セフィーナさんの近況報告

 さて、お屋敷に戻ってきたので、ひと息つきたいところなんだけど。まだやっておくべきことが残っている。

 僕は、アレスちゃんと遊ぶプリシアちゃんを捕まえて、お願いをする。


「プリシアちゃん、アレスちゃんとユンユンとリンリンと協力して、禁領の見張りをお願いできるかな?」

「おまかせだよ!」


 プリシアちゃんは大きな瞳をきゅっと閉じて集中すると、精霊術を使う。すると、ユンユンとリンリンへ精霊力が送られる。精霊力を受け取ったユンユンとリンリンは、姿を消したままどこかへと飛んでいった。


「けいかいけいかい」


 アレスちゃんも、霊樹の精霊として下位の精霊たちにお願いをする。こっちは、身振り手振りの可愛い動作だ。

 霊樹の精霊にき寄せられて集まった周囲の精霊さんたちも、好意的に協力してくれる意思を見せてくれた。


 先ずは、精霊たちによる広範囲の警戒だ。

 それぞれ、別の方角へと飛んでいったユンユンとリンリン。

 彼女たちは遠くに移動すると、プリシアちゃんから受け取った精霊力をその場の精霊たちへ分け与える。それで、こちらの警戒に協力してもらうんだ。


 精霊使いから分け与えられる精霊力は、精霊たちにとってご馳走ちそうのようなもの。

 ご褒美をあげるから協力してね。という、僕がアイリーさんに使った手段と一緒だね。

 使役下に置くわけじゃないから、絶対服従や主従関係にはならない。なので、耳長族の女性が密かに使役しちゃうと意味がないんだけど。


『そこからは、我とリンの役目だ』


 影響下にある精霊たちに怪しい動きがあれば、賢者であるユンユンとリンリンなら察知できるらしい。

 なんとも頼りになるユンユンの言葉に、僕たちは全幅の信頼を寄せている。


 これにより、ユンユンとリンリン、そしてプリシアちゃんの精霊力を分けてもらった精霊たちによって、遠い場所の警戒網は敷けた。


 そして、お屋敷周辺の警戒はアレスちゃんが担当だ。

 霊樹の精霊であるアレスちゃんのお願いは、精霊使いの使役並みに強い影響力があるみたい。

 なので、近場の警戒も安心できるね。


 そして、僕たちはやるべきことを終えたあとに、ようやくセフィーナさんへ挨拶をした。


 ひとり取り残された感じだったけど、そこはセフィーナさんだ。落ち着いた様子で僕たちのやり取りを見つめながら、こちらが落ち着くまでじっと待ってくれていた。


「次は、オズが鏡を完成させる頃に来ると聞いていたけど?」

「うん。その予定だったんだけどね」


 僕は、セフィーナさんに状況を説明する。


「ルガ、という竜人族ね。それと、前に襲撃してきた者も動く可能性があるのはわかったわ」

「うん。セフィーナさんたちは、大丈夫だった?」

「それは、もう。ジルド様に過保護に見守られているから」

「エルネア君、もう少し儂をねぎらっても良いのだぞ?」


 ジルドさんは、アイリーさんに押し倒されながら僕に言う。なので、笑顔で応える。


「だから、滅多に会えない人を連れてきたじゃないですか」

「アイリーだけは勘弁じゃっ」


 ジルドさんの悲鳴に、僕たちは笑う。

 だけど、セフィーナさんだけは驚いていた。


「ジルド様がああも易々と組み倒されるなんて。私なんて、ジルド様に手も足も出ないのに」

「そりゃあね。ジルドさんにとって、アイリーさんは天敵のようなものだから」


 ジルドさんの若い頃を知っている、数少ない者だ。

 奥さんとのめとか、弱みをいっぱい握っているだろうしね。


「セフィーナ、修行の成果を見てあげるわ」

「セフィーナ、実力を図ってあげるわ」


 すると、ユフィーリアとニーナが竜奉剣を構えて、セフィーナさんと対峙した。

 でも、そこへ双子の宿敵が迫る。


「ユフィさん、ニーナさん、なにをなさっているのです。夕食の準備を手伝ってくださいね」

「しまったわ、ルイセイネから逃げる口実が」

