目には目を

「竜だ……」

「なぜ竜があんなにも……」


 そういえば、地上からだと飛竜に騎乗している人族の兵士は見えないよね。

 耳長族から見れば、竜族の群れが飛来したように見えたのかも。

 降下してきたレヴァリアの背中にも、騎乗している人はいなかったしね。


「みなさん、落ち着いてください。あれはみんな味方です。人族の飛竜騎士団の編隊なんですよ」

「なぜ、人族の騎士団が?」

「たぶん、これからのことを踏まえて派遣されてきたんだと思います」

「まさか、人族は我らと戦うために!?」

「いえいえ、違います。今後、人族と耳長族の友好を結ぶためですよ」


 みんなで協力しながら亡くなった人たちを埋葬することで、少しずつお互いの距離を縮めようとしていた矢先。飛竜騎士団の飛来とレヴァリアの暴虐ぼうぎゃくな振る舞いで、危うくまたみぞが深まりそうになる。

 僕が慌てて言いつくろうと、ライラたちも手身近な人たちに説明して回った。


「ちょうど良いや。巨人族のところには、飛竜騎士団と行ってくるね!」


 そして、困惑しつつもレヴァリアや飛竜騎士団が敵対者でないと知り、少しずつ耳長族に落ち着きが見え始めるようになると、僕は早速次の行動に移る。


「リリィ、もう少し頑張ってね」

「はいはーい」

「レヴァリアも一緒に行こうね!」

『ふんっ、覚えていろよっ』

「エルネア様、わたくしも……っ!」

「ライラ、貴女は居残りだわ」

「ライラ、貴女はここでお仕事だわ」


 僕がリリィに騎乗すると、すかさずレヴァリアに駆け寄ろうとするライラ。だけど、ユフィーリアとニーナにすぐさま捕獲ほかくされて、がっくりと肩を落とす。


「それじゃあ、ここのことはお任せします」

「任せておけ。エルネアの好きなようにすると良い」

「はい。吉報を持って帰ってくるね!」


 カーリーさんやライラたちに手を振り、耳長族の戦士たちにあとをゆだねる。

 リリィは僕を乗せると、レヴァリアとは違って悠々ゆうゆうと空に舞い上がる。


「エルネア君、お手伝いに来ましたっ!」

「フィレル、ちょっと付き合って欲しいところがあるんだ。飛竜騎士団のみなさんも、ついて来てください」


 暁の丘の上空には、黄金色の翼竜に騎乗したフィレルと、九騎の飛竜騎士が優雅に旋回飛行していた。

 僕は、駆けつけてくれたみんなへの挨拶も早々に、リリィを先頭にして巨人族の軍勢が再集結しているという地点へと向かう。


 道中、こちらに接近飛行してきたフィレルに、大森林での騒動と巨人族のことを説明する。


「巨人族ですか……。血の気の多い種族みたいですね」

「うん。攻撃的な種族だね。でも、最も血の気の多い人は、剛王ごうおうだと思うな」


 兵士だから、いさましいのかもしれない。

 ゴリガルさんたちと和平へ向けて話し合いを持とうとした部族もあったようだし、巨人族の平民には僕たちのような普通の人もいるのかもね。なんて話したり、今後のことについて相談しながら空を進む。


