亡霊の騎士

 最初。僕は、暴君や竜騎士のことを詳しく説明しようとした。でもミストラルは、時間が掛かっても良いから旅の最初から聞きたい、と要望したので、王都でミストラルたちと別れてからの話を順番に話ていった。


 はっきり言って、失敗の連続だった旅を、好意を寄せている人に自分から話すのは躊躇ためらわわれたし恥ずかしかった。だけど、僕はここから逃げちゃいけないんだ。

 自分がいかに無謀だったか、力不足だったのかを正直に告白しないと、僕はこれからずっとミストラルたちに後ろめたさを感じてしまうに違いない。

 だから僕は、情けなかったことも含めて全てをミストルたちに話して、包み隠さず聞いてもらった。


 夜中に狼の群れに襲われて、情けなくも腰を抜かしてしまったこと。

 吊り橋付近での決死の空間跳躍を話した時なんて、ルイセイネははっと息を飲んで僕の話を聞いていた。

 鶏竜にわとりりゅうとのやり取りでは、プリシアちゃんが食いつく。


「プリシアも鶏見たい!」


 とはしゃぐプリシアちゃんを、僕は膝の上でなだめた。


 そして、暴君との戦闘。


 ミストラルは真剣な表情で話を聞いていたけど、暴君の巣の惨状、黒飛竜と竜騎士の存在を僕が話すと、ミストラルは見るからに顔を青ざめさせていった。


「そんな……」


 唇を震わせて絶句するミストラルの様子に、僕とルイセイネは異常な雰囲気を感じ取る。


「なるほど。随分と人族離れした旅だ」


 いつの間に居たのか。ザンさんが部屋の入り口で壁に背を預けて、僕の話を聞いていた。


 ザンさんは驚く僕の視線を気にした様子もなく近づいてきて、僕の前に置かれたお茶をひとのみで飲み干した。


「可視化するほど禍々しい竜気、黒飛竜と竜騎士。決まりだな」


 言ってザンさんは、ミストラルを見る。

 でも、ミストラルはまだ手を口に当てて茫然自失な感じだ。


 ザンさんやミストラルは、黒飛竜と竜騎士を知っているんだね。

 そしてその存在は、ミストラルが我を忘れるほどの者なんだ。


「でも……あの人は封印されて……」


 なんとか口を開いたミストラルの瞳は右に左に揺れて、心の動揺をそのまま表していた。


「それは今から調べよう。お前は、今日明日くらいは村から出ないだろう」


 ザンさんの言葉に、ミストラルは弱く頷く。


「なら、俺が確認してくる」


 言ってザンさんはすぐさまきびすを返すと、部屋から出て行こうとした。


「待って。竜騎士は本当にあの人なの? 封印をしたのはラーザ様よ?」

「そんな事は誰でも知っている。そしてもしも奴が本物なら、今頃ラーザ様は生きてはいまい」


 ザンさんはそれだけを言うと、部屋から出て行った。


 動揺を隠せないミストラル。

 僕とルイセイネは、見たことのないミストラルの様子に困惑して、彼女が落ち着くのを待つしかなかった。

 プリシアちゃんもミストラルの異変に気付き、ニーミアを抱いて心配そうにしている。


 ミストラルは何度かお茶を口に運び。結構な時間が経った頃に、ようやくかすかに微笑んだ。


「ごめんなさい」


 ミストラルの弱々しい姿に、僕はぶんぶんと首を横に振る。


「謝ることなんてないよ。ミストラルが謝ることなんてないじゃないか」

「そうですよ。事情はわかりませんが、ミストさんがこちらに謝るようなことなんてないです」


 ルイセイネは湯飲みに新しいお茶を注ぎ直す。


