慰霊の丘

 交代で休憩をとりつつ、翌朝を迎える。

 耳長族の朝は早いのか、日の出前には戦士たちが集まり出した。

 気配などで僕たちの野営地は知られているので、耳長族の戦士たちはこちらを目印にして集まったみたいだね。

 ただし、まだ若干の緊張が見られるのか、耳長族の戦士たちと距離がある。見える範囲には居るものの、僕たちに近づいてくる人はいない。


「それじゃあ、行こうか」

「行ってらっしゃい。プリシアはわたしが面倒を見ておくわ」

「うん、お願いね」

「気をつけて。巨人族が撤退したとはいうけど、諦めたわけじゃないと思うから」

「リリィもまだ帰ってきていないしね。それじゃあ、行ってきます」


 昨夜は遅くまで活動していたせいか、プリシアちゃんはまだ熟睡中。出発前に済ませた朝食の間も目が覚めないなんて、珍しく疲れているんだね。

 ミストラルも無理してプリシアちゃんを起こすことはなかった。


 僕たちは、居残り組のミストラルとルイセイネとプリシアちゃんを残して、野営地を出発する。

 僕たちのあとに続いて、耳長族の戦士たちも追従してきた。


 耳長族の戦士たちは、緊張気味に周囲を見回しながらついてくる。

 自分たちの森で見慣れた風景なはずなのに、なにをそんなに警戒しているのかな?


「ユンとリンとアレスが見当たらないことを気にしているのだろう」


 どうやら、カーリーさんも耳長族の戦士たちの緊張に気づいていたみたい。


「ああ、そうか。姿を消しているもんね」


 そう。ユンさんとリンさんの姿はここにはない。精霊と一緒で、使役していないときは姿を消せるんだよね。

 召喚している最中は、もちろん僕やプリシアちゃんの力を消費し続ける。それどころか、ミストラルたちの力まで必要だなんて驚きです。

 そんなわけで、ユンさんとリンさんには隠れてもらっている。

 顕現していても、今だと耳長族との気まずい空気が流れるだけだし、代表者との話し合いが持たれるまでは不用意な召喚は控えておいた方がいい、それが僕たちの同一意見だった。


 ちなみに、アレスちゃんはというと、ここ数日のお決まりで、耳長族が集まる前に僕と同化していた。

 大森林の耳長族は、霊樹の精霊の存在を知らないみたい。

 きっと、霊樹が生えていなくて、目撃どころか気配を感じたこともないからだろうね。

 とはいえ、アレスちゃんが特別な精霊であるということは、耳長族なら気づけるはずだ。

 興味を持たれるのは良いんだけど、ちょっかいを出されても困るので、僕と同化してもらっている。


「ユン様とリン様は、居残りのミストラル様たちと一緒に別行動ですわ」


 ライラが気を利かせて、ついてくる耳長族の戦士たちへと聞こえるように言う。

 それで少しだけ安心したのか、緊張が和らいだように思う。

 だけど、僕たち自身へと向けられる警戒心もあって、気軽に話しかけてくれるような人は結局現れなかった。


 耳長族の戦士たちとの微妙な距離感を感じつつ、僕たちは焼け野原になった森の跡にたどり着く。

 黒い炭の大地へと変貌した風景に、誰もが息を呑んだ。


「なんと、おぞましい」

「森が……」


 耳長族の戦士たちは、怒りと悲しみを持って辺りを見渡す。


「……精霊たちも逃げ去って、なんと虚しい場所となったのだ」

「せっかく、前の大火災を鎮めたばかりだというのに。これでは、もうあかつき樹海じゅかいは手放すしかないな」


 おや?

 ここって、暁の樹海なんだね。

 ゴリガルさんたちの話によれば、巨人族が最初に襲撃した際に、森へ火を放たれたと聞いていたんだけど。

 どうやら、そのときの火災は耳長族たちによって鎮火したらしい。だけど、リンさんによって今度は完全に燃やされちゃったんだね。


「これが戦争だわ。争えば、人以外にも犠牲が出るわ」

「これが戦争だわ。争えば関係のないものにまで被害が及ぶわ」


 王族らしい、全体を俯瞰ふかんした感想を漏らすユフィーリアとニーナ。二人の声を聞き、耳長族の何人かが顔を曇らせてうつむく。


「そうだね。巨人族が一方的に攻めてきたとはいっても、戦うことによってこうしていろんなものが犠牲になっちゃうんだ」

「だが、あらがわなければ、我らは失うばかりだ」

「うん。それもわかります。だから、抵抗すること、反抗することを否定はしません。でもその結果、こうして大切なものが失われたり、リンさんのような復讐者を生むということもあるんですよね」


