操り人形

 早速、大公という称号が役に立ったね。

 今回の感じだと、上級魔族の爵位持ちからも僕は特別視してもらえているみたいだ。


 僕がこれまで魔族の国で行ってきた行動を知る者は意外と限定されているのだと、昨日の式典などで実感した。

 国の中枢を担う者や、上級魔族のなかでも積極的に情報を収集してきた者。他には各地に足を運ぶ商人系の魔族とか。そうした情報にさとい者の中では僕の存在は深く浸透しているけど、それ以外になると、極端に認知度は下がる。


 思っていたほど以上に僕は有名ではない?

 いや、違うのかな?

 弱肉強食の世界。魔族が、人族や他の種族を力による恐怖で支配する、恐ろしい国。

 その社会のなかで、人族である僕が「巨人の魔王のお気に入り」として有名になることを嫌がる者たちがいるんだろうね。

 魔王や国の中枢を担う者たちも、僕たちのことがあまりに広まりすぎて、奴隷の人たちに余計な希望や反抗心を持たないように、最小限の影響になるように抑えていたんじゃないかな?


 そんなわけで、まだまだ末端までは僕の知名度などは浸透していないけど、これからは今回の件も含めて、少しずつ巨人の魔王の国の魔族たちに僕たちの立場が広まってくれると助かるね。


 そうして最終的には巨人の魔王の国だけでなく、魔族社会全体に僕と称号のことが広まっていけば、無用な争いや騒動は無くなっていくはずだ。

 そうすれば、いずれば魔族の国を気軽に旅行することができる時も来るかな?


 そう楽観視していた僕だったけど、やはりここは魔族の国で、そこには僕たちが手に負えないような物騒極まりない者たちも存在しているのだと、直後に思い知らされる。


「ぬあっ!?」


 急に、取り巻きの魔族のひとりが魔剣を抜き放った。

 何をしている、と隣の魔族がいぶかしそうに同僚を見るが、その者も武器を構える。

 そして、僕たちへと敵対心を向けてきた!


「な、なんだ!?」

「身体が勝手に!」


 最初は、取り巻きたちの小さな悲鳴だった。

 だけど、次々に武器を構えたり魔力をみなぎらせ始めた取り巻きの異常さに、支配階級の上級魔族たちが困惑の声を上げ始めた。


「お前たち、何をしている!?」

「剣子爵様と大公の前で!」


 と、しもべたちに殺気の籠った罵声を向ける上級貴族たちまでもが武器を手に取り始めて、言葉とは真逆に僕たちへとその殺気を向ける。


 なんだこれ?

 何が起きているの!?

 魔族たちのうごきに、困惑する僕たち。


「あはは。彼らはやる気なのかな?」


 すると、武器と殺意を向けられて大人しくしているはずのないルイララが、笑顔で腰の剣に手を伸ばす。


「ち、違うのです、剣子爵様!」

「身体が勝手に!」

「なんだ? どういうことだ!?」


 困惑しているのは、僕たちよりも魔族たちの方だった。

 僕とルイララの正体を知り、戦っては駄目だと平伏したはずの魔族たちが、ついさっきまでの態度を裏切るような行動に出始めている。

 でも、こちらに向ける剣先と殺気以外の、表情や言葉には、動揺を通り越して絶望がにじんでいる。

 明らかに、僕やルイララに敵意を向けることが自分たちの死を意味することを理解しているのに身体が勝手に動き出している、という意味不明な状況だ。


「エルネア君?」

「うん。ルイセイネも違和感を覚えているんだね? どうも様子がおかしいね? ルイララも、状況がわかるまでは大人しくしていてね?」

「仕方ないね」


 異常事態、というよりも、奇妙極まりない状況になってきた。

 一度は降参した魔族たちが、手に武器を持ったり魔力を漲らせて、僕たちに殺意を向ける。でも、本人たちには戦う気が全くないどころか、こちらに敵意を向ければどうなるかという運命を正しく理解しているようで、絶望気味だ。


 はたして、この状況はなんなんだろうね?


 魔族たちの演技?

 行動と言葉を大きく乖離かいりさせて、こちらの困惑を誘いながら、不意を突こうとしている?

 それとも、何かの悪戯いたずらかな?

 黒幕が存在していて、僕たを驚かそうとしているとか?

 もしくは……


 僕は、嫌な予感に囚われる。

 そして、僕の予感はだいたい当たるんだよね。


「エルネア君、糸が見えます!」

「糸!?」


 ルイセイネは、感情と行動が乖離した支離滅裂な動きを見せる魔族たちの頭上を凝視していた。

 魔眼が発動しているのか、微かにルイセイネの瞳が輝いている。


「魔族たちの手や足や頭などに糸が絡まっています。糸は、遠い場所……魔王城の方角から延びていますね?」

「ああっ!!」


 僕はそこでようやく、事態を把握する。


「傀儡の王か!」


 僕の叫びに、上級魔族のひとりが口を開く。

 男性の身体には似つかわしくない、可愛らしい少女の声で。


「ふふふふ。やっと気づいていただけましたか? あまりにも鈍感なので、操った魔族たちをけしかけるところでしたわ?」

「ま、まさかこの魔族たちは!?」


 傀儡の王が造り出した人形なのか!

 と思った僕の推測を、ルイララが否定する。


「いいや、違うよ。傀儡の御方おんかたは人形を自作する以外にも、ああして全てを操り人形のように扱うのさ」

「なななっ! ということは、魔族たちは本物で、あの糸で傀儡の王に操られているだけなの!?」

「そういうことだね」


 これは困った、と軽く笑うルイララ。

 君は、この状況を楽しんでいるんだね?

 でも、僕たちは大困りです!


 単純に、魔族たちが僕たちに敵意を向けてきたとか、魔族たちは全て傀儡の王の人形だった、というのであれば、問答無用で蹴散らすだけだ。

 でも、魔族たちは操られているだけ。本当では、さっきまで見せていた僕たちに刃向かう気のない者たちなんだ。

 そんな彼らを、操られているから、敵意を向けてくるから、というだけで倒してしまうのは間違っている。


 あと、そうか。とひとつ気づく。

 傀儡の王に操られると、身体の自由を奪われるだけでなく、魔力や「殺意」みたいな意志も操られちゃうんだね。

 ただし、感情や意識までは操られない?

 だから、表面上の動きと内面の感情に乖離が見られるのか。


 感情や意識まで支配しないところに、傀儡の王の性格の悪さがうかがえる。

 魔力や意志まで操れるのなら、その気になれば全てを支配して、完全な操り人形に仕立て上げることもできるはずだ。

 それなのに、感情や意識を残す理由。それは、狙い定めた獲物だけでなく、操られている者の困惑や絶望をも利用して楽しむためだ。

 悪質すぎるね!


「あの糸を切れば、魔族たちの自由は取り戻せるのかな?」

「そうだと思いますが……」


 ルイセイネには、魔力の糸が見えているらしい。だけど、僕は見えない。

 竜王の都の時は、極細の糸が微かに見えていたんだけど。

 傀儡の王が始祖族として持つ特殊な能力の全貌を、僕たちはまだ知らない。

 きっと、こういう細かい部分に傀儡の王の能力の真髄しんずいが隠されているはずだろうけどね。


「ふふふ。それでは、人形劇の第二幕を開始いたしましょうか。ああ、でも」


 と、上級魔族を操りながら、傀儡の王は言う。


「ルイララちゃんとエルネア様に参戦されると一瞬で幕が降りてしまいますので。そうですね。背後のお三方。巫女だけでこの魔族たちを救うことができれば喜劇きげき。失敗すれば悲劇ひげきというのはどうでしょう?」

「いやいや、なんで僕たちがエリンお嬢ちゃんの言うことを素直に聞かなきゃいけないのかな?」


 僕たちが面倒な魔族にからまれたこと。それで闘技場に来たものの、迷惑魔族のご主人様が僕たちのことを知っていたから、大きな騒動に発展することなく問題は解決できた。

 でも、僕たちの様子をどこかで見ていただろう傀儡の王が、この状況に横槍を入れてきた。


 僕たちはずっと、迷惑を受けっ放しなだけだ。しかも、勝手に絡まれているだけだから、本来ならそれを全て無視して、自分たちの行動を貫いてもいい。

 だから、この場で律儀に傀儡の王の人形劇に付き合う必要もないんだよね。


「ふふふ。困りました。ですが、宜しいのですか? 私がその気になれば、巫女たちを操ることもできるのですが?」

「うっ!」


 そうきたか!


