二人の未来

「それじゃあ、説明してちょうだい」


 ユンさんとリンさんを含めた僕たちは、煮込まれるお鍋と焚き火を中心にして輪になって座る。そして全員にお茶が配られると、ミストラルがそう切り出した。


「うん。僕が説明するね」


 僅かな時間ではあるけど、この世界から消えたユンさんとリンさん。それが、なぜ復活したのか。しかも、今は透過もしていないし、白く色素が抜けてもいない。それどころか、精霊の力を使い続けてきて身体をむしばまれていたはずの二人は、今や元気そうだ。

 みんなの視線は自然と、この二人に注がれていた。だけど、これは僕が説明した方が良い。


 暖かいお茶で喉をうるおすと、みんなには一瞬で、僕らにはそこそこの時間だった夢のような世界の出来事を話す。


「たしかに、ユンさんとリンさんは一度はこの世界から消えたんだよ。でもね、それを僕がび戻したんだ。プリシアちゃんとアレスさんの協力を受けてね。あっ。もちろん、みんなの力が合わさったからこそ、僕はユンさんとリンさんを連れ戻せたんだよ! 先ずは、そのときのお話からするね」


 アレスさんに、他言無用と釘を刺された話。

 普段は竜の森で普通に暮らすカーリーさんに聞かせるべき内容ではないかもしれない。でも、僕はあえてカーリーさんにも聞いてもらう。

 カーリーさんは複雑な表情で僕の話を聞いていたけど、途中で口を挟んだり退席することなく話を聞き続けてくれた。

 そして、ニーナに抱かれていたアレスちゃんも、僕の判断を否定することはなかった。


「……耳長族の禁忌きんきの真実と、精霊と耳長族の関係か。たしかに、エルネアが話してくれたことはこれまで聞いたこともないものだった。だが、なぜそれを俺に聞かせた? 本来であれば、俺にも秘密にしておいた方が良いものだろうに」

「うん。本当は家族だけって言われてたんだけどね。でも、今後のことを考えてカーリーさんにも知っておいてもらいたかったんだ」

「と言うと?」

「こちらの世界に戻ってこられたとはいえ、ユンさんとリンさんには、これから苦難の日々が待っている。それで、僕たち家族以外にも、この二人の味方が欲しかったんだ」


 ユンさんとリンさんが戻ってきた理由。それは、復讐の続きではない。背負った罪をつぐなうためだ。

 でも、耳長族の禁忌を犯した二人には、これからも絶えず厳しい目が向けられることは避けられない。


「ひとりでも良い。僕の家族以外にも耳長族と精霊の隠された関係を知ってもらい、ユンさんとリンさんを受け入れてもらいたいんだよ」

「だが、俺がエルネアの話を聞いてこの二人の味方になるとは限らないだろう?」

「うん。でも、理解はしてもらえるよね?」


 カーリーさんは真面目な人だ。

 竜の森を護る戦士であり、厳しく戒律かいりつを守る耳長族の頼れる仲間。だからこそ深い事情を知れば、カーリーさんならユンさんとリンさんの良き理解者になれると確信している。


「勝手に巻き込んじゃったことは謝ります。でも、僕はカーリーさんなら真実を告げても他言はしないと思ったし、知識を悪用しないと判断したんだ」

「信頼されていることは素直に喜ぼう」


 カーリーさんは煮立ち始めた鍋をかき回しながら、どうすべきかとユンさんとリンさんと僕を交互に見た。


「……耳長族と精霊の話は、大長老様などは知っているのだろうか」


 すると、ふとカーリーさんがそんなことを呟いた。


「ううーん。ユーリィおばあちゃんなら、知っていそうな気がするな。だって、若い頃に魔女さんと世界中を駆け回っていたような人だしね」


 しかも、僕たちのように不思議な人たちに選ばれて、寿命がないような人だし、という部分は伏せておく。


「魔女が何者かは知らないが。そうか、やはり大長老様なら深い話を知っていても不思議ではないな」


 ユーリィおばあちゃんが知っていることが、どうカーリーさんの判断に関わるのか。それはわからないけど、カーリーさんは深く思案しながら、僕の話の続きを促してきた。


「俺の判断は、もう少し待ってくれ。四百年生きてきて教わってきた話とはかけ離れすぎていて、頭を整理するのに時間がかかる。それよりも、まだこの二人がどうやってこちらの世界に戻ってきたのか、それを話していないだろう。それを聞かせてくれ」