 なにが良いとか悪いとか、それはそれぞれの立場で違うし、僕の意見が正義だとも思わない。でも、現実から目を逸らしちゃいけないんだ。

 焼け野原になった大地は、僕たちに辛辣しんらつな現実を突きつける。


「さあ、ここでこうして立っていても意味はない。作業を進めるとしよう」

「そうだね。亡くなった人たちの遺体は丘の上に集め終わっているから、埋葬の続きをしよう」


 僕とカーリーさんの先導で、埋葬地の丘へと向かう。


「……あかつきおかか。ここにほうむられるならば、犠牲者も少しはむくわれる」

「ここって、暁の丘だったんですね」

「焼けて見る影もないが、間違いない」


 どうやら、意図せず僕たちは重要な場所に遺骸いがい埋葬まいそうしていたみたい。

 現地へと到着すると、この場所のことを知っていた耳長族の戦士たちが教えてくれる。

 亡くなった人を、外部の僕たちが聖地に埋葬していたということに、思わぬ感謝を受けた。


「……巨人族も一緒に埋葬するというのか!?」


 だけど、人族や耳長族の数倍の大きさをした巨人族の亡骸なきがらを見つけた耳長族の戦士たちが、一様に不快感を表す。


「巨人族は、たしかにみなさんの敵です。でも、亡くなったら敵も味方も一緒です。丁重にとむらってあげる、というのが人族の習わしです。耳長族は、敵であれば死人にも酷い仕打ちをするんですか?」

「そうは言ってない。しかし……」

「ここが暁の樹海の耳長族にとって大切な場所だったことは知りませんでした。でもそれならなおのこと、この地域で犠牲になった人たちを一緒に弔うことが、きっと未来に繋がるんだと思います」

わたくしたちの国は二年前に魔族の侵攻を受けましたわ。でも、争いが終わったあとは人も魔族も一緒に埋葬して弔いましたわ」


 神殿宗教の宗教観を持ち出すなら、人族も魔族も、それどころか世界のありとあらゆる生物や物質は、創造の女神様が産み落としたものになる。なので、誰もが死を迎えれば女神様のもとへと旅立つ、ということになる。

 だから、死んだ人は悪人であれ敵対者であれ、等しく弔うというのが人族の考え方だった。


「できれば、この戦争が終わったら、みんなで慰霊を行いたいね」

「エルネア君、それは巨人族も交えてかしら?」

「エルネア君、それは動物も交えてかしら?」

「うん、人も動物もみんな一緒に。耳長族の人たちは、そういう想いはないのかな?」

「まさか、森で自然と共に暮らす我らよりも、人族の方が世界に気を配っているとはな」


 耳長族の戦士たちからすると、僕たちは人族のなかでも稀有けうな存在に見えるかもしれない。だけど、万物の声を聞くことができたり、耳長族みたいに精霊と仲良くしている僕たちからすれば、自然な考えなんだよね。

 森が焼けて犠牲になったのは、なにも耳長族や巨人族だけではない。森に住んでいた動物や精霊もまた、犠牲者なんだ。


「この戦争で犠牲になった者たちの慰霊の場所か。俺はエルネアの意見に賛成するな。それで、この森の住民である貴方らはどうする?」


 カーリーさんの問いかけに、耳長族の戦士たちは顔を見合わせた。


「……そうだな。争いのことばかりに我らは目を向けすぎているのかもしれない。君らが現れ、巨人族は撤退した。まだ争いは続くかもしれないが、今回の一件が種族間の問題の解決になる分水嶺ぶんすいれいになる可能性もある。ならば、少しくらい未来に視線を向ける必要もあるかもしれない」

「賢者リンが我らに向ける復讐の憎悪は耐え難いものだった。俺は昔の出来事は伝え聞くだけだったが、あんな存在を生む戦争は正直ごめんだ。もしも、あんたらが言うように、ここで亡くなった者たちを平等に埋葬して弔うことで少しでも憎しみが薄れるなら、賛同したい」

「三賢者のなかでも、リン様はあまり我らと接することはなかった。だが、それもそのはずだな。あれほどの憎悪を我らに抱いていたとは。ユン様やラン様が遺恨いこんなく接していてくれたことに、我らは甘えていたのかもしれない。もっと正面から飛天ひてんの森の生存者であるあの方々に向き合うべきだったんだな。この弔いが、今後我らのような愚かな過ちを防ぐための起点となるのなら、喜んで君らの考えに賛同しよう」


