西に東に、忙しく
「みんな、ただいまっ!」
「エルネア、泊まりがけになるのなら連絡をしなさい」
「うっ」
元気よく手を振って森へと戻ってきたら、ミストラルに怒られた。
ミストラルの横では、プリシアちゃんが真似をして腕組みしながら仁王立ちしています。
撤退したはずの巨人族が戦の準備をしている、とリリィから知らせを受けて、僕と飛竜騎士団が、焼け野原になった森を飛び立ったのが先日。
日付が変わった翌日のお昼に戻ってきたら、早速怒られちゃった。
「や、やあ、ミストラル。ルイセイネも暁の丘に来ていたんだね」
「エルネア君、話題を逸らしても無駄ですよ。いったい、どういうことですか。ちなみに、わたくしたちは手向けるお花が集まったので運んで来たところです」
「うっ……」
別に、話を逸らしているわけじゃあないんだけどさ。
でもやっぱり、みんな気になるよね。
僕はレヴァリアの背中から飛び降りると、遠くから地面を踏みしめてやって来る人たちを振り返った。
遠くからでもわかる。人の数倍もある巨大な身体。ずしん、ずしん、と足踏みが聞こえてきそうな迫力でこちらへとやって来るのは、巨人族の代表者たちだ。
「エルネア君に頼まれて行ったのは良いんですけど、僕たちってちゃんと役に立ちました?」
「なにを言ってるんだい。上空で睨みをきかせていたユグラ伯や飛竜騎士団がいたからこそ、剛王は折れたんだよ。じゃなきゃ、いつまでも一発逆転を狙っていたと思うんだよね」
巨人族を先導するように飛行していたユグラ様が着地して、その背中からフィレルが降りてきた。
フィレルは「何事か!?」と慌てる耳長族の人たちに挨拶をしながら、こちらと合流する。
レヴァリアやリリィにも引けを取らない黄金色の翼竜から降り立った人族の少年に興味を示したのか、耳長族も集まってくる。
ちょうど良いので、僕は東の地での
「……というわけで、巨人族は
「剛王と勝負をして、勝ったというのか」
「奴には多くの戦士が挑んできたが、太刀打ちできずにいたというのにな」
耳長族なら、精霊術や空間跳躍を駆使して戦えば、剛王とも互角以上に戦えそうに思えるんだけど。まあ、戦争しながらさしの勝負になる場面なんてそうそうないだろうし、僕が受けたような不意打ちや騙し討ちに手こずったのかもしれないね。
「言っておきますが、仲間や家族を討たれた仇討ちや恨みなどは禁止しますからね! 身内を失ったのは巨人族も耳長族も一緒です」
厳密に言えば、森の一部を失った耳長族の方が苦渋をしいられるわけだけど、巨人族を抑えたのは僕なのだから、ここは僕の主張を通させてもらいます。
「……今すぐに心に落とし込むのは難しいが、ここは大人しく従おう。それで、なぜ巨人族を招き入れた?」
もう随分はっきりと巨人族の姿が見えるようになってきた。
先頭を歩くのは剛王。他に、側近や他氏族の族長など十人ほどを引き連れている。
耳長族の人たちは剛王の姿に顔をしかめて見つめていたけど、僕の忠告もあって刃物を抜くような人は現れない。
「僕は巨人族の現状や想いを聞いてきました。それで、これは耳長族と直接の話し合いを持った方がいいのかな、と思って。それと、暁の丘に巨人族の亡くなった人も一緒に埋葬している話をしたら、ぜひ慰霊に行きたいと願われたので、連れてきました!」
「話し合い!?」
「遠回りで犠牲もいっぱい出ましたが、暁の樹海の人たちが望んでいた流れになるのかな?」
当初は、暁の樹海の耳長族が中心となって少数派の人たちで平和的な解決を模索していた。だけど、色々な思惑や陰謀が絡み合い、前回は失敗に終わってしまった。
もうこれ以上の犠牲や失敗はしたくないので、次の話し合いは成功させなきゃいけない。そのためには、多少強引にでも両陣営の最有力者同士を引き合わせて、向き合ってもらわなきゃいけない。
