捜索開始

 いざ行動に移れば、僕たちは素早かった。

 その日のうちにカルネラ様の村へ到着すると、すぐにフィオリーナにお願いをして、竜峰の竜族たちに注意を促す。

 翌日には最北端の村跡へと移動して、竜人族の有志たちと合流した。


「休んでいる竜族たちを刺激しないでくださいね」

「ああ、俺たちとしても竜の安息を妨げる気はない。竜の墓所へは、細心の注意を払って入るよ」


 言わずとも、と頷く竜人族の戦士たち。


 集まったのは、四人の竜王を含む二十人ほど。

 広い竜峰。緊急事態といっても、すぐに大勢が集まれるわけじゃない。

 ここにいる人たちは、旅慣れた人や竜峰北部の村々に住んでいる戦士の人たちが中心だ。

 先遣隊も十名ほど先んじて竜の墓所に入っているということなので、三十人ほどで先ずはルガを見つけ出すことになる。


「ほかに、何か注意するようなことは?」


 筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの竜王ヤクシオンは、出発前の腹ごしらえだとお肉をかじりながら聞く。


瘴気しょうきが溜まっていたら、近づかないでね。あと、不用意に飛ぶと、老竜が怒る可能性もあるかな?」

「ほう。そうすると、移動はなかなかに厳しくなるな」

「無茶だけはしないでね。竜の墓所は他の地域よりも危険がいっぱいだから」


 いくら老竜たちの許しを得ているとはいっても、油断は禁物だ。

 ルガの暴挙に気が立っている竜はいるだろうし、魔物や魔獣が普通に跋扈ばっこしていたりするからね。


「ルガは、竜の墓所の浅い場所で老竜を襲撃しているわ。おそらく、奥に入り過ぎると危険だと彼もわかっている。だから、捜索も浅い場所を中心にお願い」


 ミストラルの指示に、集った竜人族の人たちが頷く。


「それで、お前らはどうする? 暴君の飛行能力で空から捜索するのか?」

「いいえ」


 少し離れた場所で翼を休めるレヴァリアを見ながら、ヤクシオンが聞く。

 竜人族の人たちのなかには、プリシアちゃんの頭の上で寛ぐニーミアに視線を向ける人もいた。

 そんな人たちに、僕は首を横に振って応える。


「僕たちは、二手に分かれて待機します。レヴァリアは、ライラ、ミストラルとここで。ニーミアを中心とする僕とルイセイネとユフィとニーナ、それとプリシアちゃんは、禁領と呼ばれる竜峰の西にある地域で待機します」


