井戸端会話

 王様と随行ずいこうの地竜騎士団と別れて、また西の空を目指して帰路の旅に戻る。

 澄んだ空はどこまでも見通せそうで、綺麗な風景に見入ってしまう。今日は雲もほとんどなく、晴天だね。

 スレイグスタ老は宣言通りに、ふらふらとあっちの景色を見たり、こっちの景色を見たり。飛びながら追従する飛竜たちは問題ないけど、地上で走り回らないといけない地竜たちは大変そうだ。


『なにこの運動……』

『そうか。これが修行というやつなのか』

『これを頑張れば、俺にも美竜なお嫁さんがいっぱい……』

『運動後の飯が美味そうだなっ』


 ごめんなさい、みんな。スレイグスタ老は君たちのことをこれっぽっちも考慮していません。自分の楽しいことを満喫しておいでです!


「ふむ。どうやら誤解があるようだ。ほれほれ、あそこに見知った顔があるぞ」


 と言って、スレイグスタ老は街道に戻って降下をし始めた。


 嘘です。絶対に、たまたま見つけただけです。とは思いつつも、スレイグスタ老が発見してくれた人物に感謝をしたい。


「リステア、おはようっ」

「いやいや、おはようってなんだよっ!」


 今度は普通に着地をした僕たちを地上で出迎えてくれたのは、勇者様ご一行だった。


「まったくよう。朝方お前が突然、離宮を抜け出したと聞いて何事かと思えば」

「エルネア君。できれば色々と説明と紹介が欲しいです」


 勇者様ご一行は、全員がドゥラネルの背中の上に乗っていた。

 前にも思ったけど、全員で乗るにはドゥラネルがまだまだ小さいね。

 スレイグスタ老から見れば、豆粒同然のドゥラネル。存在感も比較にならないようで、眼前に巨大なスレイグスタ老の顔を前にして、ドゥラネルは完全に固まってしまっていた。

 リステアたちも、目の前の巨竜が普通の竜族ではないと知っているので、身を正してドゥラネルから降りてくる。

 僕も、スレイグスタ老の頭の上から空間跳躍で飛び降りた。


「その技、すごいな。移動が全く目で捉えられない」

「うん。耳長族の空間跳躍と同じようなものだからね」

「耳長族の空間跳躍!?」

「んんっと、一緒だねっ」


 ぽんっ、とプリシアちゃんが僕の胸に飛び込んできた。ニーミアは、プリシアちゃんの頭の上で寛いでいる。


「ま、まさかお前の子供か!?」

「そんなわけないじゃないかっ、お馬鹿スラットン。どう考えても年齢的におかしいし、プリシアちゃんはどう見ても耳長族の子供だよ?」

「い、いや。最近知った真実のお前なら、それくらいは許容範囲内なのかと……」

「エルネア君、ごめんね。スラットンにはあとでしっかりと教育をしておくからね」


 クリーシオは笑いながらスラットンの脇腹に拳を捻り込み、後ろに引っ張っていった。


 こ、ここにも恐ろしい人が……


「それで、これはいったい?」


 リステアは身を正しながら、周りを見渡す。

 さすがに竜族には慣れてきたのか、周囲を飛竜や地竜に取り囲まれても取り乱していない。さすがは勇者様だね。

 ただし、スレイグスタ老やアシェルさん、リリィといった周りとは明らかに存在感の違う竜に緊張を隠せないでいた。


 あっ、レヴァリアも立派で格好良いよ。


『貴様の慰めなど必要ない』


 ふんっ、とそっぽを向いたレヴァリアの上から、ミストラルたちが降りてくる。


「キーリ、イネア。お久しぶりです」

「ルイセイネ、お久しぶりですね」

「会いたかったよー」


 巫女様同士は、互いに抱き合い再会を喜び合う。


「それじゃあ、お互いに紹介をしようか。今更だけどね」

「ああ。本当に今更だよな」


 僕とリステアは笑いあう。

 アームアード王国の王都で再会をして、短い時間ではあったけど一緒に戦った。だけど、全員揃った状態での紹介はしていなかったよね。


 僕が寝ている間に面識は持たなかったのかな? と一応確認をしたら、リステアたちは離宮に居なかったのだとか。

 リステアの補足によれば、ヨルテニトス王国での騒動が終わって三日後には、勇者様ご一行は全員復活したらしい。だけど、休息を取っていたのは東の砦。戦場になった場所の近くで、離宮ではなかったらしい。


 僕たちだけが離宮に戻って、もてなされていたのだと今更知りました。

 ライラですね。ライラが要因なんですね!


「まぁ、一件落着したとはいえ、警戒はまだ必要だったからな。魔族が全て消え去ったという保証は誰もしてくれないから、地道に周辺の安全を確認するしかなかったんだ。それで、戦力的に俺たちも残っていたんだよ」


 僕たちの心の内なんて知るよしもないリステアは、待遇の違いをそう言って解釈していた。


「それはともかくとして。いい加減お互いの紹介をしよう」


 うむむ。いつも話が逸れちゃう。まるで女子の会話です。でも、話したいことが多すぎるから仕方がないよね。


「まずは俺たちの方からかな。お前の方は突っ込みどころが多そうだし」

「そ、そうだね……」


 言ってリステアは、順番に身内を紹介していく。

 まずは、巫女のキーリとイネア。ルイセイネの同僚であり、親友と紹介されて、礼儀正しいお辞儀をする二人。

 竜族たちがつられたようにぺこりと首を動かす姿が可愛かった。

 ネイミーを紹介すると、彼女は小柄な身体に見合わないような元気な声で挨拶をした。

 ネイミーの元気溌剌げんきはつらつな声に合わせて、竜族たちが咆哮をあげる。

 案の定、勇者様ご一行は目を見開いて驚く。

 竜族のみんな、絶対に遊んでいるよね……


「あっちのもうひとりの男がスラットンで、蹴っているのがクリーシオだ」


 なにその紹介。

 今度は僕たちの方が顔を見合わせる番だった。


「まるでエルネア君とミストラルだわ」

「まるでエルネア君とルイセイネだわ」

「ちょ、ちょっと待ってください、双子様。さらっと誤解を与えるような言葉を口にしないでくださいっ」

「聞き捨てならないわっ」

「ミストラル様、間違いはありませんわっ」

「ライラ?」

「ひいっ」


 美人さんは性格がきつい人が多いのでしょうか。スラットンに親近感を覚えてしまう。

 クリーシオは、紹介をされて慌てて身を正す。スラットンもぶつぶつと文句を言いながら、こちらに戻って来た。


「次に、彼女はセリース。アームアード王国第四王女です。そちらの双子様の妹になりますね」


 リステアは丁寧な口調だね。

 きっと、こちらには年上や目上、そして計り知れない者が居るから、砕けた言葉遣いを控えているのかも。

 そんなに気を使わなくても良いのになぁ。


「お初にお目にかかります。セリースと申し……きゃっ」


 王女らしく挨拶をしようとしたところに、双子王女様が飛びついた。


「セリース、会いたかったわ」

「セリース、元気にしてたかしら」

「お、お姉様方……っ」


 むぎゅぎゅと押し合うお胸様に、僕とリステアとスラットンの視線が釘付けになった。


「エルネア?」

「リステア?」

「スラットン?」


 周囲に生まれた殺気に、慌てて視線を逸す。


「そ、そして最後に。自分が勇者のリステアです」


 そうか。紹介とは言っても、僕はもう全員を知っているんだし、リステアは最初から僕以外の者たちに向けて話していたんだね。

 そりゃあそうか。


 勇者という言葉に、静かに聞き耳を立てていたスレイグスタ老が喉を鳴らした。


「これで、こちらは以上かな」


 というリステアに、僕は未だに硬直しているドゥラネルを指差す。


