一泊して帰りました

「フォルガンヌから聞いたぞ。結婚するらしいな」

「けけけっ、うらやましいことだ」

「行きたいなー。我らも参加したいなー」


 僕は、皮剥ぎ猿種の獣人族たちに脅迫されているのでしょうか!?


 僕の恥ずかしい出来事を知っている皮剥ぎ猿種の獣人族たちは、結婚の儀の招待状が欲しいとおねだりしてきた。

 くううっ。ここで断っちゃうと、僕の恥ずかしい過去が広がっちゃう!


「もちろん、手土産なしなんて無粋なことは言わんさ」

「て、手土産ってなにかな!?」


 やっぱり、僕の過去ですか。

 口止めが手土産ですか!?


 僕の引きつる顔を見て、皮剥ぎ猿種の獣人族たちは大いに笑う。

 そして、僕は顔を真っ赤にして蹲る。


「けけけっ。違う違う。ちゃんとした手土産だよ。そうさな、まずは親交の証として、エルネアの好きな毛皮を贈ろう」

「お得な情報も付けるぞ」


 どうやら、僕の心配は杞憂きゆうだったらしい。「皮剥ぎ猿」なんてちょっと勘違いしちゃいそうな恐ろしげな名前だけど、彼らは気さくだった。

 彼らは、言葉巧みに僕を惑わせるようなことはなく、普通の親切心で毛皮を選んで持って帰れ、と勧めてくれた。


 皮剥ぎ猿種の集落は建物が無計画に建っているけど、それぞれの建物には明確な役割が与えられていた。

 住民が住む家、お客さんを迎える家、みんなで集まってご飯を食べる家。そして、交易品を扱う家や、皮を剥ぐために使う家。

 皮を剥ぐ建物は集落に隣接する小川の川べりに建っている。秋口になると、小川の水が真っ赤に染まるのだとか。

 冬の寒さを前に、獣人族たちの間で毛皮の需要が増えるからだね。


 僕は案内されて、貴重な毛皮やなめし皮を扱っている建物に来た。


「あれって、もしかして……」

「けけけっ、さすがはエルネア。目ざといな」


 建物の奥。そこだけ額縁のように区切られた壁の一画に、それは飾られていた。

 一見すると白い毛並みが美しい馬の毛皮に見えるけど、生きていた当時と変わらないであろう頭部は馬に似ていて馬じゃない。額に一本の立派な角が生えていた。


 なんだか、角が生えていると竜族に思えちゃうね。

 にわとりっぽい竜や蛇っぽい竜がいるんだから、馬のような竜族もいるんだよね。

 でも、目の前の毛皮は竜族のものではないんだよね。

 おとぎ話で聞いたような美しい体躯たいく。街中で売られている版画絵などでもよく目にする伝説の姿によく似ているし。


 あれ?

 そもそも、伝え聞いたり版画絵で目にする一角獣が本当に一角獣かなんて、考えてみるとわからないよね。

 僕も会ったことなんてないし。

 もしかして……?

 いや、深く考えちゃ駄目だ。

 これは、考えれば考えるほど深みにはまっていく思考の罠だ。


「ふうむ、一角獣の皮かぁ」

「残念ながら、あれだけは譲れない。我ら獣人族の宝だ」


 ええっと、絶対に譲る気がない物を使って、冒険者の身ぐるみを剥いだんですか……

 皮剥ぎ猿種の獣人族の口車にだけは乗らないように気をつけよう。

 全てを奪われた冒険者たちは、装備品だけでも返してもらおうと、現在は集落で獣人族たちのお手伝いをしている。

 彼らに装備品が戻って、国へ戻ることができるのはいつになるのやら。


 僕は他に気になるものはないかな、と壁に飾られている毛皮や吊るされているなめし皮を見る。


 どれがいいかなぁ。

 一角獣の毛皮以外にも、見たこともないような綺麗な毛皮やなめし皮が並んでいて、目移りしちゃう。

 あげるよ、と気安く言われたけど、だからといって高級な物を無遠慮に選ぶわけにもいかないからね。かといって安物を選んでも、目利きがないと軽んじられちゃいそう。

 これは、結構難しい問題ですよ。


 うーん、うーん、と唸りながら品定めをする。

 すると、幾つか気になるものがあった。


「この、黒いやつはなにかな?」

「けけけっ、まさかそれに目をつけるとは。それは黒大蛇くろだいじゃの皮だ」

「えっ、蛇の皮なの!?」


 最初に僕が目をつけた物は、一見するとなめらかな短毛の黒い毛皮に見えた。

 黒くつややかで美しい毛並みだよ。

 でも、蛇っていえば鱗肌うろこはだだよね?


