仕事をしましょう

 竜の祭壇でいくつか引き出物の見本を作り、あとは帰ってから、ということになった。

 アイリーさんと、今度は結婚の儀で会うことを約束して、僕たちは実家へと戻った。


 でも、両親や実家で働く使用人さんたち、さらにはうちに宿泊している獣人族の留学生たちや遊びに来る竜族たちに引き出物がなにかを知られないように、作業は苔の広場で行うことになった。


 とはいえ、毎日が結婚の儀への準備に当てられているわけじゃない。

 普通の生活も大切だからね。

 忙しさのなかにも平常を。

 慌ただしい日々や騒がしい日常に慣れてしまった僕たちは、楽しみながらいろんな準備を進めていく。


 そんなある日。


「エルネア、仕事をしないか?」


 そう言って僕の実家を訪ねてきたのは、お父さんになったキジルムだった。


「それってまるで、僕が無職みたいに聞こえちゃうよ?」

「いや、無職だろう」

「ぐぬぬ」

「お前って、冒険者組合にも加入してないんだろ? 定職についているわけでもないし、手に職を持っているわけでもないし」

「獣人族や竜族たちのお世話をしているよ!」

「それはお前の家の者たちの仕事だろう」

「竜の森の保全を……」

「それは森林警備隊の仕事で、お前はそれで収入を得ていないだろう」

「収入……」

「やれやれ。これだから無職は」


 応接室に案内したら、いきなりこれです。

 キジルムの容赦ない指摘に、僕は絨毯じゅうたんの上にがっくりと膝をついて敗北を認めた。


「そこでだ。冒険者組合に入った仕事を手伝わないか?」


 キジルムは現在、奥さんの実家であるスタイラー一家とともに、冒険者として頑張っている。

 春に生まれた子供と奥さんたちと、現在は副都で生活しているはずだけど。キジルムは新しい家族のそばにいたいということで、もっぱら副都や王都近郊で活動していた。


「僕は冒険者登録をしていないけど、手伝っても大丈夫なの?」


 キジルムの言うように、僕はどこかに就職したり、なにかの組織に入っているわけじゃない。

 正確に言うと、竜峰同盟の盟主だったり死霊都市の支配者だったり、シューラネル大河に掛かる大橋の管理者だったりするんだけど、一般的な人族の社会ではあまり知られていないからね。しかも、竜峰同盟以外の肩書きには積極的な関わりがないし、僕のお財布に直接収入が入ってきているわけじゃない。

 そんなわけで、無職だ、無収入だ、と言われると、言い返せないのです。


 そして、僕は冒険者組合には加入していなかった。

 魔族の国に行ったり、北の地に行ったり。狩りは竜峰で行うし、竜の森にびたっているし。きっと、僕は普通の冒険者よりも冒険者らしい生活を送っていると思うんだ。

 だけど、どこに行く場合も、冒険者組合に加入していなくても特に困らないんだよね。

 だって、竜峰にも北の地にも冒険者組合は存在しないから。魔族の国には魔族の国の冒険者組合があるけど、きっと人族の国の会員証なんて役に立たない。なぜなら、魔族の国では人族なんて奴隷以下の扱いで、会員証を持っていてもしいたげられちゃうから。