「そうだったね。それじゃあ、ご飯を食べながら説明するね」


 煮込まれた猪肉と刻まれた香草のいい匂いのせいで、さっきからお腹がぐうぐうと悲鳴をあげる。

 夕食の頃合いになった瞬間に目を覚ましたプリシアちゃんは、ユフィーリアの腕のなかでよだれを垂らしてます。

 ルイセイネはそんな食いしん坊さんに苦笑しながら猪鍋ししなべを器に寄せて、みんなに配る。

 全員に行き渡ると、いただきます、と声を揃えて随分と遅くなった夕食にありついた。


 しっかりと煮込まれたお肉は柔らかく、はふはふと頬張る先から崩れて口のなかに広がる。香草のおかげか、カーリーさんの下処理のおかげか、臭みもなくてとても美味しい。

 一杯目を無言で食べておかわりをする。そして、ようやくお腹が落ち着き始めたところで、ユンさんとリンさんの話に戻った。


「考えてみるとさ。ユンさんとリンさんはもう精霊に近いというか、ほぼ精霊と一緒なんだよね」

「たしか、精霊を取り込むと最終的に同化して精霊の世界に連れて行かれるのでしたわ」

「そう、ライラの言う通り。それで思ったんだけどね。精霊と同じような存在になったのなら、使役できないのかなって」

「……は?」


 お前はまた、なにを言っているんだ。とカーリーさんが呆れたような視線を僕に向けていた。


「エルネア。貴方がユンとリンを助けたいという気持ちを持っていることは理解しているし、そのために妻として全力で協力するけど、発想が突飛過とっぴすぎないかしら?」

「ううう、ミストラルにそう言われると言い返せないんだけど……。でも、これしか方法はないと思ったんだ。ユンさんとリンさんをこの世界に繋ぎとめておく方法はさ」


 耳長族の禁忌を犯し、裏切り行為や虐殺ぎゃくさつをしたリンさん。そして、ユンさん。この二人が消えることが、今回の事件を丸く収めるための簡単な方法ではあった。

 実際に二人が消えた瞬間、居合わせていた耳長族の戦士たちは、ほっと胸を撫で下ろしていたしね。

 でも、僕はそういう結末を望んでいなかった。

 だから、みんなの力を借りて、プリシアちゃんとアレスちゃんの助けを受けたんだ。


「繋ぎとめておく……。そのために、精霊の存在に近くなった二人を使役下に置いた、とエルネアは言うのか。だが、なぜ耳長族でもないお前がそう確信を持ったように動ける?」

「ええっとね。それは僕が耳長族じゃないからこそ、かな?」

「どういうことだ?」

「あのね、カーリーさんも知っての通り、僕は耳長族でもないのに空間跳躍が使えるんだよね。耳長族の常識では、精霊力のない人が空間跳躍を使えるなんて考えられないよね? しかも、僕は人族でありながら、竜人族の称号である竜王も継いでいる。それと一緒だよ」

「つまり、精霊は精霊力がないと仲良くなれない。耳長族の技は耳長族だけのもの。竜人族の称号は竜人族が受け継ぐ。そういった常識を打ち破ってきたエルネアだからこその発想ね」

「うん。そう言われると嬉しい!」

「常識に捉われない考えか。それで、二人の存在を仮定し、実行に移したわけか。なるほど、プリシアの友情をもとにした使役であれば、賢者であった存在でも使役下におけるのか。やれやれ、プリシアの使役する精霊がまた増えたな。常時契約している存在が五つか。これは大長老様に匹敵するな。しかも、霊樹の精霊とは親友ときた」

「くっくっくっ。カーリーさん、まだ常識に囚われてるね?」

「なにっ!?」

「僕はプリシアちゃんの協力を受けはしたけど、使役を任せたとは言ってないよ」

「ど、どういうことだ?」


 カーリーさんだけじゃなく、ミストラルたちも不思議そうに僕を見た。


「エルネア君、まさか……?」


 三杯目をお願いしたんだけど、ルイセイネにお椀を没収されて、詰め寄られる。


「ええっとね。ユンさんとリンさんを使役しているのは、実は僕なんです!」


 僕の衝撃的な告白に、ミストラルたちは頭を抱えてしまう。


「みんな、落ち着いて! これは、今後のことも踏まえた僕なりの考えがあってなんだよ!」

「いや、その前にだな……。やはり、お前はとんでもない奴だ。考えが突飛なだけでなく、それを自ら実行に移す破天荒者はてんこうものだな。精霊力の無いお前が精霊に近い存在となったユンとリンを使役する? いったい、どうやってだ!?」


 僕への評価は置いておいて。カーリーさんの疑問はもっともだよね。ミストラルたちも、それを不思議がっているはずだ。

 けっして、新婚早々に女性が二人も増えたとなげいているわけじゃない……はずだ!

