深まる困惑
逃げ出した耳長族の人たちを追うべきか、どうすべきか。一瞬の
こちらの動きに呼応して、レヴァリアも降下してきた。
砦を覆っていた結界の竜術が解除されて、僕たちは無事に砦内の広場へと着地する。
「エルネア君!」
「フィレル、こんにちは」
「相変わらず、
「いやいや、耳長族と争っていたグレイヴ様たちに言われたくないような?」
「あれは、俺たちも困惑していた。よく追い払ってくれたな」
「だけど、追い払うだけでよかったのかしら?」
着地した僕たちへと真っ先に駆け寄ってきたのはフィレル。次いで、グレイヴ様と竜騎士団の人たちだった。合流の挨拶を交わしていると、レヴァリアから降りたミストラルがそう指摘してきた。
「聞いていた話とは随分と違いましたが?」
「老若男女ではなくて、全員が大人だったわ」
「老若男女ではなくて、全員が戦士だったわ」
「はわわっ。どういうことでしょう?」
アームアード王国で事情を聞いた僕たちだけでなく、今回の騒動の発端となった耳長族に直接対面したしたはずのライラまでもが困惑している。そして、ユフィーリアとニーナの言う通り、砦を攻撃していた耳長族は、東の大森林から逃れてきたと聞いていた老若男女ではなく、全員が戦士風の覇気を放っていた。
どういうことか問い
誰もが困惑の表情で砦内の広場に集まってきていた。
「とりあえず、移動するか。お前たちが来るまでのことを話そう」
「兄上、僕はこのまま警戒を続けます」
「よし、警戒はお前に任せる。飛竜騎士団の者は、近隣の砦へと飛べ。こちらに攻撃があった以上、他の拠点へも奴らは襲いかかるかもしれん。警戒態勢をとって緊急時に備えろ」
「はっ!」
ヨルテニトス王国の東を守護する砦は幾つか存在し、各所にはそれぞれ十騎前後の竜騎士団が駐留している、と前に聞いたことがある。この砦にも、五騎の飛竜騎士と七騎の地竜騎士、そしてグレイヴ様の騎竜とユグラ様が居た。その内の五騎の飛竜騎士たちがグレイヴ様の命令を受け、すぐに飛び発っていく。
「ねえ、リリィ。逃げていった人たちを影から追えないかな?」
「お任せあれー」
僕もリリィにお願いをして、砦を襲撃していた耳長族の足取りを追ってもらうことにする。
逃げ出した耳長族を追わなかった理由は、状況を把握していない状態で耳長族の戦士たちを捕らえるのは難しかったから。抵抗された場合に、敵か味方かわからないと反撃の度合いも測れないからね。そして、こうしてリリィに追跡してもらえるかも、と思ったからです。
リリィは僕の影にその巨体を沈ませて、砦内から気配を消した。集まってきた人々は、リリィの竜術に驚きの声をあげる。
僕はリリィが影に消えたことを確認すると、今度はユグラ様のもとへ。
グレイヴ様の案内で移動したいところだけど、その前にユグラ様には挨拶をしておかなきゃね。
僕と一緒に、ミストラルたちもユグラ様の方へと移動してきた。
グレイヴ様たちはこちらの動きを待つように、砦の奥へと繋がる入り口で待機してくれている。
「ユグラ伯、お久しぶりです」
「伯、あけましておめでとうございます」
『よく来た。面倒ごとに巻き込んで申し訳ないが、よろしく頼む。して、フィオたちはどうした?』
「フィオとリームは、ユグラ伯の巣で年越しでした。急な要請だったので、こちらに連れてくる余裕がなかったんです」
『いや、連れてくる必要はない。あれは竜峰で己の勤めを果たさねばならん』
「そうですね」
『貴様らと共に過ごすことは楽しいだろうが、甘やかすばかりでは立派な成竜には成れぬからな。貴様も厳しくあれ』
「はい、心に留めておきます」
ユグラ様と挨拶を交わす。ついでにお付きの三人と新年の挨拶をすると、最後にレヴァリアのもとに戻った。
「レヴァリアは休憩だね」
『言われずとも、休ませてもらう。あとは勝手に貴様らだけで動け』
「レヴァリア様、あとでお約束を果たしますわ」
「ライラ、レヴァリアとどんな約束をしたのかな?」
「エルネア様も、お手伝いくださいね」
「?」
よくわからないけど、レヴァリアには頑張ってもらったからね。あとで頭でも撫でてあげましょう。
僕たちは所用を済ませると、片隅で待機していたカーリーさんたち耳長族と合流し、グレイヴ様たちに案内されて砦の中へ。でもなぜか、案内された先は地下だった。
まるで囚人を閉じ込めておくような場所へと通される。
ま、まさか僕たちを捕らえるつもりですか!?
