勇者様ご一行は多忙の予感

「ねえ、リリィ……」

「天気が良いですよねー」

「いやいや、思いっきり曇ってるからね!」

「でも、それはずっと下の景色ですよー」

「そうだね。……じゃなくてさ!」


 なんで……

 なんで、こうなってしまったのだろう……


 僕は今、リリィの頭部へと避難してきていた。

 リリィは今、ヨルテニトス王国へと向かって飛んでいる。


 立春を迎え、多くの少年少女たちが故郷へと戻る時期。

 僕たちはフィレルとの約束を守るために、一路ヨルテニトス王国の王都を目指していた。


 うん。それなら特に問題という問題はない。

 王都に行ってフィレルと会い、東の地の近況を聞いたりするだけ。

 ライラを王様に会わせてあげたり、ちょっと面倒だけど竜騎士や身分の高い人たちとの交流があるくらい。

 気楽に行って、さくっと帰ってくる手筈てはずになっていた。


 そう。あの人がやって来るまでは……!


「ほら、さっさと酒を注げ。拒むなら、リリィのえさにしてしまうぞ」

「しくしく。リリィ、僕を食べないでね?」

「エルネア君を食べても、お腹の足しにはならないですからねー」


 いやいや、友情だとか信頼関係だとか、そういう理由で拒否をしてほしいよね。

 お腹が満たされるかどうかで判断するのはやめてください。


「エルネア。そろそろ観念しなさい」

「ミストラルが屈してる!」


 お遊び半分で振り落とされないように、リリィのおどろおどろしい角にしがみつきながら振り返ると、ミストラルは素直にあの人の相手をしていた。


 あの人。

 そう。

 あの、怖い人です。

 魔族の国を支配する、極悪非道の魔王。

 魔王の中の魔王。

 最古の魔族。

 はい。

 巨人の魔王です!


「エルネア君、従った方がいいと思うな。そうしないと、人族の国がどうなっても知らないよ?」

「ヨルテニトス王国が人質に取られちゃった!」


 いや、これは国質とでもいうのかな?

 というか、なぜルイララまでついてきているんでしょう!?


 リリィの背中に特注の鞍をしつらえて、ゆったりと寛ぐ巨人の魔王。傍で、この状況に苦笑しつつ接待をしているのはミストラル。そして二人の女性の側には、剣術馬鹿、改め子爵位のルイララが笑顔で乗り込んできていた。


「エルネア君は、やっぱり酷いよね。僕の領地に全然遊びに来てくれないんだから」

「僕だって、色々と忙しかったんだよ。というか、魔族の貴族様の家にほいほいと気軽に遊びになんて行けません」

「あら、そうなの? 身内の男親の皆さんを魔王城へと旅行に連れて行くって言ってなかったかしら?」

「しーっ。それはまだ秘密だよっ」

「酷いなぁ。僕は駄目で、陛下のところは良いんだ?」

「うっ。そういうわけじゃ……」

「遊びに来い。歓迎しよう。なんなら、今から行くか」

駄目だめぇーっ。心の準備が必要なんですっ」


 父さんたちの準備じゃなくて、僕の心の準備だよ。

 父さんたちには、直前まで内緒です。


「ほほう、秘密か。良いことを知った」

「はっ!」

「ほれ、暴露されたくなければ、素直に酒を注げ」

「はい……」


 しまった。

 巨人の魔王には、思考を読まれちゃうんだよね。

 僕はとうとうあきらめて、とぼとぼとリリィの頭部から長い首を渡り、背中へと移動する。そして、命じられるがままに魔王のさかずきへとお酒を注いだ。


「それで、なんで来ちゃったんですか?」


 リリィの背中には、僕とミストラル。それと、巨人の魔王とルイララが騎乗している。

 ライラや他の家族は、前方を悠々と飛行するレヴァリアの背中の上だ。


「何を言う。招んだのは其方の方だろう?」

「いやいや、僕はリリィしか呼んでませんよっ」

「だが、魔剣のことを聞きたかったのであろう?」

「本命は、リリィにヨルテニトス王国へと連れて行ってもらうお願いでした……」


 とはいえ、ついでに魔剣のことについて聞こうと思っていたのは事実です。


 僕たちが王宮に顔を出している間に、ルイセイネとキーリとイネアは魔剣使いと対峙したんだって。

 僕も、噂には聞いていた。

 量産型の魔剣が、未だに国内で僅かに流通していること。そして、リステアたち勇者様ご一行がその件で活躍し続けていることを。

 魔剣を密輸していた魔族や呪われた者は、過去にリステアたちが討伐している。なので、新たに魔剣の脅威が広まるという危険性はない。だけど、流入した魔剣を完全に処分しない限りは、この問題は根本では解決していないことになる。

