北へ

「みなさん、無事だったんだすね!」

「おお、小僧っ子か。それとミストラルも」

「なんだお前たち。東の方へ新婚旅行に行っていたんじゃないのかい?」

『くわっ。さっきの爆発と衝撃はなんだ!』


 吊り橋を復旧している場所の近くには、春先から鶏竜にわとりりゅうたちが巣を作っていた。だから心配になって様子を見に来たんだけど。

 なぜか、吊り橋の復旧現場で作業をしていたはずの竜人族の人たちが、鶏竜の巣にかくまわわれていた。

 そのなかで、ミストラルの村から参加していた顔見知りの男性を見つけて、無事を確かめ合う。


「今朝早くに襲撃されてな。慌てて逃げたんだよ。そうしたら、この竜族の方々に助けられてな」

「参ったね。流石の俺たちでも、飛竜と地竜二十体近くを相手には戦えないよ」


 奇襲を受けて、作業現場に寝泊まりをしていた竜人族の人たちは、散り散りに逃げたらしい。

 鶏竜は、近場で起こった不穏な騒ぎに偵察を出していて、森や渓谷に逃げ隠れしていた竜人族の人たちを保護したのだとか。


「小僧っ子、お前のおかげだよ。お前がこの方たちと仲良くしていたから俺たちは救われた」

『礼は要らぬ。我らは悪に対し団結する!』

「おれいおれい」

『くわわ。なんだこの果実は!? 美味い!』


 お礼は要らないと言っておきながら、アレスちゃんが取り出した霊樹の果実を速攻でつつく鶏竜たちに、僕たちは笑ってしまう。


「種は回収するわね」

「種は頂戴ね」


 双子王女様、貴女たちは更に種を集める気ですか……


「それにしても、さっきの爆発は凄かったわね」


 アレスちゃんが謎空間から取り出した霊樹の果実は五つ。それを鶏竜たちは分け合いながら突く。鶏竜の様子に顔を綻ばせながら、ミストラルがそう言った。


「そうですわ。あれはなんですか?」


 ライラに促されて、お胸様の谷間から幾つかの霊樹の宝玉を取り出したユフィーリア。


「アシェルさんのご褒美で思いついたのよ。これは使えるってね」

「防御の術式ではなくて、攻撃の術式を込めれば兵器になるんじゃないかってね」

「だけど、あの威力は……」


 霊樹の宝玉は、込められた竜術の威力を桁違いに増強すると、レヴァリアが言っていたけど、本当なのかな?


「ここでもう一度、宝玉に術を込めて見せてもらえるかしら? そうね。できれば結界系でお願い。破壊系だと検証するのが危険だから」


 ミストラルに言われて、実演をするユフィーリア。

 僕たち一行や鶏竜、竜人族の人たちが興味深く見守るなか、ユフィーリアは宝玉に竜気を込める。


 今度はわかりやすいように、掌の上に宝玉を置いて、竜気を送り込む。すると、乳白色だった霊樹の宝玉が徐々に輝き始めた。

 中心から光があふれてくるように発光しだす。だけど、アシェルさんから僕たちが受け取った宝玉のように、綺麗な虹色に瞬くことはないようで、ゆらゆらと溢れてくる光に輝く。

