対立する二人

「ぐっ、貴様……!」


 ルガは、まるで敵対者を見るかのような鋭い眼光で、自分の窮地きゅうちを救ってくれたバルトノワールを睨む。


「俺は忠告したはずだがなぁ。竜峰には、安易に手を出してはいけないとね」


 バルトノワールは、ルガの視線なんて気にした様子もなく、僕を見つめたまま言う。


「……それにしても。やはり、竜峰に関わると君が出てくるんだね?」

「当たり前だよ。僕は八大竜王であり、竜峰同盟の盟主なんだから!」


 よどみなく言い切った僕に、バルトノワールは「言ってくれるねぇ」と笑みを浮かべる。

 だけど、目が笑っていない。

 あれは、僕たちを全力で警戒している瞳だ。


「どけっ。貴様は手出しをするんじゃねぇ!」

「やれやれ、君はもう少し慎重になってくれないかな? 仲間たちに推薦すいせんした俺の資質が疑われてしまう」


 ルガは、バルトノワールを押しのけて僕と相対しようとした。だけど、逆にバルトノワールがルガの動きを封じる。

 押し留めるように、ルガの肩にバルトノワールの手が添えられる。それだけで、巨躯のルガが片膝を突く。


 いったい、どんな技を使ったんだろう!?

 見ただけでは、なにが起きたのか僕にもさっぱりわからなかった。


「さて、エルネア君」


 バルトノワールは、ルガを制したまま僕に向き直る。


「前にも言ったと思うんだけどね。俺としては、君たちと事を構えるつもりはない。そういうわけで、この場は見逃してもらえると助かるんだが?」


 あくまでも軽い口調のバルトノワール。

 だけど、彼の要求を素直に聞くわけにはいかない。

 ルガは騒動を起こした張本人だし、バルトノワールをこのまま野放しにしておくのはもっと危険だ。


「ニーミア、みんな、虹竜にじりゅうに警戒して!」

「んにゃんっ」


 大きい姿のまま上空に現れたニーミアは、犬のように自分の尻尾を追いかけ回しながら、ぐるぐると小さく旋回して警戒する。

 バルトノワールが現れたということは、双頭そうとうの虹竜がどこかに潜んでいるはずだ。だけど、その気配が完全に消えている以上、どこから不意打ちされても対応できるように警戒しなきゃいけない。

 ルイセイネたちも、地竜の周りで警戒態勢をとる。


「いやぁ、流石と言うべきか。たった一度だけしか見ていないはずなのに、こうも上手く立ち回られるとはね」


 感心感心、と顎髭あごひげを撫でるバルトノワールに、僕は白剣と霊樹の木刀を構える。


「バルトノワール。ルガをこちらに引き渡してもらうよ。それと、貴方はいったいなにを企んでいる?」

「ははは。ルガは問題児だが、君たちには渡せないな。あと、なにを企んでいるか、か。教えたら、俺たちに協力してくれるかい?」

「断る!」


 僕の即断即決に、バルトノワールは笑いながら肩をすくめた。


「貴方がどれだけ魔族の国で暴れても、魔族の支配者は動かないよ。だから、貴方たちがしていることは無駄なんだ。もうこれ以上、魔族の国に混乱を呼び込むのはやめてほしい!」


