狂乱の舞台

 雲の下から、大樹の幹の表面を舐めながら伝うように、炎が上がってきていた。

 途中の枝に飛び火した炎は瞬く間に空の先まで燃え広がり、枝葉を焼いていく。

 煙が雲と混ざり、雲上を侵食するように立ち昇る。小宮殿のある大樹の先端にまで煙は押し迫っていて、僕たちがレヴァリアに乗って脱出した直後には、小宮殿も大樹も炎と煙に包まれて見えなくなってしまった。


「これだけの大樹だから、幹のしんまで燃え尽きるにはまだ猶予ゆうよがあるはずだよね! レヴァリア、急いで魔王城へ連れていって!」

『邪魔な人形どもを振り落としていいのなら、全速力で向かってやる』

「それは禁止です!」


 僕は、深緑の魔王を抱えてレヴァリアの背中に飛び乗った。ヨグアデス人形もちゃっかりと背中に乗っている。

 他の、小宮殿で深緑の魔王のお世話をしていた巫女人形たちは、レヴァリアの脚や手に捕まって脱出していた。

 レヴァリアがそに気になれば、巫女人形たちは空に放り投げ出されるだろうね。でも、ここまで来て犠牲者を出したくはない。たとえ人形であったとしても、助けられる者は助けたい。

 だから、レヴァリアに無理を言って巫女人形たちも救ってもらう。


 レヴァリアは、手脚に巫女人形がしがみ付いていることが気に入らないように咆哮を上げながらも、振り落とさずに翼を羽ばたかせた。

 大小四枚の翼を何度か羽ばたかせ、竜気をみなぎらせる。

 そして翼をたたむと、頭を地表に向けて一気に急降下した!


 一瞬で、雲と煙が混ざった空域を突き抜ける。

 燃え上がる魔都の様子が見えたと思った直後には、魔王城が眼前に迫った。

 上空から大神殿の様子が少しだけ見えたけど、大神殿広場前の大通りから魔都の外に向けて激しい術の痕跡こんせきがあったね。ライラたちも何か騒動に巻き込まれているのかもしれない。

 ライラたちは大丈夫かな?

 ニーミアがいるから、最悪の事態には陥っていないと思うけど。

 そんな思考も一瞬で、僕たちは魔王城の直上に到達する。


 レヴァリアは、竜気を漲らせた翼を荒々しく羽ばたかせると、急性動を掛けた。

 衝撃が襲ってきそうなほどの急減速に、レヴァリアの脚にしがみ付いていた何体かの巫女人形が地上に落ちた。それでも、地上付近まで急降下していたおかげで、壊れることなく無事に着地する巫女人形たち。

 残りの巫女人形も、降りても大丈夫な距離だと判断したのか、次々とレヴァリアを放して地上に降下していった。


「よし、それじゃあ僕たちも!」

「大公よ」


 深緑の魔王に声を掛けられて、僕は返事をする。すると、僕に抱えられたまま、深緑の魔王はこう言った。


「私も連れて行け」

「えっ!?」


 正直に言うと、僕はヨグアデス人形か巫女人形に、深緑の魔王を預けたかった。

 ヨグアデス人形の護衛があれば、深緑の魔王の身の安全は確保されるだろうし、なんなら、巫女人形に大神殿へ連れていってもらえば、それこそ安全だからね。

 逆に、深緑の魔王をカディスのもとへ案内したら、最悪の事態になるよね?

 深緑の魔王本人も、傀儡の王と同じように、実は生きていました。それをカディスが知ったら、本気で殺しに掛かってくるはずだ。

 そして、深緑の魔王は自分で言ったように、既にカディスに抗うだけの力は持っていない。

 だから、僕としては連れて行きたくないんですけど?