「皆様は、私が介入した瞬間を捉えられていませんでしたよね? では、私が巫女たちや他のご家族に手を出そうとした時に、防ぎ切れるでしょうか? ああ、エルネア様を操って家族の方々を襲う、という劇も楽しいですね?」

「そんなことを企てたら、絶対に許さないよ!!」


 僕は本気で上級魔族を睨む。正確には、それを操っている傀儡の王に向けて。

 僕に本気で睨まれた上級魔族が、びくんっ、と緊張に硬直した。これは、操られている反応じゃなくて、上級魔族自身の反応だろうね。


「ふふふふ。それでは、私の人形劇にお付き合いくださいな?」


 やはり、魔族は魔族だね!

 しかも始祖族なら、尚更だ!

 自分が楽しむためなら、どんな手段でも躊躇いなく使う。そうして世界を引っ掻き回して、迷惑を振り撒くんだ。


 でも、今は傀儡の王の言うことを聞くしかない。

 まさに、傀儡の王の言う通りなんだ。僕やルイララどころか、全ての力の流れを視ることのできるルイセイネでさえ、魔族たちが操られる瞬間を見破れなかった。

 この特殊な力が、もしも家族や身内の誰か、もしくは僕自身に向けられたとしたら……

 少し想像しただけで、恐ろしさに震えてしまう。


 だから、従うしかないのかな?

 本当に不本意だけどね。


「エリンお嬢ちゃん。後ろの三人ってことは、巫女様のことだよね?」

「ふふふ。そうですよ? それとも、どなたかを背後に隠されているのでしょうか?」


 いいや。この場にはユンユンもリンリンもいない。というか、あの二人は今回、魔族の国には来ていない。

 アレスちゃんはいつも僕の傍にいるけどね。

 でも、僕はそういうことを確認したかったんじゃないんだ。


「そうか、三人だね。ルイセイネ?」

「はい。お任せください!」


 僕が確認したかったこと。それは、傀儡の王が流れ星のリズさんとセリカさんと同列にルイセイネを見ているのか、ということだった。


 竜王の都の領主館に突撃したときも、授爵の式典の時も、ルイセイネは僕の傍にいた。それ以前に、僕たちのことを詳しく知っている様子の傀儡の王なら、ルイセイネが僕の妻だということは認識しているはずだ。

 だから、この人形劇で僕やルイララが省かれたように、ルイセイネも除外されるのでは、と思ったんだけど。

 どうやら、傀儡の王はルイセイネを含めた巫女の三人で人形劇を開きたいらしい。


 仕方がない。それでは拒否権もないようだし、従いましょうか!


「リズ様、セリカ様、油断なさらないようにお願い致します。基本は、わたくしが応戦いたしますので!」


 言ってルイセイネは、闘技場に来る前にアレスちゃんから受け取っていた薙刀なぎなたを構える。

 リズさんとセリカさんは手練の流れ星だと知っている。だけど、大勢の魔族たち、それも傀儡の王に操られている者たちを相手にするのは難しいかもしれない。

 そう思った僕とルイセイネだけど。


「リズ、良いわね?」

「セリカ、任せてちょうだい!」


 戦闘は避けられない。そう腹を括ったからだろうか。先ほどまで魔族たちに囲まれて身体を強張らせていたはずのリズさんとセリカさんの気配が変わる。

 戦闘体制に移ったリズさんとセリカさんは静かに心を整える。

 リズさんは手錫杖てしゃくじょうを持ち、セリカさんは薙刀を構えて、魔族たちが放つ殺気に臆することなく、身構えた。


「あらあらまあまあ、これはこれは」


 ルイセイネも、リズさんとセリカさんの気配の変化に気づいて、驚く。

 無理もない。二人が見せる揺らぎのない気配は、歴戦の戦士のそれだ。

 強敵を前にしても、己の信念を貫く。どの戦況でどう戦うべきか。自分の実力を正しく認識し、敵対者の恐ろしさを正確に把握している猛者の気配。


「ふふ。ふふふふ。やはり特位とくいの者たちはひと味違うようですね?」

「どうやら、傀儡のお方は私たちのことをよくご存知でいらっしゃるようです」

「魔族側には、色々と筒抜けなのですね。ですが、そうであれば負けられません!」

「特位巫女リズ」

「特位戦巫女セリカ」

「「推して参る!」」


 二人の掛け声にあわせて、不本意な人形劇の第二幕が幕を上げた。

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