飛竜の狩場

 夜中。村のみんなが寝静まった頃に、僕たちは間借りしている長屋の部屋から外に出る。

 満月が近いのか、村の広場は思っていたよりも明るくて、これなら携帯照明がなくても準備を進めることができるね。


 まずはニーミアに大きくなってもらい、背中に荷物を載せていく。

 僕が空間跳躍で下から上に運び、上ではルイセイネとライラが、荷物が落ちないようにニーミアの長い体毛で縛って固定していく。


「毛が引っ張られて痛くはないですか」

「大丈夫にゃん」


 手際よく荷物を固定しつつも、ニーミアへの気配りを忘れない。さすがルイセイネです。

 それに引き換え、ライラは苦戦していた。


「これの固定の仕方がわかりませんわ」

「それはですね、ええっと……」


 荷造りなんて殆ど経験のないライラは、日中の準備の時からルイセイネにあれやこれやと指導されながら、四苦八苦していた。

 だけど、不器用でも必死に頑張るライラの、努力する姿は好感が持てて、ルイセイネも邪険にせずに丁寧に指導している。


 僕は最後の荷物を運び終えると、出発前に竜気の補充をするために、広場の芝の上で瞑想をする。

 座禅を組み、目を閉じて精神統一。するとすぐに、僕の膝の上にプリシアちゃんとアレスちゃんが飛び乗ってきた。

 でもこれは慣れっこなので、心を乱すことなく瞑想を行う。

 そして竜力の充実を感じた頃、ルイセイネとライラの荷物固定も終了したみたい。


 さあ、いよいよ出発だ、と思った時。


「気をつけて行って来なさい」


 広場にコーアさんが現れて、僕たちに微笑む。


「はい。観光気分だけど、周囲の警戒はしっかりやります」


 微笑み返す僕たち。


「お前とニーミアがいれば、恐らくは問題ないだろう。だが、油断はするなよ」


 ザンも現れ、道中に食べろ、と夜食を渡してくれた。

 おお、いつの間に準備したんだろう、と驚いていると。


「婿殿、気をつけてな」

「ミストラルの分も楽しんできてね」


 と、ミストラルの両親が現れ。


「土産はいらんぞ。いらんからな?」

「飛竜狩りの様子をまた話してね」

「ゆっくり遊んで来なさい」


 次々に村の人たちが家や長屋から姿を現す。


「あらあらまあまあ」


 ルイセイネがニーミアの背中で目を丸くして驚いているよ。

 僕も驚いて、広場に集う人たちを見渡す。

 みんなの姿は、月明かりに照らされたぼんやりとした輪郭だけど、それだけでも誰なのか、今の僕たちにはよくわかる。

 まさか、飛竜狩りの見学に行くだけなのに、こんなに多くの人たちにお見送りされるなんて。しかも、今は真夜中なんですよ、皆さん。


 みんなの優しさに、感動してしまったよ。

 ライラなんて、ニーミアの背中の上でほろほろと涙を流してますよ。


「んんっと、行って来ます!」


 プリシアちゃんが元気に手を振る。


「ああ、いってらっしゃい」

「いっぱい遊んでこいよ」

「すぐに帰ってこなくても良いんだからな」


 何やら、男性陣から喜びの気配が伝わってきます。