 ……そ、そうだよね?


「ええっとね。正確に言うと、僕だけの力でユンさんとリンさんを繋ぎとめているわけじゃないんだ。これは不思議なんだけど。合わさったみんなの力と、霊樹の精霊のアレスちゃん。それとプリシアちゃんの精霊力が僕を媒介ばいかいにして二人に注ぎ込まれて、使役できているみたいなんだよね。あっ、もちろん、ユンさんとリンさんは力の使役ではなくて、友情……とまではいかないか。今は信頼をもとに契約しているんだ」


 僕の話に、ユンさんとリンさんが静かに頷いた。


「我らのあるじである契約者はエルネアだが、我らは貴女方全員に使役されていると言っても過言ではない。よって、命じられれば我とリンはご家族全員の意に従おう」

「エルネアは我に言ったもの。復讐は間違ってるって。罪の償い方は、他にもあるって。だから、我なりにこの抱いた憎悪をどうするか答えを見つけるまで、罪を償うまではエルネアに従うと決めたの。エルネアならきっと我とお姉ちゃんが納得できる場所に導いてくれるって信じてる」

「信頼してくれてありがとう、リンさん。そして、説得に応じて戻ってきてくれてありがとう、ユンさん」


 僕は二人に感謝しているんだ。

 説得に最善を尽くしはしたけれど、僕の利己的な主張に応じてくれるかは、ユンさんとリンさん次第だった。でも、こうして戻ってきてくれた。さっきは、争いを止めたい、という僕の意思に従って巨人族と耳長族を威嚇もしてくれた。

 出逢って間もない僕たち。本当の信頼関係を築き上げるのはこれからだ。そして、プリシアちゃんのように友情で結ばれる日がくれば良いと願っている。

 だから、僕は二人の気持ちに応えなきゃいけない。


「だけど、どうするのかしら。二人が戻ってきたことによって、耳長族の説得は難しくなったわ」

「だけど、どうするのかしら。禁領に行く場合に困らないかしら?」


 甲斐甲斐しく幼女の食事の世話をしてくれているユフィーリアとニーナが問題を突く。


「耳長族とは、代表者を交えてしっかりと話し合うつもりだよ。過去の出来事も踏まえて、当事者たちはしっかりと向き合う必要があると思うからね。それと、禁領のことなんだけど……」


 禁領の管理者と交わした約束。

 安易に誰かを招き入れない。もしも管理者が相応しくない人物と判断した場合には、問答無用で排除される。そして、招き入れた僕たちも罰を受ける。


 みんなで、禁領の決まりごとを再確認した。


「それでは、ユンとリンは連れていけないな? いや、そもそも贖罪しょくざいのためにこの世界にとどまると言うのなら、禁領には行く必要がないのか」

「カーリーさん、そのことなんだけどね。ユンさんとリンさんにも、しっかりと聞いてほしい。僕は、二人を禁領に連れて行こうと思っているんだ」

「なっ!?」


 この日何度目かの衝撃的な出来事に、カーリーさんは目を見開いて驚いた。


「お前の言っていることがさっぱりわからんぞ? 禁領のことは、今し方自分たちで確認しあったばかりだろう。それに、二人に罪滅ぼしをさせるのに、なぜ禁領へと連れて行く? ミストラル嬢、貴女はエルネアの言っていることが理解できるのか」


 カーリーさんに言われ、ミストラルは苦笑まじりで頷いた。


「もちろん、知っているわ。エルネアが禁領の今後をどう考えているのかはね。それと、リンがこうして加わることは驚いているけど、ユンをどうしたいのかは事前に聞いていたし」

「ヨルテニトス王国の砦にいるときに、部屋でカーリーさんに説明しようと思ってそのままだったんだけど。ユンさんのことは、最初から決めていたんだ。もちろん、ユンさんがこうして僕の考えに同意してくれたら、ということが前提だったけど。それじゃあ、禁領のことと二人のことを話すね」


