大英雄連合

「リースーテーアーくーん。あーそーぼー!」


 と、陽気ようきに言ったものの、王都が浮かれている雰囲気ふんいきでないことくらいは、僕にもわかる。


「やあ、エルネア。よく来てくれた」


 今回も、玄関口に現れたのはリステア本人だった。


「出発の準備はできているんだがな。しかし、それどころではなくなった」

「やっぱり、東の事件のことだね?」

「ああ、そうだ。とにかく、ここで立ち話もなんだ。全員、屋敷に入ってくれ」


 リステアに促されて、僕たち家族は全員でお邪魔する。

 聖剣復活の試練には、勇者様ご一行全員の力で挑む。ならば、こちらも家族一丸となって全力で協力する。そう意気込んでやって来たんだけど。


「それで、東の状況はどうなっているの?」


 リステアのお屋敷に来る前に、もちろん僕たちは実家に寄っている。そこで、アームアード王国と北の地を結ぶ道を拓いている東の山岳地帯で、大きな事件が起きたことを聞いていた。


「国軍や冒険者の間で、すでに二百人以上の犠牲者が出ているようだ」

「二百人!?」


 思わぬ数字に、僕だけじゃなくミストラルたちも驚いていた。


「犠牲者のなかには、地竜も含まれていると聞いている。なんでも、あの地竜を丸呑みにするほど巨大な大蛇らしい」

「大蛇の魔獣?」

「いいや、それがどうも違うようなんだ。同行していた獅子種のフォルガンヌ殿の話によれば、直感でも大蛇の種族が読み取れなかったらしい。ただし、魔獣ではない、と断言していた」


 謎の大蛇出現に合わせ、他にも大量の魔物が出現しているという。

 リステアにかいつまんだ説明を受けながら、僕たちは大きな机が設置された部屋へと案内された。部屋にはすでにセリースちゃんたちが待機していて、僕たちとの再会を喜ぶ。

 だけど、やはりみんなの表情はいつになく暗い。


「それで、他にその大蛇の情報はないの?」

「事件が起きたのが、十日ほど前。最も犠牲が出たのがその日だ」


 事件の一報いっぽうが王都にもたらされて以降。現地と王都との情報のやり取りは活発化しているという。でも、距離が離れているからね。リステアの語る情報も、数日前の古いものになってしまう。

 もしかすると、今日現在ではもっと犠牲者が増えているかもしれない。


「フォルガンヌ殿の攻撃でも歯が立たないような化け物らしい。それで、現地で指揮を取られているテイゼナル将軍の指令で、交戦することなく後退しながら情報を探っているところだ」

「あの、フォルガンヌの攻撃が効かないなんて……」


 獣人族のなかでも屈指の戦闘能力を持つ、獅子種の者たち。そのなかで頂点に立つのが、戦士フォルガンヌだ。


「まったくよう。謹慎きんしんが明けたかと思えばこれだぜ? いったい、誰だ。問題を呼び寄せる性質の持ち主は」


 スラットンが愚痴ぐちる。

 だけど、全員の目がスラットンに向けられたまま、微動だにしない。


「お、おいおい。ちょっと待てよ! 俺がそうだって言うのかよ!?」


 うんうん、と全員で頷く。


「ふざけんなっ。どう考えたって、そこの野郎だろうがっ。勇者よりも壮大な冒険をして、いろんな問題に首を突っ込んでいるそいつが、諸悪の原因だっ」


 ははは。さてはて、スラットンはいったい誰のことを言っているんでしょうね?

 スラットンの指先は、僕の方に向けられている気がします。でも、それは気のせいです。ええ、気のせいですとも。

 僕は後ろに誰かいるのかな、とわざとらしく振り返る。

 僕とスラットンのやり取りが面白かったのか、みんなが笑う。


 ようやく、場の雰囲気が少し軽くなったような気がした。


「まあ、僕は現地にいなかったわけだし、僕のせいじゃないことは確かだよね? それで、リステアたちはどうするの?」

「それが、問題なんだ」


 大きな机は、本来はみんなで食事を摂るための物なのかな?

