竜峰同盟

「みなさん、長旅お疲れさまでした」

「いやあ、試練の真意に気づけたら、確かに楽な内容だったなあ」

「本当にね。ただ歩くだけだもの」

「村で手伝いをしている方が、大変じゃないかと思えるくらいだったよ」


 ミストラルの村の手前の小さな森に到着した僕たちは、互いに肩を抱き合い、労いの言葉を掛け合って笑いあう。


 けっして、乾いた笑いではありません……


「これで俺たちも、一人前の戦士か」

「他の方角へ向かった奴らは、ちゃんと真意に気づけたかな?」

「まさか、本気で竜の巣に突撃している馬鹿はいないだろうな」


 あはははは、と笑い声が村の手前の小さな森に響き渡る。


「エルネア、ちょっと来い」

「ひいっ」


 出迎えに現れたザンに、僕は首根っこを掴まれて連行された。


 なんでこうなった!

 ううん、理由はわかる。わかっているんだけど……


「おいお前、あれはどういうことだ?」


 ザンに連行され、凄腕の戦士の人たちに包囲され、僕は窮地に陥る。


「あれ、と言われましても?」


 半笑いする僕に拳骨を落とすザン。


「君が地竜と協力関係を築いたのはわかる。たしかに今は、竜人族と竜族との強い繋がりが必要だ」

「だから俺らは先んじて戻り、竜峰中に話を広めようと話し合いをしていたんだ」

「実際にもう出発し、動き出した者たちもいる」


 屈強な戦士たちが腕を組み威圧する様は、まさに恐怖そのもの。

 僕は身を縮めて、戦士の言葉を受ける。


「だがな」


 ザンが呆れたようにため息を吐き。


「あれはなんだ!」


 僕の顔を両手で掴み、強引に、僕があえて視線を向けようとしなかった方角に、首をひねる。


「地竜だけならまだわかる。しかしあれはおかしいだろう!」


 強引に向けられた僕の視線の先。

 森から少し離れた先に、竜族の集団がいた。

 地竜の群を中心に、多種多様な竜族が集結し、僕の方を興味深そうに見つめている。

 そして空には、数え切れないほどの飛竜と翼竜。


「ええっとですね……」


 僕は渋々、事の次第を説明した。


 僕が竜峰を進めば進むほど、竜の群は巨大化していった。

 僕もさすがに不味いだろうと、途中から竜の巣回りは取り止めていたんだけど。

 でも、不思議な集団は、良い意味でも悪い意味でも目立ちすぎた。

 何事か、と様子を伺いに来る竜族がいて、それを勝手に説得する竜が集団の中に現れ。

 それは面白い、興味深い、と芋づる式に竜の集団は増えていったんだ。


 どうやら、竜族は意外と暇を持て余しているみたい。

 竜峰でも最高位の地位にいる竜族は、他種族や魔物に襲われる事がほとんどない。あったとしても、竜族の敵ではない。

 さらに竜峰の東側は、西側のように魔族との小競り合いもなく、悩みの種であった暴君もおとなしくなり、若干手持ち無沙汰気味だった。


 そこに、僕が提案する竜族との竜人族の同盟話が飛び込んできたんだ。

 どの種族も僕の話に飛びつき、それなら自分の部族からも代表者を出そう、という流れになり、ここに至る。


 竜人族の人たちと初めて触れ合った時もそうだけど、なんだか竜族の先入観が崩れていきました。


 竜族は畏怖いふの存在であり、人を歯牙にも掛けないような、崇高すうこうな存在だと思っていたんだけど……


 どうやら、思い違いみたい。もっと世俗的な生き物でした。


「でもほら、昔は竜族と手を取り合って、魔族に対抗してたんでしょう? 同盟は見た事も聞いた事もない話なわけじゃないし、ね!」

「ね! じゃない」

「痛っ」


 また拳骨をもらいました。


「確かにお前の言う通りだが、多種が混合した竜の群を引きつれてくるなんぞ、あり得んわっ」

「痛っ」


 そしてまた拳骨。


「やれやれ。新しい竜王は、どうやら俺たちの常識では計れん大物らしい」


 はあぁ、と僕を囲んだ戦士たちが大仰にため息を吐いた。