 すると、焼けた大地の先に、存在感のある集団が見えてきた。

 距離はまだ随分とあるけど、あれが巨人族の軍勢で間違いない。

 雲に隠れながら、遠くに見える巨大な影に近づいていく。


「……大きいですね。ユグラ伯やリリィ様ほどではありませんが、巨人族の軍隊は空から見ると圧巻です」

「そうだね。あの巨大な集団が怒涛どとうのように攻めてきたら、僕たち人族や耳長族はそれだけで気圧けおされちゃいそう」


 上空から見てもわかる。

 巨大な人影が密集し規律よくうごめさまは、異様な雰囲気だ。

 巨大な身体に見あう体重で踏み固められた土色の大地に、縦横綺麗に整列した隊列で陣取っている巨人族の軍勢。

 集結している兵士の数は、おそらく数百人程度。人族の軍隊からみればけっして多いとは言えない軍勢だけど、迫力が全然違う。

 軍気というか、熱気が空の彼方かなたにまで伝わってきそう。


「エルネア君、見てください!」


 瞳に竜気を宿して巨人族の軍勢を観察していると、突然、フィレルが声を荒げた。


「巨大な肉です! いや、違った。牛です!!」

「うわっ」


 フィレルの言い間違いに、ユグラ様に一緒に騎乗していた三人の竜人族が顔をしかめています。それは置いておいて。

 僕は、フィレルが指差した方に意識を集中させた。


「お、大きすぎない!?」


 そして、驚愕に仰け反る。


 大森林から抜けた先とはいえ、木々はまばらに生えている。

 樹木と同じ背丈の巨人族の圧倒的な存在感のせいで、木が観葉植物とかのように感じられるのは気のせいです。

 でも、軍勢の背後で草や木の葉をむ巨大な牛は、気のせいでもなんでもなかった。


「巨人族よりかは小さいですが……。でも、僕たちの知っている牛の数倍は大きいですよっ。たくさんお肉が取れそうですねっ」

「……相変わらず、お肉が大好きなんだね」

「はいっ!」


 フィレルの反応はともかくとして。彼が言うように、見える牛は人族の国で放牧されているそれよりも数倍は大きかった。


 身体が巨大であれば、食料も大量に必要になってくる。

 竜族は、巨体に見合わず数日に一度の食事でいいんだけど、人である巨人族は僕たちと同じように毎日なにかしらを食べないと生きていけないのかもしれない。

 軍勢の背後で飼われている巨大な牛は、食料としてか、もしくは荷引きとしてかで連れてこられたんだろうね。

 数人の巨人族によって管理されて、大人しくしているように見えた。


「なにはともあれ、突っ込むよ! フィレルたちは、打ち合わせ通りにお願い!」

「了解ですっ」


 巨人族観察は終わり。これからは、一触即発の事態に備えて油断大敵だ。

 フィレルの意を読み取り、ユグラ様が咆哮を放つ。飛竜騎士団はフィレルとユグラ様の指揮のもとに、編隊を組んで巨人族の軍勢が駐屯ちゅうとんする上空へと飛んでいく。


 巨人族は、ユグラ様の咆哮でこちらの存在にようやく気付いたみたいだ。

 慌てたように隊列が動き出す。そして、太くて長い、槍のような矢が空に向かって飛んできた。


『愚か者め。その程度の飛距離で我らに届くものか』


 ユグラ様が鼻で笑い、お返しとばかりに雄々しい咆哮をあげた。続けて、飛竜騎士団の飛竜たちも咆哮をあげる。そうしながら悠然と巨人族の軍隊の頭上に迫り、空から獲物を狙うように旋回飛行をする。

 巨人族は叫び、地を踏み鳴らしながら、空の支配者に向かって弩弓どきゅうを放つ。


 僕とリリィとレヴァリアは、フィレルたちから遅れて動き出した。

 矢の届かない高度を飛行するユグラ様たちとは違い、地面すれすれまで高度を落とす。そして、最大速度で巨人族の軍勢に向かい、翼を羽ばたかせた。


 雲に近い上空ばかりを気にしていた巨人族たちが、こちらの動きに気づく。

 でも、遅い!

 リリィが恐ろしい咆哮を放つ。

 レヴァリアも負けじと荒々しい咆哮を発すると、紅蓮の炎を容赦なく振り撒いた。


 地表で悲鳴が上がる。

 整然と隊列を組んでいた軍隊の動きが乱れる。

 僕たちは、慌てふためく巨人族の頭上をかすめるように高速で通過した。


 剛毅ごうきな兵士が、空に鳴り響く咆哮と紅蓮の炎にも負けずに、こちらへと弩弓を放つ。だけど、高速で通過したリリィとレヴァリアには当たらない。


 僕たちはそのまま、軍の後方に陣を構えた剛王に向かって突き進む。


「剛王よ、聞け! 昨夜、こちらの力は示したはずだ! それでも尚、争いを望むと言うのか!」


 レヴァリアの炎は、威嚇に抑えてもらっていた。

 空を焼き尽くさんばかりの火勢はしかし、巨人族の誰をも傷つけていない。

 だけど、巨人族の軍勢の精神には絶大な効果を示す。

 昨夜も苦渋を飲まされたリリィの姿と、恐ろしげな四つ目、四枚翼のレヴァリア。更には、上空を旋回する十騎の飛竜騎士団に、さすがの剛王も額に汗を浮かべて顔を引きつらせていた。