 それで、ちょっと思っちゃったんだ。

 魔剣のことなら、魔族に聞けば良いのでは、とね。


「リリィに、量産型の魔剣のことでなにか知っていることはないか聞きたかっただけですよ」

「リリィに聞くのも、私に聞くのも変わりはしないだろう?」

「いいえ、大違いです!」

「素直に、僕に聞いていればこんな大ごとにはならなかったのにさ」


 ぽつり、とルイララが呟く。

 その通り。ルイララに聞いていれば、こんなことにはなりませんでした。


「というかですね。質問をしたかっただけで、一緒にヨルテニトス王国へと行こうなんて言ってませんよ?」

「なあに。敵情視察のようなものだ」

「敵情なんて言っちゃ駄目です。魔王が言うと、洒落しゃれになりません!」


 侵略しちゃ駄目ですよ、と慌てる僕を見て、魔王はくつくつと笑う。

 やっぱり魔族の王だ。人の困っている姿とか不幸を見るのが楽しいんだろうね。


「私は魔王ではあるが、悪魔ではない。其方の困っている姿を見るのが楽しいだけだ」

「しくしく……」


 泣き真似をしたら、ミストラルがよしよしと頭を撫でてくれた。


「それで、其方らが『量産型』と呼ぶ魔剣のことだったか」


 魔王はお酒で唇を潤しながら、眼下に流れる灰色の雲の海を見下ろした。


「はい。現在は勇者たちが後処理に奔走しているんですけど、なにかの手助けになれば良いなぁと思って」


 魔剣のことは、リステアたちの領分だ。

 僕が出しゃばろうなんて思ってはいない。だけど、情報提供とかで協力できるなら、なるべく協力したいよね。


「それで、魔剣の何が知りたいと言うのだ? 流通経路はとうの昔に潰したのだろう? ならば、魔剣の性能か。それとも、あとどれ程の本数が人族の国に存在するのか、などという質問はするでないぞ。さすがにそれは私も知らん」


 確かに、さすがの魔王でも、違う魔王が流し込んだ魔剣の本数や処理された本数を把握なんてしていないよね。僕もそこまでは望んでいない。


「ええっと。僕が知りたいのは『量産型』と呼ばれている同じ形、同じ性能の魔剣がなんなのか、ということです」

「魔剣といえど、本来であれば量産はできない、と知っての質問だな」

「はい」


 ふむ、と魔王は長く美しい指先を顎にわせて考え込む。そして、にやり、と口角を上げた。


 あっ。

 嫌な予感しかしません!


「量産型の魔剣を流通、というか創っていた者なら知っている。多分、あ奴だろう」

「本当ですか!?」


 あれ? 勘が外れちゃった。


「ああ、あのお方ですね」


 どうやら、ルイララも心当たりがあるらしい。

 これは、思いのほか色々とわかっちゃう流れなのでは!?


「魔族の間では、有名だな」

「おお、そんな人がいるだなんて!」

「量産型、か。面倒臭がりのあ奴らしい手法だ」

「魔剣を造った人が有名人なら、製造した本数とか販売した数を把握していますよね? 販売本数が把握できれば、出回っている上限がわかるから、リステアたちも少しは楽になるかも!」


 それだけじゃない。

 魔族には、魔剣を量産できる者が確かに存在している。その情報だけでも価値は大きいんじゃないかな。

 まだまだ謎だらけの「量産型の魔剣」だけど、造れる者がいるというのなら、そこには理解不可能な怖さがなくなる。


 量産型のなにが怖いのかって、魔剣や呪力剣は量産できない、というこれまでの常識から逸脱した恐ろしいことわりがそこに働いているんじゃないのか、という未知に対する不安なんだよね。

