明日の予定は何ですか?

 授爵の式典は無事に終了した。引き続き祝宴がもよおされたりと色々続いたけど、なんかあまり記憶にない。

 なぜ人族の僕が、魔族の真の支配者から「大公」なる特別な称号を授けられたのか。興味津々の魔族たちに囲まれて揉みくちゃにされただとか、お世話になりっぱなしの人たちへの挨拶回りに奔走しただとか、魔王やシャルロットに弄ばれただとか、傀儡の王に纏わりつかれただとか、そういった諸々もろもろは忘れました!


 ということで、騒がしい用事が済んだ僕は、家族全員で流れ星さまたちのお部屋へと遊びに来ました。


 流れ星さまたちは聖職者ということで、貴賓として参列した授爵の式典以降は、客間に戻っていたんだよね。

 ルイセイネとマドリーヌも真面目に祝宴などを辞退して、流れ星さまたちとの交流の時間に充てていたので、僕たちがそれに便乗した形だ。


 流れ星さまたちは慣れない魔族の国で、しかも魔王城に滞在だなんて緊張が取れないだろうからと、僕たちは気を使っているのです。

 けっして、与えられた部屋に居たら魔王たちが来て騒動が続くから避難してきただとか、そういう不純な理由じゃないからね?


「にゃん」

「ニーミア。エルネアの不純な心を通訳してくれるかしら?」

「あとで、お菓子をあげますからね?」

「ルイセイネ。んんっとね、プリシアもお菓子が食べたいよ?」

「いやいやいや、ニーミアよ。何も通訳しなくて良いんだからね? それと、プリシアちゃん。君はさっきまでたらふくお肉を食べていたよね?」

「べつばらべつばら」

「アレスちゃん!?」


 いつでもどこでも普段通りの僕たち。

 流れ星さまたちのお部屋を訪れたというのに、わいわいがやがやと騒ぐ。

 それでも、流れ星さまたちは柔らかい笑みで僕たちを見守ってくれている。

 なんて善い人たちなんだろうね。まさに清廉潔白せいれんけっぱく慈愛じあいに満ちた巫女さまたちだ。


「にゃん」


 僕の心を読んでも余計なことは言わないお利口なニーミアは、今回はライラの頭の上に乗って寛いでいる。

 人見知りのライラにとって、式典の後の祝宴などは本当に大変な時間だったんだよね。だからなのか、今は疲れて大人しい。

 へにゃり、とみんなで作る輪の端っこで、半分瞳を閉じたような眠そうな表情で丸くなっています。

 あとで、ライラを労ってあげよう。


「罠にゃん」

「!?」


 気のせいでしょうか。

 ニーミアが何か呟いたような気がしたけど、ライラがすぐにニーミアをお胸さまの奥にしまったので、確認が取れませんね?


「それにしましても。まさか、エルネア様が魔族から称号を授けられるとは思いませんでした」


 イザベルさんが、僕に興味津々の視線を向けています。

 他の流れ星さまたちも、ちょっとだけ興奮気味だ。


「魔族の国で、これほどのもてなしを受けるとは思ってもみませんでした」

「魔族が人族以上に繁栄し、優れた文化を築き上げているという事実を、受け入れ難いと思ってしまうのは間違った考えなのでしょうか……?」

「エルネア様たちはどのようにして、魔族と交流を深めたのですか?」

「魔族に認められる人族。なんだか不思議ですね?」

「みんなから質問攻めにあっちゃった!」


 おしとやかな流れ星さま。でも、世界を巡って宿命を見つける運命を背負った流れ星というだけあって、基本的に好奇心は旺盛で、しかも勉強熱心です。

 初めて見るもの。耳にすること。全てを自分たちの知識と経験にしようと、僕や妻たちにぐいぐいと積極的に聞いてくる。

 僕たちは流れ星さまたちの積極さに驚きながらも、どこから話せば良いものやら、とお互いの顔を見やる。


 流れ星さまたちには、僕たちのことを少しずつ知っていってもらいたい。と同時に、僕たちを取り巻く世界のことも学んでもらいたいんだけど。

 どういう手順で伝えると、誤解なく伝わるんだろうね?


