試練の意味
「この試練の問題点を洗い出そう」
ひとりの男性の提案に、何人かが手を挙げる。
「まずひとつ。竜の卵を取るってことが、そもそも厳しすぎるわ」
「その前に、地竜のように産卵時季じゃない竜族もいるぜ」
「もしも卵を取れたとしても、竜族に追われ続けることになる」
「追われたまま村に戻ったら、村に被害が出るわね」
「目的地が竜廟の村に変更になったな。だがだからこそ、自分たちの村以外の場所に災厄を持ち込むことはできん」
ううむ、と頭を抱えて悩む竜人族の戦士候補者たち。
「それでは、問題をひとつずつ潰していきましょう」
ルイセイネの提案に、まずはどうやって卵を取るか、という話し合いになった。
産卵時季かどうかは遭遇した竜族次第だから、解決方法はないよね。それはどうしようもない。
これの唯一の解決策は、卵を産むまで待つ、だけど、待つよりも既に産んでいる竜族の巣を見つける方が断然に早い。
「やはりここは、殲滅を……」
「お前は一回死んでこい!」
「馬鹿じゃないの。これから竜族と協力体制を取ろうって話が出たばかりでしょう」
「おいおい、そうすると、襲って奪うって手は絶対使えないじゃないか」
「そういえばそうね?」
「あらあらまあまあ」
いきなり壁に当たって、全員で悩みこむ。
「ですが、答えを導き出しているエルネア君がそれをわかっていて、竜族と手を結ぼうとしていたのですから」
「何か方法があるってことだな!」
「だがさっぱり思いつかないぞ?」
うんうんと唸る人の真似をして、プリシアちゃんとアレスちゃんも顔をしかめて唸る。
可愛い。
「ああ!」
その時、ひとりの男性が手を叩いた。
「ひとつ有効的な手がある」
「おお、それはなんだ」
全員が手を叩いた男性に注目する。
「ザンさんみたいに、完全に気配を消して、忍び込めばいいんじゃないか。見つからなければ余裕で卵を取れるし、追われることもない!」
「おおお!!」
戦士候補者の中から、歓声が上がる。
でも、僕は顔をしかめた。
「よし、それでは。この中で気配を消せるものはいるか」
別の男性の声に、男女がひとりずつ手を挙げる。
「完全には無理だけど」
「そこそこになら」
「いや、それでも十分だろう。他の連中が注意を取っている間に、奪取だ」
妙案だ、と手を叩いて喜ぶ人々。しかしそこに、ルイセイネが冷静な指摘を入れた。
「ですが、その後に卵がなくなっていたら、注意を引きつけていた人が疑われて襲われないでしょうか。注意をそらす担当者は、気配を消せない人ですよね。それだと、すぐに見つかって追われると思います」
ルイセイネの指摘に、うっと息を呑む。
「僕の知っている竜族は、離れた場所の人を見つける術を持っていたりするよ」
スレイグスタ老とか、アシェルさんとかね。
僕もついでに、駄目出ししてあげる。
「ぐぬぬ」
そして唸る人たちに、更にとどめを刺してあげる。決して、先ほど見捨てられた恨みを晴らしているわけじゃないんだからね!