「触ってみるといい」


 言われて、黒大蛇の皮を手にとってみる。


「うわっ、軽い。それに、手触りが気持ちいいな」

「だろう。短い毛の下は鱗だが、丁寧になめしたのだ。おかげで柔らかくなっているだろう?」

「まさか、体毛の下が鱗だとは思えないね」


 手触りはまるで、ユフィーリアやニーナが王宮で着ているような高級な毛皮だ。しかも下地が鱗肌とは思えないほど軽く滑らかで、絹布のようにふわりと折り畳まれて置かれている。

 黒大蛇の皮は何重にも折り畳まれていて、広げると結構な長さになった。

 これって、本当に鱗の皮なのかな、と信じられない感じで下地を触ってみたら、確かに規則的な並びで細かな鱗が並んでいて、それらしい感触が指先に伝わってきた。

 短毛は鱗の隙間から生えていて、見た目では鱗肌とはわからないくらい毛に覆われている。そして鱗はふにゃふにゃで、牛の皮より柔らかかった。


 これは超高級品だ。

 こんなものは貰えないよね。ということで、次に移る。


「これはなんの毛皮かな?」

「けけけっ、やはり目利きとみえる。それは鳥兎とりうさぎの毛皮だ」

「鳥兎?」

「翼の生えた兎さ。何十年かに一度、鳥兎の群が飛んでくる。その時にしか手に入らない貴重な毛皮さ」


 広げて重ね置きされている鳥兎の毛皮には、翼はついていなかった。

 翼は骨と羽しか取れないし、毛皮にしたときに邪魔にしかならないので、皮を剥ぐときに切り離しちゃうんだって。

 色は白や茶色や黒と多色で、毛並みも黒大蛇の毛皮ほどではない。

 とはいっても、その辺の毛皮よりも遥かに上質だけど。

 ひとつひとつは普通の兎くらいの大きさで、それが二十枚くらい重ねて置かれている。

 でも、数十年に一度しか狩猟しゅりょうの機会はないんだよね。ということは、これも貴重品だ。


「それなら、あっちの大きいやつは?」

「けっけっけっ。エルネアは容赦ないな。あれは竜象りゅうぞうのなめし皮だ」

「竜族なの?」

「違うな。竜族のように大きく凶暴な六本足の象だ。太く長い牙も貴重だが、現在は在庫を切らせているな。これを狩る際に、獅子種の戦士どもが大勢犠牲になったと言われている」

「言われているって、ずっと昔の物なの?」

「それは百年ほど前の物だな。鳥兎の毛皮は二十年ほど前か。黒大蛇のなめし皮も百年ほど前の物。一角獣の毛皮は、先祖がこの地に来た頃の物だと言われているな」

「うひっ」


 獣人族は物々交換で交易しているというから、並べられている品物はどれも最近取れたものか、中古だったりそこまで貴重なものではないと思っていたのに。

 これって、どれも歴史的な物ばかりじゃないか。


「竜王だからな。村で一番の品揃えの建物に連れてきた」

「交換所というよりも、博物館みたいだね」

「博物館とはなんだ?」

「歴史的な物とか貴重品を展示して、お客さんに見せるところだよ。こういうのって、交換品にせずにそうやって見せる施設を作れば、人族の観光客とかが来そうだね」

「おお、そうなのか。それは良いことを聞いた。確かに、一角獣の毛皮などは他種族に渡すわけにはいかん。だが、見せたいからなぁ」

「もしかして、自慢するために僕をここに連れてきた!?」

「いやいや、ちゃんと贈るために来た。そうだな、エルネアが選んだ三種の品物を結婚祝いとして贈ろう」

「えええっ!」


 なんとなく気になった物がどんなものなのか質問しただけだったのに。

 僕を案内してくれた皮剥ぎ猿種の獣人族は、気前よく黒大蛇の皮と鳥兎の毛皮と竜象のなめし皮を僕に差し出した。


「うれしいうれしい」


 そして、遠慮なく受け取って謎の空間に収納するアレスちゃん。


 君は鬼ですか!?


