罠 それは罠!

 古代遺跡に関しては、まだまだ謎が多く残っている。

 アリスさんやミシェルさんたちといった聖域の人たちが意図的に利用していたり、法力が密接に関係していることから、神殿宗教と深い関わりがあることは間違いなさそうだけど。

 でも、ルイセイネだけでなく巫女頭みこがしら様という国を代表する地位のマドリーヌでさえも、古代遺跡どころか転移の法術の存在を知らなかったことから、きっと極秘の案件に関わる内容なんだと思う。


 僕たちがその「神殿宗教の秘密」に触れられるのは、今はここまでだ。

 好奇心任せで安易にこれ以上踏み込んだら、きっと自分の力量には不相応な事案に関わってきそうな予感がある。


「ということで、あとはアリスお母さんに説明をもらうことにして、帰ろうか!」

「はい、エルネア君にお任せです」


 今回は、特に問題となる騒動は起きなかったね。

 まあ、毎度毎度で騒動が発生していたら、僕はのんびりとできないからね!


「それじゃあ、帰ったら次は竜の墓所へ行きましょうかしらね?」

「うっ……」


 ただし、今後に問題がないわけじゃありませんでした。

 地下深くに遺っていた古代遺跡の調査を終了し、ルイセイネと一緒に長い階段を登る僕。その背後からアイリーさんが声を掛けてきて、僕は階段を踏み外しそうになる。


「あらあらまあまあ。エルネア君、階段を登るのが辛いのでしょうか? 初心に帰って足腰を鍛え直すためにも、竜の墓所に行かなければいけませんね?」

「ルイセイネ!? 僕はこれくらいでを上げるようなひ弱な男じゃないよ? 今のは、今後に待ち受ける騒動を想像しちゃって、ちょっと目眩めまいを起こしただけだからね?」


 人はそれを「ひ弱な男」と言う。なんて突っ込みはいりませんからね!

 ふう、ニーミアがいなくて良かったね。

 それはともかくとして。


「竜の祭壇さいだんかぁ。老竜たちの我儘を聞くためにも、僕たちはアイリーさんの住居に行く必要があるみたいだね?」

「僕たちと言いますが、エルネア君が起こした問題ですから、エルネア君だけが行けば良いのではないでしょうか?」

「いやいや、ルイセイネ。僕たち家族全員が『竜神さまの御遣い』なんだから、みんなで行く必要があると思うんだよね?」

「ですが、大所帯になりますとアイリー様にご迷惑をおかけしますし? プリシアちゃんたちが禁領に帰ってきた時に誰も居ませんと、今度はこちらで問題が発生すると思うのですが?」

「なぜか今回はルイセイネが消極的だ!?」


 普段なら、僕と一緒に新たな冒険に瞳を輝かせる、好奇心旺盛なルイセイネ。だけど、妙に消極的だよね?

 ルイセイネの言葉に違和感を覚えて、首を傾げる僕。すると、ルイセイネが可笑おかしそうに笑った。


「ふふふ、冗談でございますよ? ちょっとエルネア君を揶揄からかって遊んだだけです」

「わわっ! ルイセイネ、ひどいよぉ?」

「ふふふふふ、ごめんなさい。ですが、エルネア君の困った顔が可愛かったので、つい」

「ぐふっ。僕は格好良い男になりたいんだけどなぁ」

「却下です! 可愛いままでいてください」

「ええーっ」


 僕とルイセイネの仲睦まじい会話を、アイリーさんが背後から静かに見守っていた。

 アイリーさんとしても、きっと僕たち家族の日常を壊したくはないと思ってくれているんだ。だけどそれ以上に、竜の祭壇を守護する者として、竜の墓所に住む老竜たちの心の安寧あんねいを大切にしている。


 老竜たちは冗談半分で「死にきれずに腐龍になる」なんて言っていたようだけど、アイリーさんにとってそれは冗談でも見過ごせない言葉だったんだろうね。

 それに、腐龍にならないにしても、天寿を全うした老竜が未練を残して、それが瘴気しょうきに変わったら、竜の墓所に問題が発生してしまうからね。

 僕たちだって、竜神さまの御遣いとして、竜族に関わる問題を無視することはできない。

 だから、妻たち全員へのご奉仕の前に、僕たちはアイリーさんの要望を受けて、竜の祭壇にいかなくちゃいけないんだ。


「お屋敷のことは、プリシアちゃんのお母さんにお願いしよう。それならプリシアちゃんとニーミアが禁領に帰ってきても大丈夫だし、流れ星さまやアイリーさんや、今回は風の谷の修行に参加しなかった耳長族のみんなをまとめることもできるからね」

