夜の観光
月の綺麗な夜。
夜空は欠けた月の明かりと星々の
活発化する夜行性の魔族たち。日中の営みを終え、夜の寛ぎを求める者たち。そうした交わりのなかで、昼間と変わらないような喧騒が魔都中を多い尽くす。
……はずでした!
「僕はね? 最初は、魔王や宰相や傀儡の王がいれば、魔都観光をしていても問題は起きないと思っていたんだよ?」
「そうね。問題は起きていないわね?」
頷くミストラル。
「だけどさ……。こういう展開は予想していなかったよね?」
「どうかしら? 傀儡の王はともかくとして、魔王が同行している時点で予測はできたかもしれないわね?」
「ミストラルは、予想できた?」
「ふふふ。難しいわね? だって、わたしたちは魔族の社会にそれほど詳しいわけではないから」
「だよね!? だから、これは僕たちのせいではないんだ!」
うん。だから、気を取り直して進もう!
僕たちの周りなんて気にせずに、観光しましょう!
そう意気込む僕。
だけど大多数、それも流れ星さまたちはみんな困り顔で、周りを見渡す。
見てはいけません!
見てしまったら、現実を嫌というほど実感してしまうからね!
そう強く思いつつも、僕の視線も周囲に向いてしまう。そして、見てしまった。
全ての者たちが
「ふふふ。エルネア君。陛下が同行している時点で、わかりきったことではありませんか」
「宰相よ、それを言ったらお終いだよ?」
一応、シャルロットのことも気を遣って名前では呼ばない僕の配慮!
だけど、僕の気遣いなんて意味がない感じで、全ての者は平伏し、緊張に固まってしまっていた。
「うーむ。アームアード王国やヨルテニトス王国と同じような感覚で外出したんだけど、魔族の国は人族の国よりも身分の差が激しいよね?」
「はわわっ。エルネア様、ヨルテニトス王国でも、陛下が外出された際は国民は
「ライラ、そうだね。平伏まではしないけど、確かにみんな敬意を払っていたよね? そう考えると、王女が当たり前のように冒険者として街中に出没するアームアード王国が異常なのかな?」
「エルネア君が不思議そうな瞳でこちらを見ているわ」
「エルネア君が疑問の視線を投げかけているわ」
「言い返せないところが辛いわね……」
某王女三姉妹が苦笑している。
なにせ、この三人だけでなく、末妹のセフィーナちゃんでさえ勇者と一緒に冒険三昧だからね。
それはともかくとして。
「あまり一箇所に滞在しすぎても魔族たちの迷惑になっちゃうから、早めに移動しよう!」
「ははは。エルネア君、帰ろうとは言わないんだね?」
巨人の魔王やシャルロット、それに傀儡の王には護衛なんて必要ないと思うのです。それでも律儀に、側近であるルイララが同行していた。
「ルイララは何を言っているのかな? せっかくの観光だよ? 僕たちはもう帰らない。絶対にだ!」
「そういう、魔族をも恐れない自由な振る舞いがエルネア君らしいよね?」
「そうかなぁ?」
僕は、なにも自分勝手に生きていたり行動しているわけじゃないよ?
今だって、僕は流れ星さまたちに魔族の営みを見てもらいたいと思ったから、こうして観光に出ているんだ。
でも、魔族の社会を見せる以前に、魔王やシャルロットの姿を見た者が全て平伏して、都市の動きが停止してしまっていたら、意味がないのかな?
「いや。これこそが魔族の社会だと存分に見れば良い」
「と言うと?」
魔王は露天から勝手に食べ物を奪うと、抱いたプリシアちゃんに与えながら言う。
「其方と共に活動していると、勘違いをする者もいる。だが、魔族の社会とは本来、こういうものだ。高位の者を恐れ、服従する。他者を支配する力こそが全てであり、弱き者はどれ程に不平不満があろうとも従うしかない。それが嫌ならば、死が待つのみだ」
プリシアちゃんに夜食を与えないでくださいね?
太っちゃうよ?
