秘蔵品を観せてもらいましょう

「エルネア君、知っているかい?」


 と声を掛けてきたのは、ルイララだった。


「鍛治職人グリヴァストは、あの名工ビエルメアの一番弟子だった人さ」

「ええっと、ビエルメアっていうと……?」

「ははは。忘れたのかい? 君の命を狙ってわざわざ人族の国まで足を運んだ、あのギルラードが持っていた魔剣を打った刀匠だよ?」

「ああ、あの魔族の!」


 僕が魔王位争奪戦に巻き込まれる原因となった魔族。

 密かに竜峰を越えてアームアード王国へ侵入し、人族の貴族をそそのかして僕の実家に不法侵入したり僕を襲撃させた、あの魔族だね。

 ギルラードは残念ながら僕によって討たれてしまったけど、彼が持っていた魔剣はどうやら魔族のなかでも超有名な逸品だったらしい。

 その魔剣は現在、剣術馬鹿のルイララが所有している。


 それで。

 その超有名な魔剣を鍛えたビエルメアという魔族の一番弟子が、グリヴァストなんだね。そして、その人の打った魔剣が、大神殿に収蔵されている?

 なんでさ?

 意味がわかりませんよ?


 アームアード王国やヨルテニトス王国の大神殿にも、様々な宝物ほうもつが収蔵されている。

 だけど、神殿宗教の施設に収蔵される貴重品とは、往々おうおうにして女神様に関わる品々ばかりだよね?

 各地の逸話いつわや伝説を記した書物や、古い伝承や法術の書かれた巻物。他にも武具や宝飾品なども収蔵されているけど、そのほぼ全てが神殿宗教に関連のある物ばかりだ。

 そうした収蔵品の中に、有名な鍛治職人の武器や国宝が含まれているなんて話は聞いたことがないよ?


 ルイセイネやマドリーヌ、それに流れ星さまたちだってルイララの話に疑問を浮かべて、首を傾げていた。

 だけど、収蔵品を見せてほしい、とシャルロットに言われた巫女頭様は、驚きのあまり口に両手を当てて瞳を限界まで見開き、固まっていた。


 巫女頭様の反応を見る限り、本当にこの大神殿にグリヴァストという魔族の鍛治職人の武器が収蔵されているんだろうね。

 そしてそれらは、あまり公言できるような収蔵品ではないのかもしれない。

 僕の予測を裏付けるように、巫女頭様はぎこちない瞳の動きで、魔王とシャルロット以外の僕たちを困惑気味に見る。

 祭殿の遠い場所からこちらの様子を伺っていた巫女様や神官様が、慌てたように人払いを始めていた。まあ、祭殿には神職の人たち以外は僕たちしかいないんだけどね。

 それでも、他者の目と耳を過剰に気にするほどの話題だったんだ。シャルロットが口にしたことは。


「さ、宰相様……?」

かまいませんよ? この方々に、あれらを見せてくださいませ」


 ふふふ、と糸目を細めて微笑むシャルロットだけど、不穏な気配しかありません!

 だいたい、なんで僕たちに魔剣を見せたいと思っているのかな!?

 僕たち観光客ご一行のなかで、剣に興味を示す者はルイララしかいない。でも、魔王やシャルロットが、ルイララのためだけに大神殿が密かに収蔵しているらしいグリヴァストの剣を見せたりはしないと思うんだよね?

 しかも、大神殿へ観光に行こうと言い出したのは傀儡の王で、だから魔王やシャルロットは、そもそもは僕たちに魔剣を見せる予定はなかったはずだ。


 では、僕たちにその秘蔵品を見せる意味とは何なんだろうね?

 魔族側にとって、何か都合の良いことがある?

 それとも、単に観光に来たついでで貴重品を見せてあげたいと思っただけ?

 いやいや、それにしては巫女頭様の驚きようが異常だよね?

 巫女頭様の反応を見ているだけで、グリヴァストが打った剣がどれだけ貴重であり、密かに収蔵れていたのかがうかがえる。

 だというのに、観光気分の僕たちに気安く見せても良い物なのかな?