 君たちは、プリシアちゃんとの恐怖の鬼ごっこから解放されるから、嬉しいんですね。


「プリシアちゃん、見学の後は戻って来て、またみんなで鬼ごっこをしようね?」

「うん、いっぱい鬼ごっこしようね」


 僕の誘導に乗ったプリシアちゃんが、満面の笑みになる。

 そしてそれとは逆に、男性陣から悲鳴が少なからず上がっていた。


 僕は恨みのこもった視線を背中に受けつつ、プリシアちゃんとアレスちゃんを抱えて、ニーミアの背中に移動する。

 そして振り落とされないように体毛を体に巻き。


「それでは、行って来ます。お見送りありがとうございました」


 僕たちは集まった村の人に、元気いっぱいに手を振った。


「にゃあ」


 ニーミアは可愛く鳴くと、ふわりと翼を羽ばたかせる。

 鳥や飛竜とは違い、優しく数度羽ばたくだけで、巨体のニーミアは空中に浮く。

 ゆっくりと上昇し、村の上空を三度旋回して、ニーミアは進路を東へと向けた。

 緊急時とは違い、それほど速度を上げずに飛翔するニーミア。だけど夜闇はすぐに村の輪郭を包み込み、僕たちの視界から村を隠した。


 でもその代わり。


「見てください。星がとても綺麗ですよ」


 ルイセイネの言葉につられて、空を見渡す僕たち。


「美しいですわ」

「おわおっ、きらきらだよ!」


 見上げた夜空。ほぼまん丸に近い月の明かりに負けじと、数限りない星々が瞬いていた。


 ライラの治療で滞在していた村から見る夜空も綺麗だったけど、上空で雲など遮る物のない場所から見る満天の星空も格別に綺麗だね。

 僕たちは宝石のように煌めく星空を見上げながら、ニーミアの背中に乗って東へと向かう。


 飛行移動は、とても順調だった。

 眼下に何度か鳥類の魔獣の影を見たけど、魔獣もまさか自分の遥か頭上を飛行する存在がいるとは、露ほども思っていないみたい。優雅に羽ばたく姿は、魔獣らしく雄々しいものだった。


 そして日が昇る前に、僕たちは竜峰の東の果て、飛竜の狩場と王都の北部が見渡せる断崖にたどり着く。

 巨体のニーミアが楽に着地できる場所が運よくあり、僕たちはそこに拠点を作ることにした。

 まあ、拠点といっても、風除けできそうな岩陰に荷物を降ろし、一番に眺めの良さそうな場所を選んで、そこに腰を下ろせるくらいの岩を持ってきて、簡易の観覧席を準備したくらいだけどね。

 岩は巨体のニーミアに運んでもらった。


 ニーミア様様さまさまです。


 僕たちは頑張ってくれたニーミアをねぎらうために、ちょっと豪華な夜食会を開く。


 もうすぐ夜明けだという突っ込みはなしです。


「にゃあ」


 断崖ということで、少し風が強い。

 風除けの岩の陰で、ザンに手渡された夜食を広げる。それと女性陣が村の人と一緒に、日中に頑張って作ってくれたおやつも広げる。


「おやつは食べ過ぎたら、後の分がなくなるんだからね」

「ザンさんに頂いた夜食を食べて、まだ足りなかったらお菓子を食べてくださいね」


 と言う僕とルイセイネの言葉なんて聞かずに、プリシアちゃんとアレスちゃん、それとニーミアとライラはお菓子を頬張る。


 ライラ、お前もか!