 集った全員が座れるだけの椅子。配られる飲み物やお茶請ちゃうけ。話している内容は物騒だけど、落ち着けるお部屋だ。


「もちろん、俺たちにも話は降りてきている。東に向かい、正体不明の大蛇を退治しろとな」

「でもよ、考えてみろ。聖剣を持たねえ勇者だぜ? どんだけ役に立つかわからねぇじゃねえか」

「いやいや、それを相棒のスラットンが言うのはどうなのかな?」

「信頼の置ける相棒だからこそ、率直に言えるんだよ」

「信頼の置ける?」

「おい、こらっ。リステア、なんでそこで、お前が疑問の視線を俺に向けるんだよ!」


 良いことも悪いことも包み隠さず言い合える。確かに、スラットンとリステアだからこそだね。

 とはいえ、スラットンの言葉は正しいと僕も思う。


 やはり、リステアは聖剣を持っているときに本領を発揮する、根っからの勇者なんだよね。

 だから、聖剣が折れてしまった状態で現地に向かっても、活躍はできないかもしれない。


「かといって、勇者が国の危機に動かないのもねぇ?」

「そう、そこが問題なんだ」


 本来であれば、報告が来た時点で王様から勅命ちょくめいくだり、リステアたち勇者様ご一行は躊躇ためらうことなく現地に急行していたはずだ。

 たとえ、僕たちと合流する約束があったとしても。


 だけど、リステアたちは王都に残って、僕たちの来訪を待ってくれていた。

 それは、準備が遅れたからじゃない。どう行動すれば良いか迷っているからだ。

 そして王様もまた、リステアたちの置かれた立場を理解しているから、情報を伝えても勅命は下さなかったんだよね。


「聖剣復活に向けた旅は、恐らく西になるよな? 先ずは、ひがし魔術師まじゅつしに関する情報を集めなきゃいけない」


 うん、と頷く僕。


「だが、化け物の騒動は東側だ」


 そうだね、とみんなが頷く。


「行く途中でさくっと退治する、というわけにはいかんだろう?」

「でも、僕たちなら行って帰ってくるのにも時間をあまり取られない?」


 そう、レヴァリアやニーミアがいれば、僕たちは自由にどこへでも行けちゃう。

 ちなみに、なぜかここ最近は、リリィと連絡が取れていない。

 本当なら、勇者様ご一行はリリィに乗ってもらう予定だったんだけどね。


「んにゃん。竜峰を越える前に、東に行くにゃん?」


 僕の家族全員、とくくってしまうと、そのなかには当たり前のようにプリシアちゃんとニーミアも含まれる。なので、この場にはもちろん、プリシアちゃんとニーミアもいます。

 プリシアちゃんは、顕現してきたアレスちゃんと、出されたお菓子を美味しそうに頬張っている。

 ニーミアも、プリシアちゃんの頭の上でお菓子を食べていたけど、話題を振られたと思って反応した。


 ちなみに、オズもいるよ。

 オズも、幼女組の足もとでお菓子を美味しそうに食べてます。

 君は魔獣としての威厳いげんがないのかな?

 それはともかくとして。


「俺が不甲斐ないばかりに、迷惑をかけてしまう」

「ううん、良いんだよ。僕たちはリステアの味方だからね」


 全力で協力する、と誓った以上、聖剣復活の支障になる障害の排除にも全力を尽くします。


 だけど、その後のセリースちゃんの言葉に、僕たちは戦慄せんりつすることになった。


「エルネア君たちのご協力に感謝します。竜人族のミストさんやニーミアちゃんであれば、大蛇の正体がわかるかもしれませんね。それが今回の事件を解決する糸口になれば良いのですけど。でも、全身が漆黒の大蛇なんて、いったい何なのでしょうね?」