 人それぞれ、いろんな感情や想いがあるんだ。それでも、僕たちの意見に同調してくれて、巨人族の埋葬にも同意してくれた耳長族の心の深さに、僕たちは感謝した。

 そして、みんなで協力して埋葬に取り掛かる。

 丘の上に穴を掘り、一体一体丁寧に埋葬する。

 野営地に残ったミストラルたちは、きっと今頃は手向たむける花なんかを探してくれているはずだ。季節は冬だけど、冬には冬の花や植物があるからね。


 そうして、冬の冷たい風が心地よく感じるくらいに一生懸命汗を流して動いていると、リリィが空を飛んで帰ってきた。

 黒く巨大な姿を目撃した耳長族の戦士たちが慌てふためく。リリィはそんな人たちを気にした様子もなく、丘の麓に着地した。


「リリィ、おかえり。巨人族はどうなったかな?」

「ただいま戻りましたよー。そして、お知らせですよー」


 いつものような呑気な声音だけど、嫌な予感がする。

 僕は手を止めてリリィに駆け寄ると、巨人族の様子を聞くことにした。


「巨人族は焼けた森の東に撤退しましたー。でも、またすぐにでも侵攻しそうですよー」

「うわっ、まだ諦めていなかったんだね!」

「困りましたねー」

「剛王って、すごく攻撃的な性格なんだね。昨夜の撤退も、あの場ではが悪いと判断しただけなんだろうな。それで、今度は万全の態勢を整えてから反撃するつもりか」

弩弓どきゅうで狙われましたー。痛くもかゆくもありませんけどねー」

「……まさか、怒って反撃とかしてないよね?」

「やっちゃえ、と言われていたら皆殺しの刑でしたねー」

「いやいや、それは絶対に駄目だからね!」


 リリィに手を出された、なんてことで可愛がっている巨人の魔王が飛んでこなくて良かった、と本気で胸を撫でおろす僕たち。

 耳長族の戦士たちは、リリィの陽気ではあるけど恐ろしい言葉に、顔を青ざめさせていた。


「ともかく、急いで対応した方が良さそうだね」

「失礼。巨人族が反撃してくるというのなら、我らも相応の準備をしなければならない」


 すると、戦士のひとりが勇気を振り絞ってリリィと僕に近づいてきて、そう言った。


「いえ、皆さんはこのまま埋葬を続けてください。巨人族のもとへは、僕が行きます。皆さんの代表者と話がしたいように、僕は巨人族の代表者とも話がしてみたいんです」

「しかし、巨人族との争いは我らの問題だ」

「もちろん、この森の耳長族を蚊帳かやの外にして話を進めたたりはしませんよ。ただ、今回は僕に任せてくれませんか?」

「西から応援も来ていますしねー」

「西から応援?」


 リリィの言葉に、僕だけじゃなくてみんなが首をひねる。

 耳長族の戦士たちが追加でやって来たのかな?

 それとも……


 リリィは西の空を見上げた。

 僕たちもつられて西の空を見る。

 だけど、なにも見えない。……いや、空のずっと先。雲の合間に見えるのは!?


「レヴァリア様には、フィレル殿下たちを呼びに戻ってもらっていましたわ」

「というとは、あれは飛竜騎士団だね!」


 思わぬ援軍に、僕は声をあげる。

 耳長族の戦士たちは、空の彼方から飛来してくる複数の存在に驚愕きょうがくしていた。


 最初は、小さな点だった。それがぐんぐんと輪郭を大きくしていき、次第に存在がはっきりと見え出す。

 数は十騎。それと、先頭を荒々しく飛ぶ紅蓮色の飛竜は、まさにレヴァリアだ。


 レヴァリアは、高速で暁の丘の上空を通過する。それに合わせ、恐ろしい咆哮を放った。

 耳長族の戦士たちが恐怖で逃げ惑う。


「こらっ、レヴァリア。威嚇しちゃ駄目だよっ」


 僕は空に向かって拳をあげる。

 すると、レヴァリアは大きく口を開き、喉の奥に真っ赤な炎を宿して僕に向かい急降下して来た。

 せっかく僕とリリィに歩み寄ってくれていた戦士さんが、悲鳴をあげて逃げていく。

 レヴァリアは、逃げ去った耳長族には目もくれず、襲ってきた。


「よしよし、フィレルたちを連れてきてくれてありがとうね」


 でもさ。僕たちは知っているんだ。レヴァリアが本気じゃないってことくらいはね。

 地表近くまで急降下してきたレヴァリアは、僕のすぐ頭上で大小四枚の翼を荒々しく羽ばたかせると、急制動をかける。そして、ずしんっ、と地面を震わせて着地した。

 僕はそんなレヴァリアをねぎらうように、紅蓮に美しく輝く鱗を撫でてあげた。


『ちっ。油断していろ。いつか本当に焼き殺してやる』

「ええーっ。そんなことしたら駄目だよ?」


 ぐるる、と喉を鳴らすレヴァリア。ふいっ、と僕から視線を逸らす姿は、言葉とは裏腹に可愛い。


 レヴァリアから少し遅れて、上空には十騎の飛竜騎士団が飛来してきた。黄金色が眩しい翼竜のユグラ様と、赤や茶色の飛竜たち。


 逃げ惑っても、焼け野原になった丘や森の跡に隠れる場所がない耳長族は、空からの来訪者にどうすることもできず、右往左往するばかりだ。


「みなさん、あれは僕たちの仲間です。大丈夫ですから、落ち着いてください!」


 レヴァリアが問答無用で飛来してこなければ、もう少し説明して耳長族の戦士たちを落ち着かせられたのに。

 まったく。レヴァリアは。とりあえず知らない奴は威嚇しておこう、という性格を改めないとね。


 僕の声と、ユフィーリアやニーナたちの説得のおかげで、耳長族の戦士たちは少しずつ落ち着きを取り戻し始める。そして、丘の上に再集合すると、空の飛竜騎士団や地上に降りたレヴァリアを恐る恐る見つめた。

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