耳長族と交友のある僕たち。更に、カーリーさんとケイトさんとエリオンさんという耳長族を連れている。
もしかして、敵だと認識されているのかな?
「……あれ? 耳長族の人たちだ」
どうやら、僕の心配はたんなる妄想だったみたい。
だけど、状況は思っていた以上に悪い。
砦の地下。堅牢な
「グレイヴ様、説明をお願いします」
耳長族の人たちの扱いに、カーリーさんたちが緊張している。僕たちも只ならぬ雰囲気を察して、真剣な表情で耳長族とグレイヴ様を見た。
「今朝のことだ、先ほどの耳長族たちが襲撃してきたのは」
グレイヴ様は鋭い視線で耳長族の人たちを見ていた。だけど、敵意や殺意はないように感じる。
耳長族の人たちは、グレイヴ様や兵士たちの放つ雰囲気に
意味がわかりません。
仕方ないので、黙ってグレイヴ様の説明に耳を傾けることにした。
「ここに捕らえている者たちは、件の避難者だ。もともとは砦の前に滞在することを許していたのだがな。ライラもこの者たちに見覚えがあるだろう?」
「はい。確かに、こちらのみなさまが私の話した耳長族の方々ですわ」
「どうも、攻めてきた耳長族たちはこの者たちを捕らえにきたらしい。事情はまだ聞き出せていないがな」
「では、なぜその耳長族がここに囚われているのだ?」
カーリーさんが、グレイヴ様に詰め寄る。
同じ耳長族の
「疑問は、逆にこちらが口にしたいところだな。この者たちは巨人族に追われ、住む場所を失ったと言って現れた。しかし蓋を開けてみれば、追ってきたのは同じ耳長族ではないか。説明を求めても、この者たちは口を
砦には竜騎士団だけでなく、フィレルと行動を一緒にするユグラ様と竜人族のお付きの三人も居たんだよね。攻勢に出ようと思えば、いくらでも攻撃できたはずなんだ。それでも相手に手を出さず、状況を把握しようとグレイヴ様は行動していたんだね。
だけど、耳長族の人たちがそれに協力しなかったわけか。ここに囚われている人たちも、襲撃してきた人たちも。
現在の状況がわかり、僕たちは顔を見合わせた。
カーリーさんたちはグレイヴ様の説明に顔をしかめ、囚われている耳長族の人たちを見つめる。
囚われている耳長族の人たちは、最初は顔面蒼白になっていた。もしかすると、襲撃してきた耳長族の人たちとグレイヴ様たちが和解して、自分たちを引き渡そうと案内されて来た、と勘違いしたのかも。でも、僕たちの話の流れから、どうも別の部族の耳長族だと気付いたようで「何者だろう?」と
「ふぅむ。お前さんはゴリガルの爺さんじゃないか?」
「むむむ。そう言うあんたは、エリオン爺さんじゃないか!」
すると、囚われている耳長族をひとりひとり見ていたエリオンさんが、ある人物に気づいて声を掛ける。声を掛けられたお爺さんもエリオンさんに気づき、反応した。
「エリオンさんの知り合いかな?」
「知ってぞい。三十年前に東の森を訪れた時に、意気投合した爺さんじゃ」
ということは、ゴリガル爺さんもすけべなのかな、という疑問はさて置き。
「ええっと、それじゃあ知っていることを話してください」
僕の質問に、エリオンさんが答えた。
「ゴルガル爺さんはたしか、光の精霊が守護する
「三十年くらい前に訪れたときには、他の村からも耳長族が集まっていたんですね?」
「そうじゃよ。あれは若者のお見合いも兼ねてだったんじゃ。儂らの村からも、若いもんが参加していた。結果は残念だったのじゃがなぁ。あのときの若いもんは、今回は精霊の世話があって、年寄りの儂しか来れなかったがのう……」
「まさか、エリオン爺さんが来てくれるとは。人族の娘さん……。そちらの娘さんが応援を呼んでくると言っておったが、爺さんなら心強い」
「うひょひょ、そう褒められると恥ずかしくて
言ってエリオンさんは、僕を指し示す。
「爺さんたちの相談に乗ってくれるのは、この人族じゃ。エルネア君という」
「こんにちは。どのように協力できるかわかりませんが、よろしくお願いします」
エリオンさんに紹介されて挨拶をしたんだけど、ゴリガルさんたちは顔を曇らせた。
「誰もが口にしていた者が、まさか人族の少年とは……」
この砦にいる兵士やフィレルたちからどんな話を聞いていたのかは知らないけど、ゴリガルさんたちは僕を見て、明らかに
まあ、それは仕方がないよね。なにせ、見た目はまだまだ少年な僕です。子供になにができるのだ、と思うことは普通の思考だと思う。僕だって、協力者だと言われて現れた者が頼りなさそうだったら、困惑しちゃうもん。
とはいえ、信頼を得なければ話は進まない。
どうすれば耳長族の人たちと信頼関係を築けるかな?