「気にするな。どうせ其方らにはいずれ必要になると思っていたところだ」


 早く案内しろ、と目だけで巫女頭様に命令する魔王。


「いやいやいや、僕たちには既にちゃんとした武器が有りますし、魔剣なんて呪われるだけだから御免ですよ?」


 魔剣なら「魂霊こんれい」を持っているし、何よりも僕たちは「力を求めない」という方針で、後日にスレイグスタ老へまた武器を返却する予定だからね。

 だから、今更に魔剣なんて必要ありません。


「というか、必要になるって言ったってことは、まさか見るだけじゃなくて僕たちに渡そうとしています!? いりませんからね? そういうのはルイララにお願いします!」


 魔剣を蒐集しゅうしゅうする趣味は、ルイララの専売特許で間に合っていますからね!


 それとも、大神殿に密かに収蔵しておくよりも、禁領のお屋敷やアレスちゃんの謎の収納空間にしまっておいた方が良いということなのかな?


「ふふふ。それは良い考えでございますね?」

「しまった! 余計な思考を思い浮かべすぎちゃった!」

「エルネア?」

「違うんだ、ミストラル。誤解だよ? 僕はただ、魔王やシャルロットがなんで僕たちに魔剣を見せようとしているのかを考えていただけなんだからね?」


 だって、極悪魔族の意図を正確に読み取っておかないと、後々に面倒事が発生しちゃうからね!

 僕がミストラルに言い訳をしている間にも、シャルロットが更に巫女頭様を促した。

 それでようやく、巫女頭様が動く。


 魔王とシャルロットの二人に促されてようやく決心するほど密かに、グリヴァストの武器を収蔵していたんだね。


 気のせいかな? 「こちらです」と魔王や僕たちを案内しようとした巫女頭様が、ルイセイネとマドリーヌのと流れ星さまたちに強い視線を向けたような気がした。

 でもそれは一瞬のことで、巫女頭様は僕たちを先導するように祭殿の奥へと歩き出す。

 僕たちは魔族側の意図が読めないまま、仕方なく後に続く。


 祭殿から奥は、より神聖な領域になる。

 神職の人たちが日々の聖務に利用する社務所しゃむしょや、修行をする建物が並ぶ。更に奥へ進むと特別な拝殿が何棟も建っていたり、祭殿も数多く見られた。


「あちらは神楽殿かぐらでんになります」


 巫女頭様は、目的の場所へ向かいながらも、僕たちに大神殿内を案内してくれていた。

 普段は目にすることのできない神聖な場所を見学できて、僕は興奮気味です。

 神殿宗教に少なからず興味を示しているミストラルも、珍しい様式の建物やそれに付随する設備や楽器などを面白そうに見つめていた。

 プリシアちゃんや傀儡の王なんて、手を離したら飛んでいきそうなくらいの勢いで色んなことに興味を示しています!

 ちなみに、プリシアちゃんの手を握っているのは魔王で、僕が傀儡の王の手を握っています。


「こちらからが地下宝物殿になります」


 そして、様々な場所を見学させてもらった後。本殿となる大神殿の奥に設られた地下へ続く階段を前に、巫女頭様が神妙な表情でそう言った。


 石造りのさくが、階段前に設置されている。

 柵の前には、いかにも強そうな戦巫女様と神官戦士様が護衛に立っていて、何人なんぴとも近づけさせないような雰囲気を醸し出している。

 でも、魔王とシャルロットの姿を見て、そして巫女頭様に事情を説明されて、守衛の戦巫女様と神官戦士様は場所を空けてくれた。

 そして、重そうな石の柵を動かして、地下へと続く階段への障害を除く。


「ふふ。ふふふ。楽しみでございますね?」


 と、傀儡の王が嬉々ききとして階段を駆け下りそうになったので、僕は慌てて繋いでいた手を引っ張った。


「駄目だよ? ここは神聖な場所だから、神職の人の案内以外で勝手に動き回らないでね? それに……」


 僕は、地下へと続く階段を凝視する。

 階段というか、その手前。石の柵があった場所を。


「さすがはエルネア君ですね。法術の結界が施されていますので、無闇に地下へ降りようとしていたら痛い目を見ていたかもしれませんよ?」


 ルイセイネの言葉に、陽気に足を向けていた傀儡の王が慌てて僕の背後に逃げた。

 なんか、懐かれ始めている!?

