観光 闘技場

 赤鬼種に続き、まさか青鬼種にまで喧嘩を売られるなんて!

 僕って、そんなに鬼と因縁があるのかな?

 いや、ないです!


 さて。困りました。

 僕たちは平和に暮らしたいのです。

 だというのに、意図しない場所から騒動が降ってくる。

 なんでかな?


 そうした疑問は、取り敢えず置いておいて。

 まずは、怯えた流れ星さまたちを救わなきゃいけないね。

 流れ星さまたちは、魔族に包囲されて緊張に身体を強張こわばらせている。

 でも、それは仕方のないことだ。

 どれだけ優れた巫女様や戦巫女いくさみこ様でも、魔族の国の中枢部で魔族に囲まれたら、生きた心地がしないよね。


「エルネア君?」

「うん、わかっているよ」


 ルイセイネに促されて、僕は巨躯の青鬼に向き合う。


「ええっと。ご不快を与えたのなら、申し訳ございません。目立ちすぎたようです。どうか、お許しください」


 巨躯の青鬼は、流れ星のリズさんとセリカさん、それにルイセイネの所業に腹を立てているわけじゃないんだよね。だって、魔族の国でも聖職者は保護されているんだから。

 でも、見るからに聖職者ではない人族の僕が朝から女性たちと和気藹々わきあいあいに騒いでいたことが気に食わないんだよね。

 なので素直に謝って、機嫌を取りつくろう。


 だけど、巨躯の青鬼は僕の謝罪を受け入れてはくれなかった。


「人族如きが、魔族様に気安く声をかけるんじゃねえ!」

「ええっ、そんな理不尽な!」


 それじゃあ、何かあった時に謝罪さえできないじゃないか!

 あっ。いや、違うか。

 魔族は、人族のことを奴隷や家畜以下の消耗品としてしか見ていないから、機嫌を損なわせた時点で謝罪さえ意味をなさずに殺されるんだね。


 ……ということは?


「生意気な小僧は、甚振いたぶって殺してやる。女どもは……」


 下品な笑みを浮かべる魔族たち。


「わたくしたちは、神職に身を置く者ですよ? たとえ魔族の方々といえども、そのような視線を向けられては困ります」


 ルイセイネが気丈に苦言をていするけど、魔族の下品な笑みは消えない。


「早朝の人気の少ないときに神殿を離れて彷徨うろついていた貴様らが悪い。それに、こうして周囲を包囲していれば、他所よその目はお前たちには向かないさ」

「あらあらまあまあ、なんて野蛮なのでしょう」


 困りました、と肩を落とすルイセイネ。

 僕も、魔族たちの自分勝手な考えと行動に辟易へきえきしてしまう。

 まさか、僕だけに因縁をつけたわけじゃなくて、女性陣にまで目をつけていただなんてね。

 これはもう、朝から僕たちが騒いでいたとかいう原因以前に、魔族たちの横暴が過ぎるよね!


「やれやれ。仕方がない」


 言って僕は、腰の剣をさやから抜き放つ。

 もちろん、右手に握るのは神楽かぐらの白剣だ。


 僕の抜剣に、巨躯の青鬼の瞳に殺気が籠る。


「人族如きが、大層な剣を持ってやがるじゃねえか! しかも、魔族様に向かって剣を向けるとはな。剣闘士けんとうしか何か知らねえが、その無謀さと頭の弱さを後悔させてやる!」


 巨躯の青鬼も、極太の巨大な金棒を振り上げる。

 僕たちを包囲する取り巻きの魔族たちも、殺気立って手に手に武器を構えた。


「エルネア君?」

「うん、わかっているよ! こうなったら!」

「いえ、そうではなくてですね……あっ」


 相手も戦う気なら、こっちだって容赦はしません!

 素早く竜剣舞の一節を舞う。

 巨躯の青鬼の金棒に合わせるわけでもなく、その場で白剣を振るったからだろうか。巨躯の青鬼はこちらに手を出さずに、僕の竜剣舞を目で追うだけで様子を伺う。

 でも、それが手遅れを招くなんて思わないだろうね!


 ごうっ、と強風が吹き荒れる。

 竜剣舞に合わせて、竜気のうずが僕の周囲で巻き起こった。

 そして、僕たちを包囲していた魔族たちが、一斉に吹き飛ばされる。


「っ!?」


 巨躯の青鬼だけが、突然の強風に耐えた。そして、金棒をようやく振り下ろそうとする。

 でも、遅い!

