終わりのない戦い

 魔族たちが、まるで糸で操られた人形のような不自然な動きで、ルイセイネたちに襲いかかる。

 なんの予備動作もなく跳躍し、頭上から魔剣を振り下ろす魔族。

 だけど、ルイセイネにそんな単調な動きは通用しない!

 ひらり、と華麗にかわすルイセイネ。そして、薙刀を横凪ぎに振る。

 ルイセイネの斬撃は、しかし魔族には当たらずに、空を斬る。と思った直後。

 ルイセイネの近くに着地した魔族は、無様に倒れ込んだ。


「ぐあっ!」


 悲鳴をあげる魔族。

 落下の衝撃で脚を強く打ったのか、転がりながら悶絶もんぜつする。だけど、そこに操られている気配はない。


 そう。ルイセイネは魔族を狙ったわけではなく、操っている糸を正確に狙って切断したんだ!

 魔族は、自分を操っていた糸が急に切られた状態で、受け身を取れないまま地面に落ちたんだね。


「まあ、驚きました。糸を正確に斬る技量をお持ちだなんて。ふふふ、どうして魔力の糸が見えるのでしょう? それとも、勘だけで切ったのかしら?」


 上級魔族の身体を通して観戦しているのか、傀儡の王は上級魔族の首から上だけを操って闘技場を見渡す。


 ルイセイネがあっさりとひとりの操り糸を切断した別の場所では、複数の魔族たちに襲われるリズさんとセリカさんの姿があった。


 リズさんが、結界法術を展開する。二人で結界の中に籠り、セリカさんが攻撃法術を放つ!

 三本の月光矢げっこうやが、迫る魔族に飛ぶ。

 だけど、魔族はまさに人形のような不自然な動きで回避すると、結界に肉薄する。そして、魔剣を容赦なく振るう。


 きぃんっ、と陶器が硬い物を弾くような音が響き、結界の外側で魔剣が止まった。

 そこへ、セリカさんが容赦なく薙刀を振るう。

 動きの止まった魔族の頭上を、ルイセイネのように狙い澄まして。

 だけど、セリカさんが放った斬撃はむなしく空中を横切っただけで、魔力の糸は切れなかった。


「っ?」


 セリカさんは、ルイセイネのように魔族を魔法の糸から解放できなかったことに驚く。


「ふふふ。そのようななまくら武器で、私の糸が切れるとでも? そう考えますと、そちらの巫女はとても不思議ですね?」


 ルイセイネは、三人の魔族と相対していた。

 だけど、全く相手になっていない。魔族たちが動くよりも先に、ルイセイネは先んじて反応する。

 いとも容易く魔族の攻撃を見切り、反撃とばかりに薙刀を振るう。

 そして的確に、魔法の糸を切断していく。


 魔法の糸が切られた魔族たちは自由を取り戻す。

 そこからまた攻撃を仕掛けてくるのかな? と思ったけど、どうやら自由になった魔族たちには戦う気がないようだ。

 自由になったその身体で、そそくさと戦場を逃げ出す。


 だけど、戦意のない魔族たちとは違い、傀儡の王はどこまでも身勝手だった。


「ぐあっ!」

「ま、また身体が!?」


 自由を取り戻し、逃げ出したはずの魔族たちが、また操られて不自然な動きを始める。


「あらあらまあまあ、これは困りました」


 さすがのルイセイネも、困り気味だ。

 ルイセイネもリズさんもセリカさんも、巫女の職にある女性らしく、ただ操られているだけの被害者である魔族たちには、直接的な攻撃はしたくない様子だ。

 だけど、ルイセイネがどれだけ糸を切っても、その後すぐにまた新たな糸で操られてしまっては、終わりが見出みいだせない。


 さらに、この状況に追い打ちをかけるように、リズさんとセリカさんが苦戦し始める。

 リズさんの結界に籠った状態で、牽制の法術を放つセリカさん。そうしながら、結界を破ろうと近づいてくる魔族たちに薙刀で攻撃を繰り出す。

 だけど、相手は操られているとはいえ、魔族だ。

 身体能力に優れた魔族の攻撃に、セリカさんの攻撃が弾かれる。そして、リズさんの張った結界を破ろうと、何人もの魔族が肉薄する。


 それでも、リズさんの結界はよほど優秀なのか、生半可な魔剣の攻撃ではびくともしない。

 鉄壁の守りの中で防御気味に応戦するリズさんとセリカさん。

 だけど、傀儡の王はその状況も面白くないと捉えたのか、操る魔族を通して、魔法を放つ!


 火炎が、リズさんとセリカさんを包む結界を覆う!

 激しい炎が魔力を纏って渦を巻き、激しく爆発した。


「リズさん、セリカさん!」


 僕は咄嗟とっさに動こうとした。

 だけど、僕よりも先に戦況を読んでいたルイセイネの方が、反応は早かったみたいだ。


「容赦ありませんね」


 火煙の中心から、ルイセイネの声が聞こえる。

 そして、炎と煙が晴れると、無事な三人の姿が現れた。

 ルイセイネが咄嗟に結界を張って、炎の魔法を防いだんだね!