 見る角度と場合によっては虹色に見えなくもないのかな。ニーナがレヴァリアの背中から投下したときに、一瞬だけ虹色に見えたのはこのせいかも。

 だけど、特別な効果は今のところ見受けられなかった。


「ふむ。人族とは思えない竜気だ」

「おいおい、俺よりも竜力は大きいぞ。俺ならいまので竜力が枯渇している」

「不思議な娘っ子だ」


 どうやら、ユフィーリアの竜力は竜人族の人たちから見ても桁違いらしい。


「だけど。宝玉に竜気は宿ったけど、すごく量が多いだけで普通だよね?」


 僕の疑問に、ミストラルがユフィーリアから宝玉を受け取り、まじまじと見つめる。そして、それをニーナに手渡した。


「それじゃあ、発動させてもらえるかしら?」

「お任せよ」


 ユフィーリアの竜気が込められた宝玉を受け取ったニーナは、意識を集中させる。

 今度は、ニーナの掌の上に乗った宝玉の竜気が変質し始めた。


『これは……』

『うわんっ。すごいっ』


 レヴァリアとフィオリーナが背後で息を呑んだ。


「えいっ」


 ニーナは、鶏竜の巣の中心に向かって、宝玉を投げる。直後。巣の周囲が石鹸せっけんの泡のように光り輝き、強力な結界が張り巡らされた。


「こ、これは凄い」

「なんという威力だ!」

『くわっ。竜族並みだな』


 ニーナが発動させた結界は、竜人族も唸るほどの出来だった。

 そして一連の流れを見て、僕たちは理解した。これは双子王女様だけの特別な術になるんだろうね。


「さっきの爆発の威力は、増幅されたものじゃないわね。ユフィが込めた竜気が桁違いだっただけよ」

「竜気を錬成する緻密さは、竜族以上に感じました。多分、エルネア君よりも繊細に練りこんでましたよ」


 ユフィーリアとニーナは、竜術を使うときには二人でひとり。桁違いの竜力を宿す姉のユフィーリアは、竜気を錬成することができない。逆に、妹のニーナは竜力がない代わりに、繊細な竜気の錬成ができる。


 二人の相性。双子だから物を通しても自在に受け渡しができる竜気。桁違いの竜力と、竜族も驚く繊細な錬成。これらの条件が揃わないと、双子王女様のような宝玉を使った術は無理っぽいね。

 つまり、ユフィーリアとニーナにだけしか使えない竜術ってことになるのかな。


 そして二人は元々、竜槍乱舞りゅうそうらんぶという無差別な竜術を得意としていた。全方位に竜槍をばら撒く竜術で、一本一本は僕やミストラルの竜槍の威力には匹敵しないんだけど。あれを全部まとめて一発に集約すれば、今回の爆発くらいの威力にはなるのかも。


『まったく、貴様の身内はどうかしている……』


 レヴァリアが呆れたようにため息を吐いた。

 だけど、僕に向かってため息ってどういうことさ?

 みんなは一生懸命に成長をしていて、その成果のひとつなんだから、ため息じゃなくて祝福をしなきゃね!


 僕たちは強力な結界が張られた鶏竜の巣のなかで、休息を入れることにした。

 鶏竜へのお土産の食べ物は、居合わせた竜人族の人たちと一緒に消費された。

 ヨルテニトス王国での物語を軽く話し、今回の竜峰での騒動に話題は移る。


「村の外で、ここ以上に竜人族が集まっている場所はない。だから強襲をしてきたんだろうな。大勢の竜人族に犠牲が出れば、北部の奴らの威勢は増す」

「そうすると、王都に向かった隊商も危険ですか?」

「あれは大丈夫だろう。俺たちよりも凄腕の連中だ」


 そういえば、竜人族の村を出て竜峰を自由に移動できる人は、みんな一流の戦士なんだよね。


「俺たちや隊商の連中の心配はいらない。竜人族の騒動に手を貸してくれるというのなら、是非お願いしたいところだ」

「俺らは小僧っ子の実力も人柄も知っている。お前さんなら大丈夫だ、頑張りな」


 吊り橋の復旧作業に携わっていた人たちは、みんなが僕たちに好意的な反応を示してくれた。


「ところでミストラル。お前は飛竜に騎乗していた者の顔を見たか?」

「ごめんなさい、確認はしていないわ」


 司令塔だった黒竜騎士はレヴァリアから離れるように飛んでいたし、死に際は握り潰されちゃったからね。ミストラルだけじゃなく、僕たちもその顔は詳しく見ていない。


「そうか」


 訪ねた男性の顔に影が落ちたのを見て、ミストラルが聞き返す。すると、妙な答えが返ってきた。


「思い違いなら良いのだが。あれはオルタの出身部族の者だった」


 男性は、襲撃を受けたときにたまたま、黒竜騎士のかぶとの奥の顔を見たらしい。そしてその顔は、三年前のオルタの騒動のときに見た顔だったのだとか。


 だけど、僕は男性の言葉の意味を掴みあぐねた。

 これまでにも竜人族の戦士が魔剣に呪われて、魔剣使いになって襲ってきたことはある。その都度どこの部族の者かを調べてはいたけど、オルタの出身部族の者だと特別に問題があるのかな?

 たしか、オルタの部族は力至上主義の攻撃的な部族だったはずだ。だけど、三年前の騒動では、同部族のオルタと敵対していたんだよね?