 僕の表情で内心を読み取ったのか、深緑の魔王の表情が険しくなる。


「私は、曲がりなりにも魔王だ。貴様が大公というのであれば命令に従え」

「いいえ、従いません! 僕の後見人は、巨人の魔王とシャルロットですからね?」

「……そうか。あの方々の。傀儡のと共に私のもとを訪れたので、我が国にせきを置く者だと思った。ならば許そう。だが、私を連れていくことは決定事項だ」

「さすがは魔王、横暴ですね!」


 とはいえ、老衰ろうすいした深緑の魔王を抱きかかえたまま魔王城に突入するわけにはいかない。それで、僕はヨグアデス人形を見た。


「ふふ。ふふふふ。構いませんよ?」


 と返事をしたヨグアデス人形に、もう一対の腕が生える。そして、僕から深緑の魔王を受け取ると、しっかりと抱きかかえた。


「改造もできるんだね!」


 何かあったときは、気をつけておこう。

 それと。よく似た容姿の二人がいてかかええられてという状況は、ちょっと不気味に見えちゃうね。

 それが老貌ろうぼうの二人だったら尚更だ。


『さっさと降りろ!』


 深緑の魔王本人が側にいるからなのか、大樹の根も枝も襲ってはこない。

 だけど、頭上からは燃え尽きた枝の破片や燃えがれた大樹の樹皮が火の雨となって降ってきていた。

 レヴァリアは頭上の脅威を炎の息吹で一掃しながら、僕たちを促す。


「それじゃあ、今度こそ!」


 身軽になった僕は空間跳躍を発動させて、地上に降りた。

 ヨグアデス人形が、深緑の魔王を抱いて飛び降りてくる。

 深緑の魔王が、空間跳躍で瞬間移動した僕を興味深そうな瞳で見つめていた。


「それで、エリンちゃん。どこに向かえばいいの?」

「それでは、魔王城深部の玉座ぎょくざまでお越しください。早めに来て頂かなければ、大変なことになっていますよ?」

「それって、絶対にエリンちゃんの仕業だよね!」


 カディスは、無用な騒ぎを起こすような暴虐ぼうぎゃくの魔族ではないと思う。今現在、こうして魔都を破壊しそうな勢いで暴れているのは、倒したと思っている深緑の魔王の遺した影響を排除しようとしているからだよね。

 だから、傀儡の王が言う「大変なこと」とは、絶対に傀儡の王自身がいたたねだ。


「それで、玉座の間とは?」


 仕方ない、と行くことを強制してきた深緑の魔王を見る僕。

 魔王は僕の視線を受けて、ヨグアデス人形に抱えられたまま先を示した。

 僕たちは、走り出す。

 レヴァリアは役目を終えて、再び空に舞い上がった。


 魔王城は既に燃え上がっていた。

 カディスは、それが魔王城だったとしても、邪魔だと思う障害物は容赦なく排除する。

 傀儡の王を倒すこと。深緑の魔王の影響を排除すること。それは「無用な騒ぎ」の範疇はんちゅうを超えて、カディスにとって必ず達成しないといけない目標なんだ。


 炎の城門を潜り抜け、ヨグアデス人形に抱えられた深緑の魔王の案内で城内を進む。

 城内も、酷い有り様だった。

 絵画、絨毯じゅうたん、それに布製や木製の調度品は全て燃えて灰になり、石壁は黒くすすけて汚れてしまっている。それだけでなく、至る所に炎が残っていて、廊下を進むだけでも熱で滅入ってしまう。

 竜気で自身を保護していなきゃ、城門さえ潜れずに熱と煙でお手上げだっただろうね。


 それでも、僕たちは進む。

 進むしかない!

 この騒乱を鎮めるためには、重要人物が揃わなければいけないんだと、改めて思う。


 深緑の魔王の実子であり、次の魔王位を狙う反逆者のカディス。

 深緑の魔王と深い因縁を持っているだろう傀儡の王。

 そして、この国の支配者たる深緑の魔王本人。


 最初は、老衰した深緑の魔王を連れていくことに躊躇ためらいがあったけど。

 でも、やっぱりこの国の騒乱を鎮めるためには、この国の支配者の存在は必要なのかもしれない。

 だから、最低でもこの三人が揃わないといけないんだ。


 あとは、傀儡の王が意味深に投げかけてきた幾つかの疑問も解決させる必要があるだろうね。

 国旗に描かれた模様の意味。

 なぜ、魔王でも為政者いせいしゃでもないエリンベリルが傀儡の「王」と呼ばれているのか。


 こうした、傀儡の王的に言うなら「舞台役者の勢揃い」と「舞台の意味」が真に紐解ひもとかれなければ、この騒乱は禍根かこんを残す結果となる。

 その禍根が、カディスたち関係者だけのものになるのか、この国全体を覆うものになるのか、僕たちも巻き込まれるのかは不明だけど、少なくとも僕たちだって脇役のままではいられない。


「邪魔者はいないね。それじゃあ、全力で進もう!」

「お急ぎくださいませね?」


 燃える魔王城内の気配を探っても、逃げ遅れた人や潜んでいる者の気配は読み取れない。その代わりに、魔王城の深部らしき場所から不穏な気配を数多く読み取っていた。

 僕は深部の気配を頼りに、空間跳躍を発動させる。

 深緑の魔王を抱いたヨグアデス人形も、遅れることなく追従してくる。

 巫女人形たちは、こちらの全速力について来られないのか、何体かがはぐれてしまう。


 げ落ちた回廊を走り抜けて、僕たちは魔王城の深部へ向けて進む。

 さすが魔王城と言うべきなのかな。

 深部に複数の気配を感知していても、なかなか辿り着けない。入り組んだ回廊は、侵入者を惑わせるように幾つも分岐ぶんきしていたり、時には深部から遠ざかるような道筋になっていたりする。

 深緑の魔王の案内があるから迷いなく進めているけど、これが僕ひとりだったら絶対に迷っているね!