 これは、効率と防衛策を考えての配置だ。

 レヴァリアやニーミアが空を飛ぶと、どうしても目立ってしまう。

 もしも僕がルガなら、危険な竜が空を飛んでいたら絶対に隠れるよね。

 元気な竜族と正々堂々な戦いをしたくないから、老竜を襲っているわけだし。


 そうすると、レヴァリアとニーミアは不用意に動かすことはできない。

 ということで、強襲部隊の編成を考えたんだ。


 まず、竜人族の人たちにはなるべく少人数に分かれてもらい、広い範囲でルガを捜索してもらう。

 ルガのことを知り、それでも集まってくれた人たちだ。腕に自信のある者ばかりで間違いない。

 ただし、バルトノワールや仲間の動きが不明なので、油断できない。

 なので、ルガかバルトノワールたちを見つけたら、合図を送ってもらう。

 空に竜術を放ってくれてもいいし、どこかで竜気が膨れ上がれば、僕たちなら気づけるからね。


 そして、僕たちは合図のあった場所にレヴァリアとニーミアで強襲するわけです。


「レヴァリアには、竜峰北部に面した竜の墓所と、念のために東部方面を。ニーミアは、禁領に接する西部を見てもらう予定だよ」


 飛行能力は、どうしても古代種の竜族であるニーミアの方が優れている。

 なので、禁領に待機するニーミアだけど、いざとなれば竜峰東部や他の広範囲にだってひとっ飛びだ。


 僕の説明にレヴァリアはちょっとだけ不満そうに鼻を鳴らしたけど、ニーミアの力を知っているから、異論を唱えることはなかった。


「それにしても、その禁領とやらで待機する戦力が偏っていないか? 竜姫と暴君の実力を疑うわけではないが、もう数人、こちらに回しては?」

「ええっとね、それにも理由があるんだ」


 僕たちは、ルガだけじゃなくてバルトノワールとその仲間にも気を向けなきゃいけない。

 そのなかで、特に注意すべき人物。

 それは、転移の術を使えるという禁領に現れた耳長族の女性だ。

 前回は、アーダさんに退しりぞけられて随分な負傷を負ったようだけど、仲間であるはずのルガが動いている以上、同調してまた禁領へ侵入してくるかもしれないからね。


 禁領では、セフィーナさんが修行をしている。オズも鏡を作るために滞在しているし。そこに危険が迫っては、おちおちルガの対応もしていられない。

 一応、元八大竜王でミストラルとも互角に戦えるジルドさんが見守ってくれているはずだけど、相手は賢者級の精霊術を使う耳長族らしいからね。


「そういうわけで、禁領の守りとしてプリシアちゃんに頑張ってもらいます。ユンユンとリンリンと協力して、頑張ってね」

「んんっと、任せてね!」

『次は遅れを取らぬ』

『倍返しよ!』


 竜人族の人たちには、ユンユンとリンリンの声は聞こえない。

 だけど、周囲の自然がざわついたことは敏感に感じ取っていた。


 竜王の都に現れたライゼンという魔族の動きも気になるけど、あっちはメドゥリアさんに少しだけ頑張ってもらおう。

 もちろん、危険になれば即座に救援へ向かうけど、今は誰かを常駐で送れる余裕はない。

 余剰戦力としてリリィもいるし、切羽詰まってはいないと思う。

 なので、先ずは目に見えている問題を最優先にしている。


「ルイセイネには、巫女として傷ついた人や老竜の癒し手を担ってもらう予定だよ。なので、負傷した老竜がいたら、西へ来てね、と伝えて欲しいんだ」

「回復の術か。巫女とやらは、竜人族ではなれんのか? なれるのであれば、覚えさせると役に立ちそうだ」

「あらあらまあまあ、法術に興味がお有りでしょうか。それでは、神殿宗教にご入信していただかなくてはいけませんね。信神なき者には、法術は扱えませんので」

「竜神様じゃなくて、創造の女神様をあがめないといけないんだよ」

「ほうほう」


 ヤクシオンは、柔軟な思考をしているね。僕たちの話に、興味深く頷くヤクシオン。

 この様子だと、近いうちに竜人族の誰かへ話を持っていき、本当に入信させそうな気がするよ。


「ちなみにだが。法術は人族でなくとも使えるようになるのか?」

「はい。世界各地では、人族だけでなく魔族や神族の巫女もいると聞きます。彼女らは、正しく法術を使うことができますよ。あっ。ただし、法術を覚えられるのは女性だけですからね?」

