エリンお嬢ちゃん
傀儡の王に襲われたのは、僕たちだけではなかった。
「参ったわ。名所を巡ろうとしていたのだけれど、傀儡の王に邪魔をされて観光どころではなかったわね」
と話すのはミストラル。
「はわわっ。周りの魔族の方々が急に襲ってきて、困りましたわ」
「傀儡の糸は
魔王城では、僕たちより先に帰ってきていたライラとセフィーナさんが、心底疲れたように
流れ星のアニーさんとミシェルさんも、思わぬ騒動に巻き込まれて疲弊しきっている。
「私たちは楽しかったわ」
「私たちは面白かったわ」
「むきぃっ、聖職者や弱き者に手を出すとは、不届き者ですよっ!」
疲れきった様子のミストラル組とは違い、冒険者組は何故か楽しそうですね?
「ユフィとニーナも傀儡の王に襲われたんだよね? どういう状況だったの?」
聞くと、何故かイザベルさんが答える。
「私たちは、魔王城を出てすぐに襲われたのです。ですが、こちらは魔族ではなく、奴隷の方々を利用されました」
「ああ、それでマドリーヌが
「起こしていませんっ」
「どうどう。つまり、マドリーヌは
操られた奴隷の人たちだって、神殿宗教の信徒だ。なのに、不本意な形とはいえ、聖職者を襲ってしまった。
奴隷の人たちに無用な負い目を背負わせてしまったことに、マドリーヌは最も怒りを覚えているんだね。
「それじゃあ、なぜユフィとニーナは楽しかったと?」
「糸を切っても意味がないと分かったらか」
「傀儡の王のところへ殴り込みに行ったわ」
「へ?」
「操っている本人を倒せば、解決するわ」
「騒動の元凶を絶てば、事態は治るわ」
「そ、それで傀儡の王に殴り込みを……!?」
傀儡の王は、昨日の授爵の式典の賓客として、この魔王城に滞在している。
巨人の魔王曰く。
「エリンお嬢ちゃんを招んだのは、単なる嫌がらせだ。まあ、其方が称号を授かる姿を見せれば、少しは大人しくなるだろう」
とのことだったけど。残念ながら、傀儡の王は僕が魔族の支配者から「大公」の称号を授けられても、構うことなく絡んできました。
ということで、ユフィーリアとニーナは魔王城の前で襲撃されたことを利用して、すぐさま
「ふふふ。エルネア君。こちらが双子様が暴れた被害状況と、請求金額になります」
「シャルロット!? いやいや、請求は問題児のエリンお嬢ちゃんの方に回しておいてね!」
上機嫌のシャルロットが怖いです!
「と、ところで……。傀儡の王に殴り込みに行って、結果はどうだったの?」
「エルネア君、よく聞いてくれたわ」
「私とニーナのおかげだわ」
「ほうほう。と言うと?」
「「傀儡の王は、今は反省室に閉じ込められているわ!」」
「なんと!」
操られた奴隷の人たちの対処をマドリーヌとイザベルさんに任せて、魔王城へと突撃したユフィーリアとニーナ。
双子王女様は、
でも、そこは巨人の魔王の居城。
お客様が暴れて、魔王城の主人が黙っているわけがない。
ということで、巨人の魔王に取り押さえられた傀儡の王は、今は反省室に閉じ込められているという。
「ユフィ、ニーナ。貴女たちも反省室で少し反省してきなさい」
「ミストが何か言っているわ?」
「ミストが意味のわからないことを口にしているわ」
「私とニーナのおかげで、ミストたちの襲撃は終わったのよ?」
「ユフィ姉様と私のおかげで、傀儡の王の悪事が止まったのよ?」
時系列的には、ミストラル組と冒険者組が同時に襲われる前に、僕たちが闘技場で戦っていたみたいだね。
まあ、正確には僕は傍観を強いられていて、闘技場で頑張ったのはルイセイネたちなんだけど。
そのルイセイネは、封印帯を巻いたまま、安静にしている。
「ルイセイネ、瞳は大丈夫?」
僕が寄り添うと、ルイセイネは肩を寄せてもたれ掛かってきた。
「エルネア、それはルイセイネの罠よ?」
