救出 プリシア姫!

「プリシアちゃん!」


 僕たちは急いで、反省室に駆けつけた。

 反省室は、魔王城の中でも貴賓客が滞在するような階層の一画にあった。

 それは、僕たちが借りている客間と同じ階層。そして、そこは元々が傀儡の王に与えられたお部屋!


 つまり、傀儡の王の部屋がそのまま反省室となり、巨人の魔王に封印されているというわけだね!


 がちゃんっ、と部屋の扉を開こうとする。

 だけど、封印が施されていて、扉は開かない。


「やれやれ。慌て者だな」


 巨人の魔王はあせった様子の僕たちの背後から、のんびりと現れた。


「いやいや、だってですね? プリシアちゃんはこの部屋の中に居るんですよね!? それなら早く連れ出さないと、大変なことになるじゃないですか!」


 傀儡の王は、少女のような見た目と同じくらいの精神年齢だと知った。だから、きっとプリシアちゃんとも気が合うはすだ。

 それでも、傀儡の王の本性は始祖族であり、油断してはいけない相手なんだ。

 もしもプリシアちゃんが操られたら……巨人の魔王の国が、獣で溢れかえる動物園みたいになっちゃうね!


「くくくっ。それはそれで面白い」

「駄目、絶対! そんなことになったら、僕たちがプリシアちゃんのお母さんに怒られます!」


 プリシアちゃんのお母さんは、怒ったら怖いんだからね?


「そのようなことは知らぬ」


 と言いながら、魔王は扉に手をかざす。

 膨大な魔力が扉に流れると、緻密で繊細な魔法陣が何重にも浮かび上がった。

 魔法陣の周りに青白い雷が何本もはしる。


「っ!!」


 魔王直々の魔法、それも莫大な魔力を使用した封印魔法をたりにした流れ星さまたちが、息を呑む。

 僕も、改めて魔王の凄さを実感する。

 簡単に魔力を注ぎ、魔法陣を構築しているように見えるけど、これは今の僕たちには到底真似できないような高度な技術が使われているね。


 そして、もうひとつ驚くこと。

 それは、これだけ高度な封印の魔法を施さなければ、傀儡の王の行動を封印できないという事実だ。

 傀儡の王が本気を出したら、十万の魔族軍だって簡単に操られて、魔王さえ苦戦するんだよね。


 猫公爵のアステルや従者のトリス君は、そんな相手にどうやって勝ったんだろうね?

 それはともかくとして。


「ほら、封印は解いてやったぞ。感謝しろ」

「ありがとうございます!」


 僕は魔王にお礼を言うと、改めて扉を開く。


「プリシアちゃん!」


 そして、傀儡の王に与えられた貴賓室を見渡した。


 秋前の柔らかな風を取り込むはずの外窓は、閉ざされていた。それどころか暗幕が架けられていて、部屋全体が薄暗い。

 瞳に竜気を宿して闇を見通すと、豪華な調度品や家具が趣味よく配置されていた。それでも大きなお部屋には広い空間が残っていて、ここが最上位の貴賓客室なのだと知ることができる。

 その広い貴賓客室の奥には、もうひとつの部屋へと続く扉がある。きっと、寝室が別室になっているんだね。


 だけど、傀儡の王の姿もプリシアちゃんの姿も、この部屋にはない。

 ということは、寝室の方だね!

 僕たちは走り、寝室へと繋がる扉を勢い良く開いた。


 ばんっ、と勢いよく開かれた扉の先。

 天幕付きの大きな寝具の上。

 そこに、まるでお人形のように座るひとりの少女の姿があった。


「エリンお嬢ちゃん、プリシアちゃんはどこ!?」


 油断なく叫ぶ僕。

 傀儡の王の部屋を訪れているはずのプリシアちゃんは、一体どこにいるのか!

 緊張と焦りに包まれた僕たちを嘲笑あざわらうように、傀儡の王が「ふふふふ」と少女らしからぬ笑みを浮かべる。

 そして、寝台の上に座る自分のひざもとを指差した。


「プ、プリシアちゃん!!」


 寝具に埋もれ、瞳を閉じたプリシアちゃんがそこに横たわっていた。


「ま、まさか!」

「ふふふふ。先ほどまで人形劇を楽しんでいたのですが。お子様はお昼寝の時間のようですよ?」


 すやすやと寝息を立てるプリシアちゃん。

 その首元の寝具がもこりと動く。そして、ニーミアが顔を出した。


「んにゃん。人形劇は面白かったにゃん」

「ニーミア!」


 はたはたと翼を羽ばたかせて、僕たちの方へと飛んできたニーミアが言う。


「プリシアもにゃんも、何もされていないにゃん。でも、暗いお部屋で人形劇を見ていたらか眠くなったにゃん」

「……な、なるほどね?」


 一気に脱力していくみんな。


 油断のならない傀儡の王。

 その極悪な始祖族にプリシアちゃんとニーミアを操られでもしたら大変だと焦っていた緊張が、ぼろぼろと崩れていく。


「ふふ。ふふふふふ。せっかくお友達になったのですもの。お友達は大切にしませんとね?」

「エリンお嬢ちゃんのその言葉を僕たちは信じて良いのかな?」

「もちろんでございます。プリシアちゃんとニーミアちゃんは、もう私の大親友でございますよ? ふふふ」

「いやいや、胡散臭うさんくさすぎだからね!」


 人の心をもてあそび、だましていいように手玉に取るのが魔族や始祖族の基本的な心の構造だ。だから、傀儡の王の言葉を素直に信じることはできないよね!

