点と線

 竜族と共に行く竜峰の旅は、とても快適で順調だった。


 守護役に命じられた僕はみんなと少し距離を取り、地竜の背中に乗せてもらって、プリシアちゃんの面倒を見ながらの移動になった。

 とても高い位置から、先を歩くみんなを見下ろす景色は絶景だね。

 歩け、愚民どもよ! なんて悪い王様になった気分だよ。


「にゃん」


 未だに竜族に怯えられるライラは、僕とプリシアちゃんをうらやましそうに、時たま振り返って見ていた。


 ライラは、根は素直で優しくて、とても素敵な女の子なのに、竜族に怯えられるなんて可哀想すぎる。

 いずれ自身の力の全容を把握して制御できるようになったら、いっぱい竜の背中に乗せてもらおう。


「にゃんは平気にゃん」

「うん。ライラが乗せてって言った時には、乗せてあげてね」

「おやつで手を打つにゃん」

「食べ過ぎて太っても知らないよ」

「んんっと、ニーミア太ると飛べなくなるよ。だからプリシアが食べてあげるね?」

「駄目にゃん。にゃんは本当は大きいから、たくさん食べても大丈夫にゃん。だからプリシアの分も食べてあげるにゃん」

「ううん、駄目。プリシアのものはプリシアのもの。ニーミアのものもプリシアのものなんだよ」

「どんな理論だ」


 プリシアちゃんのとんでも理論に、僕は大笑いをしてしまう。


「プリシアはひどいにゃん。もう乗せて飛んであげないにゃん」

「あうう。ごめんなさい」


 プリシアちゃんはニーミアを撫でてあげて機嫌をとる。

 食意地は張ってるけど、ニーミアとの友情の方が上なんだね。

 仲良しは良いことだ。


 それにしても、竜族との移動は安全で安心だね。

 竜族一体ならまだしも、集団での移動になっているせいか、魔獣は近づこうともしないし、魔物がたまに出ても、竜族が瞬殺してしまう。

 他の竜族に出会うこともあったけど、彼らも無闇には干渉してこなかった。


 でも僕は、自分の方から干渉していったけどね!


 竜族と協力関係を結ぶために、ザンたちは先行して村に帰っていった。たぶん話し合いはあるだろうけど、既成事実を僕がもうすでに作ってしまっているので、今更反対する人はいないと思う。

 居たとしたら、竜峰の危機に鈍感すぎると思うけどね。


 そんな中、僕は竜族と遭遇するたびに、説得の声掛けをしていく。

 呪われた飛竜と、それに跨っていた黒甲冑の戦士たちの襲撃を知らない竜族は、僕の話を訝しんだ。

 でも、説得に同行してくれた地竜の頭の助けもあり、僕は少なくない数の竜族の協力を取り付けることに成功していた。


「しかしそれにしても……」

「やりすぎのような」


 僕たちの前を順調に歩いている竜人族が、後ろを振り返って顔を引きつらせる。


「エルネア君。ものには限度というものがあるんですよ?」


 ルイセイネが困った様子で腰に手を当て、地竜の背中に乗っている僕を見上げる。


「ええっと、これって僕のせい?」


 僕は可愛く小首を傾げて見せたけど、全員から異口同音に「当たり前だ!」と怒鳴られてしまう。


 とほほ、なんでこうなった。と肩を落とし、周りを見渡す僕。


 見渡す僕の周りには。


 地竜の群がまとまって行進している。そしてその周りに、巨大蜥蜴とかげのような竜族。蛇に似た竜族。別の地竜。亀のような地竜。空には何種類かの色の違う飛竜や翼竜が舞い、それ以外にも多くの種の竜族が追従していた。


 竜の見本市? 何ですかそれは。


 僕が竜族を説得していくたびに、その群から何体かが代表して僕についてくる。

 そして気づけば、僕の周りには多種多様な竜族の集団が形成されてしまっていた。


 うん、こんな摩訶不思議な集団にちょっかいを出すような無能な魔獣はいないよね!