 三杯目は、結局もらえなかった。そのかわり食後のお茶を貰って、一服いっぷくしながら話す。


「僕は、僕の判断でお客さんを禁領へと招き入れようと考えているんだ。最初は、管理者に毎回確認を入れて、と思ったんだけどね。でも、それじゃあいつまで経っても、自分の判断で動けないと思うんだよね。だから、僕は僕の目で見て、話して、接して、それで大丈夫だと思った人は、自分の責任で禁領に招くと決めたんだ。それで、ええっと……謝っておくね。最初にユンさんに肩入れしようと思ったのも、自分の直感や考えが正しいのか、試したかったからなんだ」

「我を最初から敵として見るのではなく、中立の立場に立って真意を見定めようとしたのだな。謝る必要はない。人は誰しも、自分の都合を持っていたり思惑があるものだ。我らはエルネアの思惑で助けられた。感謝こそすれど、びは必要ない」

「ユン様の言う通りですわ。それにそもそも、禁領への招待で、ひとりひとり確認を入れるようには言われてないですわ。あくまでも、招き入れたあとに不適切だと判断されたら、という話ですわ」

「だが、それで不適切だと判断されたらどうするのだ?」

「カーリーさん。たぶんね、それはないと思うんだ」

「……?」

「管理者と僕の価値観は一致している。禁領を大切にする。その基準で僕も相手を見るし、管理者も、不適切な者とは適当な判断ではなくて、禁領にわざわいをもたらすかどうかを見ていると思うんだ」

「だが、それでも……」

「うん、僕の目に狂いがあるかもしれない。間違いもあるし、失敗をするかもしれない。でも、管理者の判断に頼りっきりにはなりたくないんだ。せっかく貰った土地なら、あ、正確にはミストラルが譲り受けたわけだけど。ともかく、自分たちの判断で快適になるように努力したいじゃないか。それでね。もしも管理者が駄目だと言うのなら、それはそのときに反省します!」


 もちろん、今回の勝手な判断を巨人の魔王などに事前に相談はしていない。

 でも、それで良いと思うんだ。

 禁領は僕たちにたくされている。正確には、ミストラルにだけど!

 では、それなら根幹になる決まりごとの範疇はんちゅうで、自分たちで管理したいよね。それが僕と妻たちとで話し合い、納得しあった結果だった。


 ふと、傍に置いた白剣の、つばめ込まれている宝玉を見た。

 宝玉は青々と輝くばかりで、にごりはどこにもない。


「それで、ユンさんとリンさんなんだけど。ねえ、リンさん。この森から離れようよ? ここに居たら、リンさんはいつまでも憎しみを忘れられない。でも、遠く離れた禁領なら、新天地での新しい生活でなら、きっと違う人生を見つけられると思うんだ。それにね、禁領にはこれから、竜の森の精霊の一部を移住させる予定なんだよね。その精霊のお世話をお願いしたいんだ。精霊に対しての罪滅ぼしは、精霊たちに尽くすことでつぐなわない? ユンさんは精霊に好かれる人のようだし、適任だと思うんだよね」

「遠い土地へ……?」

「精霊への償いか……」

「エルネアよ。恨みと精霊への償いはそれで良いかもしれないが、耳長族と巨人族へはどうする?」

「見知らぬ未開の地で、使役されながら罪を償い続ける。それで駄目かな? 人族で犯罪を犯した場合に、被害者へ直接と償うのはまれで、普通は投獄されたり強制労働をさせられたりして罪を償うんだ。それと同じで、ユンさんとリンさんはここを離れるけど、ちゃんと罪を償い続けてます、と示せれば大丈夫じゃないかな? その辺も含めて、今後は関係者と話をしようと思ってるよ」

「そうか……。たしかに、そういう罪滅ぼしの方法はあるな」


 カーリーさんは納得してくれたのか、頷いてくれた。

 そして、最初の問題に戻る。


「……なるほど。エルネアは先のことも考えて、行動していたわけか。そして、俺にもよき理解者になってほしい、と」

「うん。長命な耳長族のカーリーさんなら、ユンさんとリンさんを長い目で見つめ続けられると思うしね」

「そうだな。お前たちが寿命を迎えたあとも贖罪が続いているかもしれない。そのときに二人を見守る役目が必要か」


 そうでした。カーリーさんは僕たちが不老になったことをまだ知らない。だから、何十年か先のことにも思いを巡らせてくれたんだね。


「よし、わかった。俺はお前たちに全面的に協力しよう。ユンとリンのこれからをしっかりと見続け、必要であればこの森へと赴いて二人の活動を知らせようじゃないか」

「ありがとう、カーリーさん!」


 カーリーさんが良き理解者になってくれるのなら、これ以上ないほど頼もしい。

 僕はお茶を飲みながら、ようやくほっと胸を撫で下ろした。

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