「そうだ! 僕としてはゴリガルさんたちも呼び寄せたいんですけど? ここは、元々は暁の樹海に住む耳長族が大切にしていた場所だったんですよね?」
「エルネア君の意見に、わたくしは賛成です。前回の争いで亡くなった方々も合わせて弔いをした方が良いと思います」
「でも、どうかしら? 彼らはもうこの森から離れたいと言っていたから」
「ゴリガルたちが……」
「あの者たちは賢者ユンを
暁の樹海の人たちが大森林を離れてヨルテニトス王国へと逃れたことは、みんなが知っている。
でもまさか、先祖代々暮らしてきた森を捨てる決意までしていたなんて思わなかったのかもしれない。
ミストラルの指摘を聞いた人たちは、一様に表情を曇らせる。
「たしかに、ゴリガルさんたちは絶望していました。やっと実を結びかけていた平和への道が閉ざされ、さらに同族に追われる立場になったことで。でも、今は状況が変わったよね。もう一度、ゴリガルさんたちの意思を確認してみようよ?」
「エルネア様の意見に賛成ですわ!」
「なら早速、ヨルテニトス王国へと戻る必要があるわ」
「なら早速、意見を聞きに戻る必要があるわ」
「んんっと。プリシアはユンユンとリンリンとお空の散歩がしたいよ?」
「プリシアちゃん。君の動機は不純ですね?」
「ふじゅん?」
「砦に戻るついでに、リリィの背中に乗って遊びたいんだよね、ってことだよ」
「うん!」
「問答無用でリリィを指名するなんて、エルネア君は鬼ですねー」
プリシアちゃんには、遊びに行くわけじゃないんだよ、と指摘したつもりだったんだけど。
満面の笑みで頷かれました!
リリィの愚痴?
気のせいです。
やれやれ、とプリシアちゃんの反応に身内全員で肩を落としながら、話を戻す。
「それでは、どうする? エルネアはこれから森の代表者と剛王たちを引き合わせる役目があるから行けないだろう?」
「あっ、それなら僕が行きましょう」
「フィレル。こっちに来たばかりなのに良いの?」
「はい。兄様に途中経過を報告しなきゃいけませんし。それに、僕もエルネア君の役に立ちたいんです!」
『飛竜騎士団は置いて行け。両者への抑止力に使える。それに我だけの方が速く飛べる』
すると、フィレルの申し出にユグラ様が同調してくれた。
「それなら、お願いしようかな。できれば、ゴリガルさんたちを説得して連れ戻して欲しいところなんだけど……」
「それなら、私も向かいますわ!」
「ライラさんがエルネア君の側から望んで離れるなんて珍しいですね?」
「ルイセイネ様。ええっと、あの……その……」
ははぁん。わかったよ。
たまにはフィレルと一緒に
それと、見知らぬ人が一気に増えすぎて恥ずかしいんだ!
「それじゃあ、お姉ちゃ……ライラさん。たまにはユグラ伯の背中に乗って行きませんか。ユグラ伯、良いですよね?」
『良かろう。しかし五人も人を乗せる気はない。其方らはここに残り、エルネアたちに加勢をせよ』
「は、はい……」
ライラが騎乗させてもらう代わりに追い出されたのは、竜人族のお付きの三人だった。
だけど、こちらとしては嬉しい。
労働力として見ているのではなくて、抑止力として。
剛王は、大森林の耳長族に人族や竜族や竜人族が味方についていると思っている。
ミストラルがいれば竜人族の存在を示せるんだけど、お付きの三人が加わってくれると、より一層に竜人族の存在感が増すよね。
「それじゃあ、早速行ってきますね!」
「レヴァリア様、また暫しのお別れでございます。う、浮気などではありませんからねっ」
『ええい、さっさと行ってこい。我にも少しは休ませろ』
ライラにとって、違う竜に騎乗することは浮気になるのかな!?
