神殿の秘密

「はわわっ、大神殿に魔族軍が迫っていますわっ」

「これは少し憂慮ゆうりょすべき事態ですね! 魔族の国でも神殿宗教は庇護ひごされていると聞いていたのですが、どういう状況でしょうか?」


 エルネア様と離れて、わたくしたちはアステル様とメジーナ様と一緒に、ニーミアちゃんに乗って大神殿へ向かいました。

 ですが、戦火は魔都を覆い尽くしているのうで、空から見渡す全てが燃えて、魔族軍が各地で戦っていました。


 もちろん、魔族軍が戦っているのは無差別に襲いかかってくる大樹の根や枝です。

 なかには避難する人々を護るように戦っている部隊もあります。

 ですが、私たちが向かう大神殿の方へと迫る部隊は、逃げ惑う人々を押し除けて、大神殿の結界を破ろうと暴れていました。


「襲撃してきた魔族軍を泡月ほうげつじんの内側へ入れないように結界のまくの強度を上げたせいで、避難してきた住民たちも大神殿の敷地に入れないようですね!」

「魔族の兵士たちも逃げてきているにゃん?」

「そのようですが、ああやって避難民たちを蹴散らしてまで結界の内側に逃げようとしているので、結界内の人々が自分達も追い出されるのではと不安になっていますね。そのせいで、巫女は泡月の陣の強度を上げて軍隊を敷地内に入れないようにしているようですが……」

「はわわっ。軍隊の方々も、結界の外の逃げ遅れた方々も危険になっていますわっ」

「そして、軍隊の攻撃のせいで、泡月の陣も破られそうになっていますね。これでは、全てが共倒れです!」

「あんなやつら、放っておけ! ニーミアちゃん、結界に入るんだっ」

「アステルお姉ちゃん、それは無理にゃん。結界の強度が上がっているから、にゃんが突撃すると結界のあわが割れるにゃん」

「そんなことは知らんっ」


 はわわっ。アステル様は見境がありませんわ。

 目的のために過程を壊して、結果として目的も達せられなくなるようことを平気で言うのです。

 アステル様の言葉に従うわけには行きませんですわ!

 ですが、私たちも大神殿に入らないといけないのです。

 でないと、エルネア様のお願いを達成できませんわ。

 ですので、私は仕方なくニーミアちゃんに無理なお願いをしたのです。


「ニーミアちゃん、魔族の軍勢の近くに私を降ろしてくださいですわ」

「んにゃん、気をつけるにゃん!」


 ニーミアちゃんは、私の心を読んで反論せずに行動に移してくれます。

 高度を下げていくニーミアちゃん。

 戦場が近づき、アステル様が暴れていますが、今は構ってあげられませんわ。


「ライラさん、何か考えがあるのですね?」

「はいですわ!」

「それなら、私も協力しましょう!」


 言って薙刀なぎなたを構えるメジーナ様。


「それでは、私の準備が整うまで、私たちをお護りくださいですわ」

「お安い御用です!」


 ニーミアちゃんが、地上で暴れる魔族の軍隊に向かって突っ込みます。そして、勢いそのままで、魔族の軍隊の近くに着地しました!

 空から巨大な翼竜が強襲を仕掛けてきたことで、驚いた魔族の軍隊が慌てて逃げ惑います。

 軍隊の方々に押し除けられていた逃げ遅れた方々も、一目散に逃げて行きます。


「はわわっ、ごめんなさいですわっ」


 大神殿へ逃げようとしている方々をお救いしたいのに、怖がられてしまいました。

 少し悲しいですが、今は落ち込んでいる場合ではありませんわ!


「にゃーん」

「ああっ、ニーミアちゃん、小さくなるだなんてっ!」


 私たちを地上に下ろしたニーミアちゃんは、いつものように子猫のような姿になって、私の胸の奥へと避難しました。

 ニーミアちゃんは戦いが苦手ですし、まだお子様の竜でございます。ですので、仕方がないのですわ。

 もぞもぞと、胸の間がこそばゆいですわ。

 そして、アステル様が私にこぶしを振り上げて抗議してきます。

 私はそんなアステル様をなんとかなだめながら、霊樹製の両手棍に竜気をりったけ送って行きます。


「なんだ、貴様らは!」

「人族如きが!!」

「弱小魔族如きが、我らの邪魔をするというのかっ」


 一度は逃げた魔族の軍隊ですが、ニーミアちゃんの姿がなくなり、私たちだけしか見えなくなると、威勢を取り戻して襲いかかってきました!