「ひとつ、質問しても良いですか?」


 そこで、僕は逆に聞いてみる。


「僕のことを、どう思います?」


 僕の質問に、首を傾げる流れ星さまたち。


「イザベルさんたちも知ったと思いますが、僕はかつて、魔族の真の支配者に『魔王ならないか』と言われたことがあるんです。それに今回は、大公なんて称号を授けられたわけなんですけど?」


 人族の僕が、恐ろしい力を持つ魔族たちを差し置いて魔王に最も近い存在だということを知って、流れ星さまたちはどう思うのか。それを僕は知っておきたい。

 僕の話を受けて、巫女のアニーさんが言う。


「エルネア様は、もともと竜王という称号もお持ちなのですよね?」

「はい。禁領の東に連なっていた竜峰と呼ばれる場所に住む竜人族や竜族の間に伝わる称号です。正確には、僕は八大竜王という称号をお師匠のジルドさんから受け継ぎました」


 八大竜王とは、約四百年前に僕たちの故郷に君臨していた腐龍ふりゅうおうと戦った八人の竜王のことで、僕はそのひとりのジルドさんの弟子だと話す。

 ついでに、僕たちの故郷の伝説や歴史をかいつまんで伝えた。


 アームアードとヨルテニトスという双子の人族。竜の森の守護竜や竜族、竜人族や耳長族や、多くの者たちが活躍した時代の伝説。

 流れ星さまたちは僕たの故郷との繋がりはないので、後世の者によって都合よく捻じ曲げられた歴史ではなく、スレイグスタ老やジルドさんといった当時に活躍した者たちの話をそのまま伝える。

 そして、関連して故郷の風土や現在の様子まで話した。


「東の魔術師より託された聖剣を受け継ぐ勇者ですか。興味深い人物ですね? ですが、エルネア様はその勇者ではなく、竜王になられたのですね?」

「勇者は、前代の勇者に選ばれて聖剣を受け継いだ者だけが引き継げる称号ですからね。勇者リステアは、僕の大親友なんですよ!」


 と、今度はリステアがいかに凄い勇者なのかと自慢したら、流れ星さまが可笑しそうに笑う。


「エルネア様は、不思議なお方ですね? 勇者様のことをまるで自分の誇りであるかのようにお話しなさるのに。そのエルネア様の方が、より得難い竜峰に伝わる竜王の称号を授かっているではありませんか」

「そうかな? 僕は単に運が良かっただけだと思うんですよね。おじいちゃんに出逢わなければ、僕は今でもひ弱な青年でしたよ。きっとミストラルたちとも結婚できずに、アームアード王国の王都で父さんの跡を継いで職人になっていたのかも? あっ、おじいちゃんというのは僕のお師匠様のひとりです!」

「エルネア様には、たくさんのお師匠様がいらっしゃるのですね?」

「うん。他にも、竜剣舞の正式な継承者はアイリーさんで僕は足らない部分を今でも色々と教えてもらっているし、日常的な知識やためになる考え方はザンによく教わるし……。日常生活なんて、ミストラルたちから色々なことを教えてもらわなきゃ、僕は何もできないんですよ? だから、僕にとってのお師匠はいっぱいいますね!」


 僕が指折り数えながら話すと、イザベルさんたちは楽しそうに笑ってくれる。


「なるほど。エルネア様のことをより深く理解することができました。エルネア様の魅力は、その素直な心なのでしょう。だからこそ、種族の壁を超えて多くの者たちが集まり、エルネア様に様々な形で関わろうとするのですね?」


 その中に、魔族の支配者も含まれるのでしょう。と言うイザベルさん。


「エルネア様は勇者様の大親友であり、竜人族や竜族に認められた竜王であり、魔族からは大公と呼ばれる存在です。ですが、本質はひとつなのだと思います。エルネア様はどのような称号や肩書きを持っていても『エルネア・イース』なのでしょう。ですので、私どもはエルネア様がどのような立場になられても、それでエルネア様の本質を疑うことはありませんよ?」


 イサベルさんの言葉に、他の四人も頷いてくれた。

 そして、五人の流れ星さまたちの結論を聞いて、ミストラルが微笑む。


「さすがは流れ星、と人族的にはそう言うのかしら? たいしたものだわ。この短期間でエルネアのことをそこまで理解できるだなんて、正直に言うと思っていなかったわね」


 竜人族のミストラルだから、流れ星さまたちにも物事ははっきりと言う。

 そのミストラルが、流れ星さまたちの導き出した答えに満足そうだ。

 僕も、実は嬉しい。


 ミストラルじゃないけど、正直に言うと不安だったんだよね。

 魔族と親しい僕。魔王やシャルロットやルイララと当たり前のように談笑し、過去には魔王に推薦されたこともある。辺境伯に陞爵したメドゥリアさんや男爵を揃って授爵した十氏族は、僕を敬うように接してくる。更に、今日も大公なんて特別な称号をもらってしまった。

