巨人族の過去
「敵の将は貴様だろう!」
「……その僕を討てば戦局が変わる、とでも思ったのかな?」
不意打ちのようにして降り抜かれた巨大な戦斧。だけどその凶悪な刃は、僕を両断することはなかった。
僕だって、敵陣に乗り込んでおいて、
全身に
のしかかる荷重で、足が地面を割って沈む。だけど、竜の力を宿した僕の肉体は、巨人族の腕力をも
「レヴァリア、僕は大丈夫だから!」
僕が襲われたことで、着地していなかったレヴァリアが恐ろしい形相で剛王に向かって突っ込んでくる。
僕の叫びで、レヴァリアは荒々しい咆哮をあげながら、また上空へと戻った。そして
やれやれ。血の気の多い者たちです。レヴァリアも。そして剛王も。
ちょっとは、僕が襲われてものほほんと構えているリリィくらいの余裕を持ってほしいよね。
「どうやら、腕試しがしたいようですね?」
まさか、僕のような小人が不意打ちを難なく防ぐとは。しかも自分の
怒気に満ちた形相で僕を見下ろす剛王。そこへ僕の挑発が響き、より一層手に持つ戦斧に力が入る。僕はそれを弾き飛ばすと、白剣をすらりと抜きはなった。
「小人ごときが、あまりいい気になるなよ? 俺様の覇道を阻むことは
いったん距離をとった剛王は、戦斧を構え直す。そして、地面を
僕は真正面から迎え撃つ。
超重量級の突進は、それだけで恐ろしい威圧に満ちている。視界いっぱいに広がった剛王の姿は、竜族に匹敵するような迫力で僕に迫った。
「竜族が手を出してこないと思って
容赦なく白剣を振るう。
白い軌跡を残し、白剣は戦斧とぶつかった。
「っ!?」
驚愕に震えたのは剛王。
僕を斬り潰そうと放った戦斧は、分厚い刃の中ほどから半分に両断された。
二度目のまさか。小人の軟弱な剣で自分の武器が破壊されるとは。そう
剛王の動きの流れに逆らうことなく、僕は軽やかに両手の剣を振るう。
刃の半分を失ったとはいえ、鋼鉄の塊である戦斧を受ければ、いくら竜気を宿した身体といってもただでは済まない。
ごうっ、と爆風を伴う横薙ぎの一閃を後方へと跳ねて回避し、回り込むような足さばきで間合いを詰め直す。
剛王は、僕に回避されようが受け流されようが、お構いになしに戦斧を振るう。
「力任せの攻撃なんて、通用しないよっ」
剛王の動きを見極め、竜剣舞に巻き込む。
僕の流れる動きから繰り出される
「
はたして、巨人族から見た蝿は普通の蝿なのか。そんな疑問はさておき、僕は剛王を追い詰めていく。
とはいえ、殺し合いが目的ではない。どうにかして、この剛王の猛攻を鎮めさせなきゃいけない。
戦斧を使った攻撃の型は、竜人族のなかにもある。だけど、体格があまりにも違うせいか、剛王の動きは竜人族の型とは大きく違っていた。
出鱈目に振るわれているようにも見えるけど、体勢を崩さないようなしっかりとした攻撃だ。油断なんかで見誤ると、こちらが痛い目を見る。
霊樹の木刀で戦斧を弾き、白剣を振るう。
初撃で白剣の斬れ味を思い知ったのか、剛王は霊樹の木刀とは打ち合うけど、白剣にはあからさまな回避行動を見せた。
僕としては、戦斧を柄の部分から切り飛ばして、この勝負に決着を着けたいところなんだけど。
でも、逃げられるなら作戦を変える必要がある。
僕は霊樹の木刀に力を流す。すると、
牽制で白剣を薙ぐ。
剛王は間合いの外へと躊躇うことなく後退する。
僕は地面を蹴ると、退いた剛王との間合いを詰めた。
この流れから繰り出される僕の次の一手は、霊樹の木刀!
お互いに素人ではないので、剛王だってこちらの動きをある程度は読んでいる。
僕はそれを踏まえて、予測を裏切ることなく霊樹の木刀で突きを放った。
ごうんっ、と金属の塊と木刀がぶつかり合った音にしては重々しい響きが、巨人族の軍勢の陣に響く。
僕の突きは、剛王の戦斧の腹で受け止められていた。
お互いに、予測された動き。定められた結果。だけど、僕はその次を狙っていた。
霊樹の木刀と戦斧がぶつかり合った直後。蔦がするりと伸びて、戦斧に絡みつく。優れた刃物でも傷つけられない頑丈な蔦は、瞬く間に戦斧と霊樹の木刀を繋ぎ合わせた。
予想外の蔦の動きに、剛王は目を見開く。だけど、焦るどころか不敵な笑みを浮かべて僕を見下ろした。
「うぐっ」
剛王は蔦を振り払うどころか、逆に戦斧へと体重をかけて僕の動きを封じようとする。
突き出した左手から伝わる超荷重に、僕の竜剣舞が止まる。
でも、僕はもうあと一撃で、剛王の勝機を潰せる。なぜなら、あとは荷重に耐えながら白剣を振って、戦斧を両断するだけで良いのだから。剛王も、それくらいはわかっているはず。それなのに、逃げも焦りもしないなんて……!