「本当に、後からおやつがないなんて泣いても知らないからね?」


 僕の再度の忠告に、ようやく三人と一匹はおやつから手を離す。


「んんっとね、おやつを食べるのは、計画性がないと駄目なんだよ」


 プリシアちゃんがぴしりと人差し指を立てて、真剣な表情でみんなを見渡す。


 いやいやいや。頬っぺたを栗鼠りすのように目一杯膨らませて、みんなの中で一番頬張っている君が言っても、説得力なんてないからね。


 プリシアちゃんの食意地とは真逆の言葉に、僕たちは爆笑した。

 談笑し、夜食を食べてひと息つくと、今度は眠気が襲ってくる。

 プリシアちゃんとニーミアは、満腹になるとすぐに寝てしまった。


「ルイセイネとライラも、今のうちに寝ておくといいよ」

「いいえ、お先にエルネア様が」


 遠慮するライラに、僕は大丈夫だよ、と伝える。

 ひとり旅をしている時に、不規則な睡眠生活は体験した。だからもう少し起きていようと思えば起きていられる。

 周辺警戒のために誰かは起きていないといけないから、今は僕が哨戒しょうかいに入る。


 これは譲り合いをするようなものじゃない。みんながそれぞれに与えられた役目をその都度こなしていかなければ、楽しい遠出も台無しになっちゃう。

 眠気を我慢しているルイセイネとライラは、今は寝る役目。

 彼女たちが起きた時に、役割交代。これが今一番効率の良い動きだと思うんだよね。


 僕の説得を素直に受け入れてくれたルイセイネとライラは、プリシアちゃんたちと団子になって眠りについた。


「じゃまものはいなくなったね」

「アレスちゃん、どこでそんな悪い言葉を覚えたんですか」


 悪戯いたずらっ子の笑みを浮かべるアレスちゃんに、僕は苦笑する。


 これも小悪魔プリシアちゃんの影響だろうか。と思うけど、心の中で首を横に振る。

 違うね。アレスちゃんはごく稀に、普段の愛らしい雰囲気を一変させて、計り知れない存在の片鱗を見せることがある。

 もしかして、僕たちはアレスちゃんの見た目に騙されているんじゃないだろうか。とアレスちゃんを見ると、ふふふ、と意味ありげな笑みを向けられた。


「れいじゅをたいせつにしてね?」

「もちろんだよ。アレスちゃんもみんなも大切にするよ」

「だれがいちばんたいせつ?」

「うっ」


 とても返答に困る質問です。僕が返答に困っていると、アレスちゃんが抱きついてきた。

 僕はアレスちゃんを抱き上げると、岩陰から移動する。


 ここで話していたら、眠っている人の邪魔になるかもしれないからね。


 僕とアレスちゃんは、飛竜狩りを観覧するために設置した岩に座る。

 そして、僕は薄く意識を落とし、竜脈を探った。

 するとすぐに断崖の奥深くから、本流からは離れているけど、強い流れを感じとる。

 僕は竜脈を汲み取り、霊樹とアレスちゃんに竜気を流す。

 アレスちゃんは僕の腕の中で、気持ちよさそうに瞳を閉じた。


 そして日の出はそのまま、僕とアレスちゃんの二人で迎える。

 地平線を黄金色で染めあげ、鮮やかな青色を浮かび上がらせ始める朝の光に、目を奪われた。


 空は濃い青闇から白さを増す透き通るような青に変わっていき、視界いっぱいに大自然を浮かび上がらせていく。

 緑豊かな平原。薄い雲は所々にあるけど、快晴と言っていい天気。

 王都の北の砦からは、すでに白い煙が何筋も上がっている。

 今頃、飛竜狩りに参加している凄腕の兵士や冒険者が、朝の準備をしている頃なのかな。

 白い煙の筋は、炊き出しか何かの煙なのかもしれない。


 王都の方を見ていると、都中から朝の支度の気配が増えてきだす。

 王都の実家では、きっと母さんが起き出して、父さんのご飯の準備を始めているんだろうね。


 朝の景色を楽しんでいると、いつの間にか結構な時間が過ぎたみたい。

 仮眠を取り終えたルイセイネが起きて来て、僕の役目と交代を申し出てくれた。


 少し睡眠時間が短いんじゃないのかな、と思ったんだけど、普段から規則正しい生活を送っているルイセイネにとって、日が昇った後も寝るのは逆に難しいらしい。


 アレスちゃんはこのまま残るということだったので、ルイセイネとアレスちゃんにお礼を言い、僕も仮眠をとることにした。


 アレスちゃんは精霊だから、もともと睡眠という欲求はないみたい。僕から竜気を補充したアレスちゃんは元気いっぱいで、今度はルイセイネの膝の上に座って景色を眺めていた。


 僕はそんな二人を見つめつつ、風除けの岩場の陰で眠りに落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る