魔王には内緒だよ

 僕たちと一緒に東の地へとおもむくことになった耳長族は三人。

 ひとりは、精霊使いのケイトさん。金髪碧眼きんぱつへきがんの小柄な女性で、今年四百歳になる中堅さんらしい。


「よろしくね。プリシアほどではないけれど、精霊術なら任せてちょうだい」

「ケイトさん、迷宮は創っちゃ駄目ですからね!」

「はい?」

「エルネアの妄言もうげんは気にしないで。ケイト、お願いするわね」

「まさかミストと一緒に旅に出られるなんてね」


 二人目はエリオンさん。三十年ほど前に東の大森林を訪れた使節のひとりで、柔和にゅうわな笑顔が似合う初老のおじいちゃん。


「いやっほぅい。旅じゃ旅じゃ。嬉しいのう」

「陽気なお爺様ですわ」

「油断していると尻を触ってくるわ」

「油断していると胸を触ろうとしてくるわ」

「うひょひょう。其方らと旅ができるとは、酒が進むのう」

「エリオンさん、妻たちに変なことをしたら迷宮の奥に閉じ込めちゃいますからね!」

「いやはやまったく、近頃の若いもんは狭量きょうりょうじゃなぁ」


 三人目は、カーリーさん。戦闘が得意でないエリオンさんの護衛と、なにか問題が起きた場合の指揮役で選ばれた。

 僕たちにとってもカーリーさんは心強い味方なので、ありがたいね。


「よろしく頼む。俺としても竜の森から遠く離れるのは初めてなのだ」

「そうなんですね。カーリーさんが居てくれれば心強いので助かります」

「意外ですね。カーリーさんはいろんな経験をされている感じがします」

「ルイセイネ殿、それは過大評価だ。俺はまだまだ……」

「んんっと。カーリーはね、お姉ちゃんに振られたから仕事に没頭して失恋を忘れようとしてるんだって。お母さんが言ってた」

「プ、プリシア!?」

「カーリーさん……」

「さ、三百年も前の話だっ」


 これまでにも親交を深めてきた僕たちだ。今回協力をしてもらう三人とはすでに仲が良いし、今更のように自己紹介なんていりません。

 ただし、カーリーさんは遠征が初めてで、ケイトさんもあまり旅の経験はない。エリオンさんはおじいちゃんなので、念のために打ち合わせをしてからの出発になった。


 その後、三人を交えて竜の森に作られた広場に向かう。

 去年の初頭に、竜の森のなかでみんなが集まれる場所が欲しいね、と僕が提案をして、スレイグスタ老の許可をもらって作った場所だね。

 耳長族の村へはレヴァリアやアシェルさんのような竜族が入れないし、苔の広場には耳長族の人たちが入れないし、ということでの交流の広場。そこでレヴァリアと合流し、いざ出発、となったときに問題が発生した。


『貴様ら以外を乗せる気はない』

「むむむ、なんということを!」


 レヴァリアが耳長族の三人の騎乗を拒否しちゃったんだ。

 これは困りました。


「竜峰から、飛竜のどなたかへ応援を頼んだらどうでしょうか」

「そうだねぇ……」


 少し考えて、奥の手を使う決断をする。


「我は願う、黒竜よ、召喚に応じよ!」

「はいはーい。喚ばれましたよー」


 僕は自分の影に手を当てて、竜脈を通してリリィに想いを伝える。すると、リリィは僕の声に応えてくれた。


 ぬるり、と僕の影からその巨躯きょくを現すリリィ。


 大・召・喚!