「本当は、エルネアのことを早く村のみんなに話したいのだけど、事情が変わったわね。まずはわたしの方が、あなた達に黒飛竜と竜騎士のことについて先に話すわ」


 そしてミストラルは、三年前、自身が竜姫になった時のことを話し始めた。






 竜峰では、竜人族の様々な部族が幾つもの場所に点在して暮らしている。その中のひとつに、力こそが至上、とうたう少し変わった部族があった。

 そして、その部族の部族長の息子に、オルタと言う青年がいた。


 オルタは三年前の夏、ミストラルの村を襲撃した。


 狙いは、竜廟りゅうびょうに安置されている竜宝玉。






「泉のところに建っている竜廟に、竜宝玉があるの?」


僕の質問に、ミストラルは頷く。


「そうよ。あそこは継承者が現れなかった竜宝玉が納められているの」


 オルタに襲撃をされた際に、村は激しく破壊されてしまったらしい。


 僕たちがこうして話している長屋や、半円の村を囲むようにして建てられた建物が真新しいのは、襲撃後に再建されたからみたい。


「それで、村を襲ったオルタはどうしたのでしょう?」


 ルイセイネの質問に、ミストラルは続きを話した。






 力を求める部族の部族長の息子であるオルタは、やはり強かった。

 当時、まだ竜姫ではなかったミストラルは勿論、村の屈強な戦士たちが束になっても敵わないほどに。


 そしてオルタはついに、竜廟から竜宝玉を奪うことに成功する。


 それも、あろうことか三つも。






 僕は愕然とした。

 ジルドさんから竜宝玉を受け継ぎ、何度かその力を使った僕ならよくわかる。

 竜宝玉は計り知れない程の力を持っているんだ。それは八大竜王の竜宝玉だから、という理由もあるかもしれないけど、それでも他の竜宝玉だって同じように桁違いの力を持っているはずだよね。

 それを三つも奪うなんて。


 だけど、僕の驚きはまだぬるかったのだと、ミストラルの次の言葉で思い知らされた。


「奪われた三つの竜宝玉のうちの二つは、貴方と同じ八大竜王の竜宝玉だったの」


「なっ……」


 絶句するとは、まさにこの事だよ。


「そして最悪なのは、竜廟に安置されている竜宝玉の中でも、禍々しい力を持った物ばかりを選んで奪ったことだったのよ」


 ミストラルは続ける。






 後日わかったことだったが、オルタは極めて曲がった思想を持っていた。

 力至上の部族だとはいっても、オルタの部族は暴力的ではなかった。

 しかし、オルタは違った。

 力こそ全て。力のない者は竜峰では生きる価値なし、として只々ただただ力だけを求め続けた。

 そんな彼を、部族の者も流石にうとんじ始める。

 力こそが至上と謳う部族の者から爪弾つまはじきにされ始めたオルタは、同族に憎しみを持ち始めた。


 そして、暴挙に出た。


 オルタ自身が邪悪な竜宝玉を選んだのか、邪悪な竜宝玉がオルタを選んだのかはわからない。


 しかし、三つの竜宝玉を内包したオルタは、超絶的な力を手に入れた。






 三年前、竜峰はとても荒れていたらしい。

 邪悪な力に染まったオルタは、竜族、竜人族を問わず、竜峰の多くの者たちを襲った、とミストラルは昔の凄惨せいさんな出来事を思い出すように顔をしかめて話してくれた。


「あのう。そもそも竜宝玉は、身体の内に何個も内包できるのでしょうか」


 なるほど、ルイセイネはいいところに気づいたね。

 確かに、一個でさえ身に余るほどの力を持つのに、それを三つも身体に宿して無事でいられるのかな?


