ルガ・ドワン

 瞑想をする僕の周りは、相変わらずの賑やかさだ。


 プリシアちゃんとアレスちゃんとニーミアは、まだ春先だというのに中庭の湖の水辺で楽しそうに遊んでいる。

 ユフィーリアとニーナは、セフィーナさんを相手に修行をしているね。……いや、あれは修行なのだろうか。


 逃げるセフィーナさんを、ユフィーリアとニーナが悪魔のように追いかけています。

 だけど、セフィーナさんは流れるような動きで、二人の姉の魔手を上手く回避している。

 修行の成果が早速発揮されているみたいだね。


「ルイセイネはっと……」


 意識を広げると、彼女の気配はお屋敷のなかにあった。

 お屋敷には、清潔せいけつさを保つ魔法がかけられているんだけど。それはあくまでも利用していない部屋などに対して、というもので、普段使いしている場所は普通に汚れたり散らかっちゃう。


 まあ、ひと晩使ってぐちゃぐちゃになった寝具が、次の夜には勝手に綺麗になってる、なんて現象が起きたら、流石に不気味だよね。


 というわけで、ルイセイネは利用した場所のお掃除をしているんだろうね。


「お掃除は苦手にゃん」


 坐禅ざぜんをする僕の前を飛び去っていったニーミアが、そんなことを言っていた。

 僕だって、お掃除は苦手だよ。

 僕だけじゃない。プリシアちゃんもユフィーリアもニーナも、みんな苦手です。


「ルイセイネ、ごめんね」


 ここにミストラルがいたら、みんなで怒られて、全員でお掃除になっていたんだろうけど。

 許して!

 少なくとも僕は、やらなきゃいけないことがあるんだ!


 瞑想をしていると、意識は竜脈に乗って遠くまで広がっていく。

 僕の意識はお屋敷を越えて、東に見える竜峰へと到達する。


 禁領の東に面する竜峰の山々は、竜の墓所と呼ばれる地域だ。

 その竜の墓所では、ルガ・ドワンという竜人族が暴れ回っている。

 そして、老竜を襲うルガを追い、竜人族の有志が捜索に出ていた。


 お屋敷のなかに気配を感じないアイリーさんも、朝からまた竜峰に入っている。

 ちなみに、昨夜から散々アイリーさんの相手をさせられたジルドさんは、まだ布団のなかだ。朝のうちに様子を見に行ったら、二日酔いで苦しんでいた。


 僕の意識は、竜峰の浅い位置でルガや老竜を探すアイリーさんを通り過ぎ、さらに遠くへと広がっていく。

 ここまで広げちゃうと、細かな気配の動きまでは感じられない。だけど、なにかしらの異変、竜気の急激な膨れ上がりや、竜脈を汲み取るような気配は感じ取れる。


 ずっと前のこと。

 スレイグスタ老と出逢い、ミストラルと初対面をして間もないころ。

 僕が古代遺跡で危険に陥ったときに、スレイグスタ老が竜脈を通して感知し、ミストラルを救援に送ってくれたよね。

 それが今では、僕が竜脈を監視して異変を探っているなんて。ほんの数年でこうも人生が変わるものなのか、なんて改めて思い返しながら、瞑想を続ける。






 そして、それは唐突に起きた。


「ニーミア、出発の準備を!」


 南方。禁領に面した、竜の墓所と竜峰の北部が重なり合う付近で突然、竜気が爆発する気配を探知した。次いで、竜脈が乱れる。

 おそらく、誰かが竜脈から荒々しく力を汲み取っている。そしてそれは、なにかしらの戦闘が起きている信号に違いない!


