舞台の表も裏も大炎上

 傀儡公爵と、傀儡の王。

 どちらも、始祖族エリンベリルを示す呼称だ。

 でも、指摘を受けると確かに疑問が浮かんでくる。

 なぜ、エリンちゃんは「傀儡公爵」ではなく「傀儡の王」と魔族たちから広く呼ばれているんだろう?


 もちろん、僕の回答はある意味で正しいんだと思う。

 様々な傀儡人形を造り出すだけでなく、生き物や物質までもを自在に操る恐るべき特殊魔法に、魔族たちは畏怖を抱いている。

 だから、全ての人形を支配する「傀儡の王」と呼んでいるんだ。


 でも、その理屈を当てはめるのなら、傀儡の王が言ったようにアステルが「創造の王」と呼ばれていても不思議ではない。

 だけど、アステルを「創造の王」と呼ぶ魔族なんて存在しない。

 そう考えた時に。


「誰かがエリンちゃんのことを『傀儡の王』と呼ばなかったら、広まらない呼称だよね?」


 二つ名や特殊な称号は、誰かが最初に発しなければ広まらない。

 ということは、やはり誰かがエリンちゃんを見て、知って、傀儡の王と呼称したんだと思う。

 そして、それが魔族の社会に浸透していって、広く使われるようになった。

 では、最初に「傀儡の王」と呼称した者は、エリンちゃんの何を知って、そう呼んだんだろうね?


「ふふ。ふふふ。エルネア様は楽しいお方でございますね?」

「そうかなぁ? 僕はエリンちゃんに振り回されて、すごく困っているだけなんだけどね!」


 早く禁領のお屋敷に帰らないと、ミストラルたちに心配されちゃうよ。


 小宮殿の屋内は、明かり取り窓以外の光源はないようで、部屋と部屋に挟まれた廊下を行く時などは真っ暗だ。

 この小宮殿の住民は、明かり無しで大丈夫なのかな?

 僕たちを案内するように先頭を行く巫女人形は、暗い廊下でも不安定な足取りを見せずに進む。

 僕の前を歩くヨグアデス人形も、明かりは必要ないみたいだ。

 僕は瞳に竜気を宿しているから暗闇でも大丈夫だけど、普通のお客さんなら暗い場所は困るんじゃないかな?

 それとも、小宮殿の住人は屋内の明かりを必要としない者たちなのだろうか?


 途中、僕たちを案内する巫女人形と全く同じ容姿の人形と何体かすれ違った。


「ねえ、エリンちゃん。ここにはどれくらいの人形が存在するの?」

「ふふふ。敵情偵察でございますか?」

「うっ、違うよ。ごめんね? 興味本位で聞いただけです」

「ふふ。こちらで奉仕している人形は二十体。それ以外の召使いや奴隷や家来はいらっしゃいません」

「えっ!」


 僕はそこまでは聞いていないですよ!?

 あまりにも簡単に内情を話されて、僕の方が慌ててしまう。


「そ、それじゃあ……?」

「はい。エルネア様の想像された通りでございます。さあ、着きましたよ」


 案内役の巫女人形とヨグアデス人形が、重厚な扉の前で止まった。

 そして、巫女人形が扉の取っ手に手を伸ばす。


 ぎいいぃっ、という木造特有の耳に心地良いきしみ音が響き、重い扉が開かれた。

 僕は身構える。

 傀儡の王が言うように、僕の想像が正しいのであれば。

 この奥で待ち構えている者こそが……!


「……っ!!」


 大きく開かれた扉。

 奥にはさほど広くもないお部屋があり。

 室内の中心には、天蓋てんがい付きの大きな寝台が据えられていた。

 そして、扉の奥の室内には、その寝台だけしかない。

 必然的に、僕の視線は寝台の中へ向けられる。

 薄い天幕が何重にも降りた、豪華でありながら居心地の良さそうな大きな寝台。

 そこには、ひとりの老爺ろうやが静かに横たわっていた。


 この人が……


「傀儡の、ここへ来るとは珍しい。それと、そこの人族は」


 寝台の老爺が、まくらを背もたれにして上半身を僅かに起こす。そして、寝入っていた老爺とは思えないほど迫力のある瞳で、僕を見据えた。


「ふふ。ふふふ。深緑の魔王陛下、ご機嫌麗しゅうございます。本日はあまり体調が優れないのでしょうか。それとも、老衰ろうすいで起きることもままならなくなったのでございましょうか?」


 あっ、と僕は遅れて気づく。

 寝台の奥で上半身を僅かに起こした老爺。それと、僕の側に立つヨグアデス人形。二人は、よく似ていた。

 ただし、寝台の人物の方が、より老けて見えるけど。

 そして、傀儡の王の挨拶の言葉で、確信する。

 やはり、この人こそが深緑の魔王ヨグアデス本人なんだね!


