国の礎

 見るからに高位の神官様といった出立いでたち。でも、容貌ようぼうはまさに深緑の魔王やヨグアデス人形をもっと若くしたような見た目。

 正体はなんとなく想像できるけど、その正体と着ている神官装束の関連性に疑問符を浮かべるような、明らかに謎めいた人物とともに、ライラたちが玉座の間に現れた!

 そして、ライラは高らかに言う。


「傀儡様の問いの答えを、わたくしたちは知りましたわ!」


 普段は人見知りで他者の視線から逃げようとするライラだけど。今は、毅然きぜんとした態度で物怖ものおじせずに声を発している。


「国旗に描かれている模様の意味に、私たちは気づきましたわっ」


 ライラはそう言うと、傍の神官様を促した。

 神官様は、一歩前に出る。

 やはり、何処どこをどう見ても、深緑の魔王に似ている。

 ということは、やはり神官様の正体も?


「ご紹介いたします。この方は、巫女頭に代わり長年に渡ってこの国の大神殿と神殿宗教を取りまとめていらっしゃる、神官長様です!」


 ライラの言葉を受け継いで、メジーナさんがよどみなく言い切った。

 僕は驚く。

 見ると、先ほどまで僕たちに激昂していたカディスも、神官長様の姿を見てこの上なく驚いていた。

 どうやら、カディスは知らなかったようだね。この国の人族が信仰する神殿宗教の代表者が、誰なのかということを。


 僕も、メジーナさんの言葉で初めて知ったよ。

 この国の神殿宗教の代表者は、大神殿の巫女頭様ではなくて、神官長様なんだね。

 しかも、その神官長様の容貌は、深緑の魔王に酷似こくじしている。

 僕もそこでようやく、ライラたちが辿り着いた答えを理解した。


「深緑の魔王のご子息様。貴方はご存知でしたか? この方が、深緑の魔王陛下によく似たこのお方が、神官長として長年に渡って人々の心の支えになってきたということを。なぜ、深緑の魔王陛下と容姿の似たこの方が、神官長という神職に就いているのかを」


 メジーナさんの問いに、カディスは驚きの表情をゆっくりと鎮めながら、神官長様を睨む。そして、玉座に座る本物の深緑の魔王と、傍に立つ特別製のヨグアデス人形を、その鋭い視界に捉えた。


