万葉の大神殿

「むきぃっ、なんでヨルテニトス王国やアームアード王国の大神殿よりも立派で大きいのですかっ」


 そう癇癪かんしゃくを起こしたのは、マドリーヌ。


「あらあらまあまあ。人族の国よりも、しいたげられている魔族の国の大神殿の方が大きいとは驚きですね?」


 と感想を漏らしたのはルイセイネ。

 そして流れ星さまたちは、広大な敷地に建立された圧巻の大神殿を、言葉もなく見上げる。


 無理もない。

 ルイセイネとマドリーヌが言ったように、巨人の魔王の支配する魔都の大神殿は、何処よりも巨大で荘厳そうごんだった。

 まず、入り口からして普通と違う。


 大通りから大神殿の敷地へ入ると、最初に巨大な石灯籠いしとうろうが門としてそびえ、そこから前庭、中広場、奥庭と入り組んだ道を進んだ先に、ようやく大広場に辿り着く。

 大広場から見上げる石造りの大神殿は、左右非対称の横長な建物で、正面に見える大拝殿だいはいでんの更に奥まった場所にようやく本殿が見えるような造りになっていた。


「なあに、建立には手間も資金も必要なかったからな。これくらいは大盤振る舞いにもならない」

「手間も資金も……伝説の大工さん、ここでもただ働きだったんですねっ!」


 巨人の魔王にかかれば、猫公爵もただ働きになっちゃうんだね。

 だけど、アステルの能力を知らない流れ星さまたちは、伝説の大工さんが無償でこれほど立派な大神殿を建立してくださるなんて、と瞳に涙を浮かべながら感動していた。


「それでも、驚きです。魔族の国だから、庇護されているといっても最低限だと思っていました」


 マドリーヌも感慨深そうに大神殿とその周りの景観を見渡している。

 大広場にたどり着くまでに通ってきた前庭や奥庭には、季節の樹々が植えられていたり、池が掘られていたりと、まるで観光地のような風情ある造りだった。

 大広場から見渡せる景色も、荘厳な大神殿と調和するように美しく整備されている。


「ふふふ。みなさんが驚くのも無理はありません」


 シャルロットが建立時の経緯いきさつを話してくれた。


「こちらを建立する際に、ある魔族と約束を交わしたのでございます。秘宝を大神殿に収蔵する代わりに、信徒でない魔族も気軽に足を向けられるような場所にしてほしいと」

「むむむ? わざわざそういう事を言うってことは、その魔族は神殿宗教の信者さんだったんですね?」

「さすがはエルネア君。おさといですね」


 僕とシャルロットの会話に、イザベルさんが驚く。


「魔族の信徒でございますか? ……いえ、それは別に不思議ではないのですよね。私たちの国や周辺諸国には人族だけが暮らしていましたので、他種族が信徒ということに馴染みがなく、驚いてしまいました」

「禁領にも、耳長族の信徒はいっぱいいますよ。今は全員が修行に出ていますけどね」

「そういえば、そうでございましたね」


 先入観は怖いですね、とこぼすイザベルさん。


「魔族や神族は、私たち人族を虐げる存在とでしか認識していない固定観念は、この場で捨て去らないといけませんね。そして、魔族にもこうして親切な方々はいらっしゃいますし、敬虔けいけんな信徒も存在するのです」

「魔王やシャルロットをあまり信じすぎると、簡単に裏切られて弄ばれますからね!? 体験談です!」


 なんて僕は言うけど、こうして本人たちの目の前で悪いことを言ってもおとがめはない。それくらいには信頼関係は築けていると思います。……ですよね?


「ふふふふふ」

「シャルロットが不穏な笑みを浮かべています! ミストラル、助けてっ」

「貴方は、まったく」


 苦笑するルイセイネや妻たち。

 流れ星さまたちも、ようやく大神殿とその周辺の景観見学が落ち着いたのか、僕たちの会話に耳を傾けて笑ってくれていた。


 良かった。流れ星さまたちも、随分とこの環境に慣れてきたみたいだね。

 シャルロットの先ほどの話を裏付けるように、大神殿前は観光地として大勢の魔族たちの姿がある。まあ、今はその全てが平伏している状況だけど。

 そんな魔族に囲まれた環境のなかでも、流れ星さまたちは周囲に目を向ける余裕があったり、自分たちの先入観や固定観念に疑問を持てるくらい柔軟な思考でいられている。


 安全安心な禁領から連れ出して、魔族の社会や魔族という種族そのものを知ってもらいたいと思った僕の思惑は、どうやら成功したみたいだね。

 あとは、イザベルさんたち遠征部隊が禁領に帰ってから、残っていた人たちに自分たちの体験や考えを広めてくれれば、きっと良い方向へと流れは進んでいくはずだ。


「ふふ。ふふふふ。大変に素晴らしい景観でございます。私の屋敷も、猫娘ねこむすめにお願いいたしましょうか。あの猫娘のせいで、屋敷が吹き飛んだのですから。ねえ?」

「くくくっ。あれは今、ひまを持て余していることだろう。喧嘩をせぬ、派遣中のあれの身の安全を其方が保証する、というのであれば向かわせよう」

「巨人の魔王と傀儡の王が、勝手にアステルの予定を立てていますよ!?」


 トリス君、シェリアー、早くご主人様のもとに帰ってこないと、大変なことになりますからね?