「お初にお目にかかります。太公エルネア・イースと申します。本日は面会の予定を立てずにこうして寝室へ赴いてしまったことを、お詫び申し上げます」


 ほう、と瞳を細めて僕をより深く見据える深緑の魔王。


「大公とは? 人族如きが、なぜ傀儡のと共にこの寝所を訪れた?」


 眼光だけで、他者を圧倒する気配を放つ。

 きっと、普通の魔族であればそれだけで平伏して縮こまっているだろうね。

 まあ、僕には残念ながら通用しないんだけど。

 にらまれても平然としている人族の僕を、興味深そうに見る深緑の魔王。


「ふふふ。ご存知ではないのですね? 先頃、彼の方々により『太公』の称号を授かった、大変に楽しい人族でございますよ?」

「ほう、人族如きが?」


 どうやら、大樹の上に暮らす深緑の魔王は、僕の称号授与のことは知らなかったらしい。それでも、魔族の真の支配者から称号をたまわった稀有けうな人族なのだな、とより一層興味深そうに僕を見据えた。


「それで、その大公とやらが何用だ?」


 深緑の魔王は、見るからに老衰している。

 老いた顔。寝台から上半身を僅かに起こすだけで精一杯の様子。

 それでも魔王として圧倒的な気配を放ち、この場の支配者が誰であるのかを示している。

 そんな魔王が、僕に問う。

 どんな用事で、魔王の寝所を訪れたのかと。


 僕がここに来た理由。

 それは、傀儡の王の問いの答えを探すため。

 カディスの反乱に巻き込まれた者たちを救うため。

 そして、深緑の魔王の安否を確認するためだ!


「深緑の魔王は、知っているでしょうか? 地上では、貴方の息子であるカディスが反乱を起こして、国中が大変な状況になっていますよ?」


 魔都は燃え、国土中に戦火が拡大しようとしている。

 カディスは、自分に忠誠を誓わない貴族や魔族たちを力でじ伏せて、新たな魔王として君臨しようとしている。


「カディスは、深緑の魔王を討ったと僕に言いました。魔剣『魂霊の座』も所有していました。ですが、魔王たる貴方は実はこうして生きていた。それじゃあ、聞きます。カディスの反乱を、貴方はどう処置なさるおつもりですか?」


 深緑の魔王本人が生きていたのなら、話は早い。

 国土を焦土しょうどと化す前に、魔王が自ら反乱を鎮めれば良いんだ。

 もしくは、カディスに正式に魔王の座を引き継がせれば、現在も深緑の魔王に忠誠を誓っている魔族たちでも認めるだろうね。

 だけど、僕の意見は拒絶された。


「カディスのことは知っている。魔王城に置いた私の人形を討ち、魂霊の座を奪ったようだな。私は、それならそれで良い、と考えている」

「えっ!? カディスの反乱を容認するんですか? それじゃあ、なんで大樹はカディスや魔都の住民を襲っているんですか!?」


 やはり、カディスが討った深緑の魔王は偽物だった。しかも、その正体は「人形」だという。

 つまり、深緑の魔王の人形を準備していたのも、傀儡の王ということを意味する。

 そしてそれは、深緑の魔王と傀儡の王が確かに繋がっているという証拠だった。


 でも、そういう裏事情よりも、僕は深緑の魔王が躊躇ためらわずに口にした認識に驚く。


「カディスの謀反むほんを容認して、自分の代役を務める人形を殺された。魂霊の座まで奪われて、貴方は魔王として失格なのでは? それなのに、今更になって大樹を暴れさせている? この大樹も、国土中に広がる自然も、貴方の魔法の影響を受けているんですよね? カディスは貴方の影響を排除しようと、大樹だけでなく国土の自然を燃やす尽くそうとしているんですよ?」


 だとしたら、なるべく早く自分の存在を示して、カディスに魔王位を譲るべきじゃないのかな?

 そうしないと、本当にこの国は滅びてしまう。

 だというのに、深緑の魔王は僕の意見を否定した。


「人族如きが、言うではないか。無論、貴様の言葉は正しい。魔族とは、弱肉強食の世界。親子、血の繋がりや愛情など二の次で、己の野望のためならば自由に暴れ、弱者は強者によって淘汰とうたされるのが自然だろう。私とて、老いたこの身では最早もはやカディスには太刀打ちできまい。それであの者が新たな魔王して立つのなら、私は認めよう」


 だが、と深緑の魔王は老衰した肉体とは反比例しそうな絶大な魔力を漲らせて、僕に言った。


「カディスは、残念ながらまだ未熟であった。あの程度の炎では、この国は治められない。よって私は、私の自然は、最後まで抵抗するだろう。この国の滅びを少しでも先送りにするために」

「んなっ!?」


 どういうこと?