「しまったわ、家事から逃げる口実が」


 どうやら、なまけるつもりでセフィーナさんに声をかけたらしい。

 きっと、家事よりも妹を弄んでいた方が楽しいという考えだよね。

 だけど、そうは問屋が卸しません。いやいやと拒絶するユフィーリアとニーナを引っ立てて、ルイセイネはお屋敷のなかに入っていった。


「良かったわ。姉様たちの相手なんて、実力があってもしていられないもの」


 脅威が去って、ほっと胸を撫で下ろすセフィーナさん。


「セフィーナさんの方は、修行は順調に進んでる?」


 プリシアちゃんは、役目を終えてアレスちゃんと遊んでいる。

 ジルドさんは、アイリーさんに連れていかれてしまった。

 それで、夕食までにはまだ余裕もあるし、とセフィーナさんと二人で中庭の湖畔こはんを散歩しながら近況を聞く。


「ジルド様に師事して、これまでの価値観が大きく変わったように思えるわ」

「ほうほう?」


 気のせいかな?

 水辺を歩くセフィーナさんの動きが、昔と比べて柔らかいように感じる。

 それでも、ひとつひとつの動きが綺麗で格好良いんだけどね。


「最初に、無い物ねだりは止めなさい、としかられたわ」

「どういうこと?」

「私は、アームアード王国の王族という特殊な家系のおかげで、竜気を扱うことができるわ。でも、竜人族ではないから、それはほんの微々たるものでしかない」


 僕もセフィーナさんと同じだ。

 スレイグスタ老のもとで修行をしたおかげで、竜気を自在に操り、いろんな竜術を使えるようになった。だけど、僕自身が内包する竜力は大きくない。

 あくまでも僕の力のみなとの大半は、竜宝玉と竜脈からのものだ。


「私は、強くなりたいと小さい頃から思っていたわ。勇者の資質は残念ながらなかったけれど、人のため、国のために力を持ちたいと思って努力してきたの。だけど、私の竜力はユフィ姉様に及ばないし、竜気の錬成もニーナ姉様ほどではない。何を取っても、中途半端なのよね。あっ。でも、セリースよりはまともよ?」


 妹にだけは負けないわ、と闊達かったつに笑うセフィーナさん。

 そして笑いながら、自分のことを冷静に話す。


「最初は、エルネア君が良い目標だったわ。王族の血を継いでいないのに、竜人族や竜族からも尊敬されるような竜王になった。だから、私も修行を怠らなければ、きっと高みへと昇れる、と信じていたわ」


 でもね、とセフィーナさんは僕を見る。


「ジルド様に、目標への歩み方を間違えている、と叱られたの。私は特別な存在ではないのだから、どれだけ努力してもエルネア君のような竜力は手に入らない。どれだけ鍛錬たんれんを重ねても、姉様たちのような強力な竜術は使えない。それどころか、私は人族なのだから、魔族にさえ手も足も出ない弱い存在でしかないのだ、と認識するようにさとされたわ」


 きっと、本気のセフィーナさんであれば、下級魔族を圧倒できるくらいの実力はあるんだと思う。だけど、いくら下級魔族を倒せても意味がない、ということかな?


 僕たちの言う「下級魔族」とは、人族の社会で言えば「一般人」というくくりになるのかもしれない。

 だけど、軍属の兵士や戦闘職に身を置く魔族、つまり「中級魔族」以上は、下級魔族とは比べられないほど強い。

 僕だって、本気を出さなきゃ上級魔族には歯が立たないしね。


 ジルドさんは、セフィーナさんに「いくら下級魔族を倒せる力があっても、その上に手も足も出ない程度なら意味がない」と伝えたんだと思う。


「それじゃあ、諦めて帰る?」


 躊躇ためらいがちに僕が聞くと、しかしセフィーナさんは笑顔で首を横に振った。


「まさか。私は、認識を改めさせられただけで、諦めてはいないわ。それに、弱者なりの戦い方を教えてもらっているしね」

「ほうほう!」


 とても興味があります。

 いったい、セフィーナさんはどんな修行をしているのかな?