「勝った、と思ったな!?」
そのとき。
剛王の陰から、もうひとりの巨人族が突進してきた。手には、ぎらりと輝く巨大な剣。
「ぐはははっ。さしの勝負と誰が言った! 愚かな小人よ、その命を持って後悔するがいいっ!」
剛王が、勝ち誇った笑みを浮かべる。
剣を手にしたもうひとりの巨人族は躊躇うことなく僕に接近し、最小の動きで斬りかかった。
「この、大馬鹿者ーっ!」
僕は叫んだ。
そして、空間跳躍を発動させる。
貴方たちは、いったいなにを見てきたんだ!
叫ばないと気が済まなかった。それだけ、巨人族の反応は馬鹿馬鹿しかった。
一瞬で目の前から消えた僕を、慌てて探す剛王ともうひとりの巨人族。
僕はというと、口も出さず手も出さず、僕に任せて戦局を傍観していたリリィの背中へと移動していた。
まったく、もう。不意打ちをしてきたり、勝負に横槍を入れてきたり。巨人族の支配者がこうも後先を考えない人だなんてね!
僕は落胆を覚えつつも、リリィの背中で竜剣舞の一節を舞う。それだけで、事態は動いた。
剛王が戦斧を振るう際に起きる風なんて、そよ風程度にもならない。嵐の突風が、剛王ともうひとりの巨人族を襲う。
竜族でさえも吹き飛ばす強烈な風は渦を巻き、竜巻となって空へと二人を吹き飛ばす。
悲鳴をあげる剛王と巨人族。
でも、僕は手加減しない。
高く、高く。ユグラ様たちが旋回飛行する高度まで、二人を飛ばす。そして、地上に残された巨人族の軍勢が豆粒くらいに見えるまで上昇させると、僕は嵐の竜術を切った。
「あああぁぁぁぁぁっっっっ!」
「ぎゃああぁっ!!」
空を飛べない人は、上昇気流の風が止めば真っ逆さまに落ちるしかない。
ぐんぐんと迫る地表に、悲鳴をあげる二人。
このまま地面に叩きつけられれば、どんな猛者だって死んでしまう。剛王と巨人族は、死の恐怖にじたばたと上空でもがく。だけど、落下速度は増すばかり。
もう駄目だ。
空へと打ち上げられた自分たちの王ともうひとりの巨人族を目撃した巨人族の誰もが、そう思ったかもしれない。
だけど、二人は地面まであとわずか、というところで転落死を免れた。
『やれやれ、竜王は竜使いが荒い』
『この程度の弱者、捻るように殺せば楽なものを』
『と言いつつも、其方はきちんと竜王の手助けをするのだな』
『黙れ、老いぼれめっ。焼き殺すぞ』
『焼くのであれば、遠くに見えるあのでかい牛の方が好ましい。ほれ、自慢の炎で焼いて見せてみろ』
そう仲良く言葉を交わすのは、上空のレヴァリアとユグラ様。
レヴァリアの手の先には、剛王が吊るされていた。
ユグラ様の尻尾の先にも、もうひとりの巨人族が引っかかっていた。
何度も言うけど、犠牲者は要りません。
というわけで、二人を空へと飛ばしたものの、殺そうとは思っていなかった僕は、頼れる二体に竜心を使って受け止めるようにお願いしていた。
命からがら助かった二人は、僕たちの頭上で放心状態。
命は助かったけど、死の恐怖でようやく戦意を失くしたようだね。
レヴァリアとユグラ様は、高度を下げてくる。そして、落ちても死なない程度の高さにまでくると、無慈悲に剛王と巨人族を放した。
またも、悲鳴をあげる二人。
だけど、さすがは巨人族を支配する者とその側近なのか、危うい動きながらも受け身を取り、地面に落ちた。
ずうんっ、と地響きと振動で足元が揺れる。
「いやいや、エルネア君の足もとはリリィなので揺れませんよねー」
「臨場感のない意見をありがとうねっ」
結局、最後まで手出しをしなかったリリィの背中から降りると、腰を抜かして地面に座り込む剛王のもとへと歩み寄る。
そしてもう一度、手を伸ばした。
「それで、どうします? 僕にはまだ余裕があるので、あと何戦か戦うこともできますけど。それとも、仲良くします?」
体力、竜力、共にまだまだ余裕がある。同化しているアレスちゃんの力もほとんど使っていないしね。
でも、僕としてはもう戦いはごめんで、できれば今の争いを水に流して
剛王はどう思っているのか。
最初と同じように出された僕の小さな手を、腰を落としたまま見つめる。
「……甘いことを」
そして、そう呟いた。
「生死をかけて奪い争う相手に容赦を見せるなど……」
「
「では、貴様はなぜ耳長族に手を貸した? 愚かでないというのなら、答えてみせろ」
剛王は、素直には手を伸ばさずに、僕に言い返す。
「助けてほしい、と願われたから。僕は多くの者たちに助けられて生きているんだ。だから、助けを求められたら僕も手を差し伸ばしたいんだよね」
「……ならば、我らが助力を求めたら、貴様は助けてくれるのか」
