氏族を見る僕。


「十氏族の人たちは、こちらの流れ星さまたちと一緒に竜王の都へ戻ってください。みんなが戻ってきた頃には、解決しておくので! で、ルイララ。君はみんなの護衛をお願いできるかな?」

「ははは。僕に下級の者たちの護衛を遠慮なく言えるのは、エルネア君くらいだよ?」

「そこを何とか!」

「仕方がないね。禁領を出た途端に、待ち伏せに全員殺されただなんて話は、エルネア君は嫌うだろうからね」

「よくわかっているね、親友!」

「声が軽いなぁ」


 と言いつつも、ルイララは笑顔で了承してくれた。

 十氏族の魔族たちも、背後の人族を遠慮なく見つめながら頷いてくれる。

 それで僕は遅れせながら、こちらの状況確認の様子を背後で静かに見守っていた流れ星様たち五人にようやく向き合う。


「流れ星さま。試練とはいえ、みなさんをいきなり危険な場所に連れて行くわけにはいきませんので、まずは自分たちの足で竜王の都まで来てください。こちらの十氏族は、魔族ではあっても僕が信頼している人たちです。この人たちを通して、魔族のことを学んでほしいです。十氏族の人たちも、流れ星さまたちをお願いしますね?」

「エルネア様が禁領の奥より連れて来られた者たちであれば、我らは丁重にもてなしましょう」


 十氏族の魔族が僕に向かって恭しくこうべを垂れる様子を、流れ星さまたちが不思議そうに見つめる。それでも異論はないようで、全員が僕の行動方針に頷いてくれた。


「それじゃあ、改めて出発だ! 相手は暗殺者だからね、全員、油断しないように!」

「相手にとって不足はないわ!」

「聖職者に手を挙げるような不届者であれば、容赦いたしません!」

「見つけ次第、全力攻撃にゃん!」


 地上移動組を残し、僕たちはニーミアに再び乗って、竜王の都へ急行した。

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