 いやいや、見た目通りの少女らしい反応ということにしておきましょう。


「ご慧眼けいがんでございますね」


 巫女頭様が石の柵のあった場所に大錫杖をかざして、祝詞のりとを奏上し始めた。

 僕たちの背後に付き従っていた数人の巫女様や守衛の戦巫女様も、巫女頭様の祝詞に声を合わせて奏上する。

 すると、地下へただ延びていただけの階段の先に、何重もの模様が浮かび上がった。

 模様は、巫女様が法術を使うときに空中にえがくそれと同じものだ。満月色の文字や紋様が複雑に浮かぶ、地下へと続く階段。


「『つき 合鏡あわせかがみうつりて 幾重いくえにもほうずる』 随分と古い術式の結界ですね」

「この結界に気づかずに触れていたら、何重もの縛りを受けて大変でしたね?」


 結界法術が得意だというアニーさんと、呪縛法術が得意だというセリカさんが、地下階段の奥まで続く何重もの模様を見つめながら話している。

 そして、結界の術式を看破された巫女頭様が、祝詞を奏上しながら驚いていた。

 どうやら、流れ星さまたちの知識は大神殿の巫女頭様でさえ驚くほどのものらしい、と認識する僕。


 僕たちが興味深く見つめていると、地下階段に浮かぶ何重もの模様が、ひとつひとつ消え始めた。

 この一重一重が結界の効力を示しているのだとしたら、宝物殿はとても強力な結界法術で守られているということになるね。

 そして、それだけ厳重に保管されている宝物の中でも、誰にも知られないように秘蔵されている逸品を、魔王やシャルロットはなぜか僕たちに見せたいと思っている。


 長い祝詞の奏上の後。

 全ての模様が地下階段から消えたことを確認すると、また巫女頭様が先頭に立って案内してくれる。

 そして、地下階段をみんなで降りて行き、廊下を進んだ先に、宝物殿はあった。


 石造りの扉を開く、神官様。

 きっと、男性の力でないと開かないくらいに扉は重いんだろうね。

 ごごごごっ、と低いうなり音をあげて開かれた石扉の先を、巫女様が法術で照らす。


「あちらで、少しお待ちください」


 巫女頭様に示されたのは、書物や様々な宝物が整然と整えられた棚の並ぶ場所ではなく、分厚い布が敷かれた台が置かれた宝物殿のすみだった。


「必要な宝物だけをあそこに持ってきて、見せる場所ね。部外者にはあまり自由勝手に宝物庫を彷徨うつくかれたくないと思うのは、国でも神殿でも一緒だわね」


 セフィーナの言葉に僕たちは頷いて、素直に台の置かれた場所へ移動する。

 その間に、数人の巫女様を引き連れた巫女頭様が宝物殿の奥へと姿を消していた。


「ふふふ。ふふふふ。いったい、どのような宝物が出てくるのでしょうね?」


 にこにこと、この上なく上機嫌な雰囲気の傀儡の王。


「エリンお嬢ちゃんも、魔剣とかそういう物に興味があるの?」

「エリンお嬢ちゃんと言わないでくださいませ。私は興味ありませんよ? 人形でしたら興味はありますが」

「なるほど。それじゃあ、この中で魔剣とかそういうたぐいの物に興味を示す人って、やっぱりルイララくらいだよね?」


 でも、ルイララのためだけに大神殿の秘蔵品を見に来たとは思えない。

 いったい、魔王やシャルロットは何を考えているのでしょう?