「もちろん! ただし、戦争とかはごめんです。僕に助力を求めるなら、僕なりの方法で、とだけ言わせてもらおうかな」
巨人族がなぜ大森林を侵略するのか。それはわからない。だけど自分で言ったように、巨人族が助けを求めるのであれば、手助けしようと思っているよ。だけど、侵略とか
「そもそもなんだけど。なんで巨人族は大森林を征服しようとしているのかな? あそこには耳長族が住んでいて、争いになるとわかっているはずなのに」
今度は僕の問いに、剛王が答える。
「我らの先祖は、遥か昔には西の
「あっ、それ知ってる!」
「なにっ!?」
「ええっと、なんでもないです。人族のおとぎ話に、似たようなものがあったと思っただけかな。続きをどうぞ」
剛王の言った過去の歴史って、竜神さまの背中に乗ったときに見た夢の風景のことだよね。そして、腐った大地って、
「貴様は知らぬだろう。これより東の地は過酷な世界だ。手に負えぬ恐ろしい魔物や妖魔が
「でも耳長族は、巨人族がやってくるずっと前から森を大切にしていたんだ。突然やってきた巨人族に森を明け渡すようなことはできないよ?」
「ああ、そんなことは百も承知。だからこそ、祖先の者たちは苦渋に耐えてこの地で暮らしてきた。だが、限界はある。痩せた土地では繁栄は望めず、いずれは滅亡するばかり。逆に、広大で豊かな森では、少数の耳長族が悠々と暮らしている。なぜ、巨人族だけが苦しまなければならない。数えられる程度の耳長族が支配するには広大すぎる土地をなぜ巨人族に与えてはくれなかったのだ。俺様たちが不満を持つことは許されぬとでも言うのか!」
剛王は憎々しげに、西の先にある大森林を見た。
「そして、俺様たちの先祖は決断をしたのだ。長い歳月で積み重なった不満と種族の存亡をかけ、先祖は森を奪うことを決めたのだ! なにが悪い。巨人族は必死に生きようとしただけだ。しかも数百年前になるのか。あるとき、先祖は耳にしたのだ。呪われた大地は回復し、豊かな自然が戻ってきていると」
「うん。現在は僕たちが住んでいる土地に、呪いとかはないね」
「貴様は我らの先祖の土地を奪ったのだな?」
「それは違うよ。呪いを退けたのは、現在そこで暮らしている人族の祖先だよ。巨人族の先祖は退いた。だけど僕たちの先祖は頑張って呪いを
「先祖の土地が
人族が国を
「だが、ここでも耳長族が立ちはだかったのだ。奴らは巨人族が森を通過することを認めず、我らの道を閉ざした。ならば、戦争するしかあるまい。森を焼き払い、肥沃な土地を奪い、西に至る道を拓く。なにが間違っているというのだ?」
確かに、剛王の話だけを聞いていれば、耳長族にも悪い部分があるように思える。だけど、大森林よりも西に住む僕たちには、もっと違う事情が見えていた。
「さっきも言ったように、大森林を抜けても、もう巨人族の望む土地はないよ。耳長族はそれを教えたかったんじゃないのかな。もう、西に巨人族の支配できる場所はないって。僕たち人族が国を造って暮らしているんだ。それとも、貴方はこう言うの? 耳長族を退けたあとは、今度は人族だ、と」
僕の言葉に、剛王は沈黙で返す。
「そっか。巨人族は生活に困っていたんだね。それで、豊かな森が欲しかった。そして三百年くらい前からは西へ行きたいと願っていたんだね。でもさ、その西に行きたいという望みの根幹は、先祖の土地を取り戻したいから? それとも、困窮する生活を改善したいからかな?」
剛王は言った。魔物や妖魔が恐ろしい。肥沃ではない土地、食糧難、それらを打開すべく森を欲し、西を目指していると。でも、なぜ西に行きたいかというと、先祖が昔に住んでいたから、と言うだけで、たとえばそこが巨人族の聖地なのだとか、絶対にたどり着かないければいけない大地、とは言ってない。
なら、なんとなく妥協点を
僕の質問に、剛王は口を閉ざす。
だけど、僕と問答をしようとしていた気配に陰りが見えた。
「……貴様の言う通り。我らは西の土地に
「なるほど。それなら、僕とは協力できるかもしれない! さあ、どうしますか。僕たちと協力して未来を切り開くか、このまま更に何百年も争い続けるか。選んでください」
もう一度強く出した僕の手を、剛王はじっと見つめる。そしてゆっくりと立ち上がると、躊躇いがちにではあるけど僕の手を握り返した。
剛王の手は、分厚く硬い皮膚だね。
苦労を重ねた、戦士の手だ。
「貴様を完全に信用したわけではない。ただし、敗者として貴様の言葉に耳を傾けてみよう」
「ありがとう!」
僕と剛王は、強く握手を交わした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます