竜人族の罪

「フィオ、君の能力で竜族に伝達して。竜峰の騒動が収まるまでは、竜の墓所を目指さないように。それと、竜族は周りの竜人族や同族と連携して、オルタたちに注意するようにって」


 竜峰同盟を活用しない手はないよね。

 本来は、まず僕たちも北部竜人族と争っている戦士のみんなに合流をして、情報を集めたりしなきゃいけないんだけど。

 ミストラルの示す事案が最優先事項になってしまった。

 だからせめて、竜族たちには警戒網を敷いてもらおう。そしてあわよくば、竜心を持っている竜人族に話が伝わって、みんなに僕たちの動きを知ってもらえたら良いかもね。


 僕の意図を汲んで、フィオリーナが盟主としての能力を発動させた。


『うわんっ。竜王エルネアからい子のみんなにお願いだよっ』


 ええい、余計な台詞せりふを付け足すんじゃない。


 フィオリーナの意思は、さざ波のように竜峰の空に広がっていく。すると、峰々のあちらこちらから、竜族の咆哮があがった。


『うるさい馬鹿者どもだ』


 レヴァリアも負けじと咆哮をあげ、北を目指して翼を荒々しく羽ばたかせた。


 雲を突き抜ける峰は、早くも山頂を白く染めあげ始めていた。雲の下は赤や黄色や緑に色づき、標高の低い場所では動物や魔獣が駆け回っている。

 平地よりも早く夏と秋の季節が移り変わる竜峰の景色が、眼下を高速で流れていく。

 北へと進むにつれ、標高は次第に高くなっていった。すると、雲の上を飛行できないレヴァリアの空路は限られだし始める。

 雲と竜峰の隙間が狭まりだすと、僕たちも周囲への警戒を高めた。

 いつどこから襲われるかわからない。

 レヴァリアも、高速で飛んでいる最中に不意を突かれないように、速度を落として警戒をする。

 だけど、竜人族どころか竜族の襲撃さえなかった。


 暴君レヴァリア。

 北部竜人族もその恐ろしさと悪名は身に染みて知っている。オルタでもさすがに警戒するのかな。

 僕たちを阻む存在は現れることなく、無事に目的地の上空へと到着した。


 だけど、結果は最悪な状況だった。


「元々こういう場所ってことはないんだよね?」

「それはないわ……」


 レヴァリアは北進を止めて、雲が間近に流れるくらいの限界高度で旋回をする。

 そして、僕たち全員の視線の先には、黒い不気味な霧が広がり、深い谷を深く覆っていた。


「この先に最北端の村があるのだけど」


 そうは言っても、視界には村らしき場所は見えない。というか、黒い霧に阻まれて、谷の奥は見通せない。


「この黒い霧は、呪いですわよね?」

「これじゃあ、近づけないわ」

「これじゃあ、村へ入れないわ」


 ライラと双子王女様の言う通り。

 黒い霧は恐らく、黒飛竜が吐いた呪いの息吹と同質のものに違いない。触れるとそれだけで呪われてしまう。

 さすがのレヴァリアでも、黒い霧のなかへと無謀に突っ込むことはできないよね。


「でも、呪いならルイセイネの法術ではらえないかな?」

「試してみる価値はありますね」


 凶祓まがはらいは巫女の専売特許だ。魔剣の呪いだって祓うんだから、もしかしたら呪いの霧も祓えるかも。

 緊迫した状況だと実験なんてできないけど、今は少なくとも、襲撃してくるような者の気配は周囲に存在しない。


 ルイセイネがレヴァリアの背中の上で集中しようとしたら、ミストラルも一歩前へと出てきた。


「それなら、わたしも手伝うわ」

「えっ。ミストラルも巫女になったの?」

「ふふふ、そんなわけないでしょう」


 ミストラルは可笑しそうに笑うけど、僕たちはみんなで首を傾げた。

 巫女じゃないのにお手伝い?


「貴方はもう忘れたのかしら。ヨルテニトスで多頭の腐龍を浄化したときの竜気は、半分はわたしのものだったでしょう?」

「あ、そうか!」

「わたしの竜宝玉は、流星竜りゅうせいりゅうのもの。聖属性なのよ」


 多頭の腐龍を浄化し、看取ったのは僕の竜剣舞だったけど、ミストラルの竜気を利用したものだったよね。そして死霊使いのゴルドバは、ミストラルの内包する竜宝玉の正体を知って焦っていた。