 ちらり、と二人の横顔を確認したけど、表情では内心を見透かすことはできなかった。

 そうして待っていると、宝物殿の奥から物々しい足取りで幾つもの箱を持ってくる巫女様たち。

 そして、巫女頭様。


 収蔵品が魔剣類だとしたら、素手で触ると人族は呪われちゃうからね。

 ああして、箱に入れて保管しているんだろうね。


 巫女様たちは、分厚い布の敷かれた台の上に、箱を並べていく。

 そして、ふたを開いた。


「こ、これは……!」


 開封された箱のかなを覗き込む僕たち。

 そして、誰もが驚いて息を呑む。


 美しい剣や槍。そしてやじりや武器の数々。そのどれもが、不思議な色合いをしていた。

 見る角度によって、淡い黄色や緑色に見える。刃を研いだときに浮かんだのか、波打つような波紋が美しい。

 そして、一部の剣や槍のつばには、刃と同じ色合いの宝玉が埋め込まれていた。


「宝玉のない刀剣は、普通の武器だね。でも、宝玉がはまっている物は、まさに名剣魔剣だよ。これほど美しい魔剣は、僕も殆ど見たことがないね。美しさだけなら、師である名匠ビエルメアを上回るだろうね」

「ルイララがそれだけ賞賛しているってことは、本当に凄い物なんだね!」


 僕だって魅入っていた。

 美しい、というだけで手に取りたいと思ってしまう。ううん、それ以上に、所有したいとさえ思わせる。

 魔剣なんて要らない、と拒絶していた僕がそうなんだから、他のみんなだって同じだ。

「綺麗だわ」なんて言って気安く手を伸ばそうとしたユフィーリアとニーナの手を、セフィーナが必死に止めていた。


「さて、エルネアよ」

「はい!」


 目の前に広げられた名剣魔剣に魅入っていると、不意に魔王に名前を呼ばれた。それで返事をしてみたんだけど。

 振り返ると、にやり、と僕をみて笑みを浮かべる極悪魔王と目が合いました!


「くくくっ。極悪で構わぬ。その極悪な私が、其方にこの場で試練を課してやろうではないか」

「お断りっ!」


 なんて僕が叫んでも、問答無用で試練を課すから極悪魔王なんだよね!


「其方に、この中からひと振りを貸そう」

「えっ!?」

「好きな物を選べ。しかし、なまくらを選ぶようであれば、承知せぬ」

「しょ、承知せぬとは具体的には……?」


 ふむ、と視線を落とす魔王。今でも仲良く手を繋いでいたプリシアちゃんと目が合う。


「試練に失敗した場合は、プリシアを貰う」

「駄目だめっ、絶対に駄目ですよ!!」


 慌ててプリシアちゃんを回収しようとしたけど、ひょいっ、と魔王に抱きかかえられてしまう。

 魔王のお胸様に顔をうずめるプリシアちゃん。

 僕の手から逃れて、きゃっきゃと楽しそうに笑うプリシアちゃんだけど、これは大変な事態なんですからね?

 プリシアちゃんが魔王に攫われて、次期魔王になったら!

 プリシアちゃんのお母さんに僕たちが怒られちゃう!


 ミストラルたちも困り顔だ。


「エルネア、責任を持って対処しなさいね?」

「ぐぬぬ。これは僕のせいなのかな?」


 いや、違う。

 全ては魔王とシャルロットの陰謀だ!

 だけど、僕は魔王の陰謀に乗って、試練を受けるしかない。

 だって、魔王に抱かれたプリシアちゃんを救出しようと思ったら、それしか方法がないからね!


「ふふ。ふふふふ。頑張ってくださいませ。期待していますわ?」

「いやいや、なんでエリンお嬢ちゃんが期待しているのさ!?」


 意味がわかりません、とため息を吐く僕。

 それでも、魔王が突然課してきた試練を受けるために、僕は真剣な表情で、鍛治職人グリヴァストが遺した名剣魔剣に向き合った。

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