魔都観光に行きましょう

 翌日。

 僕は身支度を整えると、借りている客間を出る。

 するとそこには、既に準備を終えた流れ星さまが待っていた。


「おはようございます、エルネア様」

「おはようございます、リズさん、セリカさん」


 そうなのです。本日、僕の独占権を勝ち取った流れ星さまは、この二人でした。


「リズ様、セリカ様、おはようございます」

「ルイセイネ様、おはようございます」


 もちろん、妻代表もいるよ?

 妻の熾烈しれつな争いを勝ち抜いたのは、全てを読み切ったルイセイネです。……こんなところで魔眼を全力で使わなくても良いのでは?

 遅れてお部屋から出てきたルイセイネに挨拶を交わすリズさんとセリカさん。


 昨日は、大変でした。

 授爵の式典やその後の祝宴なども大変だったけど、本番はお部屋に戻ってきてからだったね。

 流れ星さまのお部屋で繰り広げられた女の戦いは、夜中まで続いたんだ。

 なぜか途中から流れ星さまたちも参戦してきて、賑やかに過ごした夜長は楽しかったね。


 そして、最終的に流れ星さまのなかから二人と、妻からひとりが選ばれたわけだ。

 流れ星さまのための観光なんだから、流れ星さまは全員を連れて行った方が良いって?

 もちろん、残りのイザベルさんとミシェルさんとアニーさんも、観光に出るよ。

 ただし、三人を案内するのは残された妻たちの役目だ。


 大人数で動くと、さすがに目立ちすぎちゃうからね。三班に分かれての行動予定になっています。

 ミストラルとライラとセフィーナの案内で、アニーさんとミシェルさんは観光する。

 ユフィーリアとニーナとマドリーヌの案内で、イザベルさんも外出予定だ。


 そんなこんなで決定した班分けで観光することになった僕たち。


「エルネア君。ミストさんたちは既に出発していますよ?」

「早いね! それじゃあ、僕たちも出発しましょうか」


 そして、元気に魔王城を出る僕たち。

 気のせいかな?

 高官の魔族たちは僕たちの自由な振る舞いを気にした様子もなく見送ってくれたけど、衛兵や召使などの魔族は、ちょっと複雑そうな表情だったね。

 きっと、人族如きが、と思ってしまう心と、でも僕たちの立場を知っているから何も言えない、という葛藤かっとうが複雑に入り組んでいるんだろうね。


 流れ星さまたちだけでなく、魔族にも種族的な差別意識がなくなれば良いんだろうけど、それは魔族の社会の問題だ。

 たとえ僕が「大公」なんて特別な称号を授かったからといっても、余計な干渉はできないからね。

 こういう部分も、僕は流れ星さまたちに話していた。


「複雑なお立場なのですね。神職に身を置く者としては、分け隔てなく全ての者に接してほしいと思うのですが、力を持つ者がそれで節操なく行動すると、不必要な波風が立ってしまうのですね? そう考えますと、私たちの考えは弱者の独りよがりなのでしょうか?」


 そう表情を曇らせたイザベルさんに、マドリーヌはきっぱりと言ったっけ。


僭越せんえつながら。それは大きな間違いですよ? たとえ強者であれ弱者であれ、大切なのは世界に生きる者を分け隔てなくいつくしむ心なのです。エルネア君の考えは、エルネア君だからこそなのです。魔王位を拒んだのも、アームアード王国やヨルテニトス王国の王位を辞退したのも、そうした地位に就いて自由を失うとより多くの人々に手を差し伸べられなくなるから、というとうとい考えがあるからなのです。ですから、弱者としての考えが間違っているのではなく、己の心の弱さが女神様の教えをゆがませてしまっているのです」