「助かりました、ルイセイネ様」

「危ういところでした」


 リズさんとルイセイネの二重結界の内側で、流れ星さまがほっと胸を撫で下ろす。

 だけど、油断は大敵だ!


「次が来ます!」


 言ってルイセイネは、薙刀を振るう。

 死角から肉薄してきた魔族の斬撃をあっさりと弾き返し、返す刃で魔法の糸を正確に切断する!


 糸を切られた魔族は、操り人形のような不自然な動きから自身の意思で動く自然な動作に戻ると、悲鳴をあげて逃げ出す。

 でも、その直後にまた糸に操られて、武器を構え直してルイセイネたちに向き直った。


「本格的に終わりのない戦いになってきたね? ルイララ、どうすればいいと思う?」


 ルイセイネも、リズさんとセリカさんに合わせて防御型の戦いに移行した。

 終わりのない長期戦になりそうな状況だと、攻撃し続けても意味がないので、防御に徹しながら好機を探した方が良い。

 だけど、その攻勢へ転じるための切っ掛けが見出せない。

 ルイセイネがどれだけ魔法の糸を切っても、すぐに新たな糸で操られてしまうのなら、終わりがないからね。


 ルイララも、困った様子で戦況を見つめていた。


「傀儡公爵様を相手にした場合に一番困るのは、こういう状況なんだよね」


 傀儡の王も、正確には始祖族で「公爵位」なんだよね。


「傀儡公爵様は、深緑しんりょくの魔王陛下と賢老けんろう魔王陛下の領国の間に領地を保有しているんだけどさ。あまりに周囲へ迷惑をかけるものだから、深緑の魔王陛下が一度軍を差し向けたことがあるんだ」


 爆散の魔法を掻い潜り、ルイセイネが魔族の集団の懐に飛び込む。そして、薙刀を縦横無尽に振るう。

 魔法の糸を正確に切断し、迫る魔剣を両断する。

 霊樹の力が宿ったルイセイネの薙刀は、恐ろしいほどの斬れ味をを示す。

 これには傀儡の王も感嘆かんたんの声をあげ、リズさんやセリカさんは驚く。


「エルネア君。傀儡公爵様に向けられた十万の魔族軍がどうなったか知っているかい?」

「ううーん、想像したくないんだけど……」


 僕たちが戦闘に介入するわけにはいかない。とはいえ、ルイセイネたちが本当に危機に陥ったら、後先考えずに手を出すけどね!

 でも、今はルイセイネの魔眼が圧倒的な力を示しているから、様子を見ている状態だ。

 戦況を油断なく見守りながら、僕はルイララの質問に答えた。


「まさかとは思うけど。魔族軍を操って、軍隊の統率を奪って撃退した?」


 味方だと思って一緒に行軍していた者が急に攻撃してきたら、大混乱になっちやうよね。

 もしくは、将軍とかが操られて変な指示でも出したら、軍隊として機能しなくなる。

 というか、傀儡の王を討伐するためだけに、十万の軍勢!?

 恐るべし、魔族の国力だね。


 僕の回答に、だけどルイララは笑いながら肩をすくめた。


「あはは。エルネア君はまだまだ傀儡公爵様のことを理解できていないね。正解にはね? 自分に向けられた十万の軍勢を全て操って、逆に深緑の魔王陛下へけしかけたのさ」

「は? ……十万人、全てを?」

「ああ、そうさ。そして、深緑の魔王陛下の国は、散々な被害を出すことになったのさ」


 考えてもごらん。とルイララは言う。


 操られているとはいえ、十万の軍勢は全てが深緑の魔王の軍勢であり、民である。

 たとえ傍若無人な魔王といえども、操られているだけの者たちを無慈悲に殺そうとは思わない。

 それで、今ルイセイネたちが見せているように、傀儡の王の操り糸を切り、魔族たちの自由を取り戻すような戦いを深緑の魔王も見せたという。


「でもさ。見ての通り、どれだけ糸を切られても、傀儡公爵様は遠い場所から糸をり出して、また操り直してしまうのさ。それでね、結局はどうなったと思う?」

「ええーっと……」


 傀儡の王に向けたはずの十万の軍勢が、操られて逆に襲ってきた。深緑の魔王は、最初は糸を切って魔族軍を助けようとした。

 でも、どれだけ糸を切っても、すぐにまた操られてしまう。

 そうなった時。

 魔王はどんな決断を下すだろう?


「ま、まさか……」

「ふふ。ふふふふふ。楽しい思い出話でございますね?」


 傀儡の王が、僕とルイララの会話に割って入る。

 そして、深緑の魔王との戦いの結末を、自ら口にした。


「深緑の魔王陛下は、操られていた十万の魔族たちを全て殺して、事態の収拾としたのです。私もそれで満足をして、あの人形劇から手を引いたのですよ?」


 ああ、なんということだろう……

 全ての元凶は傀儡の王で、深緑の魔王は迷惑ばかり振り撒くその傀儡の王を倒したかっただけなのに。

 結果は、自国の民を意味もなく十万人も失ってしまうことになるだなんて。


「深緑の魔王陛下は、その件で魔族たちからの求心力を失い、現在は国を纏めるのが大変みたいだよ?」

「うわっ。余波まで出ているだなんて、本当に迷惑だね!」


 国が乱れて一番に困るのは、国民だよね!

 そして、その影響を最も深刻に受けるのが、最下層に位置する奴隷の人たちだ。

 深緑の魔王の国では、いったいどういう状況になっているのかな?

 赤鬼種の集落を強襲した時はそういう部分に目を向けなかったのでわからなかったね。


 僕たちが話している間も、戦いは続いていた。

 そして、ルイセイネの魔眼にも少しずつ負担がかかり始めたのか、戦況は悪化し始めていた。

 リズさんの防御結界に籠ったまま、目頭を押さえるルイセイネ。心配そうに、リズさんとセリカさんがルイセイネの肩に手を添えている。

 きっと、瞳に痛みが走り始めているんだ!

 このままルイセイネに無理わさせ続けるわけにはいかない。

 でも、戦いは終わりそうもない。


 なにせ、傀儡の王は十万もの魔族を同時に操るだけでなく、その後も際限なく操り続けられるような魔力を持つ始祖族なんだ。

 その底知れない魔力を持つ始祖族を相手に、たかだか三十人くらいの取り巻きの魔族たちを操っているだけの状況では、永遠に終わりは訪れない。


 こうなったら……!


 と、僕が密かに決意を固めた時だった。


 闘技場の床全体に、影が降りた。

 真っ暗な、暗黒を思わせるような影ではなく。月明かりが浮かばせるような、柔らかい影。


「これは!」


 そう叫んだ僕の身体は、影に囚われて動かない!

 僕だけではない。

 ルイララや、未だに傍観状態だった上級魔族たち、それにルイセイネたちへと襲いかかっていた取り巻きの魔族たちの全てが、影に縛られていた。


「ルイセイネ!!」


 僕は叫ぶ。

 この、上位呪縛法術を無理やり発動させたルイセイネを心配して。

 だけど、ルイセイネは発熱する瞳を押さえながらも、気丈に笑顔を見せた。


「ふふふ。大丈夫ですよ? リズ様とセリカ様の補佐も受けていますので。さあ、傀儡の王よ。勝負は終わりです。魔族の方々をどれだけ糸で操っても、動けないのであれば、戦いになりませんよ?」


 ルイセイネは、どうやら魔眼の負荷に耐えられなくなって結界内に籠ったわけじゃなかったみたいだね。

 リズさんとセリカさんの法力を合わせて、呪縛法術を準備していたんだ。


 確かに、どれだけ糸を切っても意味がないのなら、全ての動きを封じてしまえば良い。

 だけど、そうなると影に取り込まれる僕たちも呪縛されちゃうわけだけど。それでも、戦いが終わるのなら、問題ないよね!


 観戦用に操っていた上級魔族までもが呪縛されていた。

 傀儡の王は瞳だけを操って、動きを支配している上級魔族の身体を見下ろす。


 ぴしり、と陶器にひび割れが入るようないびつな音がした。


「ま、まさか!?」


 ルイセイネの呪縛法術を打ち破る気かな!?


 焦る僕たちやルイセイネ。

 だけど、上級魔族は結局、動くことはなかった。


「ふふふ。とても力強い法術でこざいますね。では、貴女の思いもしない奮戦に満足いたしましたので、今回はこれまでにいたしましょう」


 そう、上級魔族の口から少女の言葉が溢れた後。


「……エルネア君。魔法の糸が全て消えました」


 と、ルイセイネも呪縛法術を解く。

 解放された取り巻きの魔族たちは、慌てて退散していった。


 そして、瞳を押さえてうずくまるルイセイネ。

 僕は急いで駆け寄ると、苦痛に瞳を強く閉じるルイセイネの代わりに彼女の懐から封印帯ふういんたいの帯を取り出して、瞳を覆うように優しく巻く。


「ルイセイネ、大丈夫?」

「はい。ご心配をおかけしました。ですが、無理はしていませんので、大丈夫ですよ?」


 ですが、と気配だけでリズさんとセリカさんの方を振り返るルイセイネ。


「申し訳ございません。この状況ですと、これ以上は観光案内に同行できないようです」


 イシス様から分けてもらった封印帯を巻けば、ルイセイネの魔眼を完全に封印できる。そうすれば、ルイセイネの瞳の痛みは退いて大丈夫になるんだけど、視界が遮断されるからね。

 ルイセイネはそれでも周りがわかるように修行を続けているけど、一朝一夕いっちょういっせきで身に付くような能力ではない。

 だから、封印帯を巻いたルイセイネに、これ以上の無理はさせられない。


「ルイセイネ様の瞳は……? いえ、それよりも。私たちも、このような状況になってまで観光をしたいとは思いませんので、今回は魔王城へ戻りましょう」


 リズさんがそう言い、セリカさんがルイセイネを心配そうに見つめていた。

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