 バルトノワールの腰帯には、ルガの二の腕に巻かれていたような赤い布がしてある。

 そして、赤い布を身につけて魔族の国で暴れている者は、彼らだけじゃない。

 竜王の都に現れたライゼンという魔族。禁領に入ってきた耳長族の女性。他にも、ルイララの領地を荒らした盗賊や、もっと多くの者たちがいろんな場所で暴れている。


 バルトノワールはおそらく、魔族の支配者に喧嘩を売っている。

 体のどこかに身につけた赤い布は、バルトノワールの同志ということを意味する印であり、魔族の支配者に牙を剥く者たちの反抗の意思表示だ。


 だけど、僕は知っている。

 シャルロットに教えてもらった。


「魔族の支配者は、どんなに国が荒れても絶対に出てこないよ。それどころか、その状況を楽しんでさらに混乱を呼び込むような者なんだ」

「……なるほど。エルネア君は魔族のことにも詳しいらしい」


 僕の言葉を黙って聞いていたバルトノワールは、静かに頷く。


「……だがね」


 自信に満ちた笑みを黒い髭のなかに浮かべながら、バルトノワールは言う。


「それならそれで、別に構わないと思わないかい? その場合は、妖精魔王クシャリラが支配していた土地に、支配者の影響を受けない、俺の仲間の誰かが魔王として立つだけだよ」

「なっ! 貴方は、魔族の社会になにかしらのうれいを覚えたからこそ、立ち上がったんでしょう!? それとも、それは僕の買いかぶりなだけで、貴方は最初から魔族の社会を引っ掻き回すだけで、弄んだだけとでも言うのか!?」


 そんなの、絶対に許せない!

 バルトノワールたちが赤い布を身につけて暴れている理由。それは、遥か昔に赤が禁色きんしょくとして支配者を示していたことから、その支配者だけに喧嘩を売っているのだ、と暗に示すためだ。

 そして、支配者を自分たちの前に引っ張り出すために、魔族の国でおおっぴらに暴れている。


 そう思っていたのに……!


 支配者が出てこないのなら、自分たちの国をおこすだけ?

 それで納得する程度の感覚で、魔族たちを混沌に陥れているというのか。

 バルトノワールのあまりに無責任な言いように、怒りがこみ上げてくる。

 だけど、そんな僕をバルトノワールはやれやれ、と肩を落としながらため息を吐いて見る。


「エルネア君。君はどうやら勘違いをしているようだ」

「なにを勘違いしていると?」

「ははは。俺たちは確かに思うところがあって集まった同志だ。だがねぇ、目的はそれぞれで違っていたりするんだよ」


 どういうことだろう?

 バルトノワールの話に引きずり込まれて、僕は手が出せずにいた。

 僕だけじゃなく、他のみんなや、ルガさえも。


「俺の目的は、君の推察通りに魔族の支配者を引っ張り出すことだ。だが、他の同志は違う目的を持っている、ということだね。このルガでいうなら、復讐のために力を求めて俺のもとに集った、という具合にね。ルガにとっては魔族の支配者なんてどうでもいい。とにかく自分が強くなり、復讐を果たしたいという欲望に突き進んでいる」

「そんな……!」

「俺は、魔族の支配者に喧嘩を売っている。それは間違いない。その目的のために、魔族の国を荒らしている。それも正しい。だが、他の同志はその俺の行動に便乗して、各々おのおのの目的を果たそうとしている。その同志のなかで魔王を目指している者がいれば、魔王になるだろうね、という話さ」


 バルトノワールは軽く言うけど、それはもうめちゃくちゃだ!

 つまり、魔王になりたい者がいるなら、魔王になればいい。暴れたい者がいるなら、暴れればいい。支配者に牙を剥きたいのなら、共に戦えばいい、ということ。

 一見、現在の魔族の社会を憂いて支配者を打倒しようとしているようにも見えるけど、実はもっと乱暴な話でしかない。


 もしも本当に、何者かが魔王になったとしても。国内で暴れたい者が暴れ、力をつけたい者が強者を打ち倒していく、なんて状況が延々と続いたら、国は荒れ続けるばかりだ。

 そして、暴れたい者は秩序をもたらそうとする者を邪魔に思うだろうし、力を探求する者はいずれ魔王との勝負へと至る。


 そうして結局は、バルトノワールが最初に望んだような混沌が永遠と魔族の社会にはびこることになる。


 バルトノワールは、それで良い、と言う。

 でも、僕は絶対に許せない!

 自分の企みのために多くの命を巻き込むやり方は間違っている。

 彼は、自分の利己的な目的のために、魔族だけじゃなく仲間さえも利用している。そして彼の仲間たちも、そうとわかっていながらバルトノワールのもとへ集い、自らの目的を果たそうとしている。


 これは、断じて阻止しなきゃいけないくわだてだ!