「そうして、竜の祭壇から帰ってきたエルネア君は、またリディアナ様におしかりされるのですね?」

「ううっ……その時は、ルイセイネも一緒に怒られてね?」

「はい。その代わりに、また二人だけでお出かけですよ?」

「仕方ないなぁ。ってか、これはルイセイネの罠か!?」


 ルイセイネはこうして、もう一回僕とお出かけをする権利を得たのでした。

 と、ルイセイネと仲良くお話ししながら階段を上がっていくと、地上に出た。

 空を見上げると太陽は西に大きく傾き始めていて、ずいぶんと長い間、地下に潜っていたんだね、と驚く。


「あの遺跡に通じる入り口をこのままにしちゃっていても良いのかしらね?」


 すると、西から伸びる深い樹海の影で薄暗くなり始めた周囲の景色を見渡しながら、アイリーさんが口を開いた。そして、僕に対応を投げる。


「古代遺跡の転移を利用するためには大勢の巫女さまの法力なんかが必要だけど、入り口を放置しておくというのは確かに不用心だよね?」


 さっき懸念したように、古代遺跡の秘密を解き明かして悪用する者が現れる可能性だってあるからね。

 いざとなったら千手せんじゅ蜘蛛くものテルルちゃんに頼る、とはいえ、投げっぱなしも良くない。

 だから、僕たちにできる対応はちゃんと取っておかなきゃね。

 だけど、竜術で封印をしてしまうと、今度はアリスさんが帰れなくなっちゃう。それに、善意の転移者が何かしらの理由で古代遺跡を利用して禁領に来た時も、竜術の封印のせいで古代遺跡から出られない、という状況になっちゃうのかな?


 むむむ、と悩む僕に、ルイセイネが助言をくれた。


「アリスさんがお帰りになられる時は、一時的に封印を解けば良いのではないでしょうか? それと、封印術式に触れた者がいたら通報してもらうように精霊たちにお願いをされたらどうでしょうか?」

「それは良いね! ルイセイネの案を採用します!」


 ご褒美に何かお願いをひとつ聞いてあげましょう。と言ったら、ルイセイネはぴょんぴょんと跳ねて喜んでくれた。


「それじゃあ、お姉さんがとびっきりの封印をしてあげちゃおうかしらね?」

「えっ? ア、アイリーさん、ちょっと待って!?」


 という僕の制止も聞かずに、アイリーさんは地下の古代遺跡へと通じる地上の入り口に、強力な封印を掛ける。


「さあ、これで万全だわよ? 精霊たちへのお願いは、流石に君にお任せするわよ?」

「いやいや、アイリーさん。アイリーさんが本気で掛けた封印だと、僕たちには解けませんよ!?」

「あら、魔眼を持つルイセイネちゃんがいるじゃない?」

「でも、ルイセイネは竜術が使えませんよ?」

「そこは、ほら。夫の君がルイセイネちゃんと息を合わせて頑張れば良いのよ」

「だとしても、アイリーさんの本気の封印を僕が解けるかなぁ……」


 不安しかありません!

 とはいえ、これも修行と考えれば良いのかな?

 妻の能力と掛け合わせて、僕が努力する。そうして困難を乗り越えることも大切だよね?

 そう前向きに捉えて、それじゃあ後は精霊たちにお願いをしよう、ということになって。


『代わりに遊んでね?』

『お礼に楽しませてよ?』

『見返り希望にゃーっ』

『報酬くれよ?』

「ごほうびごほうび」


 と、今度は精霊たちから様々なお願いをされることとなった。

 僕の平穏は、こうやってなくなっていくのですね……






「……なんて出来事があったんだよ!」


 そして。

 日を跨いだ翌日にお屋敷へと帰ってきた僕たちは、ことの顛末てんまつをみんなに報告した。


「ご苦労様。それじゃあ、古代遺跡のことはエルネアにお願いするわね?」

「はっ! よく考えたら、アイリーさんの封印の管理はルイセイネとマドリーヌ以外なら誰でも良かったのでは!?」


 ユフィーリアとニーナも、二人合わせればたくみな竜術を扱える。セフィーナだって、僕よりも繊細な竜術が使えるよね。

 ミストラルは言わずもがな。

 ライラは、竜術を扱う修行になって良いんじゃないかな?