「はっはっは。さすがはミストラルの婿になるだけはある。大したものだ」


 蛇に睨まれたかえるのように縮こまり固まっていた僕に助け舟を出してくれたのは、村の部族長のコーアさんだった。

 コーアさんは真っ白で長い髭を撫でながら、戦士の包囲網を解いて、僕の前にやってくる。


「竜族と同盟を結ぶのは、良い手だ。よくぞ思いつき、実行してくれた」


 コーアさんは優しく微笑み、僕の頭を撫でてくれる。


「竜人族と竜族が強固に結ばれれば、魔族にも暗躍する馬鹿どもにも、強い抑止力になるだろうさ」

「しかしコーア様。あの集団はどうしましょう?」

「あそこに居座り続けられては、落ち着けません」


 同盟は賛成する。だけど竜の集団が村のそばに居座るのは、居心地が悪い。それは僕にもよくわかる。

 危険性は殆どないとは思うんだけど、心理的に圧迫感を感じちゃうんだよね。

 まあ、その原因の一端を作ったのは僕なんですが……


「ふむ。彼らも別に、ずっとここに居座るつもりではなかろうさ」


 コーアさんは竜族の群を見て、微笑む。


「彼らは、ひとつにエルネア君に興味を持って、ついてきただけだろう。そして二つ目に、儂らへの顔見せかのう。書面で約束を交わすわけでも血の誓いを立てるわけでもないが、一度顔を見せる事によって、同盟違わず、と儂らに知らせているに違いない」


 言ってコーアさんは、竜族の群に向かって歩き出した。


「挨拶が済めば、次第に解散するだろう」


 と言うコーアさんの予測通り、村の代表であるコーアさんが竜族に挨拶をすると満足したのか、少しずつ群れは解散していった。


 僕も連れてきてしまった責任があったので、一緒に挨拶回りをやった。


『我が巣のそばに寄った時には、ぜひ遊びに来い。貴様ほど面白い人はいない』

『我が娘を、君に預けたいくらいだ』

『我らも協力して、この話を広めてやろう』


 竜族は口々に友好的な言葉を残して、去っていく。

 だけど、最初に説き伏せた地竜の群れだけは残った。


『我らはここに残り、同盟が確かなものだと知らしめよう』


 僕が地竜の頭の意思を通訳すると、コーアさんも同意してくれた。


「それは頼もしい。確かに話だけ広めても、半信半疑で疑う竜族も多かろう。だがここに来てもらえば、確かな証拠がある、というのは心強い。滞在中、お世話をさせていただく」


 こうして、地竜の群は森のすぐ近くに新たな巣を作ることになり、村の人たちがお世話をすることになった。


「なんか、大事になってるよね」

「お前が言うな!」

「痛っ」


 僕が他人事のように独り言ちたら、ザンから四度目の拳骨が飛んできた。

 もう僕の頭はたんこぶだらけだよ。とほほ。






 そして、大騒動があった翌日。

 魔族の国に入って調査を行っていたウォルが戻り、その使者がミストラルの村に到着した。


 結果から言えば、やはりルイララの領地を襲ったのは竜人族だったらしい。

 領地を荒らしていた竜人族を、魔族の冒険者が討ち倒し、死体をルイララが保管していた。


 数人で襲撃してきたらしく、ルイララの領地は少なくない被害に遭っていたらしい。


「それで、どこの部族の者かは判明しているのか」


 報告を聞いていたザンが質問する。すると使者は、報告内容が書かれた羊皮紙に目を通しながら。


「残念ながら、不明のようです。激しい戦闘のせいか、死体の損傷が激しく、種族以外で部族が判明出来るような手がかりはななかったようですね」

「それだけの情報にしては、調査が長引いていたな」

「はい。調査以外に、魔族との調整を行っていたようです」

「調整?」


 使者の言葉に、僕を含めて何人かが首を傾げた。


 ちなみに、なぜ僕も報告会に参加しているのかといえば。

 だって、僕も西の村の襲撃事件に関わっているんだよ。そりゃあ結果を聞きたいし、使者に今度はこちらの情報を伝えないといけない。こちらの情報を一番よく知っているのは同盟を立案した僕だから、僕に説明責任がある。

