奪われた竜奉剣
突如として現れた黒甲冑の男。
僕たちが驚きの眼差しで見つめる者こそ、竜峰を混乱の渦に陥す張本人である、オルタだった。
オルタの全身を覆う黒い鎧は、よく見れば美しくなめされた皮だった。オルタの動きに合わせ、滑らかに曲がる関節部分を見ただけでも、最上級の
高身長の頭から足のつま先までを隙間なく黒い革鎧で包み込んでいる。唯一、肌の見える部分は顔だけ。
端正な、いかにも二枚目風な顔が憎しみで歪んでいた。
憎悪だけしか映し出さない瞳は鋭く輝き、ミストラルと僕たちを射殺すかのように睨んでいる。
そして、憎しみと怒りに支配されたオルタの両手には、幅広で両刃の黄金大剣がそれぞれ一本ずつ握られていた。
刃渡はオルタの身長ほどもあり、決して片手では扱えないような重量だろうことが、見るだけでわかる。
オルタはその大双剣を、地面に引きずるようにして手にしていた。
説明なんていらない。
オルタが手にしているものこそ、
オルタの
「オルタ、お願いよ。その双剣をこちらに渡して」
言っても
オルタは憎しみに歪んだ表情を崩すことなく、無言で応える。そして、冷たく鋭い視線をミストラルから移し、僕を見た。
「貴様を知っているぞ。春先に俺の邪魔をしたな」
底冷えのする殺気を
一瞬でも気を抜けば、殺気だけで殺されそう。
「僕も覚えているし、知っているよ。でも、同情はしない。貴方の
僕たちは、オルタという人物の上辺だけしか知らない。さっきミストラルに話を聞くまではオルタのことを知らないも同然だったし、心を誰にも開かなかった彼の深層なんて、わかるはずもない。
だけど、オルタのことは他人事ではない。
いつかきっと、僕とミストラルの間にも子供ができるかもしれない。その子供に正しい道を教えるためにも、オルタの憎悪はここで止めなきゃいけない。
白剣と霊樹の木刀を構える僕。オルタは僕の構えを見て、鼻で笑った。
「貴様が何を知っているというのだ。違う、貴様は何も知らない。俺のことも、竜人族のことも、ミストラルのことでさえもな」
くつくつと可笑しそうに笑うオルタ。
「人族ごときが出しゃばらぬことだ。平地で俺の牙が届くのを身を震わせて待っていろ」
「それはできないよ。僕はミストラルと
「共に道を歩む? くくく。そういうことか。ミストラルよ、貴様も
「違う、わたしは……」
「違わない。どうせ貴様も、この小僧に竜人族の真実を伝えていないのだろう?」
竜人族の真実ってなんだろう? ミストラルが隠しているなにかがあることは、薄々ながら感づいてはいる。そのことなのかな。
「まあ、どうでもいい。どうせ貴様らにはここで死んでもらう。竜姫と竜王の首を最初に狩れるとは、
言葉を交わしたのは単なる気まぐれ。中身なんてどうでもいい。結局は、皆殺しにするのだから。瞳に宿す鋭い輝きが、オルタの心情を物語っていた。
「言っている意味がわからないわ」
「言葉が空回りしているわ」
「ですが、避けられない戦闘というのでしたら」
「エルネア様の妻として、ミストラル様の家族として、全力で当たらせていただきますわ!」
双子王女様、ルイセイネ、そしてライラも身構える。
ミストラルは武器を構えた僕たちを見て、一度深く瞳を閉じ。そして、
「オルタ、貴方の考えは間違っている。わたしたちは全力で貴方を止めるわ」
「竜奉剣の最初の
混じることのない会話は終わりを迎え、刃と刃が混じり合う激しい戦闘になった。
片手での扱いは無理だと思われた巨大な双剣を、オルタは軽々と持ち上げる。そして一閃。
竜気の刃が刀身から放たれた。
「はあぁっ!」
ミストラルが周囲に強力な結界を瞬時に張り巡らせ、オルタの先制を防ぐ。
僕はその瞬間、オルタの背後へと空間跳躍をしていた。
最初から全力でいく!