 魔物が出ても、そりゃあ瞬殺されます。


 どうやら僕が作り出してしまったらしい集団を見渡し、頭痛を覚える。


 駄目だ駄目だ。周りを見ちゃ駄目だ。これは悪い夢なんだ。どの竜族も僕に興味を示したとか、プリシアちゃんが呼び寄せたとか、そんな事実は一切なかったんだ。気のせいだ。僕は自分にそう言い聞かせ、プリシアちゃんの相手をすることに専念した。


 現実逃避じゃないんだからね!


「にゃあ」


 ニーミアはプリシアちゃんに撫でられながら、呆れたように僕を見ていた。


 とその時、空を飛んでいた飛竜と翼竜が慌てて散り始めた。


 何だろう、と思っていると、聞き覚えのある咆哮が遠くから聞こえてくる。

 咆哮を聞き、地上の竜族も慌てだす。


「なんだ!?」


 竜族の慌てように、戦士候補者も警戒する。

 でも僕は、この咆哮に慣れ親しんでしまっていたので、みんなを落ち着かせる。


「大丈夫です。これは暴君の咆哮です!」

「なに!?」

「暴君ですって!」


 慌てふためき、木の影や岩陰に身を隠し始めるみんな。地上の竜たちも、協力して強固な結界を張り巡らせ始めた。


 余計に恐慌状態になりました!


 しまった。そうでした。暴君は未だに、竜峰に住まう多くの者たちにとっては、危険な存在という認識だった。

 暴君が改心したことを知らないみんなは、焦り慌て、逃げ惑う。

 そして、そうしているうちに、暴君が上空に現れた。


 飛竜よりも倍近く大きな巨体が、低空を通り過ぎる。

 一瞬の通過だったけど、僕と暴君は確かに視線を交わした。


 暴君は一度通り過ぎた後に、上空に散った竜族を威嚇しながら、僕たちの少し離れた場所に着地する。


「みんな、大丈夫なんだよ」


 僕は地竜の背中から降り、暴君に近づく。


 暴君は竜族の混合集団を訝しがりつつも、僕を認めて大人しくしていた。


「レヴァリアはもう、悪いことをしません!」


 そして僕は、暴君が改心したことをみんなに伝える。

 竜族も竜人族も最初は半信半疑で聞いていたけど、プリシアちゃんが暴君の背中に飛び乗って遊んでも暴れない姿を見て、なんとか納得してくれた。


『妙な集団がいると思い近づいてみれば、やはり貴様の仕業だったか』


 暴君が僕を呆れたような眼差しで見下ろす。

 ああ、君までも僕をそういう目で見るんだね。


「実はね」


 今度は暴君に、今の状況を伝える僕。


『あの時の呪われた飛竜か』


 暴君は僕の話を聞き、忌々いまいましげに喉を鳴らす。


「ひいっ」


 暴君の喉なりに、戦士候補者の男性のひとりが腰を抜かす。

 大丈夫だと言われて表面上は納得できたとしても、やっぱりいきなり平気にはならないよね。

 これは男性が腰抜けなんじゃなくて、それだけ暴君が恐れられていたということなんだと思う。


「でもね。少し違うんだ」

『何が違う』

「なんというか。気配?」


 僕は飛竜の襲撃と、暴君と一緒にいた時に襲われた時のことを思い出しながら比較する。


「君と一緒に襲われた時、あれは本当に不気味で恐ろしかったんだ。見ているだけで魂が縮みあがりそうなほどにね」


 実際、手負いだったとはいえ暴君でさえも恐れおののいていた。


「今回の奴らは。確かに前の時のように呪われていて、不気味な竜気を纏っていたし、背中に黒甲冑の魔剣使いを乗せていたよ。でもね、今思うと、前回ほどは不気味じゃなかったし、黒甲冑の格好も違っていたかな。何よりも、呪われていても飛竜はどす黒く変色まではしていなかったし」


 実力も違っていた。もしも前の黒甲冑の騎士であれば、今の僕でも到底敵わなかっただろうし、飛竜ももう少しは俊敏に動いていたはずだ。

 僕の説明を受け、暴君は再び喉を鳴らす。


『あれ程の者がそうそう居てたまるものか。貴様の言う通り、我らが遭遇した者と今回の者は別物だろう』

「でも、不気味度と実力は違っても、似たような状況だったよ?」

『恐らく、群の頭と手下という違いだろう』


 言って暴君は、僕の後方で結界を解いても警戒は崩さない地竜の群を見る。

 なるほど、地竜の群で言えば、一際大きな体の頭と、その一族との違いってことか。


「つまり、君と遭遇した時の奴が隊長で、今回の奴らは部下ってことだね?」


 ということは、やはり竜人族の人たちが最初に推測したように、僕と暴君が遭遇した奴がオルタで間違いなく、今回の奴らは何かしらの要因でオルタと同じように呪われたってことか。