 深緑の魔王は、カディスの実力を認めている。

 僕も、カディスほどの実力があれば、新たな魔王として立つことはできるのではないかと思っている。

 だけど、それでも深緑の魔王はカディスを未熟だと断言した。

 自分の支配する自然や、傀儡の王の人形さえ容易く燃やしす尽くす豪炎の魔法の使い手であるカディスを。


 そこで僕は思い出す。


「そういえば、貴方はかつて、深炎しんえんの魔法の使い手だったと聞きましたけど?」

「傀儡の、貴様が漏らしたのか?」

「ふふ。ふふふ。どうでございましょう?」


 傀儡の王のおとぼけは置いておいて。


「どういうことなのかな? 貴方は深緑の魔王。剣が得意だったことは、この偽人形の技量で知っています。でも、過去の魔法と今の魔法とでは、随分と違う性質になっていますよね?」


 僕の疑問に、深緑の魔王は寝台の上で意味深な笑みを浮かべた。


「炎では、この国は支配できぬ。カディスを未熟だと評した理由はそれだ」

「では、貴方はこの国を支配するために、深炎の魔法を捨てて、自然を操る魔法を会得した? なんで?」


 炎の魔法が駄目で、自然を支配する魔法が有効である理由とは何だろう?

 それと。

 カディスと同じように、深緑の魔王が嘗て炎の魔法を得意としていたのなら。


 もしかして……!


 深緑の魔王は、大樹の先端にある小宮殿まで辿り着いた僕を、寝台の上で静かに迎えてくれた。

 敵対したり、うとんじることなく。

 人族如き、とさげすむ言葉は口にするけど、僕の質問にも答えてくれる。

 だから、このまま言葉を交わし続ければ、僕はこの国が抱える事情や、傀儡の王の思惑に辿り着ける。

 そう思ったけど、現状が許してくれなかった。


 小宮殿の外から、レヴァリアの荒々しい咆哮が響く。


『ええいっ、何を悠長にしているのだ。大樹が燃えているぞ! さっさと避難しなければ、ここもすぐに火の海だ』

「わわっ!」


 突然の竜の咆哮に、深緑の魔王の気配が引き締まる。

 僕は慌てて、今の咆哮が大切な仲間の声であり、大樹が燃えているということを伝えた。


「やはり、カディスは理解していないようだ。この大樹を焼くことは、国の滅亡に繋がるということを」

「ねえ、それってどういうことですか!?」


 炎では、国は治められない。

 大樹を燃やすと、国が滅ぶ。

 いったい、どんな関連性があるのか。


「ふふ。ふふふ。エルネア様、改めて質問でございます。この国はどこに位置しているのでしょう?」

「それは……?」


 地上でも問われた問題。


「この国は、魔族が支配する地域の中でも、北西に位置しているんだよね?」

「では、その西には?」

「ええっと、確か天上山脈が南北に連なっていて……あっ!!」


 僕はようやく、この国の根幹に関わる深い事情に気づいた。

 それと同時に、レヴァリアの咆哮がまた響く。


『何をしている!!』

「わわわつ! 大変ですよっ。大樹が燃えて、もうすぐここも火の海になるようです! 避難しなきゃっ」

「ふふ。ふふふふ。エルネア様?」

「何かな? 急いで深緑の魔王を連れ出さないと、大変なことになるよ!」

「そうでございますね。深緑の魔王陛下が焼け死んでしまいますと、それこそ大樹が枯れて国が滅んでしまいます。ところで。私が待っている場所に、カディスが到着されて暴れているのですが?」

「それを早く言ってよねっ!」


 なんという状況でしょうか!


 大樹が燃え上がり、深緑の魔王が寝ている小宮殿にまで火の手が及ぼうとしている。

 地上では、カディスがとうとう傀儡の王に追いついて、炎の魔法で暴れ回っているようだ!


「緊急につき、失礼します!」


 空間跳躍を発動させて、僕は一瞬で寝台の奥へと入る。

 そして、深緑の魔王を抱きかかえた。


「エリンちゃん、巫女人形も全部連れて逃げるよ!」

「ふふふ。竜様はお許しになるでしょうか?」

「説得している暇はないから、強引に! 深緑の魔王とエリンちゃんは、あとでレヴァリアにいっぱいお礼をしてよね!」


 僕たちは駆け出す。

 深緑の魔王の寝室を抜け、小宮殿内を走る!

 すでに煙が小宮殿内に入り始めていた。


「レヴァリア、全力で退避!」

『貴様、余計な荷物を!』


 レヴァリアが荒々しく翼を羽ばたかせる。

 雲の下から、大樹を飲み込むように炎が駆け上がってきていた。

 レヴァリアは怒りの咆哮を放ちながら、枝を蹴って上空に飛び出した。

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