 量産型の魔剣自体は、それほど脅威ではない。ただし、その不気味で理解不能の「理」が見え隠れする部分に、底知れぬ恐ろしさを感じるんだ。


 だけど、造れる者がいる、という事実がわかれば、話は変わってくる。

 量産型の魔剣は、摩訶不思議な理や不気味な力によって生み出されたんじゃない。他の魔剣と同じように、魔族の職人がたくさん造っただけなんだ。

 その事実は、人々を安心させるだろうね。リステアたちも、きっとこの情報を喜んでくれるに違いない。


 そして、その職人の名前や、どういった者なのかという情報を得られれば、さらに安心できちゃうかも知れない。


 期待を込めて魔王を見る僕。

 魔王は、口の端を上げたまま、僕を見返していた。そして、核心を口にする。


「教えてやろう」


 ごくり……


「勇者どもが、私のもとまでたどり着けたらな」


 がっかり!


 がくっ、と僕は崩れ落ちた。

 やっぱり、嫌な予感は的中でした。

 よりにもよって、リステアたちが巨人の魔王のもとにたどり着けたら、なんて条件を出すなんて!


 僕たちは、魔族も恐れる竜族や竜人族と親しいからこそ、魔族の国でも身の安全が保たれている。

 だけど、リステアたちにはそういう魔族に対する後ろ盾がない。スラットンの相棒には、地竜のドゥラネルがいるけど、まだ子供だし一体じゃ心もとないよね。


「それって、僕たちが連れて行くというのは駄目なんですよね?」

「当たり前だ。それは面白くない」


 面白いか面白くないかで判断されるなんて……


「だが、果たして私のもとへまで来る必要があるかどうか。自力で魔族の国へと来られたのなら、あ奴の噂を耳にするかもしれん」

「そういえば、有名人なんですよね。でも、僕はそんな噂を聞きませんでしたよ?」

「それは、其方がそちらへと意識を向けていなかったからだろう」

「たしかに!」


 量産型の魔剣について調べるために、と意識していれば、そういう話や噂は自然と転がり込んで来るもんだよね。


「だが、今更、量産型の魔剣を調べてどうする? 其方も思考していたが、気休めにはなっても、それで流通してしまった魔剣が消えることはないぞ?」

「問題の根幹というか、製造した人のことを知りたいとか、魔剣についてもっと詳しく知識を得たいって思うのは違うのかな?」

「それは、エルネアの好奇心じゃないかしら? 勇者がエルネアと同じようにそれを望んでいるとは限らないわよ。それに、協力を望んでいるのなら、真っ先に貴方へと相談していると思うけど?」

「ううーん。これって、僕の自己満足?」


 リステアのために、と思っていたんだけど、どうやらそれは自分の好奇心を満たすための言い訳だったみたい。

 自分の心の真実を知って、ちょっと落ち込んじゃう。


「ふふふっ。落ち込む必要はない。好奇心は失うな。世界への興味を失ったときに、魂は消えてしまう」


 はっ、と顔を上げる僕とミストラル。

 魔王は、こう言っているんだ。「不老になった今、周りへの興味を失ったら廃人はいじんになって苦痛の人生になってしまう」と。


「それに、的外まとはずれな質問ではない。遅かれ早かれ、勇者は魔族の国へと踏み入ることになるだろう。それがどのような理由であれ」

「……というと?」


 意味深な魔王の言葉に、僕とミストラルは首を傾げた。


「量産型はさて置き。先のクシャリラの謀略の際に、名のある魔剣が数本、消息不明になっていると聞く。当時の情勢の流れから見て、それらは人族の国へと流入している可能性がある。そうすると、人族が『聖剣』と呼ぶ呪力剣でも歯が立たぬ性能だろうな」

「えええっ!?」


 魔王も、聖剣の本質を知っていたんだね。

 いや、勇者と聖剣を見たことがあるし、そのときに気づいたのかな。

 というか、聖剣を上回る性能の魔剣があるかもしれないだって!?


「そのことだけでも、リステアたちに知らせておかなきゃ……」

「ついでに、行き詰まった時は西へと意識を向けろと忠告しておいてやれ」

「はい、ありがとうございます」

「くくくっ。私に相談して良かっただろう? リリィであれば、ここまで丁寧に教えてはいなかったかもしれんぞ?」

「リリィは勇者には興味ないですからねー」


 さらっと悲しいことを言わないでください。

 苦笑する僕とミストラルは、もう一度丁寧に魔王へとお礼をした。

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