「メジーナ様、どうかもうしばらくお時間をくださいですわ」

「任せなさい!」

「ぎゃーっ!」


 始祖族のアステル様は、創造の魔法という特別な能力を持っています。ですが、ご自身は戦うことが苦手なようで、こうして魔族の方々に迫られると恐ろしいのでしょう。

 竜気を練る私の背後に逃げ隠れるアステル様。

 態勢を立て直した魔族の軍隊が、邪魔者である私たちに襲い掛かります。


「特位戦巫女メジーナ、まいる!」


 薙刀を構えたメジーナ様が、襲い掛かる魔族の方々に向かって低い体勢で迫ります。

 同時に、法術を放ったようです。

 魔族の方々の足もとに、炎にあぶられても消えない月の影が現れます。

 月の影に囚われた魔族の方々が、一斉に動きを止めました。


「はあっ!」


 そこへ、容赦なく薙刀を振り抜くメジーナ様。

 薙刀の一撃を受けて、魔族の方々が吹き飛びました。


「安心しなさい、峰打みねうちです。魔族といえども、騒乱から逃げ、救いを求める者を殺したりはしません。ですが、強き者がか弱き者を押し除けてでも助かろうとする姿勢はいただけませんね!」


 メジーナ様は、更に法術を放ちます。

 魔族の方々の足もとに月の影が浮かび上がり。

 地面に意識が向いた方々に月光矢の雨を降らせ。

 メジーナ様が次々と魔族の軍隊を退けていきます。

 それでも、魔族の軍隊は数が多すぎました。

 善戦できたのは最初の方だけで、すぐにメジーナ様も追い込まれ始めました。


「はわわわわっ。アステル様、どうかお助けくださいですわっ。このままですと、誰も助からないですわっ」

「アステルお姉ちゃん、助けてほしいにゃん?」

「くうっ。ええいっ、馬鹿竜王のきさきも横暴だなっ!」


 私の背後で奇声を発するアステル様。

 ですが、ニーミアちゃんの懇願こんがんもあって、私たちの危機を救ってくださいました。

 突如とつじょとして、私とメジーナ様の目の前にどこまでも続く壁が出現しました。


「言っておくが、この壁も長くは保たないぞっ! 問答無用で防御の城塞を創ってもいいが、そうなると結界の外の者たちが大勢巻き込まれるからな。それは嫌なんだろう?」

「ありがとうございますですわ!」


 エルネア様は、アステル様を「猫のように気分屋で、わがままな魔族だよね!」と苦笑しながらおっしゃっていましたが、本当は心優しいお方なのですわ。

 私は、メジーナ様とアステル様が作ってくださった猶予ゆうよを最大限に活用しました。

 全力の竜気を、霊樹製の両手棍へみなぎらせます。

 そして、大切な効果を必死に思い浮かべながら、両手棍を思いっきり振り回しました!


 ごおおおぉぉっ、と竜気の巨大な竜巻が吹き起こります。

 そして、アステル様が創り出した壁を粉砕ふんさいし、魔族の軍隊を飲み込んでいきます。

 軍隊の方々の悲鳴が、竜巻の中に吸い込まれていきました。


「はわあっ!」


 私は、もう一度だけ両手棍を振ります。

 すると、魔族の軍隊を巻き上げた竜巻が魔都の外へと向かって飛んでいきました。


「すごいわね、ライラちゃん!」

「はわわっ。私など、エルネア様の足もとにも及びませんわ」

「いいえ、称賛します。迷惑極まりない魔族の軍隊だけを狙って吹き飛ばして、避難民たちを護るだなんて、素晴らしいですよ!」

「て、照れますわっ」


 私の竜術は、エルネア様の真似をしただけですわ。

 邪悪な存在を払い、保護すべき方々を守護する術ですわ。


 逃げてきた避難民の方々を排除して泡月の陣を破り大神殿内へと逃げ込もうとしていた軍隊は、排除しましたわ。

 しかも、軍隊の方々は魔都の外までお飛ばししましたので、こちらもきっと大樹の根や枝の攻撃から逃げられるはずですわ。


 危ない存在の魔族の軍隊が排除されたことで、泡月の陣の膜が柔らかくなりました。

 メジーナ様の合図で、大神殿内への避難を希望していた住民の方々が、一斉に結界内の敷地へと逃げ込んでいきます。

 私たちも、泡月の陣の膜を潜って結界内に入りました。


「ありがとうございます。なんとお礼を申し上げて良いか」


 そこへ、先ほどもお会いしたひとりの巫女様が声を掛けてきました。


「巫女として、当然の行動を取ったまでです」


 と、メジーナ様が最初に応対します。

 そして私を見て、言葉の続きを譲ってくださいました。


「実は、お願いがあるのですわ。私たちは、エルネア様に言われてこちらに戻ってきたのですわ」

「私どもに出来ることでしたら、なんなりと言ってくださいませ」


 かしこまる巫女様に、私はエルネア様の考えをお伝えしました。


「この国を救うためには、国旗に描かれている模様の意味を知る必要があるのですわ。月は、神殿宗教を示しているとエルネア様はお考えですわ。ですので、どうか私たちを巫女頭みこがしら様に会わせてくださいですわ」