「ふふふ。ミストさん、それでも瞳を酷使したわたくしが癒しを求めているのは本当ですよ?」
「むきいっ。ルイセイネ、
「マドリーヌ様、それは横暴でございます。それよりも、良いのですか? 巫女頭として、操られていたとはいえ聖職者に手を挙げてしまった信徒の方々の心を癒すお役目があるのでは?」
「それは、この都市の神殿の役目ですっ」
最初は僕にもたれ掛かるだけだったルイセイネだけど、いつの間にか強く抱きつく。それを引き剥がそうと、ミストラルやマドリーヌが纏わり付く。
そして、いつものように騒がしくなる女性陣。
僕は騒動の中心で揉みくちゃにされながらも、せっかくの魔都観光を潰された流れ星さまたちに気を向ける。
「みなさん、きっと楽しみにしていましたよね? ごめんなさい。僕たちのせいで」
謝罪をすると、イザベルさんがこちらの騒ぎを笑いながら「ご心配なく」と言ってくれた。
「人生において、思い通りにならないことは幾らでもあるのです。ましてや、ここは魔族の支配する国ですから。むしろ、これが魔族の社会なのかと短い時間で十分に体験することができました」
そうですね、と頷くリズさん。
「魔族の国での、奴隷として働く人族の扱いをこの目で見ることができました。恥ずかしながら……実は、奴隷はもっと酷い扱いを受けているのだと思い込んでいました」
手足を
リズさんは、魔族が奴隷をそう扱っているのだと思っていたらしい。
「それは、残念ながら一部では間違いのない事実です。魔族にとって、人族の奴隷とは消耗品以下の存在なんです。でも、魔族だって雑用をこなす奴隷の人たちがいなければ生活できないので、奴隷を買ってきたら
きっと、なかにはそういう
奴隷は無限湧きなんてしないんだ。
だから、数を補うために奴隷狩りは魔族の国の外でも他種族を狩るんだよね。
「あとは、巨人の魔王の国は比較的に奴隷には優しいのかな?」
とシャルロットを見ると、糸目で微笑まれた。
「暮らしが豊かになりますと、裕福さを示すための宝飾品や家屋、調度品だけでは他者と差を示すことが難しくなるようです。そこで、より裕福さを誇示するために、本来は家畜以下であるはずの奴隷などの身なりを整える者も多いのですよ? 奴隷にまで富を惜しみなく注ぎ込めるのだと、自慢できますので」
そして、その延長線が、剣闘士などの娯楽奴隷になるという。
「奴隷を育て、武具を与え、他の者たちが所有する奴隷よりも強い剣闘士を所有する。それが豊かな魔族たちの富の示し方になりますね」
「トリス君は、そういう世界に身を置いているんだね」
そのトリス君は現在、妖精魔王クシャリラから解放された後に、予定通り有翼族の国に入って行ったらしい。
トリス君とお供のシェリアーの目的地は、更に南の人族の国の情勢調査らしいので、彼らの旅はまだまだ続くんだろうね。
残された猫公爵のアステルは、今頃は何をしているんだろうね?
きっと、寂しがっているに違いない。今度、遊びに行ってあげよう!
「ふふふ。それはいい考えでございますね?」
「僕の心を勝手に読まないでくれるかな!?」
「そう
「ぐう……」
「それはともかくとして。エルネア様たちが猫公爵様のもとを訪れることは良いことだと思いますよ?」
「なんで?」
首を傾げる僕に、シャルロットは言う。
「少し前のことでございます。傀儡公爵様と猫公爵様は喧嘩をされました。その時に勝ったのは、猫公爵様側でございます」
「ほうほう! つまりアステルに聞けば、傀儡の王を負かす方法がわかるんだね? ……っていうか、それはつまり! 僕たちはこれからも傀儡の王が巻き起こす迷惑な騒動に関わるってことじゃないかーっ!」
お願いだから、傀儡の王を反省室から出さないで!
僕が
嫌な予感しかしない!