「普通は無理ね」


 ミストラルは頷く。


「竜宝玉は力の大小に関わらず、ひとつを身に宿すだけで精一杯になるわ」

「でも、オルタは三つも内包した?」

「ええ。だからこそ、彼は心を完全に壊したのかもしれない。それまでの彼は、歪な考えは持っていても会話の成立しないような危険な人じゃなかったわ」

「んん? もしかしてミストラルは、オルタって人を知っていた?」

「ええ、少しだけ」


 複雑な表情を見せたミストラル。


「わたしとオルタの話は置いておいて。話を続けるわね」


 ミストラルの言葉に、僕とルイセイネは頷く。

 プリシアちゃんは難しい話と判断したのか、僕の膝の上を離れて、ニーミアと部屋の隅で積み木遊びをしていた。






 禍々しい竜宝玉を三つも内包したオルタの暴虐ぼうぎゃくに対し、竜峰の者は立ち上がった。

 しかし、オルタが内包した内の二つが八大竜王の遺した竜宝玉だったために、太刀打ち出来る者は居なく、多くの戦士を失った。


 ミストラルはその時、決意をする。


 幼い頃からスレイグスタ老の世話役として苔の広場に通い、修練を積み重ねてきたミストラルは、竜姫になる為の試練を受けた。


 そしてなんとか竜姫になったミストラルと、残った竜峰の有志でオルタを追い詰めた。


 しかし、予想もしなかったことが起きる。


 オルタはどんなに斬られ、叩かれても死ななかった。

 恐らく、内包する竜宝玉の力の暴走がそうさせているのだろう。

 どのような攻撃でも死なず回復するオルタに、ミストラルたちは打つ手がなかった。


 どうすれば倒せる、と悩んだ結果。


 竜術に長けた八大竜王のひとり、ラーザ様が竜峰の奥深くに封印することになる。


 そして死闘の末、ラーザ様はオルタを封印した。






「でも今回、オルタは復活した?」


 僕の見た黒飛竜と竜騎士は、その復活したオルタだったのかな?


「ラーザ様の安否を確認するまではなんとも言えないわね。ただ、貴方の話を聞く限りだと、間違いはなさそう……」


 僕が見た姿は、三年前のオルタそのものらしい。


 僕はとんでもない事態に出くわしてしまったのかな。

 そこまで深刻なつもりで話したつもりじゃなかったんだけど、予想外の大事のような気配に、ごくり、と唾を飲み込んだ。


「ところで。そのオルタが復活をした可能性と、暴君の巣を襲った理由は何かあるのでしょうか」


 お茶を注ぎ直すルイセイネ。

 暖かいお茶を毎回入れてくれるんだけど、ミストラルの話に集中して飲むのを忘れて、冷めちゃうんだよね。


「オルタが暴君の巣を襲った理由。それは恐らく、暴君を手に入れたかったからじゃないかしら」


 ミストラルの言葉に、僕とルイセイネは首を傾げる。


「エルネア。貴方はオルタのことを竜騎士と言ったわね」

「うん」

「それは当たっているようで、少し違う」

「と言うと?」

「貴方が言う竜騎士とは、人族のような竜騎士を指すのでしょう?」


 勿論です。それ以外に竜騎士の定義なんてあるのかな。と思って質問すると、ミストラルはいつもの様に丁寧に説明してくれた。


「人族は飛竜を捕まえ、調教して従わせるわよね」

「うん。今年の夏にも、飛竜狩りが行われるらしいよ」


 アームアード王国の王都には、その為に今、大勢の凄腕の人たちが集まっているんだよね。


「貴方たち人族は、つまり飛竜を従えていることになるわ」

「うん、そうだね」

「でも、オルタは違う。オルタは竜術で飛竜を操るのよ」

「従えるのと操るのは違う?」

「全然違うわ。従える場合は、少なくとも相手の意思は存在する。でも操った場合は、意思どころか思考さえも奪われるもの」

「つまり言い換えると、従えている場合は飛竜が嫌がることはできない。でも操っていれば何でも思うがままって事かな」

「そういうこと」

「それで、オルタは暴君を操ろうと巣を襲撃したのでしょうか」

「そうね。もしも本当に復活をしていて、わたしたちに復讐を考えているのなら、竜峰で最も悪名高い暴君を操ること程、強い衝撃を与える事はないから」


 ミストラルの話を聞いていて、僕はひとつ思い出した。

 そういえば、竜騎士の乗る黒飛竜は飛行技術がそれ程でもなかったよね。

 それは、飛竜本来の意思で飛んでいるわけじゃなくて、竜騎士が操っていたからなのかな。


 ミストラルにそのことを伝えると、その通りだと褒められた。


「三年前も、オルタは飛竜を操っていたわ。そして操られた飛竜は、黒く変色し禍々しい竜気を纏っていたわ」


 それはまさに、今回僕が見た飛竜そのものだった。


 はあっ、とミストラルは珍しく大仰にため息を吐く。


「暴君に乗って貴方がやって来たことでも驚いたのに、それ以上のことが起きるなんて」

「ははは、本当はもっと旅のことについてきちんと話をしたかったんだけど。何でこうなっちゃったんだろうね?」


 僕の曖昧な笑みに、ミストラルは苦笑していた。


「いいわ。オルタのことは、今はザンに任せておきましょう。エルネアの旅の話の続きは、お昼ご飯の後で」


 言われて初めて、今がもう昼時なのだと知る。

 ぐうう、と部屋の隅からお腹が鳴る音が響く。


「美味しいお芋が食べたいよ?」


 プリシアちゃんの無邪気な言葉に、僕たちは顔を引きつらせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る