 傀儡の王も、観光地と化している大神殿に満足したように笑みを浮かべている。

 そして、おもむろに大神殿内へと足を向けた。


「大神殿内も、自由に観光できるんですか?」


 僕の質問には、ルイララが答えてくれた。


「最初の大拝殿? そこまでは誰でも観光できるようになっているらしいよ。まあ、僕もここへ来たのは初めてなんだけどね」

「ふむふむ。大拝殿というと、信者の人たちが日々の礼拝をする場所だね?」


 大拝殿の奥に、一般祭事を執り行う祭殿さいでんがあって、そこで人族が結婚の義を執り行ったりするらしい。

 そして祭殿の奥からが神聖な領域で、ここからは関係者か特別な許可を得た者だけが入れる。魔族といえども勝手に入ることは許されず、もしも無法を働けば、それは即ち魔王への叛逆はんぎゃくを意味すると、とルイララは教えてくれた。


「うわっ。それくらい厳重に神殿は守られているんだね」


 ありがとうございます、と素直に魔王へお礼を言ったら、本人に笑われた。


「不神信な其方が言うと、女神が困るであろうな?」

「そんな馬鹿な!」


 僕は、本心からお礼を言ったんですよ?

 巨人の魔王の国であっても、今朝のように周囲の目を盗んで神職の者に悪さをしようとする魔族は存在している。

 だから、普通に考えると大神殿であってもぞくに狙われたりすることはあると思うんだ。

 それを魔王が表立って庇護してくれているから、神職の人たちは安全に生活を送れていたり、周囲が素敵な観光地として維持されているんだよね。


 だから、僕のお礼は正しいことなんだと思います。と言ったら、イザベルさんたちが僕に感動の眼差しを向けてくれました!


「ふふふ。エルネアがとくを積んでいるわね。でも、良いの? 傀儡の王は先に行ったわよ?」

「わわわっ。みんな、エリンお嬢ちゃんを追おう!」


 大神殿前の大広場でいつまでも話し込んでいたら、周囲の全員が平伏したままでみんな困るしね!

 僕たちは傀儡の王の後を追って、大神殿内へと足を運ぶ。

 大きな表扉を潜り、神聖な空気に満ちた大拝殿に入る。


 夜でも活発に動く魔族が観光に来るからだろうか。大拝殿は夜間も開放されていて、案内役である巫女様や神官様の姿も見受けられた。

 僕たち、というか魔王やシャルロットが大神殿を訪れたことに気づいた巫女様のひとりが、慌てた様子で奥に去っていく。

 きっと、上位の巫女様に報告へ行ったんだね。


 そして、大拝殿内を観光していた魔族や、付き従っていた奴隷や礼拝中の人々が、全て平伏する。

 だけど、観光の魔族や奴隷たちとは違い、大拝殿で勤めを果たしていた巫女様たちや神官様たちだけは平伏しない。まあ、緊張で石像のように硬直したり、立ってまま気絶ていたりするけどね?

 ともかく、魔王に対して平伏しない神職の人たち。

 でも、お咎めはない。


「聖職者は、支配者と平等な立場でらないといけないのです」


 とは、マドリーヌのげん


 支配者や国政の影響を受けず、人々の心の在り処として存在しなければならない。

 だから、平伏して屈服を示すわけにはいかないんだ。たとえそれが自分たちの命に関わる場合だったとしても。

 でも、魔王やシャルロットは、そんな些細なことは気にしません。

 平伏する者たち。起立のまま硬直する聖職者たち。そうした様子を面白そうに眺めている。


 僕たちよりも先に入殿した傀儡の王は、まさに少女の好奇心で、いろいろな場所を見て回る。

 そして、勝手に奥へと入ってく。


「こらこら。これ以上は奥に入っちゃ駄目だよ?」


 慌てて追った僕は、奥の祭殿で傀儡の王を捕まえた。

 僕や傀儡の王を追って、みんなも祭殿へやってくる。

 大拝殿の奥にある祭殿は、本来は見学場所にはなっていない。だというのに、みんな躊躇ためらいなく来ちゃったんですね!