 僕の号令に、全員が素早く動く。

 ニーミアが大きくなると、ユフィーリアとニーナが飛び乗る。ルイセイネも外の騒がしさを敏感に察知すると、薙刀なぎなたを手に駆け出してきた。


「ジルドさん、プリシアちゃんをお願いします!」

「んんっと、お留守番は任せてね」

「気をつけて行ってきなさい」


 僕は、ルイセイネと同時にお屋敷から飛び出してきたジルドさんに、プリシアちゃんを預けた。


 プリシアちゃんは、禁領の警戒を続けてもらわなきゃいけない。なので、お留守番だ。

 もしも耳長族の女性がルガに呼応して襲撃してきた場合、ユンユンとリンリンを補佐するためにプリシアちゃんが必要になるからね。


「エルネア君、私も連れて行ってほしいのだけれど?」

「セフィーナさん」


 すると、ニーミアの背中に飛び乗った僕たちを見上げて、セフィーナさんが申し出てきた。


「セフィーナ、貴女はまだ修行をしていなさい」

「セフィーナ、貴女はまだここに残っていなさい」


 そこへ、ぴしゃりと言い放つ双子の姉たち。

 だけど、セフィーナさんは二人の姉ではなく僕を見つめ、もう一度懇願した。


 さて、どうしたものか。

 セフィーナさんは修行を積んで、前よりも強くなっているとは思うんだよね。

 だけど……


 一瞬、迷いを見せる僕。

 そこに、ジルドさんが優しく声をかけた。


「エルネア君、セフィーナさんを連れて行ってあげなさい。戦力になる、ならない、は別として。君らが背負う物事を身近で感じさせてあげてほしい、と儂は思うのじゃ。ほれ、ここに残しておいても、耳長族の襲撃があるかもしれんのじゃろう? ならば、エルネア君たちのそばの方が安心だと思うのじゃ」