 僕たちは、世界に深く関わる者と認められて、計り知れない者たちに選ばれた。

 僕は、竜人族や竜族だけじゃなく、耳長族や獣人族、それに精霊たちとのきずなを結んだから選ばれたんじゃないかな、と勝手に思っている。

 バルトノワールも、過去に僕たちと同じような経験を積んで選ばれたんだと思う。


 選ばれ、不老の命を得た僕たち。

 だけど、選ばれたからといって何をしても良いわけではないんだ。

 むしろ、世界に深く関わる者として、僕たちは慎重に人生を歩まなくちゃいけないんだと思う。


 スレイグスタ老がそうであるように。耳長族の長老であるユーリィおばあちゃんや、獣人族の祈祷師きとうしジャバラヤン様がそうであるように。そして、りゅう祭壇さいだんを守るアイリーさんがそうであるように。

 世界に深く関わる者だからこそ、普通に生きる者たちへ過剰な干渉をしないように気をつけなきゃいけないと思う。


 それなのに……


 バルトノワールは、己の目的のために多くのものを巻き込み、不幸に陥れようとしている。


「バルトノワール。もう一度言うよ。魔族の社会から手を引いて。でなければ、僕たちは貴方の前に立ちはだかる! これまでは、身内が巻き込まれるようなら対処しなきゃ、と甘く考えていた。だけど、今は違う。同輩どうはいの者として、バルトノワール、貴方の暴挙を僕たちは止めなきゃいけない!」


 僕の宣言に、バルトノワールはどう思うのか。

 彼は、自分のやる事に干渉しなければ僕たちにも干渉しないと言っていた。それどころか、手を結ばないかとも言っていた。

 だけど、僕の拒絶と宣戦布告を聞いた今、どう動くのか。


 白剣と霊樹の木刀を油断なく構えてバルトノワールを睨む僕。

 僕の視線を逃げることなく受けるバルトノワールは「そうか」と小さく呟いた。


「なら、仕方がない。俺は俺の望む未来のため。君は君の望む世界のために剣を交えるしかないようだね」


 言って、左手を前方に掲げるバルトノワール。すると手のなかに、さやに収まった剣幅の広い肉厚の長剣が出現した。


 見たことのないような、不思議な剣だ。

 持ち手は、呪術師じゅじゅつしであるクリーシオが儀式のときに使うような呪具じゅぐに似ている。つばは手の込んだ彫りが施してあり、宝玉が幾つもめられている。これだけを見ると、なんだか儀式用の道具に見えるけど。


 バルトノワールは、その肉厚の長剣をすらりと抜き放つ。

 露わになった刀身は鞘同様に肉厚で、青く鋭利に輝いていた。


 僕はそのとき、バルトノワールがふと、一瞬だけ見せた表情に違和感を覚えた。


 なぜだろう。

 僕たちとは敵対したくない。手を組まないかとまで言っていたはずのバルトノワールだけど……


 長剣を抜く彼は、少しだけ嬉しそうだった。


 本当は、僕と敵対したかった?

 いいや、そんなはずはないよね。

 もしもそうなのだとしたら、バルトノワールがこれまで僕たちに示していた態度は、真逆で間違っているのだから。


 疑問が過ったけど、でもそれは一瞬のこと。

 剣先を向け合えば、もう穏便には済まされない。


 飄々ひょうひょうとしていたバルトノワールの表情が引き締まる。

 いつも緩く笑みを浮かべていた口は、黒い髭の奥で固く結ばれていた。


「ルガは回収させてもらう。そして、エルネア君。俺と事を構えると言うのなら、こちらも手加減はしていなれない」


 バルトノワールの手にする長剣の青い刀身に、謎の文様が金色に浮かび上がった。


 次の瞬間!


 バルトノワールの姿はルガの傍から離れ、お互いの間合いの内へ。

 そして、僕の首には長剣の刃が迫っていた!

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