「それに、今の案だと、卵を取った人は目標を達成できるかもしれないけど、他の人は達成できないよね」
「はっ!?」
「それは、協力ということで……」
「確かに劣る部分をお互いに補いあって、はもちろんわかるんだけど」
僕も昔、アレスちゃんの力を借りて試練を突破したこともあるしね。
「でもね。戦士を目指している人が、そんな意気込みで良いのかな?」
僕がアレスちゃんに協力してもらった試練は、確かに彼女のおかげで突破できた。
何にがなんでも試練を突破したい、というのなら、ジルドさんが言ったように、どんな手段も取るべきだと思う。
だけど、この戦士の試練はそういう
戦士の試練とは、己の力を示し、一人前になったと認めてもらうためのものなんだ。
それなのに、自分が持っていない能力を他人任せにして乗り越えても、誰も認めてはくれないと思う。
僕の言いたいことを理解したのか、戦士たちの表情は沈んだ。
「じゃ、じゃあとりあえず、この問題は置いておいて、他のところから解決しようぜ」
だけど、落ち込んでいても先へは進めない。気を取り直した男性が、それではもし卵を取れたらどうするか、という問題に切り替えた。
「やはり、竜族に追われるのが問題だな」
「何か追われない方法はないのかしら?」
「飛ぶか」
「貴方は飛べるの?」
「いや、飛べん。すまん」
「もう少し現実的な意見を出せよ」
「ぐうう」
ううんと、何やら行き詰まっている雰囲気があるね。
答えは自分たちで導き出して欲しいけど、助言は問題ないよね。
戦士候補者の苦悶が見ていられなくて、というよりも、ルイセイネの懇願するような瞳に負けて、僕は少しだけ口を挟む。
「そもそもさ。どんなに道中を頑張っても、村に卵を持ち込んだ時点で大問題になるよね。その解決方法から探ってみては?」
みんなは卵を取る最初のところから考えて悩んでいる。それなら逆に、最後の問題から解決してみてはどうだろう。
つまり、発想の転換! と言えるのかな。
これこそが、試練を乗り越えるための最も重要な部分であり、そこに気づければ、
さあ、がんばって。と視線で応援すると、ルイセイネはしっかりと頷いてくれた。
良かった。ライラが寄り添ってたり幼女を抱きしめていることに対して怒っていない。話し合いに集中しているんだね。
「よし、幼女趣味の竜王の言葉に従おう」
「確かに、行き詰まっている今、最後の問題から解決していくのも良いかもしれないわ」
「それで、どうすれば村に被害が及ばないかだな」
思案するみんな。
「あのう」
すると、ルイセイネが恐る恐る手を挙げた。
「そもそも皆さんは、なんで戦士になりたいのでしょう。わたくしは戦巫女ですが、それはこの力で、善良な人々を守りたいと思ったからです」
「ふむ。なぜ戦士に、か」
「それは全員一致しているはずだ」
「村を守るため」
「大切な仲間を守るためよ」
「それって、名声が欲しいとか力を極めたいっていう欲望じゃないんだね」
僕の言葉に、竜人族全員が頷いた。
「もちろんさ。戦士は皆、自分の為ではなくみんなの為にありたいと思っている」
「極稀に己の武を極めるため、なんて部族もあるけど、普通は違う。争う為じゃない、守る為の存在が戦士なんだよ」
「それでは、その守り
ルイセイネの指摘に、まさにその通り、と肩を落とす人たち。
「……と言うことはつまりよ」
顎に手を当てて考え込んでいたひとりの女性が、何かの考えに至ったようだね。
「私たちは試されているんじゃないかしら? 村に
「おいおい、ということは……!」
別の男性も、何かを
「どんなに優れた力を持っていても、どんな能力を持っていても、竜の卵を村に持ち込んで災いを自ら招き入れるような奴は……?」
「戦士失格じゃないか!」
全員が、はっと顔を上げる。
「これは、戦士としての能力を試す試練じゃない!?」
「戦士としての覚悟、自覚を試される試練なのか!」
「自分の目標の為に災いを呼び込む者は、どれだけ力があっても、戦士失格!」
「逆に、自分を犠牲にしてでも災いを防ぐ者の方が戦士足り得る」
「つまり、そういうことか!!」
どうやら、みんなは本当の答えに辿り着いたみたいだ。
確かに、僕やライラのような突破方法もある。でもそれは本当に特殊で、一般的ではない。
本当の答え、代表の竜人族の人が求めた答えは、彼らが導き出した解答なんだ。
「俺たちは村を守護する戦士として、我欲の為に行動してはならない」
「自分の為よりも、村の為、人々の為のことを優先しなきゃいけない」
「なら私たちは、この試練を犠牲にしてでも村のことを最優先に考えなきゃいけないわ」