「玉座に人形を据えるだけでは飽き足らず、奴隷どもの信仰心を利用して遊びほうけていたとはな」


 だけど、カディスはメジーナさんの問いを正面から聴くことはなく、歪曲わいきょくした思考で深緑の魔王を侮蔑ぶべつした。


「なんという言い草ですか!」


 メジーナさんが眉尻を上げる。

 無理もないね。

 神殿宗教に身を置く清く正しい者として、身内をあざけるどころか、聖務にいそしむ者を「遊び呆けていた」だなんて言われたら、反論するしかない。

 その侮蔑された者が、たとえ深緑の魔王の偽人形だったとしても。


 人族であるメジーナさんに反論されて、殺気立つカディス。

 視線さえ向けていないのに、それだけでメジーナさんが緊張で硬直してしまう。

 それでも、メジーナさんはカディスを糾弾きゅうだんするような視線を真っ直ぐに向けていた。


 これが、メジーナという女性なんだね。

 特位戦巫女とくいいくさみこという特殊な官位であり、今は流れ星として故郷を離れて、流れ着くべき場所、相手を直向ひたむきに待っている。

 身体能力的には、やはり魔族に劣ってしまう。それでも、自分の信じた正義や清廉せいれんな心は、上位の魔族にだって負けない強さを持っているんだ。


 そんなメジーナさんや流れ星さまたちを、僕たちは支えたい。

 もちろん、僕の想いはライラにも伝わっていた。

 大魔族の殺気にも臆することのないライラが、神官長様と並んで前に出た。


「深緑の魔王陛下のご子息。いいえ、カディス! 貴方は現実を直視しなければいけないですわ! そうでなくては、この国の魔王になんてなれないですわっ」


 ライラの言葉に、更に殺気を膨らませるカディス。

 きっと、この場に下級魔族や奴隷のような人たちが居たら、カディスの放つ殺気だけで命を奪われていたかもしれない。

 それほど濃密な殺気を放ちながら、だけどカディスは暴れたりはしない。

 目的のためにはどんな被害もいとわない。立場が下の者に対して、容赦はしない。それでも、こうして相手の言葉に耳を傾けることができる。

 まあ、容赦なく放たれる殺気で、心情はだだ漏れだけどね。

 でも、力任せだけの手段以外の、冷静な手法も取れる。それが、カディスという魔王位を狙う大魔族だ。


 きっと、僕とやり合った際も、手加減をいていたのかもしれないね。

 カディスが本気を出せば、視界に映る全てを炎の海に変えられていたはずだ。

 でも、カディスはそうしなかった。

 それはカディスなりの良心で、手心を加えた手段でこちらを制圧できるのなら、それで済ませようという油断があったからだと思う。

 だけど、僕が思わぬ抵抗を見せて、次にライラたちが神官長様を連れて現れた。

 それで、カディスは一旦だけど実力行使を止めているんだ。


 それでも、放たれる殺気は容赦がない。

 間近で殺気を受けている肌が、焼けるようにひりひりと傷んでいた。


「どいつもこいつも。俺が魔王になれないだと? 年老いて介助なしではまともに立つこともできぬほど弱々しい父魔王。人形遊びだけが取り柄の、幼稚ようちな傀儡公爵。それに人族どもと人形。言ってくれるではないか。では、あえて聞こう。俺のどこに魔王としての力量不足がある? 人形だったとはいえ、玉座に座っていたヨグアデスを倒した。こうして、魂霊の座も奪った。傀儡公爵の人形も斬り伏せ、傀儡城は今や燃え朽ちている。人形如き、何万体いようが俺の敵ではないぞ?」


 実力と実績を誇示するカディス。

 だけど、ライラは首を横に振ってカディスの答えを否定した。


「違いますわ。この国は、貴方の力でも炎でも収めることはできないのですわ。その証拠が神官長様ですし、魔王城から生えた巨大樹なのですわ! 貴方は、その意味を知らないのですわ。だから、この国の魔王にはなれないですし、治められないのですわ!」


 ライラも、どうやら全ての答えに辿り着いているみたいだね。

 もしかすると、玉座の間にたどり着くまでの道中で、僕たちの状況や補完する知識を聞いたのかもしれない。

 深緑の魔王を模した、神官長様の人形から。


「貴方は、深緑の魔王を廃し、魂霊の座を奪えば魔王になれると思っていますわ。ですが、それは間違いですわ! 現魔王を討って、魂霊の座を帯びる実力は示せたかもしれません。ですが、それだけですわ。この国は、その表面的な『実力』では支配も統治もできないですわ。ましてや、国の保全など、貴方の炎では無理ですわっ!」


 人族の小娘如きが好き勝手に言ってくれるな、とカディスはライラを睨む。

 右手に持つ灼熱色の魔剣が、輝きを増していく。

 カディスの心は、人族のライラにいいように言われて、今まさに燃えたぎって噴火しそうになっているんだろうね。

 それでも自制心がまさっているのか、暴力に訴えてこない。

 それとも、怒りを覚える一方で、ライラの話に興味を抱いているのかな?

 なぜ、自分はこうも周りの者から「魔王にはなれない」と言われてしまうのか。


 カディス自身は、弱肉強食の魔族の社会の中で、魔王としてやっていけるだけの実力も感情操作もできていると、確信を持っているはずだ。

 それでも、この国の諸侯や重臣たちがカディスを認めない。それどころか、太公の僕だけでなく、国外から現れた人族のライラやメジーナさんにまで糾弾きゅうだんされてしまう。