 そんなつもりでいた時期もありました。

 だけど、妻たちの白々しい視線を感じ取り、僕は失敗したことにすぐさま気付かされた。


「エルネア、その掛け声はどうかと思うわ」

「エルネア君、恥ずかしいですよ?」

「少し会わないうちに、エルネア君が壊れたわ」

「少し会わないうちに、エルネア君が心の病にかかったわ」

「エルネア様、レヴァリア様にそのようなことはけっして……」


 しくしく。ライラにまで否定されて落ち込む僕を、リリィがよしよし、と慰めてくれる。

 僕の味方はもうリリィだけだよ。


「エルネア君、さっきの掛け声に魔王様が深くため息を吐いていましたよー」

「えええっ、なんで向こうに露見しちゃってるんですか!?」


 しかし、僕にとどめを刺したのはリリィでした。


「と、とにかく……。現地へと向かおうじゃないか」

「そ、そうね。同族の仲間が困っているのだし……」

「うひょう。空の旅じゃ」


 がっくりとひざをついて項垂うなだれる僕をよそに、みんなは準備を進めていく。

 妻たちはレヴァリアの背中へ。耳長族の人たちは、プリシアちゃんも含めてリリィの背中へ。


「さあ、エルネア。いつまでもそんなところで油を売っていないで」

「エルネア君、置いて行きますよ?」

「ああ、ちょっと待ってぇっ」


 落ち込むことさえも許されない僕は、渋々と起きあがる。そして、躊躇ためらいなくリリィの背中へと移動した。


「エルネア君が裏切ったわ」

「エルネア君が浮気しているわ」

「エルネア様!?」


 愕然がくぜんとする妻たち。

 自分じゃなく、リリィを選んだ僕を睨むレヴァリア。


「いやいや、なにか誤解してますよ、みなさん。僕は移動中にもう少し耳長族の人と打ち合わせがしたいだけだからね?」

「ふりんふりん」

「こらっ、アレスちゃん! 僕は誠実な夫ですからね!」


 僕は慌ててアレスちゃんの口にお芋を放り込み、口を封じる。ついでにプリシアちゃんにお芋を与えて、これ以上の騒動を未然に防ぐことに成功した。


「まあ、良いわ。エルネア、プリシアの世話はお願いね」

「うん、任せて」

「エルネア君、甘やかしてはいけませんからね」

「了解です」

「それじゃあ、出発しますよー」

『騒がしい奴らめ』


 出発前から疲れた様子のレヴァリアと、元気一杯のリリィが舞い上がる。


 あっ。レヴァリアはヨルテニトス王国から飛んできて、とんぼ返りになっちゃうのか。そりゃあ、疲れているよね。

 どこかで休憩を挟まなきゃね、と思案しつつ、僕たちは空の旅人となった。


 リリィとレヴァリアは竜の森を北に抜けて、そこからアームアード王国の国土を東進する。

 二年前にヨルテニトス王国へ向かった際は、竜族の存在で人々を脅かさないようにとの配慮で南の湖の湖畔こはんに沿って飛んだけど、今はもう大丈夫。……だよね?

 街道沿いに飛んでいると、旅人や冒険者たちが空を見上げてこちらを見ていた。

 竜の森の上空を進んでも良いんだけど、休憩なんかを考えると、人の手が入った土地の方が休める場所があるからね。竜族の姿に慣れていない旅人さんもいるだろうけど、ここはレヴァリアの体力と回復を優先させていただきます。


「ねえねえ、向こうに着くまでに確認しておきたいんだけど」


 ヨルテニトス王国の王都までは、多分二日くらいの旅になる。そこから更に東の国境までと考えると、片道三日くらいかな?