「つまりこの試練は、卵を村に持ち帰るんじゃなくて、村に災いを持ち込むくらいなら、己の目的を捨ててでも戦士の理念を守れ、ということを試されている!」
辿り着いた。
僕は歓喜に顔を綻ばせる。
まさにその通りだと思う。
この試練は、自己欲を捨てることを試されていた。僕がジルドさんに挑んでいた試練とは違い、何が何でも達成すべき試練ではなかった。
むしろ逆で、己の信念、戦士としての理念、竜人族としての誇りと矜持を、自分の目標を犠牲にしてでも守れるかが問われた試練だったんだ。
「なあんだ。竜の卵を持ち帰らないことで、本当の試練達成になるのか」
「この答えにたどり着くと、なるほど、いつもの年よりも簡単な試練だな」
「ああ、魔獣を狩らなくて良いんだ。ただ村を目指すだけの旅なら、今の俺たちには容易だ」
代表の人が言ったよね。とても簡単な試練だって。僕はこの言葉を聞き、言葉とは裏腹に慌てふためいていた竜人族を見て、すぐに裏があることに気づいた。
そして、今のみんなのように逆向きにこの試練のことを考えてみて、すぐに真意に気づけた。
偶然だったかもしれない。でもその偶然にたどり着けるだけの思考経験を、僕は積み重ねてきたと思える。
最初は、どうやったらミストラルに惚れてもらえるだろう、と考え悩んだ。今もだけど。
次に、ルイセイネにどうやって僕たちの秘密を伝えようと考えた。流れで結局は全てを話しちゃったけどね。
ジルドさんの試練では、本当に悩まされてもがき苦しんだし、竜峰に入ってからも、どうにかしないと、と必死で考えて努力してきたんだ。
物事に対して、いつも考える癖が付いていた。そして、閉鎖的な一方的すぎる思考に偏っちゃ駄目だともわかっていた。
表面的な技術は、スレイグスタ老やミストラルたちのおかげで日々上達していると実感していた。でも、精神面はまだまだだなあ、という自己認識だったんだけど、少しは成長できていたみたいだね。
この日何度目かの、自身の成長の自覚を感じて、少しだけ自信がついた気がしたよ。
「エルネア様、にやにやしていて気持ち悪いですわ」
「また助平なこと考えてる?」
「えろえろ」
「んなっ!?」
確かににやけていたかもしれないけど、助平なことは考えていません!
誤解だよう、と泣きつくと、ライラたちは逃げて笑いあう。
「答えも出たし、竜王のきゃっきゃうふふをこれ以上見せつけられるのも嫌だから、行動に移すか」
「それもそうだな」
「私も仲間に入りたいな」
「エルネア君っ!」
それぞれが立ち上がり、出発の準備を始める。
だけど僕はまた、ルイセイネに追いかけられた。
『ようやっと、出発か』
地竜が待ちわびたように僕に声をかける。
「はい、竜廟の村に向けて、出発です」
『ふむ、興味深い。ならば我らも行こう』
「えっ」
予想外です。
この地竜の群とは同盟を結んだけど、まさかミストラルの村まで同行するとは思いもしなかったよ。
僕はてっきり彼らはここに残り、いざという時に連携するのだと思っていた。
『これから先、他の竜族とも手を取り合っていくのだろう。ならば、最初に約束を交わした我らがそばに居て、事実を見せつけていた方が役に立つはずだ』
「おお、そうですね。それでは、お言葉に甘えて同行をお願いします」
「エルネア君?」
地竜と竜心で会話をしていると、僕の言葉を通してでしか内容を把握できないルイセイネたちが、小首を傾げて僕を見ていた。
「ええっと、村までこの地竜の群が付いてきてくれるそうなんだ。今後の竜族との話し合いに協力してくれるんだって」
僕の説明に、どよめきが起きる。
「さ、さすが竜王……」
「俺たちの斜め上を行くな」
「地竜とともに旅か。きっと誰も経験したことがないんじゃないのか」
ちょっと引き気味に見えるけど、気のせいですよね。
「暴君の背中に乗って村にたどり着いたエルネア君です。もうわたくしは驚きません」
と言いつつ、ルイセイネはため息を吐いていた。
「おわおっ、一緒に遊べるね!」
プリシアちゃんは早速、子供の地竜に乗って一緒にはしゃいでいた。
プリシアちゃん、新しい仲間を手に入れたんですね。恐ろしい子……
それでは、と気を取り直して出発する頃合いになって、ニーミアが戻ってきた。
「にゃんを置いていかないでにゃん」
急いで往復してきたんだろうね。お疲れ気味のニーミアは小型化すると、はしゃぐプリシアちゃんではなくて、僕の頭にのってへたれた。
「それでは、出発!」
僕の掛け声とともに、人と竜の行進が始まった。
……あ。守護役の僕が先導してどうするんだ。
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