 プリシアちゃんひとりくらいなら儂でも護れる。というジルドさんの言葉を受けて、僕はセフィーナさんに手を伸ばした。


「セフィーナさん、一緒に行きましょう。それと、ジルドさん。こっちに異変があったら、知らせてくださいね?」

「もちろんじゃ。時間稼ぎをしつつ、エルネア君たちの救援を待つことにするよ」


 歴戦の戦士が時間稼ぎをする、というのなら、きっとどんなに長い時間でも稼ぐんだろうね。ジルドさんは、引退しているとはいっても、それだけの実力がある。


 僕たちは、禁領のことはジルドさんたちに任せて、竜気が爆発した地点へ急行することにした。

 方角さえ示せば、あとは古代種の竜族であるニーミアが感知してくれる。

 ニーミアは、眼下の景色が線状に流れるほどの速度で飛ぶ。

 そして、荒ぶる地へと瞬く間にたどり着いた。






「先に僕が出るよ!」


 高度を下げ、樹々の天辺すれすれを飛行するニーミア。

 空間跳躍を使い、僕が先行して地上に降りる。

 地上では、今まさに激しい戦いが繰り広げられていた。

 だけど、僕が降り立った地上は、かなり混沌とした状況になっていた。


 人竜化じんりゅうかした竜人族が、激しくぶつかり合っている。

 ひとりは巨躯きょくの男で、太い長槍ながやりを振り回しながら暴れている。もうひとりも大柄な男性で、こちらには見覚えがあった。

 最北端の村跡で見かけた竜人族の戦士だ。

 ということは、太い長槍を振るう巨躯の男が、ルガだろうか。


 巨躯の男が長槍を振るう。大柄な竜人族の戦士は肉厚の両手斧りょうておのしのぐけど、あまりの威力にたたらを踏む。

 よく見れば、竜人族の戦士は全身を負傷させていた。

 どうも、巨躯の男が一方的に攻め込んでいるようだ。


 僕は白剣と霊樹の木刀を抜き放つ。

 だけど、素直にルガらしき巨躯の男へ相対するのではなく、もう一方の騒ぎに意識を向けた。


「おい、いい加減に落ち着いてくれ。俺たちは助けに来たんだよっ!」


 もうひとり、人竜化した男性が向き合って声をかけている相手は、年老いた地竜だった。

 地竜は胴や首から大量に血を流し、怒り狂っていた。


『人どもめ。小癪こしゃくな手段で我を襲うとは! 許さぬぞっ』


 ルガと竜人族の戦士の戦いよりも、こっちの方がよっぽど危ない。

 地竜は、誰彼構わず土石流どせきりゅう息吹いぶきを放つ。


 地竜の口から放たれた竜気が大地に触れると、岩や土砂を巻き上げて広範囲に波となって押し寄せた。

 僕だけじゃなく、ルガたちも慌てて回避する。


 ばんばんっ、と鱗の剥げかかった太い尻尾を打ち鳴らす。

 すると今度は、地面が液状化して回避した僕たちの足もとを襲う。

 まれば、底なし沼に取り込まれて、あっという間に深い地面のなかだ。

 僕は空間跳躍で逃げる。竜人族の戦士たちもそれぞれの方法でかわす。


「おい、落ち着け。俺たちは味方だぞ!」


 地竜に向き合う竜人族の戦士は、暴れる地竜を必死に押さえながら呼びかける。だけど、地竜は応える様子を見せない。

 年老いた地竜は、不意打ちで傷つけられて暴走状態だ。


「エルネア君!」

「よしきた!」


 僕とは違い、安全な場所に降りたルイセイネたちが集まって来たのを確認すると、僕は霊樹の木刀を振るう。それと同時に、事前に同化していたアレスちゃんを通して、霊樹の術を発動させた。


 土石流に巻き込まれなかった樹々が枝やつたを伸ばし、地竜の全身に巻きつく。


『ぐぬぬ、この程度で我を縛れると思うたか!』


 と言う地竜だけど、動きを封じられてしまう。

 なにせ、僕の竜気を受け取って強化された枝や蔦だからね。ちょっとやそっとのことでは振りほどけないよ。

 だけど、そこは流石の竜族だ。


 みしみし、ぎしぎし、と枝や蔦からきしみ音があがる。

 長くは保たないかもしれない。

 とはいえ、少しでも地竜の動きがにぶれば、こちらの予定通りだ。


「ルイセイネ!」

「はいっ!」


 僕の合図に、ルイセイネが地竜の背中に飛び乗った。

 そして、回復の法術を地竜に施す。


「ねえ、聞いて。僕たちは敵じゃないよ? ほら、巫女様が傷を癒してくれているでしょう?」


 柔らかい緑の輝きに包まれる地竜。

 ちっ、と巨躯の男が露骨な舌打ちをした。


「ほら、怖くないわ。だから大人しくなさい」

「ほら、恐ろしくないわ。だからいい子になさい」


 ユフィーリアとニーナが、なにやら怪しげな竜術を使っています。

 地竜の眼前で竜奉剣を交える二人。それを睨んでいた地竜が、目を回したように身体をふらつかせた。


「さあ、落ち着いて。英明えいめいなる竜族なのでしょう? なら、誰が敵で誰が味方なのかわかりますよね?」

『ぐぬぬ、力が抜けていく。そして、傷の痛みが……』


 優しく地竜を撫でるセフィーナさん。

 地竜は、ずしん、と巨大な胴を地面につけて伏した。


 なにこれ!?

 たわいなく、竜族を懐柔かいじゅうしちゃった!