 ということで、人族の僕も参加させてもらっていた。


「竜人族としても、魔族とこれ以上揉めたくはありません。それは巨人の魔王とルイララも同じ見解でして。それで今回の襲撃の落とし所と、これからのことを話し合ったようです」

「これからのこととは?」

「はい。とりあえず、ウォル様がこのまま問題解決まで魔族の国に滞在します。そして竜峰との揉め事が起きそうな時には、ウォル様が間に入って調整するとのことです」

「ほほう。それでは、魔族の方は心配いらないのかな?」


 コーアさんが片眉をあげて興味深そうに使者を見る。だけど、使者の顔色は見る間に沈んでいった。


「それが、一概にそうとは言えないのです。巨人の魔王の話によれば、北側の魔王がなにやら不穏な動きを見せているのだとか」


 使者の言葉に、報告を聞いていた全員の顔が渋くなる。


「おいおい。それだと、巨人の魔王と話がついても意味がないな」


 南北に何処までも長く連なる竜峰、その西側に面している魔族の国は、巨人の魔王が治める国だけではない。北部は、別の魔王が支配する国と接している、と僕は竜人族に教えてもらっていた。

 その北部の魔王が、不穏な動きを見せている。

 それだと確かに、巨人の魔王とやりとりしていても、意味がないよね。


「巨人の魔王の方は、北はなるべく抑え込む、という話らしいのですが」

「信用できないな」


 ザンの言う通り。いくら巨人の魔王が他の魔王よりも頭ひとつ抜きん出た存在だったとしても、別の国を治めている魔王を完全に抑え込むなんて、絶対に無理だと思う。


「これは、北の方に注意しておかなければいかんな」


 コーアさんが髭を撫でながら呟いた。


「北と言えば、例の竜人族の部族だろう」


 戦士のひとりが口にする。


「たしかに、不穏な動きを見せているのは、魔族も竜人族も北部の者たちだ。これは何か繋がりがあるな」

「いい加減、そろそろ処罰をしてはどうだ?」


 別の男性が声を荒げる。


 僕もそう思う。悪巧みをして周りに被害が出てきている以上、何かしらの処罰は早めにすべきじゃないのかな。

 ああ、でも、と僕は別のことに思い至る。今はそんなに短慮たんりょで動くわけにはいかないのか。


「たしかに処罰は早めに必要なのかもしれません。ですが、今は時期尚早じゃないですか」

「ほう、なぜだ」


 ザンが僕の意見に興味を示し、先を促す。


「竜人族の中で、怪しい部族があるんですよね?」

「ああ」


 頷くザンに、僕は戦士の試練で村に戻って来る途中で考えついた、陰謀の全容を話す。


 魔族と竜人族の繋がり。不気味な呪われた飛竜や黒甲冑の魔剣使い。オルタとの繋がりと、人族の国の事件。

 全てが、僕が予想したように繋がっているのだとしたら、点のひとつを潰しても意味がない。

 ひとつの点を潰して、それで警戒されて他の点を見失い、ひいては線まで見失ってしまうと、元も子もなくなってしまう。

 だから、男性の言い分は凄くわかるけど、それでも今は、慎重に動かないといけないんだ。


 僕の説明に耳を傾け、頷く人たち。


「だが、竜族と手を結んだ以上、こちらの動きもすぐに露見する。悠長にはしていられないな」

「だなあ、こりゃあ忙しくなるぞ」

「イド様との連絡をもっと密にせねば」

「北の偵察要員を増やそう。これ以上魔族が人族の方へ流入しても困るだろうしな」

「呑気な南部の奴らの尻尾を叩け。他人事ではないんだ!」


 報告会は、次第に今後の作戦会議へと趣向を変え、白熱していった。

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