「ドゥラネルも身内なんでしょ?」

「あ、ああ……。そうだったな。お前にとっては竜族であれ共に歩む者は身内なんだよな。俺たちにはまだそういった部分が欠けているんだろうな」

「そうだな……」


 リステアとスラットンが申し訳なさそうに頭を下げた。そして、ドゥラネルの紹介はスラットンが行う。


「こいつは、俺の相棒のドゥラネルだ。まだ子竜なんだが、頼りになる奴です」


 紹介されても、ドゥラネルは微動だにしなかった。

 まぁ、それは仕方ない。だって、眼前にずっとスレイグスタ老の顔があるんだもん。そりゃあ縮こまっちゃうよね。


 スレイグスタ老はじっとドゥラネルを見下ろす。

 僕たちはそっと離れた。ついでにリステアたちの手を取って、引き離す。


「ぶえっっっくしょょょょんっっっっ!!」

『ぎゃーっ!』

『ぐああぁぁっ』

『なんですとーっ』


 彼らは犠牲になったのだ。


 ドゥラネルの背後に回り込んでいた竜族共々、ドゥラネルは爆風と鼻水の洪水に押し流されていった。


「……」


 リステアたちが、目を点にして絶句している。

 でも、こんなものです。僕の身内に気を使う必要はないんだよ。だってみんな、かしこまるような性格じゃないんだもん……


「それじゃあ、次は僕が紹介していくね」


 吹き飛ばされたドゥラネルたちは放っておこう。乾燥したら戻ってきてね。


「ええっと、彼女が巫女のルイセイネで、あっちがアームアード王国第一王女様のユフィーリア。向こうが第二王女様のニーナだよ」

「エルネア君、紹介が雑ですよ……」

「エルネア君、ひどいわ」

「エルネア君、悲しいわ」

「いや、だってさ。三人はもうみんな知っているじゃないか」

「それでもきちんと紹介してくれなきゃ嫌よ」

「それでも愛を込めて紹介してくれなきゃ嫌よ」

「そうですよ。そこは正しくお願いします」

「うん。ごめんなさい。そうだよね」


 僕は気が抜けすぎていたのかな。反省です。

 ということで、三人を改めて紹介する。


「エルネア君、頑張ってね!」


 三人の紹介を終えると、なぜかセリース様に両肩をしっかりと掴まれて励まされました。


「エルネア君、ルイセイネを泣かしたら承知しないですよ」

「そうだよー。知らないよー。というか、こちらの巫女頭みこがしら様になにをしたのさー?」

「えっ、マドリーヌ様がどうかしたの?」


 ネイミーの口から突然出てきた存在に首を傾げる。


今朝方けさがたお会いした時に、巫女頭の夫たりえる者は、敬虔けいけんな信者であり誉れる救世主のエルネア君しかいないって叫んでましたよ?」

「えええっ、なんですかそれはっ」


 僕って敬虔な信者だったっけ?

 死霊都市の大神殿でお祈りをするまでは、結構長い期間、女神様への祈りをおろそかにしていたような人族ですよ?


「お前、自覚がないのか? 戦いの最後に叫んだじゃないか、女神様の名前を。あの戦いのあの状況で女神様の名前を口にできるお前は敬虔な信徒で、だから巫女頭という地位の自分の夫に相応しいと周囲を説得しようとしていたぞ?」