あと、お店から勝手に物を強奪してはいけません。お金は払いましょう。
ミストラルが困ったように、魔王が食べ物を奪ったお店にお金を置いていく。
店員やお客さんは全て平伏していて、代金を手に取れないからね。
「其方らは、自分たちが影響を及ぼす世界しか見ていない。だから普段は実感しないだろうが。これこそが、本来の魔族の社会だ。私や宰相の姿を見れば、全てのものが
僕たちは、改めて周囲を見渡す。
奴隷の人たちだけでなく、全ての魔族、それこそ魔王城内で見たことのあるような上位の魔族たちさえもが平伏している。
魔王城内で仕事をしている時や、魔王やシャルロットが良しとしている日常であれば、平伏まではしなくても良いのかもしれない。
だけど、物見遊山とはいえ、こうして非日常的な様子で魔王たちが突然目の前に姿を現したら、魔族たちは平伏しなきゃいけない。
そういえば、竜王の都でも魔王が来訪すると、メドゥリアさんや
僕たちには気安く接してくれる魔王やシャルロット。だけど、やはりこの二人は別格な存在なんだよね。
本来であれば、人族の僕たちなんて隣りで歩けるような存在ではないんだ。
姿を見た瞬間に平伏していなければ、不敬を問い詰められる以前に瞬時に殺されている。
「竜峰の麓で初めて魔王の姿を見た時に生きていられたのは、ミストラルのおかげなんだね? あの時にミストラルや竜王のみんながいなかったら、僕は一瞬で殺されていたんだね」
「いや、其方は見た瞬間から面白い奴だと思っていたからな。竜姫の連れ添いでなければ奴隷として連れて帰って弄んでいただろう」
「今でも弄ばれているから、結局は変わっていないような!?」
「奴隷でないだけありがたいと思え」
「うーん。奴隷だったら、疲弊して死ぬまで剣子爵と戦えとか言われていそうだから、本当にありがたかったのかも?」
いやいや、魔王の奴隷になっている時点で、ありがたくないからね!?
と、思考が汚染されていることに気づいて慌てる僕。
恐るべし、魔族。
「ふふ。ふふふ。エルネア様が勝手に思考を暴走させているだけでございますわ」
僕たちと一緒に魔都を楽しそうに見学しながら歩く傀儡の王が、可笑しそうに笑う。
傀儡の王の姿は、魔族の間ではどれくらい認知されているんだろうね?
普段暮らしている領土は、巨人の魔王の国から離れた場所なんだよね?
そうすると、僕たちと同じように姿格好が認知されていなかったりするのかな?
「ふふふふ。そうでございすますね。私の姿を知る者は、この辺りでは少ないかもしれません。ですが、だからといってこちらの実力を見抜けずに間抜けに手を出す愚か者さんがいれば、全て
「お嬢さん、逃げてっ!」
「ふふふ。エルネア様は何を仰っているのでしょう?」
「き、気にしないでください……」
傀儡の王は、見た目が少女。精神も少女。
だからなのかな?
計り知れない魔力と気配を隠そうともしない魔王やシャルロットとは違い、普段の動きまでもが可愛らしい。
プリシアちゃんのようにお菓子に興味を示したり、可愛い衣裳の並ぶお店や面白そうな玩具が置かれた露店を、気の向くままに物色している。
だけど、こう見えても立派な始祖族であり、恐るべき実力を持っている公爵なんだよね。
その始祖族としての実力を見抜けずに手を出すような魔族は、魔王やシャルロットがそうするように、容赦なく殺される。
いや、殺されるならまだ良い方で。操られて、絶望のどん底に叩き落とされて尚、弄ばれ続けるんだ。
「それで。傀儡の王はどこに向かっているのかな?」
夜の観光を言い出したのは、傀儡の王だ。
では、どこか向かいたい場所があるのかな?
