傀儡の王

「エリンちゃん、いい加減にしなさい。自分勝手な人形劇は、もう終わりだよ?」

「ふふ。ふふふふふ」


 僕から喉元に剣を突きつけられた傀儡の王。だけど、玉座に悠然ゆうぜんと座ったまま、少女の笑みを浮かべ続ける。


「傀儡の。其方そなたであっても、その玉座に座ることは許さぬ」


 すると、深緑の魔王も玉座のかたわらにやって来た。

 もちろん、ヨグアデス人形に抱きかかえられて。

 ヨグアデス人形が深緑の魔王を傀儡の王の側まで連れて来たということは、つまり傀儡の王本人が魔王の接近を許したということだろうね。


 僕と深緑の魔王本人に詰め寄られた傀儡の王は、座ったまま僕たちを見上げる。そして、おもむろに玉座から腰を上げた。


「そうでございますね。この椅子は私のは窮屈きゅうくつですから。どうぞ、陛下」


 そして、わざとらしいくらいうやうやしく、玉座を深緑の魔王にゆずる。

 深緑の魔王は、ヨグアデス人形に支えられながら、ゆっくりと玉座に座った。


「っ!!」


 その時だった。

 何十体ものヨグアデス人形とカディス人形が入り乱れて戦う玉座の間に、これまで以上の殺気が満ちる。

 直後。

 僕は咄嗟とっさに白剣を振るっていた!


 刃と刃がぶつかり合う、激しくも鋭利な斬撃音が、玉座の間に鳴り響く。


「カディス! ……貴方が本物か!」


 僕の白剣が受け止めたのは、灼熱色に燃えたぎる魔剣。その魔剣を手にした人物が、玉座の近くで燃えくすぶっていた炎から突然に飛び出して、立ち上がった傀儡の王の首を狙おうとした。

 僕の白剣は、結果として傀儡の王の命を救ったことになる。

 そして、灼熱の魔剣を手に傀儡の王の命を狙った人物こそが、本物のカディスで間違いない!


 他者を殺気だけで圧倒し、絶大な魔力で存在を示す。


「ああ、そうか。傀儡の王は人形は造れても魔剣なんかは創造できないから、魔剣の真贋しんがんで本物と偽物を見分ければ良かったんだね? でも、玉座の間に湧いたカディス人形が手に持つ魔剣は全部一緒の性能に見えたから……貴方は最初から炎の中に潜んで様子を伺いながら、傀儡の王の命を狙う機会を狙っていたんだ!!」


 灼熱の魔剣を押し返す!

 大魔族相手に膂力りょりょくで一歩も引かない僕に、カディスだけでなく深緑の魔王も目を見張る。

 灼熱の魔剣を弾かれた本物のカディスは、僕の間合いから逃れるように、後方に跳躍した。

 そして、居並ぶ面子をじっくりと睨んで、この上なく不機嫌そうに表情をゆがませる。


「どこまでも悪趣味だな。俺の偽人形だけでなく、およんでヨグアデスの偽物、しかも老いた姿の人形を新たに準備するとはな」


 カディスの視線は、玉座に座る深緑の魔王に向けられていた。


 カディスは、深緑の魔王を偽物だと断定しているようだね?

 無理もない。だって、カディスの腰には本物の「魂霊の座」が帯びられているのだから。

 魂霊の座を所有していた深緑の魔王を倒し、奪った。だから、玉座に座る人物が本物の深緑の魔王であるはずがない。カディスはそう思い込んでいる。


 でも、違う。


「未熟な息子よ」


 深緑の魔王は、感情が見えない瞳でカディスを見つめ返す。

 そして、落胆のため息を吐いた。


「魂霊の座は、魔王のあかし。しかし、私はそれを人形に預けていた。其方が討った者が人形であり、私が本物の魔王だ」

「そのような戯言たわごと、信じられるものか!」


 カディスの叫びは、無理もない。

 だって、この玉座の間でさえも数え切れないほどのヨグアデス人形やカディス人形が存在しているんだ。

 今も、二種類の人形は互いを滅ぼし合うように、激しく戦い続けている。


 カディスは、殺気の宿った瞳で深緑の魔王を睨む。


「お前が本物であるというのなら、証拠を見せてもらおうか? もう傀儡公爵の悪趣味な遊びには付き合ってられん。貴様がもしも本物であるというのなら、証拠を示せ。そしてかりに本物であるのなら、今度こそ俺が倒してやろう!」

