転移の大秘法術

「でも、わたしのお願いの前に。ほら、ちゃちゃっと君たちの用事を済ましちゃいましょうか?」


 さあ、地下へ降りるわよ。と、僕とルイセイネの手を取って歩き始めるアイリーさん。

 柔らかな物腰とは裏腹に、男性のような力強さで僕とルイセイネを地下へと引っ張っていく。

 僕たちも抵抗する理由はなかったので、アイリーさんと一緒に地下へと続く階段を降りていった。


 地下何階分だろう?

 踊り場もなく続く長い階段の先。

 竜気を宿した瞳でさえも見通すことのできなかった地下深くまで辿り着いた僕たち三人を待っていたのは、巨大な石の門扉もんぴだった。


おごそかな扉だよね?」


 地下へと続く階段の終わりには、天井の高い空間が広がっていた。

 そして、広間の最奥の壁に、石の門扉がある。

 きっとこの奥に、空間転移を行うための儀式部屋か特殊な装置があるに違いない。

 だけど、固く閉ざされた石造りの門は、僕とアイリーさんが本気で押しても引いても、びくともしなかった。


「これって、どうやって開くのかな?」


 ミシェルさんたちは、まず間違いなく、この石造りの門を潜って、故郷に帰ったはずなんだよね?


「あっ。もしかして、この門自体が空間転移の術式が組まれた装置なのかな? だから、空間転移の術が発動して転移先に繋がらないと開かないとか?」


 僕の答えに、だけどルイセイネが首を横に振って「違いますよ」と答えた。


「この扉は、法術によって厳重に封印されています」

「ルイセイネには、その封印が視えているの?」

「ふふふ。たしかに視えてもいるのですが。事前にアリスお母様から教えていただいていましたから」

「な、なんだってーっ!?」


 僕の驚きに、アイリーさんが笑う。


「君ねえ、ちょっとは考えなさいな。聖域の巫女たちが帰る以前に、アリスたちはどうやって聖域から禁領まで来たと思っているのかしら?」

「アイリーさん? いや、それは僕も考えていたよ? それこそ、この古代遺跡を使用して、アリスお母さんも禁領に空間転移してきたんだと思っていたよ? ……あっ!」


 それなら、古代遺跡のことはアリスさんに聞けば早かったのか! と思い至っても、もう遅い。

 そしてルイセイネは、僕が思い至るよりも遥か以前に、考えていたんだね。

 だから、事前にアリスさんから聞いていたんだ!

 それでも僕の古代遺跡調査を止めなかったのは、二人きりでお出かけしたかったからですね?

 残念ながら、アイリーさんという邪魔者が現れちゃったけどね!


 ルイセイネには、また今度改めてご奉仕しよう。

 お仕置きとご褒美も待っていることだしね。


「エルネア君、なぜそこで鼻の下が伸びるのでしょう?」

「ルイセイネ、それは気のせいだよ?」


 アイリーさんは笑っている。

 久々にアイリーさんと会ったけど、随分と機嫌がいいみたい。ということは、僕たちへの用事は深刻なものじゃないのかな?

 ともかく、古代遺跡の調査を進めよう。

 お屋敷に帰って、アリスさんに古代遺跡のことを聞けば万事解決? それだと、男の願望のひとつである「冒険心」が潰されちゃうから、却下です!


「ルイセイネ。それじゃあアリスお母さんから封印の解き方も聞いているのかな?」

「はい、お任せください」


 言ってルイセイネは、意識を集中させ始めた。

 真面目に僕から身体を離して、石造りの門の前に立つ。そうして、複雑な文言の祝詞を口づさみ、空中に模様をえがく。


「普通だと、高度な封印法術でルイセイネちゃんにも手に余るようなものだと思うけれど。今のあの子には、封印法術を解くための最適解の術式さえも視えているのでしょうね。だから、祝詞にも指先の動きにも迷いがないわ」