「それは困りました。反省室の封印を解かなければ傀儡公爵様はたしかに外へは出られませんが。そうしますと、プリシアちゃんも反省室から出られませんね?」
「あっ! みんな、プリシアちゃんとニーミアは!?」
賑やかな妻たち。僕たのやり取りを興味深そうに観察している流れ星さまたち。だけど、幼女組の姿が見当たらない。
ま、まさか……!?
「プリシアちゃんとニーミアちゃんは、傀儡公爵様が人形劇を見せてくださるということで、一緒に反省室に入っていますよ?」
「なんでそう言うことになっているのかなー!」
僕は、がっくりと肩を落とす。
傀儡の王は迷惑千万な始祖族だけど、プリシアちゃんやニーミアを利用して僕たちを更に
「ほう? 私らの配慮を迷惑と捉えるのか?」
「うひ!」
巨人の魔王の登場に、僕は心を読まれて冷や汗を流す。
「いやいや、だってですね? なんで騒ぎを起こした傀儡の王と一緒に、プリシアちゃんとニーミアを反省室に入れたんですか!?」
今朝の騒動には、プリシアちゃんとニーミアは
「其方。傀儡の王をどのような存在だと認識しておる?」
「迷惑千万な始祖族!」
「それは間違いない。では、なぜ私はその迷惑千万なあの者を『エリンお嬢ちゃん』などと可愛らしく呼ぶ?」
「えっ!? 何か意味があるんですか?」
はて?
巨人の魔王が傀儡の王エリンベリルを「エリンお嬢ちゃん」と呼ぶ理由とはなんだろう?
僕は、巨人の魔王が口にしたから真似して「エリンお嬢ちゃん」と
でも、よく考えてみると不思議だよね。
実は、傀儡の王を「エリンお嬢ちゃん」と呼ぶ存在は、今のところ巨人の魔王しか知らない。
他の者は立場などもあるんだろうけど「傀儡の王」や「傀儡公爵」もしくは「傀儡の御方」と呼ぶ。
では、なぜ巨人の魔王だけが「お嬢ちゃん」呼びなのか。
まあ、最古の魔族たる巨人の魔王から見れば、全ての魔族が歳下で、ここ数百年で生まれた者なんかは赤ちゃん同然に見えても仕方がない。
「……あっ。もしかして?」
「何か気づいたようだな。言ってみろ」
「うーん。当たっているかはわからないですけど。もしかして、傀儡の王は本当にお子様なのかな?」
同じ始祖族である巨人の魔王は、真面目で優しい性格をしている。シャルロットは忠誠心が強い。
そして、猫公爵はまるで猫のような気ままな性格で周りを振り回す。
では、傀儡の王はどうだろう?
授爵の式典の際に、僕の横に並んでいた傀儡の王の姿は、まさに少女然とした容姿だった。
僕はてっきり、その姿を
でも、実は容姿からではなく、精神面のことを意味していたのだとしたら?
「傀儡の王は、見た目通りにお子様で。だから迷惑を振りまいても、それが他人にとって困ることとは考えずに、自分が楽しかったら良いと思ってしまう?」
そして、お子様な心を宿しているのなら?
「幼い精神の傀儡の王にとっては、似た精神年齢のプリシアちゃんとは仲良くなれるだろうね?」
「あれを大人しくさせるために、今はプリシアと遊ばせている。文字通り、人形劇を見せている最中だろう」
「見た目も心も幼い傀儡の王。だから、子どもが大好きな人形劇なのか……」
小さな子供は人形が好きで、劇が大好きだ。
だから、幼い傀儡の王は他者の迷惑とか何も考えずに、周りの者たちを使って「楽しい人形劇」で遊んでいるだけなんだね。
そして、遊んでいるから結果なんてどうでもよくて、だから満足したら人形劇もお終いなんだね。と、ようやく傀儡の王を理解する僕たち。
「それはともかくとして! 早くプリシアちゃんたちを呼び戻してこなきゃ、悪友が増えちゃう気がするよ!」
僕たちは慌てて客間を抜け出して、反省室に突撃した。
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