見学に行こう
竜峰全体どころか、魔族の国と人族の国をも巻き込む様相を見せ始めた事件。だけど、事件と問題が発覚したからといって、そこからすんなりと解決へ進むわけではなかった。
まずは竜峰。
どうやら、北部地域、特に北の魔王の領地と接している部族の中に、不穏な動きが活発化しているらしい。密かに探りを入れていた人の話では、当初疑いをかけられていた部族だけではなく、その周辺の部族までもが連携して、なにやら暗躍しているみたい。
良い事なのか悪い事なのか。それでも、竜人族が予想した範囲内だったらしい。そもそも、一部族だけの動きで魔族に竜峰を越えさせることは難しい。
疑いのある部族以外にも、それに協力する他の部族があることは、前から疑われていたんだとか。
だけど今回の事件を受けて、それが明確になった。
問題解決に動く竜人族は、現在は二手に分かれて動いていた。
ひとつは、北部の部族全体の動きを調べる組。どの部族が裏切り者か。村全体で裏切っているのか、一部の者達だけなのかを調べ上げる。
そしてもうひとつは、彼らの目的。目的なしで種族を裏切るような筈はない。きっと何か、目的や目標があって動いているに違いない。
目的、目標がわからないまま証拠だけを集めて北部の部族を弾糾しても、雑草の地上から上に出ている葉っぱを千切るのとなにも変わらない。駆除するのなら、きちんと根まで処理しなければ、同じ問題はいずれまた起きる。
だから慎重に、そして念入りに調べ上げているみたい。
こちらは、昨年から調べを入れている人たちがいるので、早めにわかるかもしれないらしい。
そしてもうひとつの組は、竜族の説得に動く。
こちらは竜心持ちじゃないと竜族との意思疎通ができないので、限られた者たちだけが動くしかない。
僕も竜心持ちなので、もちろん活動に参加していた。
とはいっても、もっぱらミストラルの村周辺の竜族の説得に動くくらいだったけど。
次に、人族側の動き。
こちらは、リステア達に同行している竜王のひとりであるイドと、相互の伝心術が使えるミリーという獣人族の女性から、逐一情報が伝えられている。
獣人族は竜峰どころか人族の国にも殆ど居ない種族だけど、イドとミリーは竜峰で出会い、親友なんだとか。
そして、リステアは無事に偽聖剣事件を解決できたみたい。偽聖剣をばら撒いていた魔族を倒し、広まっていた偽聖剣と魔剣を回収、もしくは破壊した、と先日に連絡が入った。
でも、人族側の事件も、これで終わりなわけじゃない。
竜峰と同じで、魔族の目的を調べ上げなければ、根本的な解決にはならない。
なので今は、次の手がかりを追ってヨルテニトス王国方面へ向かっているらしい。
どうやら、リステアは立ち直ることが出来たみたいだね。リステアはやっぱり、自信に満ち溢れて仲間を引っ張っていく姿が似合っているよ。
そして最後に、魔族側。
こちらはなかなか情報が出て来ない。というのも、代表して動いている竜王のウォルが巨人の魔王の領地に入り、魔族側と動いているみたいなんだけど、なかなか竜峰に帰ってこないので情報が散発的なんだ。
だけど、どうやら巨人の魔王と北部の魔王が、なにやら対立しだしているみたいだという情報は入ってきていた。
巨人の魔王は竜峰に対して友好的なんだけど、北部の魔王は過激で、今でも竜人族との小競り合いが絶えない。
この辺りに、北部で暗躍している竜人族の部族との何かの繋がりがあるのだろう、というのがみんなの共通認識だった。
ちなみに、オルタと呪われた飛竜の問題も、北部の部族が関係しているとして同時に動いている。
目まぐるしく動き出した竜峰を取り巻く情勢。
だけど僕たちはそんななか、特に変わらない毎日を送っていた。
僕は近場の竜族を説得し終えると、一旦お役目御免になる。
どうも、人族の僕が活躍しすぎると、竜人族の面子に関わってくるみたいだね。実績を上げてしまった僕に対抗心を見せるように、多くの竜人族が頑張りを見せていた。
目に見える変化は少ないけど、少しずつ動き出した世界。そうこうしているうちに、竜峰奥の頂に残っていた雪も薄くなっていき、次第に気温も上がり始める。
とはいっても、平地よりもうんと涼しい。むしろ朝晩は本当に夏間近なのかな、と思えるくらいに冷え込む日もあった。
そしてある日。少し日差しが強く、みんなで泉に足をつけて涼しんでいた時に、ひとつの知らせが飛び込んできた。
「いよいよ人族が、飛竜狩りを始めたらしい」
竜峰の東側の村に出入りしていた竜人族の男性から、アームアード王国王都の情報がもたらされる。
「飛竜を殺すの?」
プリシアちゃんが僕を見上げて質問してきた。
プリシアちゃん的には、ニーミアや地竜の子供と仲良しなので、飛竜狩りという言葉には抵抗があるみたい。
不安そうなプリシアちゃんに、僕は微笑みかける。
「殺すわけじゃないんだよ。飛竜を捕まえて、仲間になってもらうんだ」
「んんっと、捕まえると仲良くなれるの?」
小さいプリシアちゃんには、難しい問題かもしれないね。素直に、生け捕りにして調教し、使役する、と言っても通じなさそうだ。
「エルネア様。私は飛竜狩りを見てみたいですわ」
一緒に泉に足を入れて涼しんでいたライラが、目を輝かせて僕を見る。
ライラは本当に竜に関することには興味津々になるね。
でも、丁度良いのかもしれない。言葉でプリシアちゃんに説明するのは難しいし、現実を見れば理解できるかも。
見学とはいっても、狩場のすぐそばまで行くわけじゃないし、遠目からでは生死をかけた戦いの詳細までは見えないと思う。
そして、遠くから見学すことで、竜と人とのやり取りのひとつとして、プリシアちゃんも正しく受け止めてくれるかもしれないよね。
ということで、僕たちは早速ではあるけど、見学に向かう計画を立てる。
見学参加者は、僕とプリシアちゃん。それとルイセイネとライラの四人と、送迎担当のニーミアだね。
ミストラルは、未だに村に戻ってこない。
いったい、どんなことをしているんだろう?