 それと、今回の事件がオルタと繋がるということは。


 復活したと思われるオルタ。人族の国で起きている陰謀とリステアが追う事件。竜峰内で暗躍する部族。襲撃されたラーザ様の村と西の村。そして、消えた西の村の者たちと呪われた者たちが繋がる。

 今は確定していないけど、きっと魔族の襲撃と暗躍も繋がるはずだ。


 点と点が繋がっていく。


 僕は規模の大きさに戦慄した。


『貴様らの動きはわかった。我も気をつけて竜峰の様子を見ておこう』

「おお、立派に仕事をしてるね!」


 にやり、と笑った僕を、暴君は憎々しげに睨んだ。


『出鱈目なこの集団の原因も把握したことだ、我はもう行こう』


 暴君も、警戒心を持たれたまま長く居座る居心地の悪さを覚えているんだね。

 軽く別れの挨拶を済ませると、暴君はプリシアちゃんを下ろし、荒々しく羽ばたいて飛び去っていった。

 去り際、威嚇めいた咆哮は忘れませんでした。


『我らが出鱈目なのではない。君が出鱈目なのだ、と注釈を入れたいものだ』


 地竜の頭が、僕を呆れたように見ていた。


 みんな、僕をそういう目で見ないで。


 とほほ、と肩を落とし、僕はプリシアちゃんを抱えて地竜の背中に戻る。


「ええっと、改めて言うけど、暴君はもう悪さはしないからね?」

『先程のやり取りを見たことだし、我らは君の言葉を信じよう』

『しかし、恨みが消え去ったわけではない』


 他の竜が言う。


「うん、もちろんそれはよくわかっているよ。でも、感情に任せて復讐を重ねても、お互いに明るい未来はないよ。だから、今は暴君の償いを見届けて欲しい」

『汝が言うのなら』

『君の言葉を信じることにしよう』


 渋々、という感じの竜族もいたけど、どうやら僕の言葉を信じ、従ってくれたみたい。


 良かった良かった。


 償いの努力を一番しないといけないのは暴君自身だけど、僕も手助けできるところは手助けしたい。

 こうやって少しずつ、暴君の改心と償いが竜峰に広まっていけばいいな、と思う。


 暴君が過ぎ去り、上空に飛竜と翼竜が戻り始めた。

 様子を伺いに降下してきた飛竜の一体に、僕は今のやり取りと暴君のことを伝える。

 飛竜もやはり驚いていたけど、襲ってこなかった暴君に納得してくれて、上昇すると他の空飛ぶ竜族に伝えてくれた。


『出鱈目だ』

『最初から思っていたが、どうやらあの人族の少年は変わっているぞ』

『こんな変わり種の人は見たことも聞いたこともない』


 あああ……

 空からの呆れたような視線が追加です。


 尊敬とか憧れとか羨望の眼差しじゃなくて、呆れられた視線を向けられるって、悲しいね。

 僕はこんな視線はいりません!


 落ち込んでいると、プリシアちゃんとアレスちゃんが頭を撫でてくれた。


「よしよし」

「お兄ちゃん元気出してね。プリシアがそばにいるよ」

「うん、ありがとう。僕の味方は君たちだけだよ」


 僕はプリシアちゃんとアレスちゃんを抱き寄せて頬擦りした。


「エルネア様が変態行為を!?」

「あらあらまあまあ」


 ライラとルイセイネは、ため息まじりに僕を見上げる。


「な、何はともあれ。出発しましょうか」


 気を取り直し、竜人族の人たちが歩みを再開させる。

 それに続き、竜族の大行進が後を追う。


 そして。


 十日間の旅の後に、ミストラルの村に帰り着いた時。

 僕の背後と空には、このままアームアードの王都ならおとせるんじゃないかと思えるくらいの、竜族の集団が完成していた。

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