死角へと飛んだはずなのに、素早く反応を示すオルタ。
振り向きざまの横薙ぎを白剣で受け流す。霊樹の木刀で突きを入れながら、霊樹の術を発動させた。
霊樹の木刀に絡みついていた
オルタはもう片方の大剣を振るい、蔦を振り払おうとした。だけど、蔦は逆に大剣へと絡みつく。
蔦に引っ張られ、一瞬動きを鈍くするオルタ。そこへ白剣の追撃を入れる。
蔦の絡まっていないもう片方の大剣で受け流すオルタ。
力任せに二本の竜奉剣を操るオルタに対し、僕は受け流しを主体とした流れる動きで応戦する。
力自慢の相手。体格で圧倒的に優れているオルタに、真正面から力で対抗する必要はない。
技術のないオルタの技では、竜剣舞の軽やかな動きには対抗できない。
オルタの重い一撃を右回りに回避し、滑るように白剣を突き出す。間一髪でオルタは回避するけど、僕の連続剣はオルタに逃げる隙を与えない。
霊樹の術で生み出した無数の乱れ葉で視界を
鈍く、硬いものを貫く感触が右手に伝わる。
白剣は黒い革鎧を斬り裂き、オルタの胸へと吸い込まれた。
「しまった!」
だけど、焦ったのは僕の方だった。
突き刺した白剣が、動かない。振ろうとしても引こうとしても、微動だにしない。見れば、貫いたはずの黒い革鎧が生き物のように白剣にまとわりついていて、動きを縛っていた。
オルタが
技術で劣ると判断したオルタは、その不死性を利用して僕を誘い込んだ。
右手の動きを封じられ、動揺の広がった僕に両側から竜奉剣が迫る。
白剣を手放し、回避するしかない。そう決断する一瞬前に、オルタの間合いに影が滑り込んだ。
ミストラルは漆黒の片手棍を容赦なくオルタの胴に叩き込む。オルタは胸部を陥没させて後方へと吹き飛ぶ。つられて僕が飛ばされそうになったところを、背後から双子王女様に引っ張られた。白剣は今の衝撃でオルタの胸から抜けた。
胸部が陥没したというのに、後方に吹き飛んだオルタは倒れることなく姿勢を戻そうとする。そこへ、法術の矢が叩き込まれる。
最後の追い打ちは、ライラの渾身の一撃だった。
霊樹の両手棍を黄色く発光させて突進する。
竜奉剣で受け止めようと身構えるオルタに、頭上から竜気の乗った一撃を放つ。
交差させた竜奉剣と霊樹の両手棍が重なった瞬間、大爆発が起きた。
爆風が土煙を上げ、振動で足もとが揺らぐ。
深い谷の一部が、今の衝撃で
「さあ、今のうちに逃げるわよ!」
「ですが……」
ミストラルの判断に、ライラが
僕が一瞬だけ危険に陥ったけど、遅れをとっていたわけじゃない。みんなの援護もあれば、善戦できる。
ミストラルに向けられる女性陣の瞳がそう語っていた。
「お願い、言うことを聞いてちょうだい。竜奉剣を奪われた今、対策を立てなければオルタには敵わないわ!」
ミストラルの指摘が正しかった。
「みなさん、回避してくださいっ!」
悲鳴のようなルイセイネの叫びに、全員が
その直後。
僕たちが立っていた場所に、黄金色の光線が走った。
立ち昇っていた土煙を一瞬で払い、崖沿いに点在していた家屋を消し炭にし、地面を大きく
間一髪で回避できた僕たちは絶句する。
今の一撃は、まるでユグラ様の光線の
「竜奉剣は、竜族の力を宿すのよ。今のオルタは、内包する竜宝玉の、竜であった頃の竜術を無限に使えるわ。だからお願い、今は撤退に注力をして」
ミストラルの切羽詰まった声と表情に、僕たちは退避を決断した。だけど、オルタがそれを許さない。
今の一撃は
駄目だ。もしも、今の光線の息吹を連発でもされたら、撤退どころではなくなってしまう。時間を稼がなきゃ!
僕には空間跳躍がある。みんなよりも素早く移動できる。いざとなれば、連続跳躍で谷の奥へと逃げることもできる。
「みんなは急いでレヴァリアのもとへ!」
それだけを言うと、
全力の竜槍を放ち、その瞬間に空間跳躍で一気に間合いを詰める。オルタの背後に回り込み、低い姿勢から回転の連続斬りへ。
オルタは素早く反応を示し、斬撃を受け流そうと振り返る。そこへ、一拍遅れて最初に放った竜槍がオルタに迫る。
オルタは竜槍には目もくれずに、僕の竜剣舞に対抗して大双剣を力任せに振るい受けた。
竜槍がオルタの背後に直撃する。そう確信をもった。だけど、竜槍は直撃する直前で、オルタの背中から突然生えた何かに防がれて、爆散した。
竜槍を受け切ったオルタは攻勢に転じる。
だけど、直後。オルタの一撃を追うように、竜気の爪が僕に襲いかかってきた。
爪は、まるで竜族のそれであるかのような迫力で迫る。
咄嗟に結界を張り、回避行動に移る。
だけど間に合わなかった!