「良かろうよ。では、証拠を見せよう。だが、それで私を討ったとしても、未熟な其方ではこの国は収められぬだろうな」


 言って深緑の魔王は、自身の鋭い爪を腕に食い込ませると、肌に傷を付ける。

 年老いているとはいえ、生身らしい肌の弾力の後に皮膚が裂けて、真っ赤な血が零れ落ちた。


「人形は血を流さぬ。この血こそが、私が私である証拠だ」


 確かに、僕たちが今まで見てきた人形は、切断面や傷口から血は流さなかった。

 人形と本物の見分けかたは、こういう方法もあるんだ。


 深緑の魔王の腕から流れる血を確認したカディスは、灼熱色の魔剣を握りしめる。


「では、普段よりその玉座に座っていた者が……!」

「そうだ。私の人形だ」


 カディスの吐露とろに、深くうなずく深緑の魔王。

 そして、それが意味することとは……


「ふふ。ふふふふふ」


 玉座を譲った傀儡の王が、深緑の魔王の傍で楽しそうに微笑む。


「お前は、今までずっと俺たちを騙し続け、愚弄ぐろうしてたというわけだな!!」


 全身に灼熱の炎を纏い、玉座に座る深緑の魔王と傍に立つ傀儡の王を同時に焼き斬ろうように迫るカディス。

 僕は白剣をきらめかせて、激昂げきこうするカディスの剣を真っ向から受ける!

 カディスの、激しくも洗練された剣戟が襲い掛かる。僕はそれを、片手の竜剣舞で迎え撃つ。

 斬撃音が響き、炎が舞う。

 灼熱の魔剣の余波で、近くの人形が何体か燃え上がった。

 だけど、僕には通用しない!


 かつては剣豪けんごうだった、深緑の魔王。その当時の姿を模した特別製のヨグアデス人形は、恐ろしい剣術の使い手だった。

 でも、特別製のヨグアデス人形と比べると、カディスの剣術は未熟だ。あのルイララにさえ遠く及ばない。

 それなら、僕が遅れを取ることはないね!


 これまで、実の息子であるカディスや臣下たちが見ていたのは、傀儡の王が造り出した偽物の深緑の魔王だった。

 それを知り、愚弄されていたのだと激怒したカディスの剣は、感情と殺気が何重にも乗った激しいものだった。

 でも、僕には通用しない。

 深緑の魔王と傀儡の王を討とうと振られた剣が僕に阻まれて、カディスは余計に感情を激しくしていく。

 それを見て、傀儡の王が愉快そうに笑う。


「ふふふふ。それでは、そろそろ答え合わせをいたしましょうか」


 にこり、と少女の笑みを浮かべながら、激昂するカディスと、相対する僕を見つめる傀儡の王。


「答えを仰るのは、どちらでも構いませんよ? それでは、改めてお聞きします。なぜ、私は『傀儡公爵』ではなく『傀儡の王』と広く呼ばれているのでございましょう?」


 傀儡の王が僕たちに投げかけた問題のひとつ。

 魔王でもない始祖族のエリンベリルが、なぜ「傀儡の王」と呼称されているのか。

 僕たちは最初に、傀儡人形を造り自在に操る「人形の王様」だからだと思っていた。

 だけど、それは違うんだよね。


 では、なぜエリンベリルは「傀儡の王」と魔族に呼ばれているのか。


 それは……!


「くだらぬ問答など、俺には不要だ! 貴様がどのように呼ばれていようとも、今この場で貴様とヨグアデスを倒せば全てが片付く!」


 叫び、カディスは特大の炎を撒き散らした!

 巨大な火の粉が、玉座の間で戦う人形たちを飲み込んでいく。

 人形たちが燃えながら乱れ動き、それでも戦う姿は、異様な光景に見えた。

 でも、傀儡の王だけは狂気の舞台に瞳を細めて楽しそうに笑う。


 傀儡の王は、どこまでいっても全てを「人形劇」としか見ていない。

 だから、ヨグアデス人形とカディス人形の混戦も、カディス本人による破壊と殺戮も、全ては劇中の演出でしかない。


 燃えちた人形たちが、無惨な姿になって床に崩れ落ちていく。

 そして、人形たちを飲み込んだ灼熱色の巨大な火の粉は、僕たちをも飲み込もうと迫った!


「させるものかっ!」


 僕は竜剣舞を舞う。

 右手に白剣を持ち。左は無手だけど、指先まで竜気を宿して意識を研ぎ澄まし。

 激しいカディスの動きととは違う、優雅な動きで白剣を振るう。

 そうして、強大な魔力が乗った炎を絡めとる。


 意識する。

 竜気を感じるように。

 竜脈を読み取るように。

 カディスから流れる魔力の流れを紐解ひもといていく。

 そして、敵意と殺意が宿った炎の流れを変化させて、緩やかに払う。


 灼熱の炎は、竜剣舞に絡め取られてうずを巻き、払われて霧散していく。


「っ!」


 カディスが、灼熱色の炎が宿る瞳で、僕を激しく睨む。


「小手先の技で俺の魔法を弾けるものか!!」


 そして、更なる魔力を乗せて、魔法を放つ。

 灼熱色に輝く魔剣と、乱舞する魔法。

 だけど、竜剣舞を舞い始めた僕はその全てを竜剣舞の舞のかてとしていく。


 傀儡の王が全てを「人形劇の舞台」とするように、僕はカディスの全てを「竜剣舞の演出」として取り込む。

 竜剣舞の一部と化したカディスの剣術や魔法は、今や僕の思うがままだ。

 カディスはどうにかして僕の竜剣舞をくつがえそうとするけど、今更に何をしようとも意味をなさない。


 それに、傀儡の王の問いから逃げるカディスには何も払えないし、何も手にすることなんてできないんだ!