 地上を行くと何十日もかかる行程を、僕たちはたったの三日で進んじゃうんだ。いつも思うけど、竜族のこの飛行能力はすごいよね。

 だけど逆に考えると、すぐに現地へと着いちゃうので、その前に急いで確認しておかなきゃいけないことがある。


「単純に、東の大森林を追われてきた耳長族を竜の森で受け入れる、ということはできないよね?」

「そうだな。エルネアも知っての通り、竜の森はスレイグスタ様が大切に守護している特別な森だ。来客であれば受け入れられるが、住まわせることには問題があるだろう」

「これだけ広大な竜の森に私らの村しかない、ということに排他性はいたせいを感じてほしいわ」

「数人に限り婚姻を結んで村へ招き入れる、というのなら別じゃが。老若男女、素性や性格なども把握せずに無条件で受け入れることはできんのう」

「やっぱり、そうなんですね」


 質問する前からわかっていた返事だけど、ここははっきりと確認しておかなきゃいけないことだった。


「逆に質問するが、精霊たちと移住する先にくだんの耳長族を迎えることもできないのだろう?」

「そうですね。去年のうちに事前に説明していた通り、移住の地は特別な場所になります。なので、僕たちと強い信頼関係のある人じゃないと招待できないんです」


 これも、最初からわかっていたことだ。

 行くあてを失った耳長族が現れた。だからといって、禁領へとは連れていけない。だって、彼らとは信頼関係どころか、面識すらないんだからね。

 それに、同じ森の同族を頼れなかった、という部分に違和感がある。カーリーさんたちを見ていれば、耳長族は同族に対して友好的で協力し合おうとする意志があることがわかる。それなのに、頼れなかった。

 つまり、彼らはなにかしらの問題を抱えているはずだ。そして、それをこちらには伝えていない。

 助力を求めていながら、都合の悪い部分を隠している。とてもじゃないけど、そんな人たちと深い信頼関係は築けないよね。

 まあ、僕の思考は考えすぎかも、という可能性もあるんだけどね。

 なにはともあれ、現状では竜の森でも禁領でも受け入れられない、ということです。


「それじゃあ、次に。東の大森林の耳長族の人たちは、昔から巨人族と縄張り争いを続けてきたの?」

「どれくらい前からかは聞き及んでいないが、確かに争い続けているな。耳長族としては森で静かに暮らしたいところなんだが」

「でもね、巨人族が森を壊して侵入してきたら、戦うしかないでしょう?」

「いくら森に迷いの術をかけていても、片っ端から森林伐採をされてはお手上げじゃしな」

「巨人族はなぜ森に侵略してきたのかな? 他に土地がないからとか……?」


 僕たちも、ヨルテニトス王国の東の国境付近までしか行ったことがない。大森林がどれほどの規模なのか、そしてその先がどうなっているのかは知らないんだ。


 そういえば、竜神様の背中に乗って歴史を旅したときに、巨人族の姿を見たっけ。

 あれは、遥か昔の様子だったと思う。人や竜の姿は見えなかったけど、間違いなく竜峰の東側に広がる平地、つまり現在のアームアード王国の領土だったと思うんだよね。そこに巨人族たちは村を作り、暮らしていたっけ。

 もしかすると、何千年も前は、この辺り一帯は巨人族の生活圏だったのかもしれない。


「しかし、太古より争い続けながらも、耳長族はあの森を守り続けてきたのだ。今更、急に森から逃げ出さなければいけないような状況になるだろうか」

「それもそうね。しかも、その逃げ出してきた者たち以外の耳長族はいないんでしょ?」

「ライラの話では、そうみたい」

「奇妙な話じゃのう。あそこには五つほど耳長族の村があったが、どこも連携して巨人族に対抗しておった。それなのに、逃げ出す者たちが出ている状況で他の村が沈黙しておるとは」

「んんっと、喧嘩しているの?」

「どうなんだろうね?」

「あのね。喧嘩は駄目よ? お父さんとお母さんが喧嘩をすると、プリシアは悲しくなるの」

「そうだね。喧嘩は良くないよね。周りの人も悲しくなっちゃうよね」


 難しい話は、プリシアちゃんにはわからない。だけど、どうも大森林に住む耳長族たちの間に不穏な気配を感じたようで、プリシアちゃんは不安そうに僕を見つめていた。

 僕は大丈夫、とプリシアちゃんの頭を撫でてあげる。そうしながら、これから向かう東の先を、どうしたものか、と見つめた。






 レヴァリアの疲労を見ながら東へと進んだ僕たちは、三日目の午後になって予定通り、現地に到着した。

 だけど、そこで待ち受けていた事態は予想外のものだった!