 どういうこと? とミストラルを振り返ると、考え込んでいた様子の彼女と視線が合った。


「もしも、あの黒竜騎士が本当にその部族の戦士だったら……レヴァリア、向かって欲しい場所があるわ。すぐに出発できるかしら?」


 突然どうしたんだろう。という僕たちの疑問をよそに、素早く身支度を整え始めるミストラル。


「説明は空の上で。一刻も早く確認したいことがあるの」

「ミストラルよ、危険ではないか?」


問いかけてきた男性に、ミストラルは首を横に振って応えた。


「だとしても、確認しなければいけないわ。でないと、もう誰もオルタを止められなくなる」


 唐突に休憩が終わった僕たちは、レヴァリアの背中に急いで乗り込む。

 吊り橋復旧に協力できなかったことをお詫びして、僕たちはまた慌ただしく空へと戻った。


「レヴァリア、りゅう墓所ぼしょへ。最北端の竜人族の村へと向かって」


 ミストラルの指示に、レヴァリアは咆哮をあげると、北へと向かって翼を羽ばたかせた。


「竜の墓所?」


 初めて聞く地名に、僕たちは首を傾げる。


「オルタが生まれ育った村は、竜峰最北端にあるの。だけど、そこが竜峰の最北端というわけじゃないのよ」


 竜峰は南北に長く連なり、西の魔族の国々と東の人族の国を隔てる緩衝地帯になっている。更に、南は神族の帝国まで延びていて、北は大陸の端にまで続いているのだとか。

 だけど、竜人族の村も北の沿岸部分まで点在しているわけじゃない。むしろ北部方面には、そこまで村は広がっていないという。


「竜峰の北部は、完全に竜族の住処になっているのよ。竜人族といえども容易に立ち入れない厳しい環境なの。そしてだからこそ、竜族は死期を迎えると北へと向かう。竜人族の居ない世界。竜族だけの領域で安らかに死にたいと思うみたい。だからわたしたち竜人族は、竜峰の北の最果てを『竜の墓所』と呼ぶのよ。そして竜人族の村のなかで最北端に位置する場所こそ、オルタの生まれ育った村なの」


 竜の墓所へと至る道は幾つかある。そのひとつの途中に、竜人族の最北端の村はあるという。

 自然環境が厳しいのもさることながら、死期を悟った竜族が北を目指し徘徊はいかいするので、危険極まりない。

 油断をすれば、死に直結する。だからこそ、オルタの部族は力を求めた。そして、力こそが全てという思想になった。


 では、なぜそこまでして危険な場所に村を築き、住み続けるのか。彼らは、竜の墓所を護るという自負と誇りも持っているのだとか。

 長い年月をかけて歴史と伝統をつむいできたことなんだ。僕たちがそこにとやかく突っ込みを入れるのはお門違いかな。


 ミストラルの説明を、レヴァリアの背中の上で聞く。


「では、最北端の村の出身者が呪われていたことと、ミストさんの言葉はどう繋がるのでしょう?」


 ミストラルは、オルタを止められなくなると言ったね。どういうことなんだろう?


「オルタの村の者は、力を求めても誇りはとても高いのよ。だから、北部竜人族の騒動にも加担はしていなかったわ」


 北部に住む竜人族の全てが騒動を起こしているわけじゃない。種族のきずなを大切にする部族や、魔族に加担することを嫌う部族は当然だけど存在していてる。最北端の村も、騒動を起こした部族とは距離を置いていたようだ。

 オルタが三年前に暴れたときも敵対したというし、力を求めても欲におぼれることはないんだろうね。


「だけど、オルタの村の者が呪われて黒竜騎士になっていたとしたら……。村が、オルタか魔族に襲撃された可能性があるわ」

「あっ!」


 ミストラルは僕を見て頷く。


「竜の墓所へと至る道を押さえられる。それはつまり、死期の近い竜族を的確に襲えるわ。そして、呪えることになるのよ」

「それはもしかして……」


 もう全員が、ミストラルが言いたいことを理解していた。

 思い出すのは、ヨルテニトス王国での多頭竜のこと。

 死にたくても死ねない。その状態で呪われてしまったら。


腐龍ふりゅうを使役されては、太刀打ちできなくなるわ。それに、最北端の村には竜奉剣りゅうほうけんがあるの……」

「竜奉剣?」

「そう。遥か昔、竜人族の英雄が、竜峰を統べていた竜の王に捧げたとわれる二本一対の宝剣よ。それをオルタに奪われれば、もう誰もオルタには勝てなくなるわ」


 ミストラルは厳しい表情で、北を睨んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る