ひとりの好士より三人の問題児

「ひいいぃぃぎゃああぁぁぁっ!」


 スラットンの悲鳴が、澄み渡る空に清々すがすがしく響く。


「んほおおぉぉぉおおぉぉっっ!」


 ルーヴェントの意味不明な雄叫おたけびが竜峰に木霊こだまする。


「うむ、今日も竜峰の空は気持ち良いね!」


 僕の頷きに、しかしリステアとアレクスさんは苦笑気味だ。


「エルネア、あの二人は大丈夫なんだよな?」

「うん、問題ないよ。ねえ、ニーミア?」

「んにゃん」


 僕たちはいよいよ、聖剣復活に向けて旅立った。

 とはいえ、難しい旅になる。

 なにせ、生半可なまはんかな腕の職人や呪術師では、聖剣を鍛え直すことなんてできない。そして僕たちは、伝説級の腕を持つ人物の心当たりがないんだ。


 だけど、悠長ゆうちょうに世界中を旅しながら聖剣を打ち直してくれる人を探している暇はない。

 なにせ、旅立ったアームアード王国には今まさに、新たな危機が迫ろうとしているのだから。


 東の山岳地帯にあふれかえった魔物と邪族には、ミストラルやセリースちゃんといった、僕の家族と勇者様ご一行の女性連合が立ち向かってくれている。

 僕たちは、女性連合のみんなが時間を稼いでいる間に聖剣を復活させて、邪族に対抗する手段も見つけなくてはならない。


 というわけで、僕が最初に向かうべきだと指定した場所は、魔族の国だった。

 ううん、正確には、魔族の国のなかでも、巨人の魔王が支配する領国。そして、その行政の中心である魔都の、魔王城だ。


 で、なんでスラットンとルーヴェントが悲鳴をあげているかという問題に行き着くわけですが……


「はい、ニーミアちゃん。リステアとアレクスさんにもわかるように説明してあげてね?」

「にゃあ」


 ニーミアは、他の追随ついずいを許さない飛行速度で、竜峰の空を西に向かい飛んでいた。

 そして、そのニーミアの右手にはスラットンが、左手にはルーヴェントが握られていた。


「スラットンを背中に乗せると、相棒のドゥラネルがねるにゃん」

「なるほど、それなら仕方がない」


 うんうん、と理解を示して頷くリステア。


「天族の人は飛べるから、本当は自分の翼で飛んでほしいにゃん。だから、にゃんが運ぶなら、背中は贅沢ぜいたくにゃん」

「そうだな。ルーヴェントといえども、これほど高速に飛ぶことはできない。それに、聞けば先日は人族に随分と迷惑をかけたようだ。ルーヴェントには、あそこで少し頭を冷やしてもらう必要がある。そう考えると、仕方がないと思うしかあるまい」


 そうか、と瞳を閉じて納得するアレクスさん。


「ちょっとまてぇっ! ドゥラネルの嫉妬しっとよりも、俺の身の上の安全を考えやがれっ」

「つ、翼を持つ者同士、わかり合う心はないのですかぁぁっ!」


 残念ですが、能天気のうてんきなスラットンよりも、移動をニーミアに任せてしまったという負い目を持つドゥラネルの心情の方が大切だし、口の悪い天族の男と男嫌いの母親を持つ古代種の竜族はわかり合えないようです。


「でもまあ、スラットンとルーヴェントの恐怖心はわかるな。自分の命を他者が完全に掌握しょうあくしているって、すごく怖いよね。僕もレヴァリアに鷲掴わしづかみにされて飛んだり、アシェルさんにくわえられて飛んだ経験があるから、凄くわかるよ!」

「凄くわかるなら、同情しやがれぇぇっっっ!」

「知っておきながらの、この所業しょぎょうでございますかぁぁっ!」


 スラットンとルーヴェントの悲鳴が竜峰の空にむなしく響く。

 だけど、救いの手はどこからも現れなかった。

 この辺に、日頃の行いが現れるんじゃないかな?