僕たちのこれまでの活動を話す?
手合わせをしてみる?
カーリーさんたちに、僕たちのことを説明してもらう?
ううーむ、どうしよう。
僕たちのことは、到着するまでにフィレルたちが話していると思うんだ。手合わせといっても、囚われている人たちのなかに腕利きの戦士は見当たらない。カーリーさんたちから話してもらうのが一番かな?
種族を見抜く能力のある耳長族のことだ。僕の傍に立つミストラルの種族には気付いているに違いない。じゃあ、彼女が妻だ、と言って僕の信頼度は上がるだろうか。
ルイセイネと手を繋いでいるプリシアちゃんは竜の森に住む耳長族の次期族長で、僕たちが預かっている、と言って信頼してもらえるのかな。
そういえば、この砦に着いてからアレスちゃんが姿を消している。霊樹の精霊であるアレスちゃんを紹介すれば、こちらのことを理解してもらえるかも。
いったいどうすれば信頼に繋がるんだろう、と考えていると、ライラが口を開いた。
「そういえば、おひとり見当たりませんわ。ユン様という代表でした女性はどうしたのでしょう?」
「あれ? 耳長族の人たちの代表者がいないの?」
そういえば、さっきからこちらと会話をしているのはゴリガル爺さんだ。ライラから事前に聞いていた、耳長族を先導してきたというその女性が見当たらない。
「その女ならば、ライラが出発したあとに姿を
「えっ!?」
「残った奴らに問い質しても、口を割ろうとはしない。これで、どう信用すればいいと言うのだ?」
グレイヴ様は相変わらず、鋭い視線を耳長族の人たちに向けていた。
それもそのはず。代表者は行方を眩ませるし、自分たちの説明はしない。それなのに新しい森を譲ってほしいだとか、襲撃者から匿えだとか、自分たちの都合の良いことしか要求しないだなんて。
「ゴリガル爺さん、ちょいとばかしわがままが過ぎるようじゃ。儂らも事情がわからんままで協力はできんぞい?」
「儂らは……。もう、あの森のことはいいんだ。新天地で安らかに暮らしたいだけだ……」
「そうは言うてもなぁ……」
囚われている耳長族の人たちは、一様に暗い表情をしていた。原因は、期待された僕が頼りなさそうな子供だったこともあるけど、それ以外にも疲れ果てている感じがする。いろんなことに絶望し、気力を失っているように見えるね。
僕たちも、どうしたものかと顔を見合わせる。
これは、思っていた以上に面倒な事件みたい。対話をしようとしない耳長族。襲撃してきた耳長族。行方を眩ませた代表者。下手をすると、巨人族との問題にまで巻き込まれそうな気がしてきましたよ。
「んんっと、変な精霊さん?」
すると、プリシアちゃんがなにやら反応を示した。
「これは……炎の精霊か!?」
「いや、風の気配も……!?」
次いで、カーリーさんとケイトさんが反応する。
どういうこと? と気配を探ると、砦の外に強力な存在を感知した。
「ご、ご報告を申し上げます。炎の巨人が砦を襲撃してきました!」
慌ただしく駆けてきた兵士の報告に、僕たちはさらなる混沌を予感した。
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