「それでは、お互いに協力をして頑張りましょう」


 ルイセイネの言葉に、隣に並んだミストラルが頷く。


 まずは、ミストラルのお手並みを拝見。

 意識を集中させて、祝詞のりと奉納ほうのうしながら術式を空中に書き出しているルイセイネよりも、竜気を解放するミストラルの方が初動は速い。


 一度大きく深呼吸をしたミストラル。直後に、桁違いの竜気がミストラルの内部から湧き上がり、爆発した。


 ミストラルは、僕のように暴れ狂う竜気が身体を包むようなことはない。だけど、代わりに碧色の瞳が鋭く輝く。内包する竜気の全てが、瞳に宿ったように。


 完全に制御された澄んだ竜気。ミストラルらしい、美しくりんとした竜気に、僕たちは息を呑む。


 ミストラルは竜気を錬成し、術へと変える。

 星のまたたきのような光の粒が頭上に幾つも現れ、黒い霧に向かって飛んでいく。

 光の粒は、黒い霧に触れると青白い光を放って、周囲の霧を霧散させた。


 だけど、霧の範囲が広すぎだよ。

 ミストラルの竜術で祓えるのはごく一部。霧散させたそばから、霧が元へと戻っていく。


「これは一気に祓わないと駄目ね」


 言ってミストラルは、更に竜気を爆発させた。

 その直後。


「あっ」

「えっ!」


 なぜか、ミストラルとルイセイネが、弾けるように距離をとった。まるで二人の間に静電気が走ったように、びくりと身体を震わせて離れた二人。そしてお互いに、不思議そうに顔を見合わせた。


「なに?」


 今なにが起きたの?

 僕だけではなくて、ライラも双子王女様も。幼女や竜族さえも不思議そうに二人を見た。


 なにが起きたのかは不明だけど、ルイセイネの法術もミストラルの竜術も中断してしまっていた。そして、顔を見合わせ続ける二人。


「いま……ミストさんからわたくしに法力ほうりょくが流れてきたような気がしました」

「なぜかしら? 一瞬、貴女と繋がったような気がしたわ」

「どういうこと?」


 なんでミストラルからルイセイネに法力が流れたの? というか、巫女でもないミストラルが法力を持っているわけがない。

 法力とは、女神様の洗礼を受けて、厳しい修行を受けた巫女様にしか宿らない奇跡の力なんだよ。


 でも、竜気の間違い、ではないはずだ。だって、竜気だったら僕たちが気付いているはずだもの。


「意味がわからないわ」

「そういうときは、もう一度試すと良いわ」


 双子王女様の助言に従い、もう一度集中する二人。祝詞を奉納し、空中に術式を書き出すルイセイネ。一気に限界近くまで竜気を膨れ上がらせるミストラル。


「ああっ」

「んっ」


 そして先程と同じように、二人は弾かれたように距離をとった。


「どうしてでしょう。ミストさんから法力が……」

「不思議な感覚……」


 疑問に思ってるだけじゃ、問題は解決しない。二人はお互いの情報を擦り合わせる。


「集中していると、ミストさんからなぜか法力が流れてくるのですが、嫌な気はしません」

「わたしも、感じたことのない何かの流れがルイセイネに向かうのを感じたけれど、嫌な感じはしなかったわ」

「じゃあ、なんで弾かれたように離れたの?」


 僕の質問に、二人は顔を見合わせる。そして、口を合わせて言った。


「「驚いたから」」


 なるほど。驚いただけなんだね。だけど力の流れ自体は、お互いに嫌な感覚ではないんだ。


「ミストさんから流れてきた法力は、わたくしよりも遥かに強いものでしたよ?」

「わたしにはその辺はよくわからないわ。ただ、なぜか貴女に力が流れると嬉しい気分になるの」

「なんで嬉しい気分になるの?」


 また質問した僕に、ミストラル本人も首を傾げるだけで、原因はわからないみたい。


「とにかく。嫌な感じではないのなら、ここは協力してみてはどうかしら?」

「とにかく。ルイセイネに法力が流れるのなら、強力な法術を試してみたらどうかしら?」


 双子王女様の言葉に頷くミストラルとルイセイネ。


「原因究明はまた後日の落ち着いたときね」

「はい。ミストさんからの法力があれば、もしかすると単独で朧月おぼろづきじんが使えるかもしれません」


 早速、共同で実験をすることになった。

 ミストラルが限界まで竜気を解放し、ルイセイネが法術を唱えようとする。するとなぜか、ミストラルからルイセイネに向かって法力が流れ込む。

 法力の流れは、僕たちには見えないし感じないけど、それはまるで、ユフィーリアとニーナのようだとルイセイネ自身は言う。


 そして、長い祝詞と複雑な術式を成功させたルイセイネが、法術を放つ。


 黒い霧の奥で、満月のような淡い大きな光が浮かび上がった。

 光は黒い霧に負けることなく輝きを増していく。そして、内部から徐々に黒い霧を祓い、その姿をはっきりと僕たちの前に現した。


「まるで雲の隙間から覗く満月のようですわ」


 ライラの言葉通り。曇り空を晴らすように、黒い霧を晴らしていく淡い満月の光に見えた。


 全員で見守るなか、深い谷を広範囲で覆っていた黒く不気味な霧は祓われていく。


「中級法術『朧月の陣』は、周囲の不浄を祓いながら身動きの取れる結界領域を広範囲で形成するものなのですが。ミストさんの力を受けたわたくしの術は、どうやら中級法術の威力を大きく超えてしまったようです。すごいですね」