「それで、なぜ魔王へ会いに行くというのかを聞いても?」


 絶叫ぜっきょうする二人はさて置き。

 アレクスさんの質問に、僕は同行すると言い張ってついてきたオズを抱きしめながら答える。


「ええっとですね。建国王けんこくおうであるアームアード王は、東の魔術師という者に聖剣を授けられたそうなんです。そして、アームアードとヨルテニトスの兄弟は、遥か西から旅をしてきたんです。つまり、二人は間違いなく魔族の国を横断しているはずなんですよね」


 そうすると、最古の魔王と呼ばれる巨人の魔王が、二人のことを知っている可能性がある。

 なにせ、竜峰の西部に面する国を支配している魔王こそ、巨人の魔王だからね。


「それでは、魔王に当時のことを聞こうと? しかし、魔王がおいそれと他所よそからの来訪者に会うだろうか。ましてや、私は神族であり、ルーヴェントは天族だ」

「アレクス殿。その辺の心配をこいつに向けるのは無用かと。常識外れな奴なので」

「うわっ。リステア、ひどいよっ」

「いいや、酷くはない。第一、魔王と同じ魔剣を所有している時点で常識外れだ」

「なるほど、君は巨人の魔王とも面識があり、親しいのだな?」

「親しいのかな? ははは……」


 乾いた笑いしか出てきません。

 そりゃあ、たまに助言や加勢をしてもらうことはあるけど、その数倍以上の頻度ひんどで振り回されている気がするよ。


「ま、まあ、僕のことは置いておいて。アームアードとヨルテニトスの当時の様子を知ることも大切だけど、もっと重要なことを調べないといけないからね」

「東の魔術師のことだな?」


 リステアの合いの手に、うん、と頷く僕。


「聖剣は東の魔術師に授かった、とは言うけどさ。そもそも、東の魔術師って何者なんだろうね? それと、正確な所在も知らなきゃ探しようがないからね」


 東の、と伝わるくらいだから、人族の文化圏の東側に住んでいるとは思うんだけど。じゃあ、東のどの辺り? と言うのが問題です。


「それと、できればミシェイラちゃんたちの行方も知りたいんだ」

「ミシェイラというと、邪族を倒す力を持つ桃色の髪をした少女のことだったか。たしか、お前たちの結婚の儀に招待されていたよな? 遠巻きに見た記憶がある」

「うん、ミシェイラちゃんは、護衛の家族と一緒に西へ向かって旅をしているはずだから、魔王が知らないかなぁと」

「邪族か……。噂には聞いたことがあるな」


 出発前。アレクスさんとルーヴェントには、東の山岳地帯に行ってもらおうか、という提案も出ていた。

 だけど、ミストラルに断られちゃった。


「わたしたちで受け持つから。アレクスさんとルーヴェントは貴方たちが連れて行きなさい」


 ミストラルは微笑みながらそう言ってくれたけど、僕は知っています。

 アレクスさんはまだしも、ルーヴェントの面倒を見たくなかったんですね?

 邪族や魔物だけでも手一杯だというのに、ルーヴェントが現地で更なる問題を起こしたら、本当に大変だからね。


「魔王城に行けば、きっと何かしらの情報は得られると思うんだ。だから、先ず目指すのは、魔王城だーっ!」

「にゃーん」


 ニーミアは僕の掛け声に元気よく返事をして、竜峰を西へ西へと飛んだ。






「……」

「…………」

「よし、問題児のスラットンとルーヴェントが本気で滅入めいっている。作戦成功だ!」

「嘘をつけっ」

「てへっ」


 さすがはニーミア。

 あっという間、というわけにはいかなかったけど、びっくりするくらいの速さで魔王城に到着した。

 そして、その頃になると。最初は絶叫していたスラットンとルーヴェントも疲れ果ててしまったのか、ニーミアの手の中でぐったりと憔悴しょうすいしきっていた。

 これなら、問題を起こす元気もないよね?


 ニーミアはおくすることなく魔王城の中庭へ降下していく。


「あれれ? リリィの姿が見えないな?」

「おいおい、魔王城が半壊しているぞ?」

「周囲は魔族だらけか。いやおうにも緊張をいられる」


 リステアは、初めて訪れる魔族の国に興味津々だ。そして、降下地点の魔王城が半壊していることに首を傾げています。

 僕のせいじゃないからね?