 お願いをする私とメジーナ様。

 ですが、出来ることは協力してくださると仰った巫女様の表情が、急にくもりました。


「そうですか。国旗の模様の意味を……。ですが、皆様を巫女頭に会わせることはできないのです」

「どうしてでしょう?」


 メジーナ様の問いに、巫女様は申し訳なさそうにうつむきます。

 巫女頭様は、私たちと会えない何か困った事情をお持ちなのでしょうか?

 聖職者でない私はともかく、メジーナ様は流れ星様です。

 とうとい存在であるメジーナ様のお願いでも聞いていただけませんでしょうか?

 そう思いましたが、巫女様は伏せていた瞳を上げると、大神殿の方へと手招きしてくださったのです。


「……いえ。私どもをお救いくださった方々に対して、それは不義理でございますね。承知しました。どうぞ、こちらへ。ですが、他国より訪れた貴女方の期待には応えられないかもしれません」


 巫女頭様に会わせてくださるとお約束してくださった巫女様。ですが、なぜか期待には添えないかもしれないと言うのでございます。

 私たちは疑問を浮かべたまま、巫女様の案内で大神殿前の大広場を通過します。

 大広場には、避難してきた多くの方々が、魔族や奴隷や様々な身分を混在させながら身を寄せ合っています。

 私たちは避難されてきた方々の混雑をうように進んで、大神殿内へと入りました。

 大神殿内も、人であふれかえっています。

 巫女様はそうした人々を避けながら、奥へ奥へと私たちを案内してくださいました。


 そして、私たちは大神殿の最深部へと辿り着きました。

 ここまで案内してくださった巫女様は、荘厳そうごんな扉の前で立ち止まります。

 そうして私たちに振り返ると、何度か深呼吸をなさいました。


 緊張した面持ちでございますわ。

 この扉の奥に、巫女頭様がいらっしゃるのですわ。

 ですが、巫女様は「期待には応えられない」と仰っていましたわ。

 いったい、どういうことなのでしょう?


 大神殿の最深部まで来ましたが、もしかするとここから大きな試練が待ち構えているのかもしれません。

 そう緊張する私たちに、向き直った巫女様が言葉の真意を伝えてくださいました。


「この扉より先のことは、他言無用でお願い致します」


 そう前置きをした巫女様が続けます。


「この国の大神殿には、巫女頭という地位が代々存在しないのでございます。代わりに、この国の聖職者を纏めているのは、過去より神官長と決められているのです」

「はわわっ!」


 驚く私たち。特に、メジーナ様は大きく瞳を見開いて、巫女様を見つめていました。

 巫女様は驚く私たちを見つめた後に、恐る恐る扉に手を掛けます。


 この国には、聖職者を纏める巫女様は在位していらっしゃらないそうですわ。代わりに、神官長様が神殿宗教の纏め役を担っているようです。

 ですので、巫女頭様に会いたいと言った私たちのお願いには応えられなかったのですわ。

 代わりに、巫女様は巫女頭様の代役となる神官長のいらっしゃる場所に、私たちを案内してくれたのですわ。


 ようやく、巫女様の言葉の真意を知りました。

 ですが、それなら何故、最初に仰ってくださらなかったのでしょうか?

 他言無用と仰った部分に、答えが隠されているのかもしれません。

 ひとつの疑問が解決したら、次の疑問が湧いてきます。

 それでも、この扉の奥に神官長様がいらっゃしゃるのであれば、その疑問も解決できるはずですわ。


 開かれていく扉の先を、興味深く見つめる私たち。そして、屋内に佇み私たちを出迎えた人物の容姿に、私たちは絶句いたしました。


「し、深緑の魔王陛下ですわ!」


 そうですわ!

 先ほどまで、カディスを見ていました。

 深緑の魔王陛下を模した人形と戦っていました。

 ですので、見間違えませんですわ!


 深緑の魔王陛下の人形に似た、カディスのように若々しい容姿の人物が、私たちを無言で出迎えてくださいました。

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