 今夜は一般祭事が予定されていなかったのか、祭殿には僕たち以外の観光客の姿はなくて、案内役の巫女様や神官様の姿さえもない。

 蝋燭ろうそくや法術の灯りで照らされた広い祭殿が見渡す限り視界に入るだけだ。


 祭事の邪魔をしなくて良かった、と傀儡の王を捕まえてほっと胸を撫で下ろす僕。

 だけど、これ以上の奥に行ってはいけませんよ?

 たとえ巨人の魔王が庇護している場所だとしても、同じ始祖族であり自由奔放な傀儡の王なら、お構いなしに更に奥の神聖な場所まで侵入しちゃいそうだよね?


「ふふふふ。祭殿までは入っても良かったのですよね?」

「いやいや、違うよ? 祭殿は、祭事に用事のある人だけが入れて、観光客は入れないんだよ? さあ、これからは僕たちと一緒に行動しましょうね! 迷子になったらどうするんだい?」


 プリシアちゃんだって、大人しく魔王と手を繋いで見学しているんだからね?

 というか、プリシアちゃんよ。魔王が大好き過ぎですね!?

 この中で、一番に甘やかしてくれるからだろうね。

 それはともかくとして。


「さあ、折角だしもう少しこの辺を見て回ろう。あっ、女神様の像があるよ? 傀儡の王はこうした人形は創れないの?」

「……私よりも大公様の方が勝手に動き回っていますの」

「そ、そうかな!?」


 いいや、ユフィーリアとニーナよりかは自重しています。

 あの二人は、お酒を片手に観光しているからね!

 セフィーナさんが困ったように相手をしているのが可哀想だ。


「ところで大公様」

「はい?」

「宰相様が仰っていた、魔族との約束が気になりませんでしょうか?」

「むむむ? そう言われてみると? この大神殿は、言ってみればその魔族との約束があったから、これだけ立派に建立されて、しかも魔王の直接の庇護まで受けているんだよね?」

「ふふ。ふふふふふ。やはり大公様も気になるのですね?」

「僕、すごく気になります!」


 僕と傀儡の王がそろって魔王へ興味の視線を向けたら、にやりと悪そうな笑みを浮かべられた。

 嫌な予感しかしない!

 やっぱり無かったことにしよう。そう思って傀儡の王の興味を別に向けようとした時だった。


「魔王陛下、宰相様。遥々はるばるこのような場所まで足を運んでいただき、恐悦至極きょうえつしごくに存じたてまつります」


 拝殿の奥から、立派な身なりの壮年の女性が姿を現した。

 歳の頃は五十過ぎくらいかな?

 白髪を誰よりも長く伸ばし、自身の身長と同じくらいの大錫杖だいしゃくじょうを手に持つ女性。

 見るからに、この大神殿の巫女頭みこがしら様だ。


 僕たちが大神殿に入った時。魔王の姿を見た巫女様が慌てて奥へ報告しに行ったのは知っていたけど。

 まさか、巫女頭様が直々に出てくるなんて。

 いや、当たり前なのか。

 支配者には屈さない、とはいっても、自分たちを庇護してくれている巨人の魔王が訪れたのなら、最高のおもてなしをしなきゃいけないよね。


 巫女頭様は魔王の方へ歩み寄る。だけど、ある一定の距離を空けて立ち止まった。そして、そこで改めて挨拶をしている。

 きっと、あの距離が魔王へ対する敬意の表し方なんだろうね。

 近すぎては、不敬になる。遠すぎたら失礼になる。絶妙な距離で、魔王の来訪に言葉を贈る巫女頭様。


「……そ、それで、本日の来訪の目的はいかがなされたのでございましょうか?」


 緊張に満ちた巫女頭様。

 すると、魔王ではなくシャルロットが口を開く。


「陛下は、この方々に『あれ』を見せたいと思っておいでですよ?」


 この方々、と僕の家族や流れ星さまたちを示すシャルロット。

 巫女頭様は僕たちに視線を向けると、目を見開いて驚く。

 無理もない。

 マドリーヌも、ヨルテニトス王国の巫女頭として、女性と同じ格式の巫女装束みこしょうぞくを身に纏っている。ルイセイネは、竜峰の流れ星として相応しい装束。そして流れ星さまたちは、普通の巫女装束だけどつくろいが一般的な装束とは違う。


「こ、この方々は……? いいえ、それよりも。あ、あれとは即ち……?」

「ふふふふ。稀代の鍛治職人、グリヴァストの遺した宝剣宝槍がこちらには収蔵されていますでしょう?」


 はて?

 僕たちは大神殿に収蔵されているお宝を見学させてもらうために、ここに観光へ来たのかな?

 いいや、違います。

 僕たちは傀儡の王に誘われて、夜の散歩がてら観光に来ただけです。


 だけど、そう思っていたのは魔族以外の僕たちだけだったらしい。

 僕に手を握られていた傀儡の王が、隣りでにこりと少女らしからぬ笑みを浮かべていた。

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