 アレクスさんは、険しい顔つきだ。

 僕たちの来訪に、翼を持つ魔族たちが飛翔してきた。

 魔族たちにもニーミアの存在は知れ渡っているので、警戒されているというよりもお出迎えといった感じだけどね。

 ただし、ニーミアが左手に掴む天族のルーヴェントと、僕と一緒に騎乗している神族のアレクスさんを見て、魔族側にも緊張した気配が漂い始めた。


「こんにちはっ! 魔王に用事があって来ました。あっ、シャルロットには用事はありませんよっ」


 ぶんぶんっ、と手を振りながら、様子を伺うように接近してきた黒翼こくよくの魔族にたずねる。

 すると、黒翼の魔族はアレクスさんを気にしながらも、魔王の所在を教えてくれた。


「竜王よ、来訪していただいたところ申し訳ないが。陛下は離宮へとおもむかれておられる」

「離宮?」


 はて、魔王の離宮とはどこだろう? と僕が首を傾げている間に、ニーミアは魔王城の中庭へと着地していた。

 そこへ、僕の疑問に答えてくれる人物が登場する。

 そう、こちらは魔族の問題児である、ルイララです。


「やあ、エルネア君。陛下は、ほら。君が天変地異てんぺんちいを起こした例の土地に建てた離宮へ行ってるよ」

「「天変地異!?」」

「ははは、リステアとアレクスさん。この魔族の言うことを信じちゃ駄目だよ?」


 とはいえ、僕の頭には、ある土地が思い浮かぶ。

 たしか、あそこには離宮を建てるって言ってたっけ。でも、つい最近の話だし、まだ建てる前とかじゃないの?

 ともかく、魔王はそっちに行ったんだね。


「よし、ありがとう。じゃあ、さようなら、ルイララ」


 魔王が魔王城にいないのなら、もうここに用はありません。

 ニーミアを促して、そそくさと立ち去ろうとする。

 だけど、ルイララはぴょんっと跳躍すると、当たり前のようにニーミアの背中に乗り移ってきた。


「ニーミア、振り落としなさい!」

「にゃあ?」

「ひどいなぁ、エルネア君は。でも、僕を振り落として本当にいいのかい? ここからどこに飛べば離宮にたどり着くか、エルネア君は知っているのかな?」

「し、知りません……。でも、一旦竜王の都に寄ってからなら、ニーミアはわかるよね?」

「遠回りにゃん?」

「くっ」


 まさか、に及んで問題児が増えるだなんて。


「さあ、出発だ。ニーミアちゃん、あっちの方角だよ」

「わかったにゃん」

「ニーミア、悪い魔族の言うことを信じちゃいけませんよ」

「エルネア君、それなら、陛下が離宮にいるという話も信じないのかい? 魔王城にいない、という根底から嘘だらけになってしまって、君は困ると思うんだけどなぁ」

「しくしく、魔族の言葉が正しいだなんて、僕は悲しいよ」


 涙をぬぐう素振りをする僕の頭を、ルイララが撫でる。

 ええいっ、野郎が僕の頭を撫でるんじゃないっ。僕を撫でて良いのは、妻たちや身内のみんなだけなんだからね!


 ルイララの手を振り払おうと、頭を振る僕。だけど、ルイララは手を離さない。

 これって、絶対にわざとだよね?


「きぃっ、ルイララになんて頭を撫でられたくないのにっ」

「ひどいなぁ、僕はなぐさめてあげているだけなのにさ」

「ははは、お前らは相変わらず種族の垣根かきねを超えて仲が良いな」

「人族の勇者も、たまには良いことを言うね。僕とエルネア君は大親友だからね」

「背中を向けると斬り込んでくる親友なんていりませんっ」

「エルネア君、気のせいだよ?」

「いやいや、絶対に気のせいじゃないよね?」


 まったくもう。

 なんて奴を拾ってしまったんだ。

 とはいえ、ルイララがいなきゃ、たしかに離宮へは遠回りでしかたどり着けない。

 仕方なく、僕はルイララの同行を許してしまった。


 ただし、僕たちの陽気なやり取りの横で。アレクスさんだけは、神妙しんみょう面持おももちで魔族のルイララを見つめていた。

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