 アイリーさんが、感心したようにルイセイネの動きを見つめていた。

 僕も、ルイセイネの邪魔をしないように、封印法術が解かれていく様子を見守る。


 長い祝詞の奏上と何重にも描き足した模様が、石造の門に吸い込まれていくような気配を、不思議と感じる。

 そうして見守っていると、石の門扉を埋め尽くすような満月色の輝きの紋様が、不意に浮かび上がってきた。

 その後、満月色の紋様は細かく砕いた貝殻の砂が溢れるように、ぱらぱらと小さな粒となって散っていく。


 ふう、と深く深呼吸を入れるルイセイネ。

 どうやら、封印法術が解けたようだね。


「おつかれさま、ルイセイネ」

「はい。少し疲れました。竜眼がなければ、わたくしには解除が無理なほど高度な術式でした」

「それを解けるルイセイネは、やっぱり凄いよ!」

「ふふふ、ありがとうございます」


 ルイセイネをねぎらって、僕は扉に手を当てる。すると、先ほどはアイリーさんと一緒になってもぴくりとも動かなかった石造りの扉が、今度は簡単に開いた。

 ごろろろろ、と低音ながら耳に心地良い音を地下空間に響かせながら、石造りの扉が奥へと向かって開く。

 人ひとりが通れるほど扉を開いた僕は、まず最初に奥の空間へと入った。


 ここまでは、順調だった。

 でも、最後の最後に罠が仕掛けられている、という可能性だってあるからね!

 えっ? それもルイセイネに聞けば事前にわかるって?

 それは面白くありません!


 何も知らない場所に、慎重に踏み込む。そして、警戒しながら謎を解き明かしていく冒険が、楽しいんですよ!


「ふぅん、広いだけの部屋だわね?」

「わっ、アイリーさん!」


 僕の冒険心を知ってか知らずか、アイリーさんが遅れて入ってきて、扉の奥に広がる空間を見渡す。そして、早々に罠どころか何もない大部屋だと暴露してしまった。

 とほほ……


 落ち込む僕の肩にルイセイネが手を添えて、同情するように微笑んでくれた。

 さすがはルイセイネですね。僕の心情をしっかりと読み取ってくれています。


 僕はルイセイネに励まされて、気を取り直す。

 そして、改めて石造の門の先を見渡した。


 光源のない、暗い空間。それでも、竜気を宿した瞳が広間全体を見通す。

 そこは、アイリーさんが言ったように、広いだけで何もない部屋だった。


「ここが古代遺跡の最後の部屋なのかな? 隠し部屋とか無い?」


 厳重な封印の先が、最も重要な部屋。と見せかけて、実はまだ続きがある。というのも遺跡探索の醍醐味だいごみです。

 だけど、僕の予想はルイセイネの竜眼によって否定された。


「いいえ、この部屋こそが古代遺跡の最重要な場所だと思います。エルネア君たちには感じられないと思いますが、この部屋全体に高度な法術の術式が施されていますね」

「ルイセイネには、それも視えているんだね」

「はい、しっかりと」


 たいした魔眼だわね、とアイリーさんが感心を入れる。

 そのルイセイネの瞳は、古代遺跡の最奥に隠されていた秘法術を読み取っていた。


「エルネア君、覚えていますか? 冥獄めいごくもんを封印していた法術も、術式自体は事前に施されていましたが、起動する際には多くの巫女たちの法力が必要でしたよね?」

「うん、覚えているよ。大勢の巫女さまやルイセイネやマドリーヌが頑張って、封印法術を解いてくれたんだよね? もしかして、この部屋に施されている法術も?」

「はい。これはきっと、大規模な転移の術式なのだと思います。ですが、起動するためには冥獄の門よりももっと大勢の巫女の法力が必要になると思います」

「それじゃあ、ミシェルさんたちはどうやって?」


 そういえば、と思い出す。

 死霊使いゴルドバが、竜峰北部の古代遺跡の封印を解いて利用した時も、魔族の国だけでなく、転移先となったヨルテニトス王国でも多くの巫女さまたちが誘拐されて行方不明になったよね。

 古代遺跡の転移の術は、きっとそれだけ多くの巫女さまや法力を必要とする、大規模な法術なんだろうね。

 では、その大規模な法術を、ミシェルさんたちやアリスさんはどうやって発動させたのかな?