「……えっ?」


 お茶を飲もうとしていた手が止まる。

 硬直してしまった僕たち家族を見て、勇者様ご一行は不思議そうに首を傾げていた。


「漆黒の大蛇? 地竜が丸呑みにされた? それって……」


 僕は、ミストラルを見る。


邪族じゃぞく……?」


 間違いないわ、とミストラルは頷いた。


「な、なんでこんなところに邪族が!?」


 顔面蒼白になった僕たちの様子に、どうやら只事ではない、と気づいたリステアたち。


「もしかして、かなり危険な奴なのか!?」

「片手間に退治するような化け物じゃねえようだな?」


 まさか、この時期この場所に、またもや邪族が出現するなんて……


「私も聞いただけだけど、その邪族という種族はそれほどまでに危険なの?」


 セフィーナさんは、僕たちが出発する前に、無事に禁領にたどり着いた。

 竜峰では色々と大変な冒険を繰り広げてきたらしいけど、その報告を聞くのはもう少しあとだ。

 それよりも僕は、リステアたちに邪族の恐ろしさを伝えなければならない。


 禁領での事件を話す。すると、リステアたちも邪族の危険性を理解したのか、顔を引きつらせていた。


「まさか、エルネアが役に立たないだけじゃなく、ミストラルさんの攻撃まで……」

「その、ミシェイラちゃんって人はどこに行った?」


 スラットンが質問したように、この場にはミシェイラちゃんと四護聖しごせいのナザリアさんたちはいない。


「ええっとね。ミシェイラちゃんたちは西に向かって旅立って行ったんだ。だから、もうお屋敷に戻っても彼女たちはいないんだよ……」


 そう。ミシェイラちゃんたちは旅の途中で禁領に立ち寄ってくれたけど、羽を休めたあとは、また旅立ってしまった。

 そして、僕たちの方から連絡を取る手段は持っていない。


「まったくよう。お前は詰めが甘いぜ? 邪族と出くわしたら救援を呼べなんて言われておきながら、連絡手段がないってどういうことだ」

「仕方ないじゃないか。伝心術でんしんじゅつが使えるわけじゃないしさ」


 手紙だって、住所不定の人には届かないよね。


「困ったな、そうなると……」


 鼠型ねずみがたの邪族でさえ、僕たちは苦戦した。

 でも、次の相手は鼠を捕食する蛇。つまり、前回の邪族よりも強い力を持っているということになるよね。


「やはり、聖剣復活と邪族出現のどちらかに専念するしかないのか」


 せっかくスラットンや僕がお馬鹿なやり取りをして雰囲気を軽くしたというのに、また場の空気が重くなる。


「ねえねえ、ミストラル。おじいちゃんに協力を頼めないかな?」

「難しいわね。竜の森に直接危害が及ぶようなら出てくれるとは思うのだけれど」

「僕たちの問題は、僕たちが解決しなきゃいけないんだよね」


 助言は貰えるだろうね。もしかすると、ミシェイラちゃんと連絡を取る手段を知っているかもしれない。

 だけど、スレイグスタ老自身が出てくれる可能性は極めて低い。

 更に、スレイグスタ老が出たとしても。

 鼠型の邪族でさえ、千手の蜘蛛のテルルちゃんの攻撃に耐えた。そうなると、大蛇型の邪族はスレイグスタ老の攻撃も受け切ってしまうかも。

 そこを無理して攻撃を通そうとすれば、大蛇以外の山間部が吹っ飛んじゃうかもしれないね。


 うむむ、被害が拡大する未来しか見えません。


「そういえばよ。お前が持っている魔剣でも倒せねぇのか?」


 すると、スラットンが珍しく的確な質問してきた。

 僕は、プリシアちゃんと美味しそうにお菓子を食べるアレスちゃんを見る。


「まおうまっしぐら?」

「……だ、そうです」


 霊樹の木刀は、邪族に向けられない。

 白剣は手もとにない。

 だけど、魔剣「魂霊こんれい」なら、持っている。

 でも、アレスちゃんは、魂霊の座を安易に多用することは、魔王へ近づくことだと懸念しているみたい?


 むむむ、と判断に悩む僕。

 そのとき、ミストラルがひとつの提案を示した。


「エルネア、魔剣はあまり使わないでちょうだい。それでというのもなんだけど、貴方は西へと向かい、勇者と共に聖剣を復活させる旅に出なさい。そして、ミシェイラ様を探して。その間は、わたしたちが大蛇を足止めするわ」

「ミストラル?」

「いいかしら、エルネア。貴方と邪族は相性が悪いの。そんな貴方を前線には向かわせられないわ。でも、貴方には貴方にしかできない役目があるでしょう?」


 結局、ミシェイラちゃんに理由は聞けなかったけど。僕が右腰に帯びている霊樹の木刀は、邪族に向けてはいけないと忠告を受けた。

 霊樹も、なぜか邪族に怯えていたしね。


 それと、魔剣「魂霊の座」は切り札になるかもしれないけど、アレスちゃんの忠告もあるし、僕も今は好んで使いたいとは思っていない。

 何かを救うために自分が犠牲になるだなんて、最も忌避きひすべきことだと思うんだ。

 家族のみんなにも迷惑をかけちゃうしね。


 そうすると、白剣を所有していない今の僕が東に向かっても、全く役には立たない。

 それと同じく、聖剣を持たない勇者も、邪族と対峙したって役目をこなせない。


 ならば、ここは適材適所てきざいてきしょで動くことが大切なのかもしれない。

 ミストラルたちが邪族を足止めしている間に、リステアは聖剣を復活させる。

 僕は、西に旅立ったミシェイラちゃんを探して、連絡を取る。更には、巨人の魔王に奪われた白剣を取り戻す機会でもある。


「良い考えですね。そのお話、私たちも乗りました。リステア、それとスラットン。貴方たちはエルネア君と一緒に西へ。東は、女の私たちにお任せを」

「セリース?」

「安心して、リステア。私たちだって、貴方の仲間よ? それに、ミストさんたちと共闘できるのであれば、邪族であろうと足止めくらいはできます」

「セリース、よく言ったわ。こき使ってあげる」

「セリース、よく言ったわ。酷使こくししてあげる」

「セリース、お姉様たちの対応は任せるわよ?」

「あっ! ユフィ姉様とニーナ姉様とだけは行動したくありません。セフィーナ姉様、助けてっ」


 邪族という恐ろしい存在を知った時よりも顔を青ざめさせて狼狽うろたえるセリースちゃんに、僕たちは笑ってしまう。

 ああ、セリースちゃんの苦労が今からでもはっきりと見える。

 頑張ってね!


「よし、女性陣がやる気を見せているんだ。男の僕たちも、気概きがいを見せなきゃね!」

「まさか、こういう展開になるとはな」

「だが、面白れぇじゃねえか!」


 こうして、僕たちと勇者様ご一行の混成部隊は、男性陣と女性陣に分かれて試練に挑むこととなった。

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