 それでも、僕たちは着実に玉座の間へと近づいていた。

 目的地を示すように、これまで以上の熱波が回廊の奥から伝わってくる。

 ちりちりと肌を舐める熱が痛覚に反応して痛みを覚える。だけど、焼け死ぬほどの熱ではない。


「このまま玉座の間に飛び込みますよ!」


 一応、魔王城の主人あるじである深緑の魔王にそう声を掛けて、僕は眼前に見えた巨大で重厚な扉に向かって、竜槍りゅうそうを放った。

 激しい爆発音と衝撃派が、回廊に吹き荒れる。

 竜槍の直撃を受けた扉は粉微塵に吹き飛び、衝撃波は燃えくすぶっていた炎を消し飛ばす。

 そして僕たちは、多数の気配が入り乱れて感じる玉座の間へと、全力の速度で飛び込んだ!


「な、なんだこりゃーっ!」


 竜槍によって撒き散らされた煙が晴れて。

 広大な空間になっている玉座の間の全貌が、僕の視界に飛び込む。

 その景色を見渡した僕は、つい叫んでしまった!


「ふふ。ふふふふ。お待ちしていましたよ?」


 傀儡の王の声は、ヨグアデス人形の口から零れなかった。代わりに、玉座の間の奥に威厳高く据えられた玉座に座る、傀儡の王本人の口から伝わる。


 不敬にも、魔王が座るべき玉座に腰を下ろして寛ぐ傀儡の王。でも、その程度では僕も叫んだりはしない。

 僕があまりの光景に叫んだ理由。


 それは……!


 玉座の間を埋め尽くす程の、ヨグアデス人形!

 そして、カディスを模した人形の数々!

 ヨグアデス人形とカディス人形が、玉座の間で入り乱れて戦っていた!!


「ふふふふふ。本物はどれでございましょうね?」


 玉座に座った傀儡の王が、楽しそうに周囲を見渡す。

 側には、側近の人形が控えていた。

 そして周囲の玉座の間では、ヨグアデス人形が深緑の魔法でカディス人形を砕く。

 カディス人形が、真っ赤な魔剣でヨグアデス人形を焼き払う。

 炎が周囲の他の人形も巻き込んで燃え上がったと思ったら、近くのヨグアデス人形の腕が大樹の枝に変わって、別の人形を薙ぎ払う。


「ええい、悪趣味な!」


 そう叫んだのは、本物のカディスだろうか?

 いや、違う!


「ヨグアデスだけでなく、俺の偽物まで造るとは!」


 そう苛立ちも露わに叫んだひとりのカディスが、魔剣を振るう。そうすると、最初に叫んだカディスの方が斬られて人形のようにち倒れた。と思ったら、人形だったカディスを斬ったカディスも、別のカディスに斬られて炎に焼かれる。それをヨグアデス人形が襲い、倒す。


「滅茶苦茶だっ!」


 叫ばずにはいられない。

 本物のカディスは誰だろうね!?

 玉座の間で暴れるヨグアデスの容姿をした人物が全て人形だということはわかる。

 本物は僕の傍のヨグアデス人形に抱きかかえられているからね。

 でも、本物のカディスが誰なのかがわからないよ!


 殺気を放ちながら周囲の人形を斬ったり焼いたりしている者こそが本物、と思いきや、それも別の者に倒されてしまう。

 それじゃあ、勝ち抜いている者こそがカディスなのか、と混戦を見届けようとしても、倒される側から次から次に新たなヨグアデス人形やカディス人形が湧いて出てきて、終わりが見えない。


「エリンちゃん、やり過ぎだよっ!」


 玉座の間の混沌こんとんとした状況は「大変な事態」と簡単に言えるような次元を遥かに超えてしまっていた。


「ふふ。ふふふふ。エルネア様もお気をつけくださいね? 安易に参戦しますと、間違えて本物のカディスを倒してしまうかもしれませんよ?」

「なんて悪質な!」


 カディスじゃないけど、僕だって悪態を吐いてしまうよ。

 この玉座の間の何処どこかに、本物のカディスがいるはずだ。

 でも、混戦状態の中で本物をどうやって見つければ良いのか。


 混戦を終わらせるためには、沸き続けるヨグアデス人形とカディス人形を全て排除しなきゃいけない。

 でも、カディス人形だと思って攻撃した相手が本物のカディスだったら……!

 カディスは、今度は僕たちにも殺意の籠った炎を向けるだろうね!


「本物のカディスは誰!?」


 と叫んで聞いてみても、玉座の間の各所から「自分だ」と同じ声で幾つも返事が飛んでくる。

 もう、これは絶望的だね!


 いっそのこと、カディスが本気を出して玉座の間ごと炎の魔法で焼き尽くせば単純なんだろうけど。

 でも、玉座の間のカディスは魔剣を振るい、局所的な魔法しか放っていない。

 何故だろうね?


 ともかく今のままでは、傀儡の王が面白可笑しく場を引っ掻き回すだけで、一向に混戦状態は収まらない。


「仕方がない」


 僕は狙いを定めると、空間跳躍を発動させた。


「ふふ。おやまあ?」


 玉座の間を埋め尽くすヨグアデス人形とカディス人形。入り乱れて殺し合う両者の間に入って僕が戦っても、終わりは訪れない。

 それなら、僕は元凶を断とう!


 空間跳躍を発動させた僕は、玉座の前に一瞬で移動した。

 そして、白剣の刃を傀儡の王の首に当てた。

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