 皮剥ぎ猿種の獣人族はアレスちゃんの謎空間に驚いていたけど、僕は容赦のないアレスちゃんの行動に驚いた。


「けけけっ、次はお得な情報を教えてやろう」

「これだけで、僕はもう大満足なんだけど……」

「そう言うな。きっと役立つ情報だ」


 建物を出ながら、皮剥ぎ猿種の獣人族は言う。


「ここよりももっと東に行って、ちょっとばかり北に進むとな。あるんだよ」

「な、なにがあるのかな?」

「甘かったり、酸っぱかったり、よだれが出るような果物を作る部族がいてな。果樹園が広がっている」

「それは興味あるなぁ。でも、それがどう僕の役に立つのかな?」

「けけけっ、男はこれだから」

「えええっ、貴方も男なのにっ」

「我はもう結婚している」

「くうっ、負けた。でも、もうすぐ追いつくからね」

「子供が五人いる」

「ぐぬぬぬっ。恐れ入りました」

「孫も八人いる」

「ひいいっ」


 勝ち誇る皮剥ぎ猿種の獣人族。

 僕はひざをついて完敗を認めた。


 ではなくて!

 まだ独身で男の僕にはわからないけど、わかると役立つ情報ってなにかな?

 改めて聞くと、皮剥ぎ猿種の獣人族は教えてくれた。


「盛大に披露宴をするのだろう。我らも参加するしな! そこで重要なのは振舞われる食べ物だ。女は招待客の満足度も気にするぞ。だが、肉や酒は容易に集められても、野菜や果物を一定量集めるのは難しいだろう?」


 人族では農耕も発展しているから、探せば果樹園などもあるだろうね。だけど、自然のまま生活をする獣人族や竜人族にとっては、確かに大量の果物などをいっぺんに集めるのは難しいかもしれない。


「奴らは貴重な果物や木の実を育てて生計を立てている。きっと、披露宴に相応ふさわしいものもあるだろうさ」

「なるほど、それは確かにそうだね」


 未だに人族がほとんど踏み入っていない北の地で栽培されている果物か。たしかに貴重で目玉になるのかな。

 僕は有り難い情報に深く感謝をした。






「というわけで……」

「なにが、というわけで、なのかしら?」

「うっ」

「エルネア君、どれだけ規模を大きくしたいんですか」

「ええっとね、仕方がないんだ」

「獣人族の招待客が五倍に膨れ上がったわ」

「獣人族への感謝が五倍に膨れ上がったわ」

「どういう基準で感謝が五倍なのかな!?」

「エルネア様、擁護ようごのしようもありませんわ」

「ライラに見捨てられちゃった」

「エルネア君、それで果樹園を営んでいた栗鼠種りすしゅの獣人族にも招待を大盤振る舞いしちゃったわけね」

「アイリーさんのおっしゃる通りです……」


 竜の祭壇に戻って来た僕は、みんなにお叱りを受けた。

 正座をして、反省しています。

 みんなに相談なく話を進めちゃったからね。こうなることは予想してました。

 予想していて進める僕が問題児で、けっしてみんなは悪くない。

 だけど、お叱りをする輪のなかにアレスちゃんが混ざっているのが納得できません。

 君は進んでいろんなものを貰っていたよね。

 一心同体も同然であるアレスちゃんも、僕と一緒に正座をしなきゃいけない立場だと思うんですけど。


「たいりょうたいりょう」

「んんっとね。メイとおばあちゃんも来てくれるって。ニーミアと迎えに行くの」

「フィオとリームも呼んで、一緒に行くにゃん」


 幼女たちはとても楽しそうです。

 招待するお客さんが増えたということは、お友達もいっぱい来る、という単純な考えだからね。楽しいことばかりだろう。

 果樹園でもらってきた大きい桃を頬張りながら、きゃっきゃとはしゃいでいます。

 でも、結婚の儀の規模が大きくなると、計画する僕たちは大変だ。

 というか、犯人は僕なんだけど。


「わたくしは思うのです。最近、エルネア君はおひとりで行動しすぎです」

「そうね。ルイセイネの言う通りだわ。ひとりで行動するたびに問題を起こすし」

「ひとりで冒険はずるいわ」

「ひとりで楽しむのはずるいわ」

「せめて、わたくしだけでも……」

「ライラはさっき裏切ったからなぁ」

「はわわっ、エルネア様、私だけはエルネア様の味方ですわ」

「ライラさん?」

「ひいいっ」


 こうして、僕たちの家族には新たな決まりごとができた。

 僕はひとりで行動しない。

 必ず誰かと一緒に動くこと。


 僕は幼女たちと同じですか……

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