「すごいのはわたしの力ではなくて、その力を自在に扱った貴女の実力よ」


 肩で荒く息をするルイセイネを、みんなでねぎらう。そして、黒い霧の晴れた谷の奥へと侵入を試みる。

 レヴァリアは、緊急事態にいつでも対応できるように、珍しく慎重に羽ばたく。

 僕たちも全方位を警戒した。


『村だよっ』

『人の気配はしないよぉ』


 谷の奥。がけに沿って小さな村落が見えた。

 レヴァリアはゆっくりと村落へ近づくと、村の広場へと着地する。

 僕たちは武器を構えて、村へと降り立つ。


「プリシアちゃんはレヴァリアの背中の上に居てね。フィオリーナとリームもだよ。ニーミアは全力でプリシアちゃんたちを守ってね」

「お利口にしておくね」

「がんばるにゃん」


 プリシアちゃんも緊張をしているのかな。僕の言葉に、素直に従ってくれた。

 レヴァリアの背中の上が一番安全だからね。万が一があっても、ニーミアが守ってくれる。そして、レヴァリアなら正しく状況判断をして、危険であればすぐさまこの場を離れられる。


「どうしよう。手分けして村を捜索してみる? それとも、みんなで一気に竜奉剣がある場所に向かう?」

「そうね。みんなで竜奉剣の場所へ行きましょう」


 ミストラルの指示に従い、村の奥へと進むことにした。

 人の気配が全くない村を進み、谷の奥へ奥へと進んでいく。崖沿いに建物は点在していて、舗装された道のすぐ横は深い谷だったりする。

 落ちたら確実に死んじゃうね。


「ところで、オルタとはどういう人物なのかしら?」

「ところで、オルタとはどういう関係なのかしら?」


 そういえば、詳しい人物像を聞いたことはなかったね。

 前に一度、僕とレヴァリアがオルタに襲われた話をしたときに、軽く説明を受けただけだよね。

 たしか、この村の部族長の息子で、力に溺れたんだよね。そして、竜廟りゅうびょうから竜宝玉を三つも盗み出し、その身に宿した。奪った竜宝玉のうちの二つは僕と同じ八大竜王のもので、多数の竜宝玉を宿したことで、その内包する力を暴走させてしまった。不死に限りなく近くなったオルタを完全にほうむることはできず、ラーザ様が封印したんだっけ。


 記憶を辿りながら口にした僕に、ミストラルは頷く。


「オルタは力を求めたわ……己の全てを滅ぼすために。竜峰と竜人族と人族を滅ぼすために……」

「どういうこと?」


 僕たちは、知っておかなければいけないのかもしれない。オルタという人物を。なぜ力を求めたのかを。


「オルタは、竜人族と人族の混血なのよ」


 竜人族と人族の間の子供。

 人同士であれば、他種族間でも子供が産まれることは知っている。だけどそれがなぜ、力を求める結果になったのかな?


 竜奉剣は現在、村の奥にある洞窟のなかのやしろに奉納されているらしい。僕たちはそこへと向かいながら、ミストラルの言葉に耳を傾けた。


「オルタは、この村の部族長ヨアフと人族の女性サリーナの間に産まれたひとり息子よ」


 ヨアフは昔、アームアード王国の王都へとおもむく隊商に参加したことがあるという。そして平地に降りたときに、サリーナと出会った。

 二人は程なくして恋に落ち、サリーナはヨアフに嫁ぐために竜峰へと入った。

 そして産まれたのがオルタ。

 だけど、竜人族と人族の間に産まれたオルタには、不幸しか待っていなかった。


「竜人族と人族との混血の子供は、なぜか力を持たないの。竜人族の特徴を受け継がず、純粋な人族とも違う。不幸だったのは、この村が力至上主義の思想を持っていたことよ」


 竜人族のようにたくましくもなく、かといって人族のような器用さもないオルタは、産まれたときからさげすまされた。

 そして、オルタをとした決定的な事件が起きる。

 部族長であるヨアフは強い世継ぎを求め、サリーナを捨てたのだ。


「捨てられたサリーナとオルタを不憫ふびんに思ったのが、わたしの村のコーア様よ」


 ミストラルの村の部族長コーアは、二人を保護した。だけどその時点で既に、オルタの心は死んでいた。

 歳の近かったミストラルやザンは、どうにかしてオルタを更生させようと、親身になって世話をしたらしい。

 ミストラルやザンがオルタを詳しく知る理由は、そこにあったんだね。


「そうなんだ。前にミストラルがすごく思い入れのあるような感じで『あの人』って言っていたから、実は昔の恋人かなにかと勘違いしていたよ」

「ふふふ、それはないわよ」


 僕の勘違いに微笑むミストラル。だけど、その表情は晴れやかではなかった。

 やっぱり、ミストラルの性格からして、一度でも親身に接した相手と争うのは心苦しいのかな。


「オルタは結局、誰にも心を開くことはなかったわ」

「……そう。所詮しょせんは、貴様やザンも純粋な竜人族。俺や母の痛みなどわかるはずもないのだからな」

「なっ……!」


 僕たちの会話に割って入ってきたのは、両手に金色の大剣を一本ずつ手にした、黒甲冑くろかっちゅうの男だった。

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