人形劇 鑑賞会

 昔々、ある所に。

 それはそれは高名な魔剣の鍛治職人がいました。

 鍛治職人は来る日も来る日も金槌かなづちを振るい、何本もの名だたる名剣を生み出しました。

 腕に覚えのある魔族は誰もが、鍛治職人の打った名剣を欲し、彼のもとを訪れます。

 ですが、鍛治職人は変わり者でした。


「汝に我が剣を振るう資格なし」


 どれだけ名のある魔族、どれほどの爵位を持つ貴族であっても、鍛治職人はそう言って、せっかく造った名剣を売ろうとはしません。


 そこで、魔族たちは考えました。

 譲ってくれないのなら、奪ってしまおうと。

 ですが、幾度いくどとなく鍛治職人に刺客が向けられましたが、ただひとりとして鍛治職人から魔剣を奪えた者はいませんでした。


 そうして何十年と過ぎ、何百年か経って。

 鍛治職人の名は、益々ますますと魔族のなかで広まり、誰もが彼の打った魔剣を欲しました。

 それでも、鍛治職人は言うのです。


「汝に我が剣を振るう資格なし」


 いったい、鍛治職人の鍛え上げた魔剣を振るう資格とは何なのか。

 魔族は様々な試練に挑みました。

 ある者は、剣闘士として名声をとどろかせました。

 ある者はその腕で爵位を授かり、広大な領地を得ました。

 ある者は竜峰の竜人族へ挑み、またある者は神族の名のある者を打ち倒しました。

 ですが、それでも鍛治職人は言います。


「汝に我が剣を振るう資格なし」


 いったい、資格とは何なのか。

 誰も答えを得られないまま、更に何十年と経ちました。


 職人であれば、生涯を通して唯一無二の、己の一生を捧げた逸品をのこします。

 年老いた鍛治職人も、生涯最高の魔剣を造り上げました。

 これには魔王も目を付けて、譲ように言うのです。

 ですが鍛治職人は最期まで、魔王にさえ首を縦には振りませんでした。


「汝には我が剣を振るう資格なし」


 そうして、生涯を通して何本もの名剣を生み出した鍛治職人は、何者にも魔剣を譲ることなく、そして奪われることなく、その命を閉じました。


 鍛治職人が命の灯火ともしびを消した後。

 彼の遺した魔剣を奪おうと、多くの魔族たちが動きました。

 ですが、不思議なことに。

 死した鍛治職人のもとを訪れた魔族たちは見るのです。

 全ての魔剣が、その場から忽然こつぜんと消えてしまっていることに。

 魔族たちは探しました。

 いったい、何者が鍛治職人の打った名剣魔剣をを持ち出したのかと。


 長い間、多くの魔族たちが探し回りました。

 魔王が奪ったのではないか。名のある者が密かに譲り受けたのではないか。もしくは、鍛治職人が隠したのではないか。

 方々ほうぼうを探し、奔走ほんそうした魔族たち。

 ですが結局、誰ひとりとして鍛治職人が打った名剣魔剣を見つけられる者は現れませんでした。






「……不思議なお話だね?」

「不思議というよりも、意味がわからないわね?」


 僕たちは、傀儡くぐつおうが観せてくれた人形劇を鑑賞した後に、全員で首を傾げた。


「そもそも、誰も手にしたことがないのなら、名剣かわからないわ?」

「そもそも、魔族であっても生涯に何本も魔剣が造れるとは思えないわ?」


 ユフィーリアとニーナの言う通り。

 誰かが鍛治職人の武器を振るって品定めをしたから、名剣だと世間に広まったんだよね?

 それと。魔族といえども、生涯に何本も魔剣を造れるとは思えない。


 魔剣や呪力剣のかなめとなる宝玉は、非常に貴重なんだ。

 限られた鉱山や玉泉ぎょくせんからわずかにしか採れないうえに、その鉱石に魔力や呪力を込める作業も時間が掛かってしまう。

 だから、強力な魔剣に必要な魔力の籠った宝玉は極めて高価であり、なかなか手に入らない。

 魔力を宝玉に込めた魔族だって、できれば自分のために利用したいだろうからね。


 ましてや、打った武器を売らなかったという鍛治職人では、名剣になるほど魔力が籠った宝玉を何個も買えるほどの資金はないはずだよね?

 それとも、鍛治職人自身が宝玉に魔力を込めていたのだろうか?

 いやいや、それでも宝玉を買うお金が必要だよね?

 もしくは、宝玉の良し悪しに影響されないほどの腕を持った鍛治職人だった?