「カディス。貴方は確かに大魔族としての力量を持っているんだろうね。でも、それだけだよ! こうして正面から相対してみてわかった。貴方は、この国を支配できる魔王の器ではない!」

「人族如きがっ!」


 えるカディスの魔剣を薙ぎ払い、逆に剣戟を繰り出す。

 カディスが後退あとじさる。

 僕は一歩前に進み、言う。


「深緑の魔王の国で、傀儡公爵として存在するエリンベリル。それがなぜ、傀儡の王と魔族に広く呼称されているのか。それは!」


 白剣の苛烈な斬撃を受けて、カディスが弾かれた。

 炎が散り、剣術において僕に及ばなかったカディスが片膝を突く。

 僕は白剣の切先をカディスに向けて、傀儡の王の問いの答えを口にした。


「深緑の魔王は老いてしまって、既に魔王としての力を失っていたんだ。でも、魔族の国には『魔王』という存在が必要不可欠だった」


 魔王を失った国は、どこまでも荒れ果てる。

 深緑の魔王が支配する国の東部は、嘗ては妖精魔王クシャリラが支配する国だった。

 だけど、クシャリラは失脚して、魔族の文化圏の南西へと国替えさせられた。

 そうして魔王不在となった東の地は荒れに荒れて、無法地帯となっていた。

 巨人の魔王が新たな支配者として統治していなければ、今はもう不毛の地になっていたかもしれない。


 深緑の魔王は、ずっと昔から「魔王」という存在の必要性をしっかりと認識していたんだ。

 だから、魔王としての力を失っても、魔王位を空位にはしなかった。

 だけど、力のない魔王は、必ず倒される。


「過去に深緑の魔王と傀儡の王の間でどういった経緯があったかは知らないけど。深緑の魔王は、魔王位を空位にしないために、傀儡公爵エリンベリルを頼ったんだ。そして、弱った自分の代わりに、傀儡人形をこの国の玉座に座らせた」


 魂霊の座を帯びていれば、それが偽物の魔王だと普通は気づかないだろうね。

 だけど、遥か昔より深緑の魔王に仕えていた重臣たちは、それでも気づいたんだ。

 玉座に座る魔王が、傀儡公爵によって造られた人形だと。


「深緑の魔王の代わりに、人形を使ってこの国を統治していたのは、傀儡公爵エリンベリル。だから、その事実を知る重臣の誰かが最初に、魔王ではないけどこの国の実質的な王だとして『傀儡の王』と呼称した。そして、それがいつの間にか魔族の間に広まった。そうだよね?」


 僕の推論に、深緑の魔王が静かに頷く。

 傀儡の王は「正解でございます」と楽しそうに微笑んだ。


「だから、カディス。力を失った魔王の代わりの人形を倒したって、この国の重臣は貴方には忠誠を誓わない! それに、傀儡の王を倒したところで、この国を収めることはできない!」

「馬鹿を言え!!」


 カディスが反論する。


「魂霊の座を帯びていたヨグアデスが人形だった? よしんばそれが真実であったとしても! 事の黒幕である傀儡の王を倒せば、俺の力は示されるだろう! 魔王の代役を務めた真の王を倒すのだからな!」


 深緑の魔王は、エリンベリルであればこの国を代わりに支えてくれると判断したから、自身の人形を造らせて統治を任せた。

 それなら、身代わり人形を造った傀儡の王を倒せば、新たな国の支配者たる新魔王としての力を示すことになる。

 すじは通っているかもしれない。


 だけど、やはりカディスは間違っていた。


「ちがうよ、カディス。やっぱり貴方では、正確に言うのであれば、炎の魔法が得意だという貴方では、この国は統治できないんだ」

「人族如きが、俺を否定するか!」

「否定させていただきますわっ!!」


 僕が反論するよりも先に。

 玉座の間に、新たな登場人物たちが現れた。

 ひとりは、カディスを全力で否定したライラ。

 そして、同行するメジーナさんとアステル。

 それと……!?


「なんだ、そいつは?」


 カディスが睨むのも無理はない。

 ライラたちと一緒に現れた最後のひとりに、僕も息を呑む。



 その人物は、玉座に座る魔王の若い頃の姿をしていた。

 そして、立派な神官装束を身に纏っていた。

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