最初に激しい衝撃が襲い、遅れて結界を突き破った竜気の爪が僕の上半身を薙ぎ払う。
激痛に悲鳴をあげ、吹き飛ばされる。
地面を木っ端のように無残に転がり、崖の断面に背中を打ち付けて止まる。
上半身を深く
自身の結界とアシェルさんから貰った守護の宝玉で威力を相殺していなかったら、確実に死んでいた。
湧き上がる恐怖に耐え、オルタに視線を向ける。
オルタは好機を逃さず、地を蹴って僕に迫る。
起き上がって反撃しなきゃ。そう思うけど、上半身の痛みで身体が思うように動かない。
衣服は破れ、竜気の爪で薙ぎ払われた上半身には、何本ものみみず
「エルネアッ!」
僕とオルタの間に、ミストラルが割り込んだ。
オルタの一撃を漆黒の片手棍で受けるミストラル。だけど、オルタが竜奉剣を振るうたびに竜の爪や
「エルネア様、ミストラル様!」
視界の隅で、ライラたちが応戦しようと動く気配を察知する。
「駄目だ。みんなは逃げて! 僕たちも必ず後で合流するからっ!!」
悔しいけど、今は逃げるべきだ。こんな出鱈目な威力をもつ相手と真っ向から戦うなんて無理。作戦を立て、万全の状態で挑まないと、勝機なんてない。
「エルネアも逃げて!」
「それは無理だよ。オルタを足止めするには、きっと僕の力も必要だもの」
ミストラルの
視界の先では、ライラとルイセイネがどう動くべきなのか迷っている様子が見えた。だけど、その二人の手を強引に引き、この場から離れる判断を下したのは双子王女様。
さすがは一流の冒険者だね。判断は素早く、躊躇いなく動く。
「戻ってこないとお仕置きよ!」
「戻ってこないと怒るわよ!」
双子王女様はそう言うと、ライラとルイセイネを連れて姿を消した。
ミストラルがオルタの斬撃と竜術を受け続ける。僕ももう一度竜気を練り直し、体勢を整える。
遠くでレヴァリアの咆哮が響き、飛翔する姿が見えた。
オルタはミストラルと戦いながら、レヴァリアに向けて片方の竜奉剣を向ける。
「させるものかっ」
空間跳躍でオルタに迫り、斬りかかる。
だけど、上半身の痛みで手に力が入らない。弱々しい一撃はオルタに軽く弾かれ、またもや吹き飛ばされた。
吹き飛ばされながら、それでも広範囲で霊樹の術を発動させるだけの時間を作ることだけはできた。
迷いの術。視界を
ミストラルはすぐに僕の術に気づき、オルタから距離をとると、僕の
オルタの姿が
一歩でも動けば、オルタは谷のどこかへと飛ばされる。歩くほどに、動くほどに迷う霊樹の迷いの術。
「エルネア……」
負傷した僕の姿を見て、悲痛な表情になるミストラル。
「くだらない。まだ茶番を続けるつもりか」
だけど、僕たちが逃げる暇もなく、オルタは迷いの術を破って姿を現した。
「そんな……!」
絶句する僕に構うことなく、オルタは余裕な態度で立っていた。
「いつまで偽り続けつもりだ。人族に正体を
僕とミストラルを見て、愉快そうに歪な笑みを浮かべるオルタ。
「ミストラルを化け物なんて言うな! 心を開かなかった貴方にミストラルの何がわかるって言うんだ!!」
「くくく。わかっていないのは貴様の方だ。さあ、伴侶の前でその恐ろしい正体を現すがいい!」
オルタの狂気じみた言葉に、ミストラルはきつく瞳を閉じる。
なにかに迷い揺れている心が、固く握られた握り拳が震えている様子から伝わってきた。
「……ごめんなさい。エルネア」
ミストラルが小さく呟いた。
直後。今まで感じたこともない程の激しい竜気の
銀に近い金色に輝く竜気に包まれたミストラルの
竜の翼。
目を見開き驚く僕の傍で、ミストラルは
変わりゆくミストラルの姿を見て、オルタは僕に向かい
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