 興味本位で聞いてみると、セフィーナさんはとても楽しそうな表情を見せた。


「二つ、戦い方を教えてもらっているわ。ひとつは、負けない戦い方。もうひとつは……。これは、まだ秘密にしておくわ」

「えええっ、そんな風に言われると、すごく気になるよ? せめて、負けない戦い方っていうのを教えてほしいな?」


 僕たちだって、負けない戦い方を模索している最中だ。ジルドさんがセフィーナさんに負けない方法を伝授しているのなら、知りたいよね。

 セフィーナさんにすがりついて聞く。すると、意外にもあっさりと教えてくれた。


流水りゅうすいの動き、というものを習っているわ。水のように、時に優しく、時に激しく、というやつね。ほら、あのアーダさんが使っていたでしょう?」


 そういえばジルドさんも、水の流れのような緩急かんきゅうをつけた戦い方をするんだよね。

 前にミストラルと手合わせしたときに見たっけ。

 アーダさんも、ルイセイネたちと手合わせをしたときにそういう動きをしていたことを思い出す。


「要は、いかに相手の力を上手く受け流すか、という感じかしら?」

「なるほど。それで、セフィーナさんの動きが前と比べて柔らかくなったように感じたんだね」

「あら、そうなの?」

「うん、随分と印象が変わったような気がするよ?」

「そうなら、嬉しいわ」


 前のセフィーナさんは、ひとつひとつの所作しょさがはっきりとしていて、それが美しく格好良いと感じていた。でも今は、すべての動きが流れるように繋がっている。

 今は戦闘状態ではないから、緩やかな水の流れってことだね。


「水の流れかぁ。僕も竜剣舞の流れは気にしているけど、あれは数え切れないくらいある細かい型を自在に組み合わせて繋げる流れなんだよね」

「流水の型には、決まった技や動きはないわ。状況に合わせて、変幻自在に動く必要があるみたい。身体が柔らかくないと難しいみたいで、柔軟体操が大変だわ」

「うわぁ、僕も柔軟体操は苦手だよ」


 くねくねと動くセフィーナさんを想像して、くすりと笑ってしまった。すると、セフィーナさんは不思議そうに僕を見つめた。


「ええっと、それで。もうひとつの戦い方は?」

「それは秘密って、さっき言ったわよ?」

「ぐぬぬ、覚えていたんだね。話の流れで教えてくれると思ったのに。でも、なんとなくだけど、もうひとつの戦い方は想像がつくよ。いくら流水の動きを極めたって、戦いに勝てなきゃ意味がないと思うから。きっと、超必殺技とかを伝授されてるんじゃないかな、と予想します!」

「ふふふ。いつかエルネア君のお供ができたときに披露するわ。だから、楽しみにしていてほしいな。そして、見捨てないでいろんなところに連れて行ってほしいわ?」

「それは、ユフィとニーナに相談しなきゃね!」

「ああっ、姉様たちに相談したら、絶対に駄目っていわれるじゃない!」


 お願いだから、二人だけで行きましょう。なんてライラみたいなことを言うセフィーナさんの顔は、とても充実した表情だった。

 これは、ジルドさんのもとでしっかりと修行を重ねている証拠だね。

 僕は、セフィーナさんが禁領でしっかりとやっていけていることを知り、安心する。


「エルネア君、セフィーナさん。ごはんですよーっ」


 話し込んでいたら、随分と時間が経っていたみたい。

 遠くから、ルイセイネが手を振って僕たちを呼んでいる。


「それじゃあ、戻ろうか。ところでオズは?」


 ここに来てから、さっぱり姿を見ていないオズだけど、もう日暮れだ。

 霊山の山頂の泉で鏡になる石をみがいているのは知っているけど、夜はどうするんだろう?

 聞くと、セフィーナさんが教えてくれた。


「オズは、鏡が完成するまでは霊山の山頂で寝泊まりするみたいだわ。食事は、私が毎日運んでいるの。これも良い修行になるわ」


 お屋敷から霊山の山頂までは距離も結構あるけど、なによりも立ちはだかる自然が脅威なんだよね。

 魔獣や魔物が普通に現れるので、油断していると大変なことになっちゃう。


「最初は、ジルド様に付き添われながらやっと移動していたのだけど。今ではひとりでも往復できるようになれたわ」

「それはすごい!」


 禁領で自由に行動できるようになったら、竜峰でも活動できると思うよ。なんて話しながら、僕とセフィーナさんは来た道を戻る。

 途中でアレスちゃんとプリシアちゃんを回収すると、温かいご飯が待っている部屋へと入った。

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