「そうなのか、それは残念だ」

「ヤクシオンが覚える気だったのか!」


 考えが柔軟すぎますよっ。

 ヤクシオンの相槌あいづちに、僕だけじゃなくて集まったみんなが驚いていた。


「よし、巫女の話は次回だ。では、そろそろ動くとしようか」


 僕の作戦を確認した竜人族の人たちは、武器と荷物を背負い直すと、いよいよ竜の墓所へ踏み入った。


 どうやら、竜王のスレーニー、ジュラ、ヤクシオン、ベリーグは個別に動くらしい。その他の竜人族の人たちは、二人一組になって捜索するみたいだね。


 ちなみに、元竜王のガーシャークさんは後方支援ということで、近くの村に待機してくれるらしい。

 遅れて捜索に参加してくれる人をまとめてくれたり、物資を整理してくれる。


「よし。それじゃあ、僕たちも行こうか!」


 ニーミアを促すと、大きくなってくれた。

 僕とルイセイネ、ユフィーリアとニーナ、それとプリシアちゃんが飛び乗る。


「ミストラル、ライラ、気をつけてね!」

「あなた達も、油断しないように。ルガは過去にウォルが相手をしたほどの戦士よ。きっと、今は昔以上に強いはずだわ」

「エルネア様、行ってらっしゃいませ!」


 レヴァリアにもしばしの別れを告げると、僕たちは禁領へ向けて飛び立った。






 その日の夕方。僕たちは禁領の近くまで移動してきていた。

 だけど、竜峰の西端を飛んでいたニーミアが、突然高度を落とし始めた。


「どうしたの?」

「発見にゃん!」

「ななな!」


 なんという早さで目標を見つけたのでしょう。

 身構える僕たちを乗せて、ニーミアは山の麓に降り立つ。

 僕たちはすぐさま武器を構えて、慎重にニーミアの背中から降りた。


「あら、久しぶりじゃない?」

「あっ!」


 でも、地上で待ち受けていた人物は、僕たちが予想していた者ではなかった。


「アイリーさん、こんなところでどうしたの!?」


 僕たちを下ろしたニーミアの鼻を撫でるのは、竜の祭壇に住む竜人族のアイリーさんだった。

 アイリーさんは、なにを言っているのやら、という表情で逆に聞き返してくる。


「貴方たちこそ、こうしてやって来たということは、不届き者をこららしめるためでしょう?」

「はい。アイリーさんの遣いという老飛竜から話を聞いて」


 挨拶もそこそこに、お互いの状況を確認し合う。

 どうやら、アイリーさんも竜の墓所を移動しながら、ルガを探していたらしい。


「それで、一度山を降りてみようと思ったのだけれど」


 言って、アイリーさんは禁領の方角を見つめた。


「なんだか、あっちには不用意に行かない方がいい予感がして。そういえば、昔からこの先の平地には竜族も立ち入らなかったわね、と思い出しちゃったのよ」

「この先からは禁領と呼ばれる特殊な土地なんです。千手せんじゅ蜘蛛くもの縄張りにもなっているので、アイリーさんの予感は正解ですよ」


 さすがはアイリーさんだ。危険察知の能力にも優れているね。


「でも、僕たちと一緒なら大丈夫ですよ」

「あら、それはとても不思議なことね」


 もうひとり、禁領へ入れる人を増やしましょう。

 僕は、アイリーさんを誘う。

 アイリーさんも少し休みたいということで、喜んでニーミアの背中に移動した。


「テルルちゃんが襲ってきたら、全力で逃げるにゃん?」

「大丈夫だよ!」


 僕の太鼓判たいこばんに、ニーミアは元気よく禁領へ入った。


 アイリーさんは、僕の師匠のひとりでもある。

 そして、どの竜人族よりも長い間、竜峰のことを見守ってきた人だ。

 僕たちはアイリーさんを信頼しているし、だから禁領へ誘っても問題ないと確信している。


 アイリーさんは、最初こそ警戒したように周囲の景色を見下ろしていたけど、なにも異変はないと確認したのか、ほっと気を緩めた。

 そして、前方に見えてきたお屋敷を見て、大仰にため息を吐く。


「さすがはジルド坊の後継者ね。常識というものを知らないわ」

「いやいや、あれは僕の意思で建てられたものじゃないですからね?」


 あれは、伝説の大工さんの仕業です。と経緯を話すと、またため息を吐かれた。


「魔王が融通ゆうずうを利かせるなんて、余計に常軌じょうきしているじゃない。はああ、地道に不届き者を探しているのが馬鹿みたいに思えてきちゃったわ。エルネア君、あとはお任せするわね?」

「駄目です! 竜の墓所の守護者として、頑張ってくださいよっ! その代わり、きちんとお礼をしますから」


 どんなお礼をしてくれるのかしら、と期待するアイリーさんに、僕はとっておきのお礼を前払いする。


「なっ!?」

「あら、ジルドぼう


 お屋敷に到着した僕は、セフィーナさんの修行を見ていたジルドさんを、アイリーさんに差し出した!


「ふふふ、素敵なお礼をありがとうね。エルネア君」

「気に入ってもらえました?」

「それは、もう」


 アイリーさんの姿を確認したジルドさんが、逃げようとした。それをアイリーさんが素早く捕縛し、満足そうな笑みを浮かべる。


「今夜は寝かさないわよ?」

「エルネア君、なんという奴を連れてきたんじゃ!」

「禁領の近くで会ったんですよ。ジルドさん、アイリーさんの相手をお願いしますね?」


 僕のお願いに、ジルドさんは心底面倒そうに肩を落としていた。

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