 いったい、自分は何を見落としているのか。

 それが、魔王に相応しくない真因なのではないか。そう考え及んでいるのかもしれない。

 本当に、カディスは実力も思考も他を大きく上回る大魔族だ。


 だからこそ、残念だね。

 カディスが、傀儡の王の問いの意味を真剣に考えて、自ら答えを導き出せていたのなら。そして、成長できていたのなら。

 きっとその時は、深緑の魔王も喜んで魔王位を譲っていたかもしれない。

 だけど残念ながら、カディスはこの国の根幹から目を晒してしまった。

 嘗て傀儡の王に辛酸しんさんめさせられ、老いて弱った深緑の魔王を最初からさげすむばかりで、この国の意味に気づけなかったんだ。


「カディス」


 僕の声に、視線だけで反応するカディス。

 瞳が炎を宿して、灼熱色に輝いていた。


「今度は僕から、もう一度聞くよ? この国の国旗に描かれている模様の意味はなにかな?」


 剣と月と大樹。

 だけど、大樹は「霊樹」を表しているわけじゃない。

 そもそも、さすがのカディスだって、霊樹の存在などは知らないだろうからね。


「この国の国旗の意味だと?」


 カディスこそが、僕たちなどよりも遥かに多く国旗を目にしてきたはずだ。

 その、国旗に描かれた三つの模様の意味。


 普通、国旗とはその国を端的に、そして明確に表す「しるし」だよね。

 だとしたら、三つの模様には深い意味があるはずだ。

 その真の意味を、この国の魔王になろうとしているカディスは知っているだろうか?

 僕に改めて問われて、舌打ちをするカディス。


「知らんな。知っていたとしても、俺が魔王になれば新たな国の象徴を示すのだから、意味はないだろうよ?」

「違うよ、カディス。意味があるんだよ。だから、国旗に描かれている。そして貴方は意味を知らないから、魔王にはなれない」


 どうやら、カディスには理解できなかったらしい。

 本当に、実の父親を見下すだけで、深緑の魔王の本当の功績を知らないんだね。

 仕方がない。それなら、僕が伝えよう。

 答えを導き出せなかったカディスに代わって、僕が答えた。


「剣とは、嘗て剣豪だった深緑の魔王を象徴する。月とは神殿宗教を示し、この国の神殿宗教の代表者である神官長、すなわち深緑の魔王を表す。そして大樹とは、この国を守護する超巨大な大樹、その魔法のみなもとである、深緑の魔王を示している。気づいたよね? そうだよ。国旗に描かれている模様は全て、深緑の魔王自身を表したものだったんだ!」


 僕の言葉に、だけどカディスは目に見える動揺や驚きは示さなかった。

 それでも、玉座に座ったまま事の成り行きを静かに見守る深緑の魔王へ、視線を投げた。


「さあ、国旗の示す意味がわかったよね? それじゃあ、更に質問です。深緑の魔王はなぜ、神殿宗教の神官長を務めているのかな? 知っている? 深緑の魔王がその名をせていた時代は、剣術だけでなく深炎しんえんの魔法の使い手だったらしいよ? それと。深緑の魔王は大樹の魔法で、この国の何を守護していたんだろうね?」


 僕の矢継やつばやの答え合わせと問い掛けに、カディスは無言で応えた。

 カディスは今、何を思っているのかな?

 老い弱った深緑の魔王は、弱肉強食の世界には相応ふさわしくない支配者である。自分こそが新たな魔王として相応しい。


 だけど。


 実力を示したはずのカディスは、国旗の意味すら知らなかった。

 国旗に描かれていた三つの模様。その全ては、深緑の魔王という存在を誇示するものだった。

 言うならば、この国は「深緑の魔王なしでは存在し得ない」ということになる。

 その深緑の魔王を排除しようと、カディスは謀反むほんを起こした。


 では、カディスはこの国の新たな魔王になれるのか。

 深緑の魔王の代わりに、国旗に高々とかかげられる唯一無二の存在になれるのか。


 剣の代わりの実力。

 月の代わりの包容力。

 大樹の代わりの守護。


 カディスは、本当に深緑の魔王よりも優れていて、次代の魔王に相応しい?

 本人も、ようやく自分が見落としていた部分を知った。

 そして、それこそがこの国の根幹に関わる重要な部分だった。


 ライラが言う。


「深緑の魔王陛下は、神殿宗教の敬虔けいけんな信徒なのですわ。ですので、ご自身の代役となる人形を神官長に据えて、人々を見守っていたのですわ」

「ライラの言う通りだね。僕たちが魔都に到着して最初に大神殿を訪れたときに、避難してきた人たちが口を揃えて言っていたよ。神殿の結界内であれば、深緑の魔王の暴走する魔法も襲ってはこないって。人族は知っていたんだ。神殿宗教を通して、魔王は人々を護ってくれているって」