 空間跳躍を発動させて、僕は巨躯の青鬼の懐に飛び込む。そのまま、左手の拳を巨躯の青鬼の鳩尾みぞおちに叩き込んだ!


「ごふっ!!」


 苦痛に顔をゆがませ、遥か後方に吹き飛ばされる巨躯の青鬼。受け身も取れずに何度も地面を跳ねながら転がり、最後はくの字に倒れたまま悶絶もんぜつする。

 強風に吹き飛ばされた取り巻きの魔族たちが、巨躯の青鬼を見て顔を引きらせる。


「さあ、本気はこれからだよ! 全力でやり合おうか!」


 僕はそんな取り巻きの魔族たちに、容赦なく竜気をぶつけた。

 魔族相手に手加減なんてしていたら、いつまでも舐められた態度を取られるからね!

 喧嘩をするのなら、こちらだって最初から全力です。


 だけど、この騒動はそこで終わりを迎えた。

 巨躯の青鬼を、僕が一瞬で倒してしまったこと。それと、僕が放つ竜気の気配の強さに、取り巻きの魔族たちが尻込みする。

 そして、未だに悶絶する巨躯の青鬼を抱えて、僕たちの前から逃走した!


「お、覚えていろよ!」

「この借りは、必ず返してやる!」

「魔族に手を挙げたことを後悔させてやるからな!」

「俺たちの後ろには、偉大なお方がいるんだ。貴様は、その方の家来である俺たちに手を出したんだからな!」

「あの方が、貴様らを許さないからなっ」


 な、なんて三流な捨て台詞ぜりふでしょうか!

 あまりに手際の良い逃亡と捨て台詞に、僕は愕然がくぜんとしてしまう。そのせいで、取り巻きたちが口にした「あの方」のことを聞きそびれちゃった。

 でもまあ、騒ぎが片付いたのなら、一応は良しとしましょうか。

 僕の使命は、流れ星さまやルイセイネに危害が及ばないことだからね。


「ふう。魔族が逃げて行ってくれて良かったね? でも、復讐に来られたら面倒だから、今のうちに逃げましょう!」


 僕はルイセイネの手を取って、この場からの移動を促す。だけど、そのルイセイネは困った表情で僕を見つめて、動こうとはしなかった。


「ルイセイネ?」


 はて? ルイセイネの様子が変だね?

 どうしたのかな? と首を傾げたら、苦笑をされた。


「エルネア君?」

「はい?」

「こまった旦那様ですね?」

「むむむ。どういうこと?」


 そういえば、ルイセイネは最初から僕に何かを伝えようとしていたよね?

 僕はてっきり「やってしまいなさい」という意図かと思ったんだけど? ……でも、どうやら違うらしい。

 ルイセイネは困った表情で、遠くを指差した。

 僕は、ルイセイネが示した方角を見つめる。

 それは、魔王城の城門だった。

 そして、そこに見える人影は。


「あっ。……そういうことか。僕はやり過ぎちゃったんだね?」

「そういうことですね」

「ルイセイネは、最初から知っていたんだね?」

「エルネア君もお気づきだと思っていたのですが、違いましたね」

「ごめんね?」

「ふふふ。良いですよ。エルネア君がわたくしたちを護ってくれている気持ちは十分に伝わっていましたから」


 と、僕とルイセイネが会話を交わしている間に、城門前に見えた人影がこちらに近づいてきた。


「ははは。朝から元気だね、エルネア君」

「やあ、ルイララ。おはよう!」


 そう。騒動の時点で城門前に姿があり、こちらまで歩いてきた者の正体は、ルイララだった。

 そして、ルイララ来た理由は。


「君たちだけでは余計な騒動が起きるかもと、気を利かせて来てみたんだけど。既にひと悶着もんちゃくあっていたとはね。さすがはエルネア君だ」

「いやいや、望んで騒動を起こしたわけじゃないんだよ? あれは、魔族が僕たちに因縁を付けてきたんだ」


 でも、僕が最初からルイセイネの意図を読み取って、ルイララの存在に気づいていれば。


「ルイララに頼っていたら、あの青鬼たちも僕たちには手を出さなかっただろうね」

「まあ、そうだろうね?」


 そういうことだ。ルイセイネは最初から、ルイララに頼ろうと僕に声を掛けていた。だというのに、僕が早合点をしてしまったから、面倒な事態になったんだね。

 反省です。


「リズさん、セリカさん。もう安全ですよ。ルイララに護衛を頼めば、もうこれ以上は騒動に巻き込まれませんから! ルイララ、申し訳ないけど、今日は僕たちと一緒に観光してね?」