 どんっ、と爆発音が響き、空にまで衝撃波が伝わってくる。

 爆発の起点は、ヨルテニトス王国の東の国境を守る、砦の外壁だ!


 続けざまに、何度も爆発の閃光せんこうが目に飛び込んでくる。そして、一瞬遅れて爆発音と衝撃波が。


 いったい、なにが起きているの!?


 遠くの上空から、竜気を宿した瞳で凝視する。

 見えてきたのは、とんでもない状況だった。


 耳長族たちが、砦に向かって精霊術を放っていた。

 炎の精霊が火炎を放ち、砦の外壁を黒く焦がす。風の精霊術は鋭い刃となって、焦げた外壁を切り刻もうとする。土の精霊術で足場を作った耳長族が、高い外壁をよじ登ろうとしていた。


「どどど、どういうことかな!?」


 耳長族は、誰もが勇ましく叫びながら砦を攻撃していた。

 攻撃されている側の砦は、防戦一方だ。


 ……変だな。東の国境ということもあり、砦には竜騎士団が駐屯ちゅうとんしているはずだ。それなのに、竜騎士団の反撃が一切ない。それどころか、砦にこもっている兵士たちは防御一辺倒で、反撃する気配さえない。

 というか、砦は竜術で補強されている感じだね。大規模な精霊術に対し、外壁は崩壊することなく堅牢な防壁を維持し続けていた。


「エルネア?」

「うん。状況は飲み込めないけど、見過ごすわけにはいかないよね」


 リリィに乗るこちらへとレヴァリアが接近してきた。そして、向こうに乗るミストラルが「どうするの?」と僕の指示を確認する。


 ライラから受けていた説明と齟齬そごがありすぎます!

 東の国境へ向かう前に、ヨルテニトス王国の王都で王様からよろしく頼む、と言われていたけど、この状況に対する言及はなかった。

 つまり、騒ぎになって間もないということかな?

 なにはともあれ、先ずは耳長族の攻勢を止めさせないと。


「リリィ、近場によろしく!」

「はいはーい」


 僕は、近場に降ろしてね、と頼んだつもりだったんですが……


 リリィの竜気が膨れ上がる。

 そして、咆哮一発。


 砦を攻めていた耳長族たちの近くに、リリィの口から放たれた巨大な黒球が着弾した。

 ぎぎぎぃ、と空間をきしませる嫌な音が響く。

 大地だけでなく、その場に存在していた大気まで消滅させる黒球。光を呑み込み、全てを消し去る。

 黒球は暫しの間、耳長族たちの近くに存在を留まらせたあとに、爆散することなく小さくなって消滅した。

 直後。すぐ側でいきなり恐ろしい術が発動したことに動転していた耳長族たちは、黒球が存在していた空間に吸い寄せられる。

 空間が、失った大気を取り戻そうと周囲の存在ごと吸い寄せているんだ。

 耳長族の人たちは悲鳴をあげながら、吹き飛ばされ、砦から引き剥がされていく。


「怪我人とか出ていないよね?」

「耳長族に命中はさせてないですよ。吹き飛ばされて怪我していたら、知りませんよぉー」


 リリィは陽気に返事をするけど……

 突然、空に現れた巨大な竜族が二体。耳長族の人たちはようやくこちらの存在に気付き、慌てだした。


『雑魚どもめ、騒がしい!』


 そこへ、レヴァリアが暴君を思い浮かばせるほどの恐ろしい咆哮を放つ。

 なぜか、砦内からあがる竜族の悲鳴。

 砦に押し寄せていた耳長族の人たちは、暴君の殺気に震えあがり逃げ出した。

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