 おそるべし、王族三姉妹。それと、ルイセイネ。


 とはいえ、これで地竜の方は大丈夫なはずだ。

 僕は改めて、長槍を振り回す巨躯の男に向き直る。


「貴方が、ルガだね?」

「俺を知っている? そういう人族の貴様は……。そうか、貴様が人族の竜王か!」


 ぎらり、と瞳を凶暴に輝かせるルガ。


「八大竜王ウォルから、卑怯な手口は聞いているよ。絶対に許さないからね!」

「ふはははっ、人族ごときが、俺を許さないだと? 丁度いい。貴様を殺し、俺の実力を知らしめてやるっ!」


 間合いに踏み込んだ竜人族の戦士を長槍の一撃で吹き飛ばすと、ルガは猛然と僕に向かって突進してきた。


 衝撃波が発生しそうな勢いの突きを、霊樹の木刀で薙ぎ払う。そうしながら身体を回転させ、白剣を横薙ぎに振るう。

 ルガは竜化した足の鋭い爪で大地を掴み、刺突の衝撃で流れる身体を踏み留める。そして、僕の竜剣舞を真正面から受けた。


 白剣がきらめく。

 ルガは、竜殺し属性が付与されている白剣の危険性を敏感に察知したのか、身体を逸らして避ける。

 白剣のきっさきは、ルガの分厚い胸を覆う鱗を浅く斬り裂いた。


 反撃とばかりに、長槍を振り回すルガ。

 僕は姿勢を落としながら、霊樹の木刀で受け流す。

 そして、一度落ちた重心を跳ね上げるように蹴りを繰り出す。


 人族の単純な蹴り。そうルガは判断したのか、左腕で受ける。

 ごうんっ、と鈍い音が響き、ルガが苦悶くもんの表情を浮かべた。

 鱗が露わになった太い腕に巻かれていた赤い布が、蹴りの衝撃で解けた。


「くそがぁっ!!」


 思わぬ激痛で頭に血が上ったのか、怒りに咆哮をあげるルガ。


「人族ごときがぁっ!」


 ルガは目を充血させ、右手で長槍を振り下ろす。


「っ!」


 迫る長槍の先端が幾つもの竜の牙となり、襲いかかる。


 これは、受けちゃいけない技だ!


 僕は空間跳躍を発動し、ルガから距離を取る。

 僕を仕留め損なったルガの凶撃は、大地に無数の深い穴を穿うがった。


 真正面から受けていたら、僕の身体は穴だらけになっていたに違いない。

 とはいえ、避けられないわけでもない。


 僕は跳躍すると、もう一度ルガに迫る。

 そして、白剣の一撃から始まる竜剣舞へ誘う。


 ルガは鬼の形相で、僕と刃を交えた。

 怒りが伝わってくる。

 なぜ、人族である僕が竜王なのだと、繰り出される攻撃のひとつひとつに憎しみが乗っている。

 でも、僕は気圧けおされることはない。

 僕は誇りある道を進み、竜人族や竜族に認められるような竜王になったんだ。

 卑怯な手口で老竜を襲うルガに怒りをぶつけられようと、憎まれようと、臆することはない。


 そして、竜人族としての誇りを持たないルガに負けることなんて、絶対にない!


 竜剣舞がいよいよ本領を発揮しだす。

 拡散させていた竜気が、ルガを起点に収束し始めた。


「ぐあっ、なんだ!?」


 周囲の異変にようやく気付いたルガが、驚愕きょうがくに瞳を開く。

 でも、もう遅い!


 渦を巻いて収束する竜気の嵐が、逃げようと動くルガの動きを封じる。

 僕は間合いを取ると、霊樹の木刀を上段から振り下ろす。

 僕の動きに呼応し、上空で収束していた竜気が大鎌おおがまとなってルガへと落ちてきた!


 頭上から迫る致死の気配に、ルガは絶望の表情を見せる。

 そして、全てを斬り裂く大鎌の先端が、ルガに命中した。


 と思った直前!


 ぎぃんっ、と大気が激しく震動し、僕の放った竜気の大鎌が砕かれた。


「やれやれ。危機一髪、というところかな? いや、エルネア君がもしもルガを殺す気満々だったのなら、防げなかったかねぇ。あれか。ルガを捕らえてこちらのことを聞き出すつもりだったかな? それとも、罪滅ぼしをさせようとでも?」

「バルトノワール!」


 突然、僕とルガの間に現れて竜術の大鎌を砕いたのは、黒ずくめの男バルトノワールだった。

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