 僕たちは巨人族の軍勢の頭上を高速で通過し、剛王に警告を放ちながら、そこも通過する。

 でも、見えていたはずだよね。リリィの背中に跨る僕を。

 しっかりと目が合ったし、竜気で拡張された声は絶対に届いたはずだ。


 リリィとレヴァリアは剛王の頭上を通過したあと、今度はゆっくりと舞い戻る。

 そして悠然と翼を羽ばたかせながら、剛王の頭上に滞空した。


 子竜とはいえ、古代種の竜族であるリリィ。

 圧倒的な戦闘力を持つ竜族と竜人族が暮らす竜峰の空を支配した暴君のレヴァリア。

 二体の竜族に睨まれ、剛王は硬直して動けない。

 巨人族の軍勢も、一瞬にして戦局を握られてしまい、呆然ぼうぜんとしてしまっていた。


 そこへ、上空を旋回していたユグラ様が駄目押しの一発を放った。

 きらり、と冬の空がまぶしく光る。

 直後。巨人族の軍勢の近くで、大爆発が起きた。


 ぎょっと目を見開く巨人族の兵士。驚きのあまり、尻餅をつく者。悲鳴をあげる者。剛王さえも、回避不能のユグラ様の光の息吹いぶきに、びくり、と震えた。


「貴様は、昨夜の……! やはり耳長族は人族だけではなく、竜族と竜人族をも味方につけたのか……」


 勝手な解釈を有難うございます!

 でもまあ、そうだよね。

 耳長族が支配する森に人族がいたり、竜族が参戦してくれば、知らない人はそういう風に見えちゃうと思う。

 でも、これはいい誤解だ。

 僕は、驚愕に腰を引かせる剛王に向かって、リリィの背中から叫ぶ。


「剛王よ、話をしましょう! 僕たちと戦争をしたくないのなら、対話に応じて欲しい!」


 僕の方針は、あくまでもこれ以上の犠牲を出さないこと。

 巨人族を殲滅しようとか、耳長族に一方的な味方をしようなんて、思っていない。

 でもね。話し合いの場を作れないと、話は進まないんだよね。


 昨夜はいったん退いてみせた巨人族の軍勢と剛王。でも、またこうして軍を立て直して再侵攻しようとしている。

 武力に物を言わせて相手を征服、服従させてやろうと考えている者を、どうやって話し合いの場に引きずり出すか。


 僕は、理想論者かもしれない。犠牲者を出したくない。みんなが笑顔になってほしい。平和であってほしいし、争いごとは嫌いです。

 だけど、理想ばかりを語るなんてことはしないよ。


 竜峰で、弱肉強食の世界を見た。魔族の狡猾こうかつさや、陰謀術数いんぼうじゅつすうを体験してきた。

 だから、知っている。

 こちらの思惑に乗せるためには、ときにはずる賢い手を使う必要もあるってことを。


 応援に駆けつけてくれたフィレルたち飛竜騎士団は、こちらにとって好都合だった。

 軍隊で威嚇し襲いかかってくる相手に対しては、あらがえないと思えるような戦力を見せつけばいいんだ。


 抑止力、とでもいうのかな?

 さすがの巨人族でも、竜族や竜人族を相手に戦争をしようとは思わないはずだ。


 低空から高速で頭上を通過したのも、矢の届かない高度を旋回する飛竜騎士団も、全ては威嚇いかくのため。

 戦っても、勝てない。抗っても、多くの犠牲を出すだけだ、と僕たちはほんの僅かな時間で剛王と巨人族の軍勢に見せつけることができた。


 こちらの問いかけに反応を示さない剛王。

 僕はリリィに言って、ゆっくりと着地してもらう。

 ずしん、と地面を響かせて、巨人族よりも巨大な体躯たいくを大地に下ろすリリィ。

 僕は空間跳躍を使い、一瞬でリリィの背中から地面に降りた。そして、前方で呆然と立ち尽くす剛王に向かい、歩み寄る。


「喧嘩するより、仲良くした方がお互いの利益になると思うんだよね?」


 先ずは握手をしましょう、と手を伸ばす僕。

 剛王は、空の竜族を見て、地上のリリィを見て、ようやく小さな僕へと焦点を向ける。

 そして、ようやく我に返ったように、こちらへと一歩、前に進んできた。


「仲良く、か……」


 見上げる大きさの剛王の声が、頭の上から降ってきた。

 僕の小さな手と、剛王の巨大な手が交わる。


 と思ったとき。


「貴様さえ倒せばっ!」


 剛王は、目にも留まらぬ速さで巨大な戦斧せんぷを振り抜いた。

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