 そんなわけで、必要性もないし縛られたくないので、冒険者組合には加入していないのです。


 そんな僕に、キジルムは大丈夫だ、と頷く。


「今回の依頼は、王都の学校からだ。お前も知っているだろう。先の騒乱以降、古代遺跡は迷宮化して生徒たちが利用できなくなっているんだ」


 キジルムは何気なく言ったつもりだろうけど、僕はきりりと胸が痛んで、視線を逸らしてしまった。


「懐かしいよな。俺たちも十四歳の頃は何度となく古代遺跡にもぐったよな。お前はそこで色々と活躍したわけだし」

「キジルムは逃げ回っていたっけ」

「おい、それを言うな。今ではスタイラー一家のひとりとして頑張ってるんだ」

「奥さんと子供のために稼がなきゃね!」

「無職のお前に言われたくないぜ」

「ぐぬぬ」

「まあ、それは置いておいて。今の生徒たちは、迷宮化した古代遺跡を利用して夜営訓練なんかができないんだ。それで、現在は魔物の出ない竜の森で訓練しているんだよ」


 そういえば、ルドリアードさんから春先に相談されていた。

 生徒たちの訓練のために、竜の森を利用させてくれって。

 今年は、竜の森の浅い場所や森の手前で、生徒たちが夜営訓練などをしている。火の扱いや森林保護などの条件は厳しいけど、王都に住む人たちは生まれたときから竜の森と共存共栄してきているからね。その辺は特に問題視されていない。

 でも、竜の森は深く、魔物以外にも危険はいっぱい潜んでいる。

 僕やプリシアちゃんとの関係で人を襲ったりしないけど、魔獣も度々目撃されているからね。


「学校側が、訓練中の警備を冒険者に依頼してきたんだ。それで、人を集めている」

「それって、森林警備隊の仕事じゃないの?」

「本来はな。だが、色々と問題があってな。お前は知っているか。現在、アームアード王国は冒険者で溢れかえっているんだぜ?」

「えっ、問題になるほど?」

「竜峰に迷宮、さらには北の地と、冒険者が涎を垂らすような新天地が広がっているんだぜ? アームアード王国内だけじゃなく、ヨルテニトス王国からも冒険者が押し寄せている。だが、現実は甘くない。竜峰には認められた者しか入れないし、北の地は獣人族が住んでいるとはいえ、情報不足で危険な土地なのは変わらない。迷宮も表層なら良いが、深部は危険だらけでそれなりの実力がないと進めねえ」

「難易度がどこも高いんだよね」

「お前はその最高難易度の場所に気楽に行っているようだがな」

「き、気のせいだよ……」


 まさか、幼女たちのほうが自由に行き来しています、なんて言えません。


「それでだ。腕に自信のある冒険者にとっては稼げたり冒険しがいのある場所だが、新人や二流、三流の冒険者はどうなる。そういう奴らも見境なく集まってきているんだ」

「ううむ、そうなると……。仕事にあぶれちゃう人が出てくるね」

「そういうことだ。現在、冒険者組合で問題になっているのは、稼げない冒険者たちをどうするか、だ」

「王都は復興中で人手不足だから、そっちに出稼ぎに行くとか、実力が及ばないなら帰るしかないよね?」

「全員が全員、お前のように素直だったら良いんだけどな。なかには無駄に誇りの高い者や悪あがきをする者もいる。組合はそういう奴らへも仕事を斡旋あっせんしなきゃいけないんだよ」

「それで、生徒たちの護衛なんだね?」

「ああ、そうだ。組合が国に相談して、ようやくった仕事なのさ」

「それじゃあ、僕なんかに仕事を振るよりも、なるべく多くの冒険者に回したほうがいいんじゃないの?」

「いや、多くの冒険者に仕事を回すからこそ、お前にも声をかけた」

「と言うと?」

「お前は竜の森に精通しているだろう。森に住んでいるという耳長族とも関係を持っている。それで、お前にはちょっと特殊な仕事というか、面倒を見てもらいたいわけさ」

「ま、まさか……。学生を警護する冒険者の監視とか?」


 運ばれて来た紅茶で唇を湿らせたキジルムは、にやりと口角を上げた。


 なんという二度手間な仕事なんでしょうか!