「だけれど、貴方が請け負うと約束したのでしょう? それなら、きちんと責任を負いなさいね?」

「ううっ。ミストラル、困ったら助けてね?」

「ふふふ、良いわよ? その代わり……」

「エルネア君がミストの罠に掛かって追加のご褒美を出そうとしているわ!」

「エルネア君がミストの罠に掛かって追加の報酬を出しそうになっているわ!」

「はわわっ。エルネア様、それはミスト様の罠ですわ」

「むきぃっ。ミスト、次にエルネア君を独占するのは私ですからねっ」

「マドリーヌ様、次の順番はまだ決まっていないわよ?」


 相変わらず賑やかな夫婦だわねぇ、とアイリーさんが笑う。その傍で、アリスさんがアイリーさんのことを不思議な人物でも見るように見つめていた。

 アリスさんは気づいているだろうか。アイリーさんの秘密に。


「それじゃあ、君たちはこれから、あの山脈へと行くのだな?」


 アリスさんが、お屋敷の東に連なって見える竜峰を指差した。


「はい。なので、ちょっとだけここを留守にすることになります。僕たちが不在の間のことはプリシアちゃんのお母さんにお願いすることにしているので大丈夫だとは思うんですけど……」

「何か問題が発生したら、イヴをって私が知らせに走ろう」

「いやいや、そうしたらまた老竜たちが騒ぐから禁止です! ニーミアだって、竜の墓所を飛ぶ時は慎重なんですからね?」

「あら、そうかしら? わたし見たわよ。あの子たちが獣人族の住む地域へ飛んで行く時に、随分と賑やかに竜の墓所の上空を通過して行ったわよ?」

「ニーミアちゃん、なにをしているのかな!?」


 老竜たちが騒ぎ出した原因の一端は、ニーミアやプリシアちゃんにもあるのではないか、と疑っちゃうよね!


「ともかく、アイリーの要請を無視することはできないわね。それじゃあみんな、準備に取り掛かって」


 わいわいがやがやと賑やかしかった妻たちが、ミストラルの号令で素早く動き始める。

 ミストラル、ルイセイネ、マドリーヌは、竜の墓所へ持っていく食糧やお供物そなえものなどを準備する。

 セフィーナは俊足しゅんそくを飛ばして、竜王の森へと走って行った。

 ライラは、こちらの事情をお屋敷の人たちに伝えて回る。


「はい、そこの双子様。アイリーさんをもてなすという名目でお酒を飲まないように! アイリーさんもユフィとニーナを甘やかしちゃ駄目ですからね?」


 僕は精神を研ぎ澄ませて、周囲に集う精霊たちの気配を探す。そして、留守の間のことをお願いした。


「あんまり悪戯が過ぎると、プリシアちゃんのお母さんやユンユンやリンリンに怒られるからね? ユーリィおばあちゃんやプリシアちゃんに嫌われたくないでしょ?」

『リディアナこわーいっ』

『ユンユンとリンリンはどこに行ったの?』

『ユンユンは竜王の森よ? リンリンはプリシアたちと遊びに行ったわ』

『ユーリィ様に遊んでもらうんだ』

『よし、今度はカーリーたちに悪戯しよう』

「あそぼうあそぼう」


 姿は見えなくても、精霊たちの濃厚な気配は読み取れる。そして、声も聞こえてくる。

 カーリーさんいわく。


「なぜ竜王の森と同じくらいの密度で、精霊たちが屋敷に集まっているんだ。せぬ」


 らしい。

 頑張って精霊たちのお世話をしている竜王の森の住民から見たら、放置していても勝手に集まってきて楽しく遊び回っているお屋敷の環境は異常なんだろうね。

 僕のせいじゃないからね?

 きっと、プリシアちゃんの影響です!


「よし。今回の目標は、本格的に雪が降り始める前には禁領に帰ってくる、だね!」

「君ねぇ。本格的に寒くなる前、と宣言しない時点で既に気持ちが後ろ向きじゃないかしら?」

「なるほど、君たちはそうやって騒動に巻き込まれていくのだな。帰ったら竜神様にも報告を入れよう」

「アイリーさん!? アリスさん!?」


 大人な二人に突っ込みを入れられて、僕はあたふたと慌てた。

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