「仕方ないな。これで貸しは三つだよ」

「ふ、増えていくね……」


 ルイララに受けた借りは、本気の剣術勝負で返さなきゃいけないからね。困ったものです。

 それでも、ルイララがルイセイネや流れ星さまの安全を保証してくれるのなら、安いのかな?


 何はともあれ、これで安心安全、そして楽しい観光ができるのなら、お安いものだよね!


 そう思った瞬間も、僕にはありました……

 でも、ここは魔族が支配する国、魔族たちが集結する魔都。

 人族の常識が通用しない世界なのだと、この後に僕たちは思い知らされるのだった。






「なんでこうなった!?」


 僕は叫ぶ。

 闘技場の中心で!


 いったい、僕たちの身に何が起きたのか。

 あの、楽しみだった観光予定はどこへ行ってしまったのか。

 なぜ、僕たちは闘技場に来てしまったのか!!


「エルネア君?」

「いやいやいや。ルイセイネ、これはけっして僕のせいじゃないからね?」


 そうだ。全ての元凶は、朝から僕たの邪魔をしてきた青鬼と取り巻きの魔族たちのせいなんだ!

 と、僕は前方を見つめる。

 そこには、大勢の魔族たちが恐ろしい武器を手に持ち、魔力をみなぎらせて待ち構えていた。


 闘技場。

 そこは、魔族たちが娯楽に使う施設。

 ただし、心躍らせる舞台劇や演奏会や大道芸といった、誰もが平和に楽しめる娯楽ではない。

 魔族が飼う奴隷や魔獣を戦わせ、死と勝利を楽しむ場所だ。

 だからだろうか。巨大な広場として作られた闘技場の周囲は、ぐるりと観客席が囲む。

 だけど、その観客席にはお客さんがいない。にも関わらず、僕とルイセイネとリズさんとセリカさんとルイララは闘技場の中心に立たされて、遠巻きには魔族の大集団が殺気もあらわにこちらを睨んでいる。


「言ったよな? 後悔させてやるってよ!」


 見覚えのある取り巻きの魔族に、僕は苦笑してしまった。

 そうだ。この魔族たちのせいで、僕たちはこんな事態に巻き込まれてしまったんだ!






 それは、ルイララと合流をして観光を再開させた後のこと。

 当初の目的通りに、僕たちは魔都の大神殿を目指して物見遊山しながら歩いていた。

 リズさんとセリカさんも、見知ったルイララが護衛についてくれるということで安心したのか、観光を楽しんでいた。

 だというのに!


「貴様ら!」


 そう声を掛けられて、僕たちは嫌な予感がしながらも振り返った。

 すると、そこには朝の魔族が威勢良く立っていたんだ。

 そして、僕たちに言い放った。


「貴様らの所業をご主人様が耳にし、大変にお怒りになっている!」

「いやいや、僕たちのせいじゃないよね?」

「うるせえっ! 俺たちに手を出したということは、ご主人様に喧嘩を打ったことに等しいんだよ!」

「ははは。その理屈は僕もエルネア君もよく理解できるけど、手を出したのはそっちで、負けたのは君たちだよね?」


 そこで、護衛役のルイララが僕たちの前に出てくれたのだけど。

 残念なことに!

 僕たちに声を掛けてきた魔族には、ルイララの実力が見抜けなかったのです!


「貴様は黙っていろ!」


 と、あろうことかルイララに悪態をついて、尚も主張を口にする魔族。


「いいか、よく聴け! これより貴様らを闘技場に連れていく。抵抗するなよ? 貴様らが拒否すれば、ここでご主人様が本気を出すことになる。そうすれば……」


 にやり、と極悪な笑みを浮かべて、魔族はもう間近に迫っていた大神殿を見た。


「魔法の余波で、貴様らの大切な神殿が吹き飛び、そこにいた者たちは全員が死ぬかもな?」

「なななっ!?」


 なんて卑怯ひきょうな奴らなんだろうね!