 若干じゃっかん、いや、凄く誤解を受ける内容が一部に含まれていたけど、マドリーヌの言う通りだと思った。


 僕は、魔族や人族の社会を受け持つだけの能力がないと自覚している。僕は個人的な力を持ってはいても、人を従わせたり教えを広められるような立派な者ではないんだ。

 僕の素質では、王様にはなれない。それに、どこかに縛られてしまうと、僕は僕でなくなってしまうと思う。

 東は巨人族の支配する荒野の先から、西は天上山脈まで。これまで広い地域でいろんな活動ができたのは、僕が何ものにも縛られていなかったからだよね。


 マドリーヌの話に、イザベルさんたちは素直に頷いてくれていたっけ。

 大切なのは、立場や力などではなく、自身が巫女として貫かなければならない慈しみの心なのですね、と。


 そういえば、マドリーヌは未だに苗字みょうじを名乗っていない。ヴァリティエというせいを名乗れば、流れ星さまたちにも尊敬の眼差しを向けられると思うんだけど? と、最初は思っていたんだけど。

 マドリーヌは苗字を名乗る必要もなく、年上の流れ星さまたちの心を惹きつけているようだね。


 そうした会話があったわけだけど。

 現在は、観光のお時間です!


 魔王城を出発した僕たち。

 魔王城の周囲は、広大な広場になっていた。


 魔王いわく。


「愚か者が魔都に攻め込んだ際に、城の周囲に建物が密集していると、敵に隠れる場所を与えてしまうことになるからな。まあ、実際にこの城へ攻め込んできた者は皆無だが」


 とおっしゃっていました!

 ところで、僕は思うのです。

 たしかに巨人の魔王を追い詰めるような者はいない。でも、もしも仮に魔王城まで何者かが攻めてきたら。魔王やシャルロットは、お城の周囲に建物があっても問答無用で無差別魔法を放ちますよね!

 そこから導き出した結論は。


「万が一の備えのため。というのは建前で、本当は魔都に暮らす者たちのいこいの場として造ったんだろうね!」


 そう思考したら、シャルロットには微笑まれて、魔王には睨まれました。

 それはともかくとして。


「それじゃあ、まずはどこに向かおうかな? 食べ物屋さん? 朝の時間なら、むこうの大通りに美味しい串焼きの露店があるんですよ。その脇道には高級お菓子を売っているお店がありますね! 向こうには、これまた高級なご飯の食べられるお店が……」

「エルネア君、プリシアちゃんの影響で全てが食べ物になっていますよ?」

「はっ! 恐るべし、プリシアちゃん」


 リズさんとセリカさんが笑っている。


「よろしければ、まずはこの都の大神殿にご案内いただけないでしょうか?」


 そして、まさに巫女様らしい提案を申し出る。

 僕もルイセイネも、迷うことなく頷いた。


「そうですね。観光なんだから、まずは観たい場所に行きましょう!」

「大神殿の場所でしたら、わたくしが知っています。もちろん、エルネア君も知っていますよね?」

「え? う、うん! そうだね! あはははは」

「エルネア君、目が泳いでいますよ。そして、方角はそちらではありません」

「うっ」


 ルイセイネに手を引っ張られて、僕たちは北へと進路を向けた。

 リズさんとセリカさんと、僕とルイセイネ。

 四人で固まって移動する。

 僕以外は聖職者なので、こちらの容姿などを知らない庶民しょみんの魔族にも絡まれる心配は少ないけど。それでも、僕たちは今、魔族が支配する世界の只中ただなかにいるんだ。油断はできない。


 まだ朝の早い時間ということもあって、魔王城をぐるりと囲む大広場にはそれほど人影はない。

 早朝から忙しそうに働く者や、気楽に散歩を楽しむ者が散見されるくらいだね。

 そして、忙しく働いているのは奴隷の人で、散歩をしているのは魔族だ。


 こうして、支配者と奴隷という違いをまざまざと見せつけられると、心が痛くなってしまう。

 でも、干渉はできない。

 流れ星さまたちも大広場を進みながら、僕たちと関係を持っていない一般的な魔族が織りなす社会の仕組みを興味深そうに見つめる。


「みなさん、よそ見ばかりしていると大切なものを見落としますよ?」


 すると、ルイセイネが大広場の先を指差しながら、僕たちを促してきた。


「大切なもの?」


 はて、何だろうね? と僕とリズさんとセリカさんは、ルイセイネが指差す方角を見つめる。

 そして、見た。

 大広場の先に並ぶ、立派な建物。その先に、突出して屋根の高い石造りの建物が覗く。


「ルイセイネ、あれが大神殿なの?」

「エルネア君、大神殿を知っていらっしゃるのですよね?」

「うっ……」

「ふふふ、冗談です。ごめんなさいね?」


 よしよし、と僕の頭を撫でるルイセイネ。

 本日の僕の独占権はルイセイネだからね。僕を自由にして良いのです!

 僕はルイセイネに頭を優しく撫でられながら、改めて視線の先に意識を向ける。


「大きいね? しかも、意外と魔王城の近くにある?」


 ここは、魔族の支配する場所だ。そして、魔族は神殿宗教を信奉しんぽうしていない。それどころか、人族の奴隷は家畜以下の消耗品としか見られていないから、人族のための施設は申し訳程度に存在しているだけと思っていた。

 だから僕は、大神殿も都市部の離れた場所とか、小汚い一画に小さく建てられているものだとばかり思い込んでいたよ。


 でも、違った。

 大神殿は北の大通りに面して建立されていて、しかも周囲の高級な邸宅や立派な行政施設などよりも大きく見える。


「巨人の魔王の国だから、かな?」

「はい、エルネア君の仰る通りですね。魔王陛下は人族のことも魔族の国に暮らす国民と捉えて、丁重に扱ってくれているのですね」


 まあ、奴隷としてだけどね?

 それでも、その奴隷のために気を配れる。それが巨人の魔王の懐の深さと器の大きさなんだろうね。


「エルネア君、足が無意識のうちに露店の方へ向いていますが、こちらですよ」

「おおっと、何でだろうね?」

「きっと、プリシアちゃんの影響ですね?」

「プリシア、恐ろしい子!」


 そういえば、とリズさんが聞いてくる。


「プリシアちゃんは、今日は観光にお連れしなかったのですか?」


 リズさん、良いところに気づきましたね!

 そうなのです。プリシアちゃんは、今日の観光に参加していないのです。

 では、何をしているのかというと。


「んんっと、プリシアはシャルロットとお菓子を作るんだよ?」

「にゃんも参加にゃん」


 というわけで、プリシアちゃんとニーミアは、お菓子作りという魔族の甘い誘惑に負けて、お留守番です。

 まあ、プリシアちゃんは過去に何度も遊びに出ているから、今更なんだろうね。


 そんなわけで、僕はルイセイネに手を引かれて、建物の先に見える大神殿へ向かう。

 もちろん、リズさんとセリカさんも一緒だ。


「魔王城に近い地区は、行政の建物や高位の魔族の邸宅が多いんですよ」


 と、観光案内をしながら北の大通りの一本へと入っていく僕たち。

 巨大な魔都には、縦横に何本もの大通りが延びている。

 凄いよね!

 人族の国では、東西と南北を結ぶ大通りが一本ずつで、あとは大きめの裏道とかしかないのに。魔都は裏道や脇道でさえ、人族の国の大通りに匹敵する太い道が整然と何本も延びている。


「種族の違いはありますが、都市計画の指針は同じなのですね?」

「セリカさんたちの故郷でも、こういう区画割りなんですか?」

「ええっと……。私たちの故郷は少し特殊なので、参考にはなりませんが。それでも、似ていますね。都市の中心に最も大切な場所があり、その周囲に準ずる施設の建物を配置する。そうすれば、人々は自ずと中心部に集まりますから」