それとなく知っていそうな人に聞いてみたけど、誰も教えてはくれなかった。
「まずは、ミストラルが克服すべき問題なんだ。きっと君もいずれ、同じような事に直面する時が来ると思う。でも、それは今じゃない。君は、今はミストラルを信じて待ちなさい」
という旨の言葉を、みんなからかけられた。
どうも今の僕には知らせたくない修行らしい。なんでだろう?
だけど、みんなは意地悪をしているわけじゃないし、理由は必ずあると思う。
きっと、時期が来れば、きちんと教えてくれるんだろうね。僕はそれを信じて、ミストラルを待つことにした。
で。飛竜狩り見学会。
ニーミアの飛翔速度であれば、日帰りも可能みたい。
アームアード王国王都の北部に広がる飛竜の狩場は、大平原と言って良い。茂みや小高い丘はもちろんあるんだけど、竜峰から見れば、それは平地と大して変わらない。
そして、飛竜の狩場の西はすぐに竜峰であり、南は王都に面している。
つまり、竜峰の東端からであれば、飛竜の狩場や王都の様子が遠目だけど見て取れるわけだね。
僕たちはニーミアに乗せてもらい、人族に見つからないように竜峰の東へと行く。そこで飛竜狩りの様子を見よう、という事になった。
「お泊まり?」
村から出る時は、お泊まり込みのお出かけ、と思うのは止めましょうね、プリシアちゃん。
プリシアちゃんの無邪気な質問に、僕とルイセイネとライラは顔を見合わせて苦笑した。
「いや、少し遊んでこい」
だけど僕たちに進言してきたのは、ザンだった。
「どういうこと?」
水辺にいつの間にか姿を現したザンは、僕たちを見渡す。
「お前たちは頑張りすぎだ。子供は子供らしく、時には遊んでこい」
ザンから見れば、僕たちはお子様らしい。ザンはミストラルと年齢が近いと言っていたから、きっと彼もそんなに歳は離れていないと思うんだけど。
「いずれ忙しくなる。そうすれば、不覚だがお前たちの力も借りることになるだろう。だからそれまでは、遊んでいろ」
どうやら、ザンなりに僕たちに気を使ってくれているみたい。
戦士の試練の後、ザンも他の大人たちも、僕たちを一人前の戦士として扱ってくれるようになっていた。
今までは、力を認めてくれていても、完全な仲間としては扱われていなかったと思う。でも、竜人族の戦士の試練を乗り越えたことで、僕たちも戦士として、家族として本当に迎え入れられたのかもしれない。
客人から家族へ。これは嬉しい進展だよね。
気の早いお年寄りは、自分は友人である別の老人宅へ引っ越すから、この家に住め、と言い出すくらい。
でもさすがにそれは、丁重にお断りしたけどね。
試練後、たしかに僕たちは家族として、一人前として扱われるようになった。
だけど、僕たちはまだ彼らから見れば子供で、子供をこき使うのも躊躇われるんだろうね。
だから、忙しくなる前に、休める時には休ませよう、ということなんだと思う。
僕たちは、ザンや他の村人たちの好意に甘えて、予定変更で泊まりがけの飛竜狩り見学会を催すことになった。
「泊まりがけでいくのでしたら、日中に人目を気にして移動するよりも、陽が沈んでいるうちに移動しませんか」
というルイセイネの案が採用されて、僕たちは深夜に出発し、明け方前に竜峰の東端に到着する予定を組む。
飛竜の狩場の、どの辺りで狩りを行っているか。それは春まで王都に住んでいた僕とルイセイネがよく理解していた。
飛竜狩りの最初は、王都付近で行うはずだ。そして参加者が慣れていくに従い、飛竜の狩場奥深くへと入って行く。
王都付近で狩りを行えば、もちろん王都にも被害が及ぶ可能性は高くなる。
なので、飛竜狩りが行われる年の初夏は、王都では厳戒態勢に入るのが常だった。
「飛竜に犠牲が出るのは、今のわたくしたちの立場としては複雑な心境ですね」
「人にもあまり被害が出て欲しくないですわ」
ルイセイネとライラの言い分はもっともだね。
竜族と仲を深めるほどに、飛竜狩りには否定的な感情が膨れ上がっていくよ。
同じ人族には、やっぱり被害が少なくあってほしいとは思う。でもそれと同じくらいに、飛竜にも犠牲が出て欲しくないとも思ってしまうんだ。
だけど、飛竜狩りを行わないと、ヨルテニトス王国は騎乗する竜族を確保できない。
建国以来の恒例行事で、飛竜狩りは伝統なんだけどね。
何かお互いに利益が出るような関係にはなれないのかな、とついつい思ってしまう。
とは言っても、僕みたいな考えが昔になかったわけではないと思うんだ。竜人族も迷惑を被っているわけだし、人族にも飛竜狩りをするたびに多大な犠牲が出る。
過去の賢人は、きっと僕のように思い、思考錯誤してきたんだと思う。でも現状は変わらない。これはそれだけ難しい問題なんだね。
だから、僕が今どうこう考えても、浅知恵で上手くいかないことは目に見えている。
だけどそれでも、何か良い方法はないのかな、と思ってしまう僕。
悩み思案しつつ、僕はみんなと一緒になって見学会の準備を進めた。
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