 いや、それが魔族なのか。

 聖職者や神殿施設などは、魔族の国でも保護されている。でも、それは最低限の保護であって、今朝のように因縁をつけて巫女様に手を出すような不届きなやからはいるし、争いの余波で大神殿が壊れたり聖職者が死ぬのは仕方がない、と平気で言うんだ。

 でも、それを僕たちが受け流すわけにはいかない。

 大神殿や聖職者の方々に迷惑がかかると知っていて無視することはできないよね。

 だから、僕たちは素直に従って、闘技場へと来たんだ。






 そして、今の状況です!


 はて。それでは、この大勢の魔族たちを従わせる「あの方」とは誰だうね?

 闘技場の中心で、魔族の出方を注意深く観察する僕。

 巻き込まれてしまったリズさんとセリカさんは、やはり緊張で身体を強張らせている。

 だけど、大神殿前の大通りから闘技場へ移動する間に心の準備を済ませたのか、大勢の魔族たちを前にしても気後れはしていない。

 さすがだね。きっと、魔族との戦いでも場数を踏んできたんだろうね。


 ルイセイネも、僕に並んで魔族たちを見つめていた。


「さあて、俺に喧嘩を売ったという馬鹿な人族はどいつだ?」

「かかかっ。俺様たちも参加させろよ?」

「聞いた話では、剣闘士かしらね? 楽しみだわ」

「良い腕なら、俺に譲れ。前に飼っていた剣闘士は、お前が連れてきた魔獣に食い殺されたからな」

「あの魔獣は良いな。次は誰を食わせるか」


 むむむ。

 どうやら、厄介な魔族は「あの方」ひとりではないようだ。

 複数人の声が、大勢の魔族たちの背後から聞こえてくる。

 そして、上級魔族らしい強大な気配と魔力も感じる。


 朝に逃げていった魔族たちは、ご主人様である「あの方」に頼り、その者は仲間を大勢連れてきたらしいね。

 さすがのルイセイネも、複数の上級魔族の気配に緊張気味だ。


 ここは、僕が全力でみんなを護らなきゃだね!


 魔族たちを睨む僕。

 すると、魔族たちの集団が割れて、ようやく上級魔族たちが姿を現した。


「あっ!」

「なっ!」


 そして、お互いに驚く。


 見たことのある上級魔族だった。

 授爵じゅしゃくの式典の折に、貴族の列や武官の列に並んでいた姿を、僕は見ていた。

 上級魔族たちも、その場で僕を見たはずだ。

 壇上に上がり、魔王から称号を授けられた姿を。


「た、大公エルネア・イース……!」

「ば、馬鹿な!?」


 意気揚々と家来の魔族たちの背後から現れた上級魔族たち。

 だけど、僕の姿を確認して、全員が硬直してしまう。


「はい。大公エルネアです。こんにちは。それじゃあ、勝負をします?」

「いやあ、それは楽しみだね。エルネア君、僕にも獲物をわけてくれよ?」

「け、剣子爵様!?」

「おやおや。大公にはすぐに気づいたのに、僕は今更かい? どうらや、僕は大公ほどの知名度がまだないようだ。しかたない。この場で僕の実力を示して、存在を誇示しておこうかな?」


 すらり、と笑顔で魔剣を抜き放つルイララ。

 僕とルイララのやる気とは真逆に、上級魔族たちの顔からは血の気が引いていく。


「お、お前ら?」


 そして、家来を睨むひとりの上級魔族。


「まさか、お前らが言っていた人族とは……?」

「は、はい? あいつでございますよ?」


 取り巻きの大勢の魔族たちも、上級魔族の動揺を感じ取って困惑し始めていた。それでも、ご主人様に問われて、見たことのある魔族が僕を指差す。

 上級魔族は指を差された僕を見て、さらに血の気を引かせた。


「お、お許しを! 大公様、剣子爵様!」


 そして、上級魔族全員が、揃って平伏する!

 その姿を見て、慌てて取り巻きの大勢の魔族たちも平伏した。


「なあんだ。勝負はしないの? つまらないね?」


 ルイララは残念そうに肩をすくませ、僕は苦笑のため息を吐いた。


「やれやれ。とんだ騒動に巻き込まれちゃったね?」

「エルネア君、自重してくださいね?」

「はい、今度からは気をつけます!」

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