 と僕たちが疑っていると、巨人の魔王が遅れて寝室に入ってきて、遠慮なく傀儡の王の膝もとから寝ているプリシアちゃんを抱きかかえた。


「なに、嘘でも真実でも気にすることはなかろう。エリンお嬢ちゃんは、どちらにしてもプリシアには手を出せぬ。何せ、プリシアは私のお気に入りだからな」

「いやいや、魔王のお気に入りもどうかと思いますけどね!?」


 僕は慌てて、魔王の腕の中からプリシアちゃんを救出する。


「陛下の懐から遠慮なく欲しいものを奪うエルネア君も、なかなかでございますよ?」

「うっ。それを言われると……」


 シャルロットの突っ込みに、目を泳がせる僕。


「ともかく。エリンお嬢ちゃん、プリシアにだけには余計な手は出すな。あとは許す」

「だめっ、僕たちにも手を出さないで!」

「エリンお嬢ちゃんと呼ばないでいただきたいですわ」


 僕と傀儡の王の声が重なった。

 それを見て、魔王とシャルロットが愉快そうに笑う。

 この極悪な二人に掛かれば、傀儡の王でも弄ばれる立場になっちゃうんだね。

 恐ろしや……


「むうむう。……んんっと、おはよう?」


 すると、騒がしい僕たちの気配に気づいたのか、プリシアちゃんが目を覚ます。


「プリシアちゃん、おはよう」

「おはようだよ!」


 元気にみんなに挨拶をするプリシアちゃんに、みんなが苦笑する。

 君のおかげで、僕たちは大変だったんだからね?

 だけど、プリシアちゃんは僕たちが心配していたことなんて知らないとばかりに、先ほどまでの出来事を楽しそうに話し始める。


「あのね、エリンちゃんとお人形ごっこをして遊んでいたんだよ? お人形劇も観たんだよ! それでね、それでね!」


 興奮気味のプリシアちゃんをなだめるように、ミストラルが頭を撫でてあげる。


「プリシア。今度からは、知らない人について行っては駄目よ?」

「ん? エリンちゃんは知らない人じゃないよ? あのね、昨日お兄ちゃんの横に並んでいたんだよ?」

「いやいや、並んでいただけで知り合いってなにさ!?」


 どうやらプリシアちゃんは、目に入った魔獣はその時点で親友であり、魔族であっても知り合いになるんですね!

 これは困ったわ、と項垂うなだれるミストラルを、プリシアちゃんは首を傾げて不思議そうに見つめていた。


「と、ともかく! プリシアちゃんを無事に回収することはできたね。というわけで!」


 僕はプリシアちゃんをミストラルに預けると、改めて傀儡の王に向き合う。

 傀儡の王は今も、寝台の上にお人形のように大人しく座っていた。


 まさにお人形のような、完成された容姿。

 華奢きゃしゃな少女の身体を包み込む上質な黒い衣装はどこまでも似合っていて、動かなければ完璧な人形のようにも見えてしまう。

 だけど、本性は始祖族の公爵なんだよね。

 そして、ここ最近は僕たちにちょっかいを出している、迷惑千万な相手だ。


「エリンお嬢ちゃん。いい加減に僕たちへの干渉を止めてもらいたいんだけどな?」


 エリンお嬢ちゃんと呼ばないで。という傀儡の王の言葉を聞き流し、僕はこちらの主張を口にする。


「プリシアちゃんとニーミアとお友達になるのは良いよ。でも、迷惑は御免です。もしも家族や身近な者たちにこれ以上の危害を加える気があるのなら、僕たちは容赦ようしゃしないからね?」

「ふふふ。容赦しないとは、具体的にどのように?」

「それは!」


 ……考えていませんでした!


 はたして、傀儡の王がこれ以上に干渉してきたら、僕はどうするだろう?

 身内に手を出すようなら、容赦はしない!

 それだけは確定している。

 でも、それじゃあ具体的にどう容赦をしないのか。


 赤鬼種の集落を潰したように、問答無用で敵対者を撃滅する?

 でも、傀儡の王はその気になれば十万もの魔族を操れるような魔法を使うよね。

 もしも僕たちが本気になれば、傀儡の王だって本気で迎え撃つはずだ。そうなったとき。傀儡の王が僕の身内や僕自身を操る可能性は否定できない。

 そうなると、手に負えないような事態になるんじゃないのかな?