 別の地域、たぶん遥か西の人族の文化圏から流れてきた流れ星さまたちが僕のこの奇妙な立ち位置を目にしたら、最悪の場合は疑念や敵対心を持たれるかもと思っていたんだ。

 だけど、流れ星さまたちは公正な目で僕を見てくれた。

 それが、すごく嬉しい。


「エルネアお兄ちゃんが荒療法あらりょうほうで魔族と一緒に旅をさせたのが良かったにゃん」

「そうなのかな!?」


 ニーミアよ。ライラのお胸様の間から顔だけを出してお菓子を食べるのは良いけど、ぽろぽろとお菓子の欠片を落として汚したらいけないよ?

 ライラも、お胸様の谷間に落ちたお菓子の欠片を拾おうと、手を突っ込んで取っては駄目です。

 たわわなお胸様が溢れそうになっていますからね!


「罠にゃん」

「っ!!?」


 ニーミアがまた何か呟いたような気がしたけど、ライラがすぐにニーミアをお胸様の奥に仕舞ったので、確認が取れませんでした。


「最初は何もかもが驚きの連続でしたが……。そうですね。禁領のお屋敷に滞在していた時よりも、十氏族の方々と触れ合えたことで、価値観が大きく変わりました」


 そう話すのは、戦巫女のミシェルさんだ。

 魔族は敵だ。と人族は誰もが疑うことなく思っている。聖職者であっても、例外なくね。

 でも、禁領で僕たちが魔王やシャルロットやルイララと仲良く騒いでいる様子を見たり、禁領から竜王の都まで魔族と一緒に旅をしたことで、流れ星さまたちは随分と固定観念をほぐすことができたようだね。


「よし、それなら!」

「エルネアお兄ちゃんが悪巧みを思いついたにゃん」

「いやいや、ニーミアよ。僕は悪巧みなんて考えていないからね? だから、ミストラル。その右手の片手棍は仕舞いなさい!」


 じと目で僕を見つめるミストラルの視線が痛いです!

 でも、本当に悪巧みなんて考えていないからね?


「それじゃあ、何を思いついたのか話しなさい」

「うん、良いよ!」


 僕は笑顔で言った。


「より深く魔族のことを知ってもらうために、明日は街に出て観光しよう!」


 僕の提案に、ぴくんっ、と目に見えて反応する妻たち。

 だけど、拒絶や警戒の反応ではない。むしろ、どんな観光にしようかという積極的な反応ですね!


「イサベルさん、どうでしょう? 僕たちも魔都の観光なんてほとんどしたことがないので、きっと素敵な体験になると思いますよ?」


 明日は、おもてなしの一日にしよう!

 僕たち自身が楽しむのではなく、流れ星さまたちにより深く魔族の文化を知ってもらう機会にするんだ。

 だからね?

 そこの妻たち。僕を賭けて勝負を始めないの!

 さっきまで疲れた様子を見せていたライラでさえ、元気になり始めています。


 突如として火花を散らし始めた妻たちに驚く流れ星さまたち。僕は仕方なく、これがイース家の日常だと伝える。

 妻たちの勝負で明日の僕の運命は決まるんだけど、僕は介入できません。

 いったい、明日の独占権は誰が勝ち取るのか!

 僕の解説に、イザベルさんたちはまた笑う。


「本当に、賑やかな家族ですね」

「はい。賑やかすぎて、暇がないんですよ!」


 でも、それが楽しいのです。

 結局、流れ星さまたちのお部屋でも騒がしい僕たち家族。

 しかも、なぜか途中から流れ星さまたちが悪乗りして参戦してきたために、いつも以上に賑やかになった!


 やれやれ。

 明日はどうなることやら。


「絶対に大変になるにゃん」

「ニーミアよ。さっきから何か呟いているよね? さては、みんなの心を読んで全てを先読みしているね!?」

「にゃあ」

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