 きっと、そうかもしれないね。

 なにも、宝玉に頼らなくたって名剣は打てるんだ。

 世の中には、魔剣や呪力剣ではない普通の武器を鍛え上げる者のなかにも、たくみは存在しているんだからね。


「とはいえ、最後の落ちが本当に意味不明ね? 鍛治職人が造った武器はどこへ行ったのかしら?」


 セフィーナの言葉に、むうむうと全員が考える。

 それを、不思議な人形劇を披露した傀儡の王が楽しそうに眺めていた。


 ちなみに。

 人形劇の人形は、傀儡の王が即興そっきょうで創った、糸で操る人形だ。

 傀儡の王は「人形」に関わる物であれば、魔力で自由に創り出せるらしい。

 それって、物質を創造できる猫公爵アステルの劣化版では、と思ってはいけない。


 アステルが創り出せるものは、あくまでも物質や物体そのものに限られる。だから、傀儡の王のように人形そのものを創ることは確かにできる。

 でも、傀儡の王の能力の真価は、その先にあった。


 傀儡の王が自らの魔力で創り出した人形には、意思を持たせることができるという。

 シャルロットの話によれば、魔族の真の支配者が住む朱山宮しゅざんぐうでは、傀儡の王が造った何体もの傀儡人形くぐつにんぎょうが働いているという。そしてその傀儡人形は、自らの意思で考えて動き、働いているらしい。


「でも、アステルの創った自動馬人形も自動で動いていたよ?」

「エルネア君。自動で動くことと自分の意思で動くことは違いますよ? あれは、特定の命令に反応して『自動で動いていただけ』ですから」


 という会話が、シャルロットとの間にありました。

 それはさて置き。


 人形劇が観たい、とおねだりをしたプリシアちゃんの要望に応えて披露してくれた物語だけど。

 ううーむ、と首をひねるしかない。

 だって、鍛治職人の昔話を再現しただけで、そこに劇的な物語内容や秀逸しゅういつな結末があったわけじゃないからね。

 それでも、ぴこぴこと可愛らしく動く操り人形に見入っていたプリシアちゃんは満足そうだけどね?


「はわわっ。鍛治職人様が亡くなった後に消えた剣の行方ゆくえが気になりますわ?」


 物語の中に、手掛かりが隠されているのかな? とライラと一緒に考えこむ僕。

 そんな僕たちの背後では、同じく人形劇を鑑賞していた巨人の魔王とシャルロットが笑みを浮かべていた。


「もしかして、シャルロットはこの物語の意味を知っているのかな? あっ! まさか、鍛治職人に魔剣を譲るように言った魔王って?」

「私の知らぬ魔族の昔話などはない。だが、其方の考えは間違えだ。私は奴の造った魔剣を欲しいと思ったことはない」

「むむむ? その言い方だと、鍛治職人や魔剣のことは知っているんですね?」

「エルネア君。頑張って答えに辿り着いたあかつきには、傀儡公爵様が素敵なご褒美をくださると思いますよ?」

「ふふふふ。勝手なことを言う宰相様でございます」


 なんて微笑む傀儡の王だけど、否定はしないんだね?


「やはり、手掛かりは鍛治職人が口にした言葉かしら?」

「ミストラル。それって『汝に我が剣を振るう資格なし』ってやつ?」

「ええ。そうよ。その『資格』が物語の鍵になっているのじゃないかしら?」


 鍛治職人は、自分が造った名剣や魔剣を本当に大切にしていたんだよね。だから、どれだけお金を積まれても、どんな脅迫を受けたり命を狙われても、手放さなかった。

 だけど、絶対に譲らない、と言っていたわけではない。あくまでも、欲しいと言ってきた者たちに「資格」がなかったから、譲らなかっただけなんだよね?

 では、その資格とはなんだろう?


「物語を干渉した限りでは、お金や地位や名声といったものではないようですね?」

「ルイセイネの言う通りですね。そのどちらも、魔王であれば最高峰のものが準備できますからね?」


 ルイセイネとマドリーヌも、ああでもないこうでもない、と考え込んでいる。

 面白いのは、流れ星さまたちもその輪に加わって、一緒に意見を出し合っていることだね。


 そうそう。

 人形劇は、僕たち一家や魔王やシャルロットだけでなく、流れ星さまたちも鑑賞していた。

 日中に迷惑をかけた謝罪の意味も兼ねているらしい。

 でも、それならもっと明快で楽しい人形劇が観たかったような? と最初は思ったんだけど。


 少しずつ、傀儡の王のことが理解でき始めている僕たち。

 それで、気づいたこと。

 傀儡の王は、人形を使って劇を演じることが好きで、それを観客たちに楽しく観てもらいたいと思っている。でも、それだけではない。

 せっかく人形劇を披露するのだから、自分もそこに加わりたいと思っている。

 だから、人形を通して観客に干渉するし、時にはこうして謎解きのような劇を披露して、物語の意味を色々と考える者たちを観て楽しむんだ。


 不思議な人形劇だった。

 一見すると意味不明な内容。そして結末。

 なぜ、傀儡の王はこの物語を僕たちに披露したんだろうね?