実際に、僕たちは傀儡の王の足取りに合わせて歩きながら、魔都を観光しながら移動していた。
傀儡の王も、露店を見たりお店を覗いたりしながら、楽しそうに観光している。
もちろん、僕たちも魔族の社会、というか夜の魔都の景色を興味深く見渡しながら楽しんでいる。
まあ、周囲の全ての者たちが平伏しているという異様な光景に、流れ星さまたちは引き気味だけどね。
それでも、流れ星さまを含む僕たちは十分に観光しながら、傀儡の王の足取りを追って歩いていた。
「ふふ。ふふふふ。実は行きたい場所があるのでございます」
とても楽しそうに、傀儡の王は微笑む。
そして、目的地を口にした。
「この先に、大神殿がございます。私、かねてよりそちらに一度行ってみたいと思っていたのでございます」
「えっ!?」
確かに、僕たちは魔都中に張り巡らされた何本もの大通りの
なにせ、朝に一度通った道だからね。
でもまさか、傀儡の王がその大神殿を訪れたいと思っていただなんて?
「あらあらまあまあ。傀儡公爵様は、神殿宗教に興味がおありなのでしょうか?」
「それでしたら、この際に正式に信徒となると良いです」
ルイセイネとマドリーヌがそう言うけど、半分は冗談だ。……マドリーヌ、冗談だよね?
気のせいでしょうか、マドリーヌが真剣に傀儡の王を勧誘し始めました!
ルイセイネが苦笑しながら止めている姿が面白い。
「ふふふ。創造の女神に興味はございませんが。ふふふ」
と、なにやら意味ありげな笑みを浮かべる傀儡の王。
「大神殿になにかあるの?」
石造りの立派な建物が見たいのかな?
いやいや。少女思考の傀儡の王が建築物に興味を示すはずがない。
では、傀儡の王が興味を示すものとは何だろうね?
傀儡の王のこれまでの行動や思考を思い返してみる。
お人形のような容姿の傀儡の王は、まさに少女だ。
衣裳の好みも、食べ物の好みも、遊びも行動も全てが少女然としている。
今だって、衣裳店に飾ってあった可愛い服を勝手に拝借しています。……困ったようにミストラルが代金をお店に置いていったけど、この出費って僕たちの負担なのかな!?
それはともかくとして。
とにかく、少女少女とした見た目と思考の傀儡の王。
その彼女が、なぜ大神殿を訪れたいと思ったのか。
「大神殿に何か面白い物があるのかな? それとも、興味を惹くような面白い人がいるとか?」
僕たちも、流れ星さまたちを連れて大神殿へ観光へ行こうとしていた。だけど、そこに珍しい物や人がいるような話などは聞いていない。
それで、魔都のことには詳しいだろう魔王やシャルロットに、尋ねるように視線を向ける。
そうしたら、恐ろしいことを言われました!
「今夜の代金は、全て其方の負担だ」
「いやいや、僕はそういうことを質問したんじゃないですからね!?」
確かに、勝手に露店やお店から品物を強奪している魔王や傀儡の王の代わりに、ミストラルが代金を払っているけどね?
でも、僕は傀儡の王が興味を示している大神殿のことについて聞いたんですよ?
「そのことであれば、行けばわかる。行く前に話してしまっては面白みがなくなるだろう?」
「ぐぬぬ。確かにそうですね? ということは、やっぱり珍しい何かがあるんですね。しかも、傀儡の王が普段自分ひとりでは駄目な何かが?」
人族の心の
神殿宗教の中心。
世界各国に必ず
では、神殿宗教の信徒ではない他の種族たちは、大神殿を訪れることはできないのだろうか。
もしもルイセイネやマドリーヌや流れ星さまたちにそう聞いたら、全員が首を横に振るはずだ。
大神殿だけでなく、各地の神殿なども同じで、神殿宗教の施設は全ての者に分け隔てなく門を開いている。
だから、傀儡の王がその気であれば、ひとりでも大神殿を訪れることができるんだ。
だけど、傀儡の王はひとりで訪れることなく、僕たちを同伴させた。
もちろん、少女思考で、ひとりで行っても面白くないから大勢で楽しく訪れよう、という考えかもしれないけど。
でも、と思ってしまう。
傀儡の王には、なにか考えがあるんじゃないのかな?
あえて僕たちを誘った理由。
魔都観光を利用して、何かを成そうとしている?
「ふふ。ふふふ。気のせいでございますよ?」
「えー。本当かな?」
愛らしく微笑む傀儡の王に、僕は少しずつ不安を覚え始めていた。
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