 では、どうすれば傀儡の王は僕たちへの干渉を諦めて大人しくなるんだろう?


 一瞬の間に、僕は「容赦をしない」と断言した具体的な中身を考える。

 だけど、良い手立てが思いつかない。


 傀儡の王は、ある意味ではこれまで相手にしてきた者たちの中でも屈指の面倒な相手だ。

 自分は安全圏に身を置き、魔法の糸や人形を使って狙った相手に手を出す。

 狙われた者は、眼前の事態に対処はできても、肝心の傀儡の王に手を出せない。だから、終わりなく面倒事に巻き込まれ続けてしまう。

 そりゃあ、深緑の魔王だって苦戦するはずだ。と思わざるを得ないほどの実力を持っている。

 そんな相手に対して「容赦をしない」と言っても、具体味がなくて言葉は軽くなってしまうよね。


 それじゃあ、どうすれば良いんだろう?

 と考えて、僕は思い出す。


 傀儡の王は、幼い心を持っているんだよね?

 起こす騒動や、相手を弄ぶ思考は、まさに始祖族然としたものだけど。だからといって、世界を滅ぼそうだとか、人々の営みを破壊して混沌を導く、というような極悪な結末を望んでいるわけではない。

 あくまでも、他者を利用して「遊んでいる」だけなんだ。「楽しみたい」という無垢むくな心のままに。

 まあ、それが大迷惑なんだけどね!


 そんな、ある意味で純真な心を持つ傀儡の王に対しての「容赦」とは何になるのか。


「エリンお嬢ちゃん」


 僕は、真っ直ぐに傀儡の王を見る。

 そして、はっきりと言った!


「僕たちにこれ以上の悪さをするなら、絶交ぜっこうだからね!!」

「ふふ、まあっ!」


 僕の宣言に、傀儡の王はお人形のような美しい瞳を見開いて驚く。


「エリンお嬢ちゃんは、僕たちの禁領には入れないんだよね? だから、禁領に滞在していた僕たちへは直接的に手を出さずに、竜王の都の騒動を利用したんだ。それなら、これ以上の悪さをしたら、僕たちはもう禁領から出ないよ! そうしたら、大親友のプリシアちゃんやニーミアとも遊べないからね?」


 僕の言葉に、むうむうと頬を膨らませて抗議するプリシアちゃん。

 傀儡の王も、目を見開いたまま僕の話を聞いていた。


 幼い少女の心を持つ傀儡の王。

 だったら、小さな女の子を相手にするつもりで考えれば良いんだ!

 そして、少女だけでなく幼い者は誰でも「絶交」という言葉に弱いのです!

 行動範囲も広くはなく、狭い世界の中だけで築いた関係を一方的に遮断しゃだんされる。小さな子供にとって、それは世界が崩壊することに等しいほどの衝撃を与える。


 どうだ!

 僕の容赦のない宣言に、まいったでしょ!?


 瞳を見開いたまま、硬直してしまった傀儡の王。

 僕たちは、じっと様子を伺う。

 すると、しばらくしてようやく思考が正常に戻ったのか、傀儡の王が動いた。

 寝台の上に可愛らしく座っていた腰を上げて、てとてとと少女らしい足取りでこちらに歩いてくる。

 そして、両手をかざす。


 何かな? と興味深く見つめる僕たちの視線の先で、それは起きた。

 傀儡の王が翳した両手。そこに、傀儡の王の姿に似た小さなお人形が現れた。


「大公様は魔族よりも恐ろしい人ですわ。せっかくプリシアちゃんとニーミアちゃんと親友になれましたのに」


 言って傀儡の王は、お人形をミストラルに抱かれたプリシアちゃんに手渡す。

 ニーミアにも同じように、翳した両手の間に出したお人形を渡す。


「これは、友情の証でございます。私は今後ともプリシアちゃんとニーミアちゃんと仲良くしたいのでございますよ?」

「それじゃあ、僕が言ったことを承諾しょうだくするんだね?」

「ふふふ。ふふふふ。はい、こちらはエルネア様へ。もちろん、絶交は嫌でございますから」


 傀儡の王は、次に二体の可愛いお人形を両手に出した。

 それは、巨人の魔王とシャルロットに似ていた。


「気に食わぬ。エルネア、放棄しろ」


 自分の姿を模したお人形が気に食わなかったのか、魔王が僕を睨んでくる。

 でも、友好のあかしとして傀儡の王が造ったお人形を目の前で放棄なんてできないよね!


「あはははは。これは貰っておくね?」


 僕は乾いた笑いを溢しながらお人形を受け取ると、すぐにアレスちゃんに収納してもらう。


「それじゃあ、約束だよ? エリンお嬢ちゃんは僕たちの家族や仲間には干渉しない。もしも悪さをしたら、絶交だからね?」

「ふふふ。ふふ。わかりました」


 傀儡の王はまさに少女らしく、愛らしい笑みで僕の提案を素直に呑んでくれた。

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