「エルネア様たちの故郷もでしょうか?」


 リズさんに聞かれたので、アームアード王国のことを話す僕とルイセイネ。

 リズさんとセリカさんは、僕たちの故郷のことを興味津々の瞳で聞いてくれた。


「では、ミストラル様の生まれ育った場所も?」

「ミストラルは竜人族だからね。竜峰の人々は、平地の僕たちとは違った文化を築いているんですよ」


 そして、話は竜峰へと移る。


 国を持たず、氏族でかたまって集落を形成し、質素に暮らす竜人族。

 集落同士の交流はあるけど、隣の集落に行くだけでも命懸けになる。

 だから、竜峰を旅する者は尊敬され、竜王は「国王」ではないけど人々を導く者として敬われる。


「エルネア様は、その竜王なのですね」

「凄いです!」

「あはは、れちゃいますね?」

「ふふふ。リズ様、セリカ様。エルネア君はそれ以上なのですよ? なにせ、竜峰の竜人族と竜族を纏め上げた竜峰の盟主ですから」


 まあっ、と驚くリズさんとセリカさん。


「竜峰の盟主とは?」

「もっと詳しくお教えください」


 この流れ星さまたち、好奇心旺盛すぎますよ!

 僕に密着するくらい接近して、ぐいぐいと質問してくるリズさんとセリカさん。

 さすがのルイセイネも驚いて、僕を奪われまいと抱きついてくる。


「いずれ、お聞きしようと思っていたのです。人族のエルネア様と竜人族のミストラル様はどのようにして出逢い、愛を育んだのでしょうか?」

「ルイセイネ様たちは、どのようにしてエルネア様と? 全ての流れ星が疑問に思っているのですよ? ルイセイネ様とマドリーヌ様のお二人と結ばれるためには、女神の試練を超えなければならないはずです」


 わわわっ!

 予想外の展開になってきちゃった。

 観光に出たはずなのに、魔王城の大広場で既に賑やかになり始めた僕たち。


 だけど、そこに水を刺してきた者たちがいた。


「おい、貴様ら!」


 殺気をはらんだ野太い声に、びくり、とリズさんとセリカさんが身体を震わせる。

 僕とルイセイネは二人を護るように位置を取り、声の主の方向を見る。

 すると、そこには巨躯きょくの魔族の男を先頭にして、複数の者たちが僕たちを睨み立っていた。


「人族如きが、朝から俺様の前で何を騒いでいる?」


 巨躯の魔族が、遥か頭上から僕たちを睨み見下ろす。

 身長は、僕の二倍くらいありそうだ。

 青黒い肌。筋骨隆々の肉体を上等な衣装で覆っている。僕の太腿ふとももよりも太い腕は長く、大きな手には金棒かなぼうを持つ。

 そして、青黒い肌をしたひたいには、一本のつのが生えていた。


 青鬼種あおおにしゅかな?


 青鬼の男は、取り巻きの魔族と共に僕たちを包囲してきた。


「わたくしたちは、巫女ですよ?」


 ルイセイネが毅然きぜんとした態度で青鬼の男に言う。

 だけど、青鬼の男はそれを鼻で笑った。


「はあ? 知らねえな。それに、そこの小僧は聖職者じゃねえだろうがよ?」

「ええっ。衣装で女性が全員巫女様で僕が一般人と断定している時点で、知らないは通用しないよね?」


 僕の指摘に、取り巻きの魔族たちが一気に殺気立つ。


「人族如きが!」

「魔族様に舐めた口を聞きやがって!」

「どうやら、死にたいらしいな?」

「ひ弱すぎて奴隷としても使えなさそうだな?」

「どこの所有の奴隷かは知らんが、その口の聞き方を後悔させてやる」


 しまった!

 ついついいつもの調子で突っ込みを入れたけど、僕たちのことを知らない魔族に対しては無謀だったよね!


 さて、どうしよう?

 僕とルイセイネは、周囲を包囲した魔族たちと青鬼の男を前に、気を引き締めた。

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