 それに、と続ける。


「この、深緑の大魔法。その意味を貴方は知っているのかな? 嘗ては深炎の大魔法使いとして神族たちにまで名を馳せさせていた魔王が、なぜ「深炎いんえん」ではなく「深緑しんりょく」の魔法に切り替えたのか」


 僕は、傀儡の王が口にした手掛かりで気付いた。


「この国は、大陸でも北側に存在しているよね。北の果ては、剣子爵ルイララの親である始祖族が支配する海だよね? それじゃあ、この国の西には何があるのかな? 西の先には、何が存在しているのかな? 僕たちが暮らす禁領も、北の海に面した北地なんだけど。北の地って、冬はすごく寒いよね? 雪は深く積もるし、気温も凍えるほど低くなるよね?」


 僕の新たな問いに、ようやくカディスは口を開く。

 渋々と、言葉を喉の奥から絞り出すように。


「この国で生まれ、この国で育ったのだ。知らぬはずはなかろう。西は天上山脈によって両断されている。そして、天上山脈の更に西には、永久雪原えいきゅうせつげんが広がっているという」

「うん、その通り。ところでさ。永久雪原が西に存在しているというのに、この国の気候は穏やかだし緑豊かだよね? いくら天上山脈が壁になっているとはいっても、影響がなさすぎないかな?」


 そうなんだよね。

 気候というのは、土地によって様々だけど。でも、ある特定の地形や条件によって、急激に自然体系や気候なんてものは変化しない。

 これまで様々な地方へと足を向けてきた僕たちは、それを知っている。

 なのに、この国は国境のはしまで緑に覆われている。


 それは何故なぜなのか。


 そう。

 それこそが、ヨグアデスが「深炎の魔王」ではなく「深緑の魔法」と呼ばれる所以ゆえんなんだ!


「カディスよ、聞け」


 玉座に座る魔王が、カディスに言葉を掛ける。


「私も嘗ては炎の魔法を得意としていた。しかし、方々かたがたにこの地を下賜かしされて、気付いたのだ。炎では、この地は治められぬのだと。炎は燃やすばかり。全てを灰に変えることしかできぬ。しかし、たとえ魔族であろうとも燃え尽き灰になった世界では生きられぬのだ。其方の豪炎ごうえんの魔法では、この国は燃え上がるばかりで維持することはできぬ。それが、其方が魔王として相応しくない理由だ」


 深緑の魔王は語る。

 数百年前まで。この地は年間を通して深い豪雪地帯で、人々が暮らすには厳しい世界だった。

 だけど、魔族の真の支配者によって、ヨグアデスはこの地をたまわってしまった。

 ヨグアデスは、得意としていた深炎によって雪を溶かし、人々が暮らせる適度な温度になるように、全てを燃やした。

 だけど、意味がなかった。


 どれだけ雪を燃やしても。

 西の天上山脈を越えて、永久雪原から無限に雪と凍える風が吹き込んでくる。


 だから、ヨグアデスは深炎の魔法を捨てた。

 人々を冷気から守護するために、日々のかてを得られるようにするために、自然を支配する魔法を会得えとくした。

 国土を覆う深い森は、天上山脈から吹きすさぶ冷たい風が国内に流れ込むことを防ぐ。

 生い茂った枝葉や草花の力強い命の熱が雪を溶かし、実りで国民をえさせない。


 深緑しんりょく魔王まおう

 深い緑の国を支配する、慈悲深き大魔族。

 カディスが見下していた深緑の魔王の本当の功績とは、現在も尚、国土を覆う深緑の大魔法だった。

 そして、深緑の魔王が本当に討たれて亡くなったら、この深い緑の加護は消失してしまう。

 そうなれば、また天上山脈を越えて雪と冷たい風がこの国を支配するだろうね。


 だから、深緑の魔王は老い弱った自身ではなく、傀儡の王に造らせた人形に統治を任せていたんだ!


「私を討つ者が現れることを、私は認めよう。それが実の息子であるのなら、喜びさえ覚える。しかし。其方は未だに未熟なのだ。其方の炎では、この国は治められない」


 深緑の魔王の言葉の真意をようやく理解して、カディスが眉間に深くしわを刻んだ。

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