 とても効率的とは思えない依頼だけど、これが複雑な大人の事情のからむ社会なのかな。

 冒険者組合は、会員の冒険者たちに仕事を斡旋しなきゃいけない。国としても、集まってきたけど仕事のない冒険者たちが暴れたり、そこから犯罪に繋がっても困る。

 さらに、アームアード王国の冒険者ならいざ知らず、ヨルテニトス王国の冒険者のなかには竜の森の重要さを理解していない人もいるだろうし。

 色々な人たちの思惑と複雑な事情が絡み合い、僕にこうして依頼が来たわけか。


 獣人族の皆さん、国をおこしたりすると、こういう面倒ごとも出てくるんですからね、と講義を開いちゃいそう。


「それで、どうだ。依頼を受けてくれるか?」

「そうだね。生徒や冒険者たちが竜の森で迷ったり迷惑行為をするのは困るし、森の守護者として協力させてもらうよ!」

「それは助かる」


 キジルムは、ほっと胸を撫で下ろす。

 きっと、生徒たちの護衛の前にキジルムが受けていた依頼は、僕に仕事を受けてもらう、というものだったに違いない。


「それじゃあ、仕事内容の話し合いや日程は、また後日に……」


 キジルムは必要な手続きと説明を終えると、僕と握手を交わして応接室を出ようとした。

 そして、これまで頑なに視線を向けようとしなかった、窓の外の風景にようやく目を移す。


「それにしても、お前の家は……」

「豪邸すぎるよね。僕たちも持て余しちゃってるよ」

「いや、そんなものは些細なことにすぎない」


 キジルムは呆れたようにため息を吐く。


 応接室の窓からは、広い中庭が見渡せる。

 眩しいくらい緑に茂った芝生。手入れされた庭木。そして、ひっくり返った姿の黒竜や飛竜や地竜の姿がそこにはあった。


 リリィよ、いつの間に遊びに来たんだい。

 ああ、気のせいかな。ドゥラネルもひっくり返っています。


 庭の片隅で、スラットンが悲鳴をあげていた。

 プリシアちゃんとのアレスちゃんが楽しそうに飛び跳ね回っていた。

 大きくなったニーミアが、庭にいる竜族たちを次から次にひっくり返して回っていた。

 フィオリーナとリームがその周りを楽しそうに飛び回っている。


 いったい、なんの遊びですか……


「お前の家はこれが日常か!?」

「いやいや、黒竜のリリィはたまにしか遊びに来ないよ」

「そういう問題じゃねえよっ!」


 キジルムは疲れたように応接室から出て行く。


「ねえ、スラットンは誘ったの?」


 廊下を行くキジルムを追いかけながら、庭の片隅で絶望に暮れるスラットンへ声をかけたのか聞いてみた。


 リステアとお嫁さんたちは、現在は新婚旅行中になる。

 なんでも、シューラネル大河の手前の山間部に、幾つか湖や湿地帯があるらしい。そこに貴族の別荘地帯があるのだとか。

 リステアたちはそのなかで、王族が所有する別荘に滞在しているはずだ。

 本当は国中を周るような旅行がしたかったらしいけど、秋に僕の結婚の儀があるということで、行き先が別荘になったらしい。

 それで、スラットンとクリーシオが今度はお留守番。


 リステアとスラットンたちは、来年くらいに、勇者様ご一行でいろんな場所に冒険兼旅行に行くと計画をしているみたい。


 そしてスラットンは、ドゥラネルと訓練をするためによく僕の実家に来るようになっていた。

 きっと、今日もなにかしらの連携を確認したり交友を深める予定だったんだろうけど。

 残念だったね。今日はプリシアちゃんがどこへも遊びに行かずにいました。


「スラットンとクリーシオにも声はかけてある。あいつらはお前と違って、正式に冒険者組合に加入しているからな」


 玄関まで来ると、ちょうどクリーシオとルイセイネが会話をしていた。


「クリーシオ、こんにちは。庭でスラットンがひっくり返っているよ」

「いいのよ、そのまま埋めちゃってもらっても構わないわ」

「よし、ニーミアにお願いしてこよう」

「エルネア君、お庭に変なものを埋めるのは禁止ですよ」

「スラットンがかわいそうだ……」


 僕とルイセイネとクリーシオの会話を聞いていたキジルムが呆れていた。


「それじゃあ、依頼の件はよろしく頼む。ああ、竜族同伴だけはやめてくれよ。生徒や冒険者たちがひっくり返っちまう」

「ふっふっふっ、そう言うキジルムは耐えきれるかな?」

「おい、よせ……。俺をどこへ連れて行く気だっ!」


 僕は無職と言われた腹いせに、キジルムを中庭へと連れて行くのであった。

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