「えええっ!」


 いまマドリーヌ様に会うのは危険なような気がする。そう考えると、離宮を飛び出したのは正しかったのかもしれない。


「と、とにかく、紹介を続けるね。彼女はライラ。後ろの真っ赤な飛竜がレヴァリアと言って、ふたりは大の仲良しなんだよ」

『おいっ!』

「エルネア様、素敵な紹介をありがとうございますですわ!」


 レヴァリアの声なんてリステアたちにはわからないんだし、無視無視。感激して僕に抱きついたライラを、ミストラルとルイセイネが引き剥がす。


「それで、彼女がミストラル。竜姫りゅうきという称号を持っていて、竜峰の代表みたいな存在なんだ。ああ、彼女は竜人族だよ」

「あの美しい翼を生やしていた女性ですね?」

「初めまして、勇者。噂はエルネアからかねがね伺っています。お互いに敬語はやめましょう」


 柔らかく微笑むミストラル。だけど、ライラを腕力で押さえつけているので、みんなは既に気付いている。彼女はクリーシオと同じで、怒らせると恐ろしいのだと。


「先日お見受けした姿が、竜人族の本来の姿ですか?」

「違うわ。あれは一流の戦士だけが身につける変身能力よ」

「うわっ。そうするとミストラルさんはお姫様であり、一流の戦士なんだ。セリースみたいだねっ」

「ふふふ。あなた達の思う姫とは違うのよ」


 言ってミストラルは、僕と初めて出逢ったときのように、竜王や竜姫といった竜人族の称号などについて説明をした。


「そうか。王様になったわけじゃないんだな。グレイヴ様などに一応の説明は受けたんだが、いまいちわからなかったんだ。ようやく理解できたよ」

「お、俺もまずは一人前の竜騎士になって、いずれは竜王になってみせる!」


 スラットンよ、なぜここで宣言するんですか。しかも緊張しているし。

 スラットンの宣言に、みんなは顔を綻ばせた。


「がんばって」


 ミストラルだけが優しく声をかけていた。


「んんっと、プリシアも紹介してね?」

「にゃんもにゃん」

「してして」


 アレスちゃんも顕現けんげんしてきて、幼女組が懇願こんがんしてきた。


「もちろんだよ」


 僕は幼女たちを抱えあげて、紹介をする。


「耳長族の女の子がプリシアちゃん。耳長族の次期族長なんだ。プリシアちゃんの頭の上に乗っているのがニーミア。見ての通り、後ろの超巨大な竜の子供だよ。後ろの竜はアシェルさん。いにしえみやこって場所を守護する古代種の竜族なんだ。あっ、気をつけてね。男嫌いで、男とかおすとかには容赦をしないから。最後に、この子がアレスちゃん。とても珍しい霊樹の精霊さんなんだよ」

「いやいや。その子だけが珍しいわけじゃないだろう? 耳長族のプリシアちゃんや古代種の竜族、竜峰に住む竜人族の代表やアームアードの王女。全部が全部、普通は珍しいんだよっ」


 リステアの突っ込みに全員が笑う。

 そしてひとしきり笑ったあと、リステアは小山のような巨竜に視線を移した。


「うん。ずっと秘密にしていたことを謝るよ。そちらが僕の師匠のスレイグスタ老。もう知っていると思うけど、竜の森の守護竜だよ」

「竜の森の伝説の守護者。そして、エルネアの師匠……」

「おい待て。アームアードでお前はジルド様が師匠と言っていなかったか?」


 スラットンの言葉に頷く。


「うん。ジルドさんも師匠のひとりだよ。僕は、多くの方々の指導で成長できたんだ。ジルドさんは主に竜術を教えてくれたんだよ。そしてスレイグスタ老は、僕に竜剣舞というとても大切なものを教えてくれたんだ」

「竜剣舞……。あの、舞うような戦い方を表す技の名か」

「うん。剣聖けんせいファルナ様から伝わったという、剣の舞だよ。僕が今の僕でいられるのは、全てスレイグスタ老のおかげと言っても良いくらいなんだ!」

「うむ。汝にそうまで想われるのは、我としても嬉しい」


 スレイグスタ老はようやく頭を巡らせて、僕たちの方に向き直った。


「勇者か。聖剣の最初の所持者であるアームアードをよく知っている。正しく受け継がれているようでなにより」

「そうなのですか。聖剣と勇者という称号に恥じぬように、これからも精進いたします」


 さっきのとんでもない行動を見ているはずだけど、リステアは畏まってスレイグスタ老に挨拶をした。それに倣い、勇者様ご一行が挨拶をする。


「困ったことがあれば、竜の森を訪れよ。勇者である以前に、汝らはエルネアの心からの親友だ。我が力になろう」

「ありがとうございます!」


 感無量といった様子のリステアたち。

 やっぱり、スレイグスタ老は偉大なんだよね。

 僕たちは普通になっちゃったけど、リステアたちだけじゃなくて、竜人族や竜族たちから見ても特別な存在なんだ。


「お互いの紹介はこれでいいのかな? それで、リステアたちはなにをしていたの?」

『おいおいおいっ』

『エルネアよ、我らを忘れているぞっ』

「リリィのことも忘れてますよねー。やっぱり魔王様より酷いですよねー」


 リリィと竜族たちが突っ込んだ。

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