 僕の疑問に、これまたアリスさんからお話を事前に聞いていたルイセイネが教えてくれた。


「アリスお母様は、巫女騎士として古代遺跡を利用するための宝具をお持ちのようです。ミシェル様たちも、きっとアリスお母様を追うために聖地でその宝具をお借りしていたのだろう、と仰っていました」

「古代遺跡を利用できる宝具なんてものがあるんだね? それじゃあ、アリスお母さんも帰る時はこの古代遺跡を利用して転移するんだろうね?」


 面白い仕組みだわね、とアイリーさんは頷きながら、僕たちには何も見えないし感じない石床を興味深そうに調べていた。


「転移の術は、きっと竜脈を利用したものだと思いますよ。エルネア君やアイリー様も、この地下に流れる竜脈は感じ取れていると思いますが、空間転移の法術はその竜脈と複雑に絡み合っていますから」

「ふむふむ」


 セフィーナも、ヨルテニトス王国東部の古代遺跡を調査したときに、竜脈の微かな流れを読み取っていたよね。

 竜脈を利用した空間転移か。と僕たちには想像も及ばないほど高位の術式に驚く。


「それじゃあさ。ここがアリスお母さんたち以外に悪用されないような施設かどうかはわかる?」


 アリスさんが帰るまでは、古代遺跡はこのまま維持する必要がある。だけど、僕たちはその後のことを考えなきゃいけない。

 霊山の麓近くに、遠い地域から転移できるような施設があると、困るからね。

 転移してくる者がアリスさんたちのような善意の者ばかりとは限らない。古代遺跡の秘密を解いて、ゴルドバのように多くの犠牲者を出して禁領へと転移してくるような悪意の存在が、今後現れないとは断言できない。

 だから、場合によってはこの古代遺跡を壊さなくちゃいけないと、僕は考えていた。


 そうですねぇ、と地下深くに設けられた古代遺跡の部屋を見渡しながら、考えにくけるルイセイネ。


「わたくしは思うのですが。あの魔女様やアーダ様が禁領を訪れて尚、この遺跡を見逃すとは思えません。ですので、何かしらの危惧があれば既に封印されていると思うのです」

「たしかに、それは僕も思ったよ」

「はい。ですので、今のところはわたくしたちが破壊する必要はないのかもしれませんよ? テルルちゃんにこちらの様子を注視してもらっておけば良いのではないでしょうか?」

「ルイセイネの案を採用しよう。ご褒美をあげるね?」

「ふふふ、嬉しいです」


 どうやら、今回の調査では「現状維持」で決まりらしいね。

 あとでテルルちゃんに声を掛けておこう。

 それよりも前に、と僕とルイセイネはアイリーさんを呼ぶ。


「アイリーさん、お待たせしました。僕たちの古代遺跡調査は、一応の目処が立ちましたよ。それで、僕たちに用事とは?」


 アイリーさんは、気づくと大部屋の奥まで行ってしまっていた。

 戻ってきたアイリーさんは、とても素敵な笑顔で言った。


「先日、君は竜の墓所の老竜たちと関わったじゃない? そうしたら、わたしのところに沢山の相談が来ちゃったのよね。自分たちも死ぬ前にひと目だけでも、竜神様の御遣い様に会いたいって。そうじゃなきゃ、未練が残って腐龍ふりゅうになっちゃうかもって、わたしを脅すのよ? 困ったものよね?」

「そ、それは困りましたねーっ!」


 僕とルイセイネは、竜峰北部で静かに余生を送っているはずの老竜たちの我儘わがままに、肩をすくめた。

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