レヴァリアとライラの関係にちょっとだけ嫉妬しちゃう。
「二人とも、行ってらっしゃい。こっちは任せてね」
「エルネア君、行ってきます。向こうは任せてください」
「エルネア様、今度は二人だけで……」
「はいはい。はやく行ってらっしゃい」
ライラの言葉を遮り、ミストラルが強引に彼女をユグラ様の背中に押しやる。
笑いながら僕たちが見送るなか、ユグラ様は空へと旅立って行った。
「さて、向こうはお願いしたし、今度はこっちだね」
僕は、集まった耳長族の人たちに向き合う。
「埋葬は終わったのかな?」
「
深夜の騒動の際に耳長族の戦士たちをまとめていた男性がいたので、その人に確認を取る。
「それなら、あとは種族合同の慰霊と話し合いだね。耳長族の代表者はまだ到着していない?」
「森は広い。さすがに二日程度では集まらない」
「なるほど。僕の考えは、話し合いのあとにみんなで慰霊を行いたいと思っているんだけど、良いかな?」
「いがみ合ったまま弔っていては、死者に申し訳が立たん。それで良いだろう」
「よし。それじゃあ、今後の方針は決定ってことで。それじゃあ、みんなで巨人族を出迎えようか」
言って僕は、暁の丘に集まる僕らや耳長族、飛竜騎士団を目視しても悠然と歩いてくる巨人族を迎えるべく、みんなを引き連れて暁の丘を下った。
「歓迎する、とは言わない。しかし、我らは巨人族の来訪を拒絶しない」
「ふふんっ。歓迎されるいわれはない。俺様はこの小僧の口車に乗ってやって来ただけだ」
「はいはい、お互いに睨み合うのも禁止です! にこっと笑って。はい、にこっと!」
見本を見せるように、プリシアちゃん直伝の満面の笑顔を浮かべて見せたのに、耳長族も巨人族も、僕の真似をしてくれなかった。
なにはともあれ、顔を合わせて早々に争いが起きなくて良かったね。
大森林の耳長族の代表団は、まだ到着していない。ということで、戦士をまとめていた人と数人が臨時の代表として、剛王と向き合う。
先ずは握手から、と僕に促されて、渋々と手を握りあう両者。
両陣営ともに、事前に武器は没収させてもらっていた。だけど耳長族は、その気になれば精霊術がある。巨人族は、巨大な肉体そのものが武器になる。
つまり、武器の没収は形だけってことになるけど、それでも
人は凶器を持つと、心まで物騒になっちゃう。なので、ここに滞在する間はお互いに武器を持たないこと、と事前に決めさせてもらっていた。
硬い表情ながら握手を交わす巨人族と耳長族は、それで次はなにをすれば良い、と僕を促す。
「話し合いは後日になります。できれば、それまでに仲睦まじくなっていてほしい……のは欲張りすぎかな?」
さすがに欲張りすぎだね。
でも、せっかく集まったのに話し合いまでは接点を持ちません、じゃあ時間が
「よし、みんなでご飯にしよう! 実は、巨人族には無理を言って
土牛とは、巨人族の軍勢の後方にいた、あの巨大な牛だ。
巨人族ほど巨大ではないけど、それでも人族の僕たちからだと見上げる巨体の牛は、痩せた大地でも飼える数少ない家畜らしい。
なんでも、草や木の葉だけじゃなくて、土も食べるらしい。
だから土牛。
戦場に生きたまま連れて来たのも、与える餌に困らないからなんだって。
「お肉は巨人族が提供してくれたので……。よし、耳長族の人は森の恵みを持って来てください!」
「一緒に食事を摂ると言うのか!?」
「一緒に食事をするだけじゃないですよ。みんなで準備するんです」
「む、無茶苦茶だな……」
巨人族も耳長族も僕の意見に呆れ気味だけど、問答無用です!
さあ、活動開始。と指示を飛ばすと、耳長族の一部は仕方なくといった様子ではあったけど、森に入っていく。
巨人族は、持ち込んだ土牛のお肉を捌いたり、その辺に転がっている焼け残った岩などで即席の釜を作り始める。
『我らの飯は……』
『よし、ひとっ飛びして我らも獲物を狩ってくるとしよう』
『くくくっ。誰の騎士が最も立派な獲物を狩れるか勝負だ』
『おお、それは面白いな』
留守番を言いつかった飛竜騎士団所属の飛竜たちが、勝手に段取りを組む。
「騎士団のみなさん、頑張ってきてくださいね」
「は?」
「竜族と話ができるのだな」
こちらのやり取りを見ていた剛王が言う。
どうやら、みんなで食事の準備をしましょうと僕が言ったものの、王様の剛王までは働かせられない、と巨人族の人たちは判断したみたい。それで手持ち無沙汰になった剛王が、小人のなかで唯一話せる僕に歩み寄ってきた。
僕は剛王の質問に頷くと、食事の準備が整うまでの暫しの間を、剛王と過ごすことにする。
僕は、巨人族が去った過去からこれまでの、西の大地の話を口にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます