炎の巨人

 最初に思ったこと。今度は巨人族が攻めてきたのだと、誰もが驚きの表情を見せていた。だけど、どうやら違うみたい。

 プリシアちゃんたちの反応からかんがみて、巨人のような精霊が現れたのかな?


 精霊は、いろんな姿をしている。

 下級の精霊であれば姿をあらわせずに気配だけの者もいるし、魚や獣や鳥、更には見たこともない動物の姿をしていたり。上級の精霊になると人の姿に成れるだけでなく、人の言葉を話したり、下位の精霊の姿に変幻へんげすることもできる。

 なので炎の巨人もまた、精霊が創り出した姿に違いない。そう思った。でも、どうも様子が変だ。

 精霊の気配を感じ取ることに長けたプリシアちゃんやケイトさんたちが、なぜか気配を正確に読み取れていない。

 炎なのか風なのか、もしくはそれ以外なのか、感知した精霊の属性を把握できずに首を傾げていた。


「ともかく、外に出て状況を確認しましょう!」


 僕が走り出そうとすると、檻の向こうのゴリガルさんが声を発した。


「ま、待ってくれ。この気配は……。どうか、儂を外へ!」

「それはできないな」


 ゴリガルさんの要求に厳しい拒否を示したのは、グレイヴ様だった。


「再度の襲撃が精霊であるのなら、お前たちとの関係が危ぶまれる。俺はまだお前たちを信用したわけではなないのだ。向こうとお前たちが共謀きょうぼうしてこの砦を襲う計画という可能性も捨てきれない」

「し、しかし……」

「信用してほしくば、包み隠さず自分たちの置かれた事情を説明すべきだ。お前たちはそれをおこたっている。それでどうやって信用しろと言うのだ?」

「……」


 グレイヴ様の言うことは正しいんだ。僕たちは、ゴリガルさんたちのことをほとんど知らない。炎の巨人が攻め込んできたこととの関係性もわからない現時点で、一緒には行動できないよね。


「ねぇ、リリィ。近くに居る?」


 足を止めたついでに、影に手を当ててリリィの気配を探る。

 リリィには、砦を襲撃した耳長族たちを追跡してもらっている。もしかして、彼らがまた戻ってきたのかな、と思ったんだけど。

 リリィの気配は、近くにはなかった。

 つまり、先ほどの襲撃者とは別の誰かが襲ってきた?


 なにはともあれ、僕たちは急いで地下から出る。

 戦闘が得意でないエリオンさんと、その護衛でカーリーさんは地下に残った。その代わりに、精霊ならばとケイトさんがついてきた。


「これは……!」


 そして、絶句ぜっくする。

 僕たちは地下から出ると、そのまま砦の外周が見渡せる尖塔せんとうへ。そこから外を見ると、たしかに巨人らしき精霊が顕現けんげんしていた。


 全身が真っ赤な炎で創られた、竜族を超える巨体の巨人。砦の外壁と同じくらいの背丈。

 轟々ごうごうと燃える火炎は赤々と染まり、巨人の姿を形取っている。

 まさに、炎の巨人だ!


 だけど、見た目と属性がどうも違うみたい。

 一緒に尖塔へと駆け上がってきたケイトさんが、眉根を寄せて炎の巨人を見ていた。


「炎だけじゃないね。風と……光の精霊の気配も感じる。だけど、ひとつの個体に複数の精霊の気配だなんて……」


 炎の巨人は、僕たちが見ている先で砦を攻撃し始めた。


「竜のみなさま、結界ですわ!」


 ライラの叫びに、なんの騒ぎだ、と砦内の広場で警戒していた竜族がこちらを仰ぎ見る。

 するとライラの瞳が青く光り、支配の能力が発動した。こちらに振り返った竜族たちは状況を把握しないまま、一斉に結界の竜術を発動させる。

 若干名、というか二体の竜族、つまりレヴァリアとユグラ様が意識してライラから視線を逸らしていることには目をつむりましょう。


 間一髪。竜族の結界が張られた直後に、炎の巨人から繰り出された炎の塊が外壁に着弾した。

 目のくらむような閃光と同時に、強烈な熱波と烈風が襲いかかる。だけど結界に阻まれて、外壁は黒く焦げるだけだった。


 僕たちが立つ尖塔からは外の様子が見えていたけど、砦内の竜族たちには状況が見えていない。なのでライラの機転がなければ、砦は大きな被害を被っていたに違いない。

 とはいえ、竜族たちの結界を超えて外壁が焦がされてしまった。このまま防戦だけしていては、いずれは破られる可能性もあるね。


「ねえ、あの炎の巨人も精霊術なんだよね? だとしたら、どこかに術者が居ないかな?」

「精霊術、なのかしらね……? でも、あの巨人が精霊本体という可能性はないしね……。あんな術は見たことも聞いたこともない。精霊は私たちのことわりの外に生きる者だけど、ひとつの存在につきひとつの属性、という法則はあるのよ。だから精霊であるはずはないね」

「たしかに、アレスちゃんも他の精霊に命令を出すことはあっても、違う属性を宿すことはないね」

「そう。それなのに、あの巨人からは少なくとも三つの属性を感じるわ。それに、近くには術者の気配を感じないね。精霊を使役するときには、近くに必ず術者がいるはずなのに」

「でも、居ないんだよね?」

「考えられる可能性は……。ま、まさか、遠距離の精霊術だというの!?」


 ケイトさんは、顔を青ざめさせて驚愕きょうがくする。


 竜術や法術なんかでもそうだけど、なんらかの術を発動させる場合には、その場にいなきゃいけないんだ。

 僕の嵐の竜術だってそう。広範囲の竜術だけど、中心は僕だ。これをどこか遠く、気配を探れないくらい離れた場所に起点を置く、なんてことは極めて難しい。というか、僕にはできない。

 だけど、砦に攻め込んできた炎の巨人は、その遠距離の精霊術の可能性があった。


 巨人は、初撃を防がれた後も攻勢の手を緩めない。長く巨大な手を砦の外壁に当てて、よじ登ろうとしていた。

 各方面から大型魔物用のいしゆみが放たれるけど、巨人の周りを覆う烈風が豪速の矢を弾き飛ばす。巨人が手をかけた外壁は高温の炎に焼かれて黒く焦げ、崩れ始める。

 くわっ、と巨人の口が光り輝いた。

 閃光と同時に、爆発が起きる。空気の振動が尖塔や砦内に伝わり、各所から悲鳴があがった。

 砦自体に大きな被害は及んでいない。まだ竜族の張った結界で護られている。

 でも、悠長にはしていられない。


「ユグラ伯、お願いします!」


 すると、最初に動いたのはフィレルだった。

 ユグラ様に騎乗し、砦を飛び立つ。そして、上空から炎の巨人に襲いかかる。

 ユグラ様の口から、光線の息吹いぶきが放たれる。大きく開かれた口の奥が強く光ったかと思った直後には、炎の巨人の上半身が吹き飛んでいた。

 さすがはユグラ様だ。竜術の威力が桁違いだね。そう思ったのも束の間。

 上半身が吹き飛んだ炎の巨人だけど、何事もなかったかのように炎を激しく揺らめかせて、あっという間に姿を再生させた。


『面倒な。実体を持たぬ存在か。腐龍ふりゅうといい、こやつといい、面倒な奴らだ』


 雲の近くまで上昇したユグラ様が、憎々しげに喉を鳴らす。

 炎の巨人は全身を再生させると、目障めざわりだとばかりに、遥か上空のユグラ様に向かい炎の塊を飛ばしてきた。

 ユグラ様はひらりと身体を捻り、軽やかに炎の塊を回避する。

 空を自由自在に飛び回る翼竜にとっては、これくらい朝飯前だ。

 ユグラ様は回避行動をとりながら、上空から竜術を放つ。

 今度は、光の矢の雨が炎の巨人に降り注ぐ。光の矢は烈風の障壁を易々と打ち破り、炎の身体をむしばんでいく。雨のように降り続く光の矢に対し、炎の巨人は絶え間ない再生を見せる。だけど嫌気がさしたのか、炎の巨人は炎のとどろきのような重低音の咆哮をあげた。

 炎で形取られた全身が、まぶく輝く。

 すると、真っ赤だった炎が黄金色に輝き出した。


「こんな……こんな精霊術はありえない!」


 ユグラ様と炎の巨人の戦闘を見守っていたケイトさんが愕然がくぜんとする。


 今や、炎の巨人は黄金色の炎へと全身を変化させ、ユグラ様の竜術にあらがっていた。

 ユグラ様の竜術は、光の属性だ。それに合わせて、巨人も光の属性を強くすることで抵抗してる!?

 たしかに、こんな精霊術は見たことも聞いたこともない。

 僕は精霊術には詳しくないけど、複数の属性を宿す巨人の性質が異常なことくらいはわかる。


 炎の属性で身体を維持しながら、光の属性も身にまとっている。更には、風の属性の障壁を絶えず展開させているだなんて……!


 ユグラ様も、自分の竜術が効果を示さなくなったことに気づき、憎らしそうに上空を旋回して様子を伺いだした。

 ユグラ様の攻撃が効かない。相性の問題があるとはいえ、つまり巨人は竜族並みに強力な存在ということだ。


 空からの攻撃が収まったことを見てとると、巨人はまた砦へと向き直る。

 このままでは、竜族の結界を破って巨人が砦内に侵入してくるかもしれない!


 巨人は、ユグラ様の攻撃を防ぐ。更に、実体のない姿に物理的な攻撃は効かない。それなのに自身は炎の熱で砦の外壁を焦がし、烈風で結界を切り刻み続ける。

 既に、黄金色に輝く炎と化した巨人が触れた砦の外壁は、熱に耐えきれずにぼろぼろと崩れだしていた。


 駄目だ!

 このまま傍観なんてしている余裕はない。

 囚われている耳長族。逃げた耳長族。そして、行方をくらませた代表者。色々とわからないことが多すぎるけど、先ずは目の前の問題を解決しなきゃいけない。


「アレスちゃん!」


 普段はなにかにつけて顕現してくるアレスちゃん。それが、先程から姿を見せないということは、なにかに対して警戒していることを表す。

 でも、ここはアレスちゃんに協力してもらうしか手立てがない。


 アレスちゃんは顕現こそしなかったけど、僕の声に応えて同化してきた。

 アレスちゃんの力が全身にみなぎってくる。それに合わせて、僕は竜宝玉を解放する。

 すると、砦を攻撃していた巨人が驚いたようにこちらを見た。まるで、意志でもあるかのように僕を見て、動揺のような気配を見せる。


「エルネア、掴まって!」


 ミストラルは人竜化じんりゅうかすると、僕を抱き寄せる。僕は躊躇いなくミストラルの腰に腕を回す。

 ミストラルの背中の、銀に近い金色の翼が大きく羽ばたいた。


「みんなは、全力で結界の維持をお願いね!」


 竜族に比べれば、人の結界なんて微々たるものでしかない。だけど、無いよりかは良いよね。

 ユフィーリアとニーナが手を取り合い、双子の竜術を発動させる。ライラは霊樹の両手棍を媒体として、増幅された竜術を。ルイセイネは座禅を組むと祝詞のりとを奏上そうじょうしだす。そして、ケイトさんとプリシアちゃんも精霊を使役して、結界を展開させる。

 僕はミストラルに抱かれ、砦を包む結界を抜け出した。


 巨人は先程から、こちらをずっと凝視していた。

 手を止め、驚愕したように。そして動揺したように。


 精霊にも、もちろん自我はある。僕たちと同じように思考したり喜怒哀楽を示す。

 だけど、あの巨人は精霊術で生み出された存在であり、精霊そのものじゃないんだよね?


 竜の森で、精霊王に会った。圧倒的な存在感と、王という称号に相応しい能力を有した精霊さんたちだった。でも、ケイトさんが言ったように、ひとりにつきひとつの属性で、二つ以上の性質を持つ精霊はいなかった。

 精霊王でさえ単独の属性で存在していることを考えれば、あの複数の属性を持つ巨人が精霊そのものであるはずはない。


 では、いったいどんな精霊術なんだろう?

 精霊術に長けたケイトさんでも知らないという。精霊のことに関しては超一流のプリシアちゃんでさえ、首を傾げている。

 そして、なぜか意志をうかがわせる巨人の視線。


 わからないことばかり。

 知らないことばかり。

 不明なことばかり。


 だけど、やれることはある!


 僕を砦から連れ出したミストラルは、巨人の攻撃が届かない場所で飛行してくれていた。

 とはいえ、この先はどうするの? とミストラルは僕を見る。


「複数の属性。実体を持たない身体。でも、あれが精霊術であるなら任せてね!」


 僕は自信満々に頷くと、こちらを凝視する巨人に意識を集中させた。


 僕の身体に宿るのは、精霊たちの長。霊樹の精霊のアレスちゃんだ。

 霊樹の精霊は、他の属性の精霊たちを支配することができる。

 顕現はしていなくとも、アレスちゃんの存在は示せるはずだ。

 僕の意思を読み取ったアレスちゃんは、僕の竜力と竜宝玉の力をしろに、力を解放させた。


『きんききんき』

「きんき?」


 禁忌きんき、ということなのかな?

 つたないアレスちゃんの意志ではよくわからない。だけど、アレスちゃんは全力をもって巨人を消し去ろうとしていることが伝わってくる。


『……消えろ。不浄なる交わりは其方そなたの身を滅ぼす』


 僕のなかで、アレスちゃんからアレスさんへと存在を変えた霊樹の精霊は、有無を言わさぬ意志を巨人に向けた。


『おおおぉぉぉ……』


 すると、巨人が苦しそうにうめき始めた。

 目に見えるような派手な術が発動したわけじゃない。

 それでも、アレスさんに強い意志を向けられた巨人はその巨躯を仰け反らせ、あたかも自身の炎で身を焦がすかのように悶絶する。黄金色の炎の全身が、一層の輝きを増す。でも、それは痛々しい光で、自らをむしばんでいるかのよう。それだけでなく、周囲を覆っていた烈風が荒れ狂いだすと、本体である炎の身体を切り刻みだした。


『あああぁぁぁぁぁ……』


 炎の轟のような呻き声だったものが、人の、女性の苦痛の声へと変わる。

 そして僕たちが見つめる先で、巨人は徐々に小さくなっていく。

 炎が勢いをなくし、光が逃げていく。そして、烈風は次第に威力を弱め、小さな旋風へ。

 砦の外壁と同じくらいの背丈だった巨人は、いつしか僕たちと同じくらいの大きさになった。

 そして最後に残った火種は、ひとりの小柄な女性だった。


「ユ、ユン様……!」


 どういう経緯か、地下から抜け出してきたゴルガルさんが尖塔から身を乗り出して、炎の巨人のなかから現れた女性にそう呼びかけた。

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