 もちろん、僕たちを悩ませて楽しんでいる、という側面は確実にあるんだろうけど。それよりももっと深い場所に、傀儡の王の狙いがあるような気がする。


「資格……資格かぁ」


 鍛治職人の言っていた「資格」の意味がわかれば、この物語の真意が解き明かされるんだよね?


「資格、とは少し違うかもしれませんが。もしかすると、エルネア様のように何か特別な称号が必要だったのでは?」


 と意見を口にしたのは、イザベルさんだ。


「特別な称号を持つことが『資格』であったのなら、たとえ魔王でも準備できないかもしれませんね?」

「魔族では絶対に手に入らないような称号だとしたら、誰も魔剣を譲ってもらえない?」

「アニー、それだと資格以前の問題になりますよ?」

「ミシェルの言う通りね。それと、称号が『資格』だと、相手を見ただけでは判別できないわよ?」


 賑やかな客間。

 まさか、プリシアちゃんがおねだりをした人形劇で、これほど盛り上がるだなんてね?

 傀儡の王も、他者に迷惑をかけないこうした遊びを披露するのなら、僕たちだって喜んで加わるのにね?


「ふふふふ。本当でございますか?」

「迷惑、駄目! 絶対!」


 僕たちに迷惑をかけてはいけませんよ?

 その辺は約束したからね?

 本当は、全ての者に迷惑をかけてはいけない、と誓わせたいんだけど。そうすると、魔族としての沽券こけんに関わるからね。

 魔族とは、どれだけ自由に生きられるかが存在の真理しんりに関わるんだよね。だから、必要以上に縛って、それが後日の暴走の種になったら大変なのです。

 その辺は、僕たちも理解しているよ?


「魔族よりも、其方らの方が明らかに破壊と自由を謳歌おうかしているがな?」

「魔王、それは言っちゃいけないことなんですよ? だいたい、僕たちが騒動に巻き込まれているのって、魔王やシャルロットのせいですからね?」

「ふふふ。エルネア君、それは勘違いかと?」

「いいえ、勘違いではありません!」


 そもそも、傀儡の王を授爵じゅしゃくの式典にばなければ、今日の騒動だって起きなかったのでは?

 魔王は「嫌がらせで招んだ」と言っていた。

 魔族の支配者から僕が称号を授かるという場面に、僕たちにちょっかいを出した傀儡の王を招び寄せて、わざと見せつけたわけだね。

 もちろん、被害を受けた僕たちと、騒動の黒幕である傀儡の王を会わせるという「両者への嫌がらせ」という意味です!


 こういうところは、やっぱり魔族で魔王ですね!

 まあ、結果的には傀儡の王への嫌がらせにはならず、僕たちが余計な面倒に巻き込まれただけだったんだけど?


 はっ!

 つまり、僕たちだけが損をしているのでは!?


「ふふふ。ふふ。ようやくお気づきになりましたか?」

「其方は自分のことになると鈍感になるな?」

「エルネア君、まだまだでございますね?」

「始祖族三人で僕の心を勝手に読まないでっ」


 しくしく。

 心の修行を本格的に始めた方が良いのかな?


「エルネアお兄ちゃんは心の修行をしても顔に出るから意味がないにゃん」

「あっ。ここにも僕の心を読む邪悪な竜がいた!」

「にゃん」


 プリシアちゃんとアレスちゃんと一緒にお菓子を食べていたニーミアが、楽しそうに尻尾を振っていた。


「ふふ。ふふふふ。楽しい方々でずございすね。ですが、すこし休憩いたしましょう」

「休憩?」


 傀儡の王の突然の提案に、僕たちはそろって首を傾げた。

 傀儡の王は全員の視線を集めて言う。


「どうでしょう? 気分転換に全員でお散歩に出かけるというのはいかがでしょうか? 日中は色々とあって観光ができませんでしたでしょう?」

「それは主にエリンお嬢ちゃんのせいだからね?」


 とはいえ、良いかもしれない。

 魔王とシャルロットと傀儡の王が同行するのなら、人族中心の僕たちが団体で行動しても、絡んでくる者はいないだろうからね。


「魔族の社会では、夜は夜に活動する魔族たちの文化があるんだよね。夜の観光も良いかもしれないね?」


 僕が賛同の意を示すと、全員が頷いてくれた。


「プリシアが寝る前までならね?」

「んんっと、プリシアはお昼寝をしたからまだ眠くないよ?」


 プリシアちゃんは、食べ残していたお菓子をアレスちゃんに収納してもらいながら、素早くミストラルの側に駆け寄る。そして、自分はお利口さんですよ、と主張するように可愛い笑みを浮かべた。

 ミストラルも、夜の観光には乗り気のようで、そんなプリシアちゃんのお菓子で汚れた顔を拭いてあげながら、全員に支度を促す。

 慌ただしくなるみんな。もちろん、僕も外出の準備を始める。


 そんな僕たちを楽しそうに見つめる傀儡の王。

 そして、意味深に笑みを浮かべる巨人の魔王とシャルロットの気配に、僕たちは気づいていなかった。

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