竜騎士団の災難

 飛竜たちが、空の上で暴れている。

 地竜たちが、地上で足踏みしている。


 ほらね。

 やっぱりこうなっちゃうんだ。


「あら、あららっ。どうしたのですか、落ち着いてください!?」


 そして、ひとりの女性竜騎士が今、暴れる飛竜から振り落とされないように、必死に鞍へとしがみつきながら、可愛い悲鳴をあげていた。


「うるさい。皆殺しにしてしまおうか」

「いやいや、それだけはご勘弁を!」


 原因は、貴女なんですからね!

 僕とミストラルは、本当に大虐殺を起こしそうな雰囲気の魔王をどうにかなだめると、迎えに来てくれた飛竜騎士団をどう落ち着かせようかと悩む。


「いやぁ、愉快だね。竜族の慌てふためく姿なんて滅多に見られないからね」

「ルイララ、夜道には気をつけた方がいいよ。竜族に襲われても知らないんだからね」

「おお、それは怖いね」


 ルイララくらいだと、さすがに竜族は脅威になるのかな?

 だけど魔王から見れば、どうやら竜族であっても雑魚扱いらしい。竜族もそれがわかっているから、こうして慌てているんだよね。

 ともあれ、この恐慌状態をどうにかしないと、話は先に進まない。


 ヨルテニトス王国の王都近くまで飛来した僕たちを出迎えてくれたのは、王都警護の飛竜騎士団さん。

 新しく設置された見張り台なのかな。高台に築かれた小さな砦から三騎の飛竜騎士団が飛来したところまでは、普段通りだったんだけどね。

 人とは比べようもないほどの視力と察知能力を持つ竜族です。雲の上を飛行するリリィの背中で寛ぐ危険人物にすぐさま気づき、暴れ出した。

 すると、何事かと地竜騎士団が出てきて、さらに混乱を招く。

 こうして、世にも珍しい竜族の集団恐慌事件は発生したのでした。


 なんて、呑気のんきに振り返っている場合じゃありませんでした。

 さて、どうしよう?

 ここは久々に、ライラの能力を利用して強制的に鎮めちゃおうかな?

 このまま混乱が広がり、竜騎士団に実害が出たら困る。それに、目の前で悲鳴をあげている女性は知っている人だしね。


 というわけで、混乱の渦中かちゅうにある竜騎士団を頭上から嘲笑ちょうしょうしているレヴァリアへと意識を向ける。


『くくくっ。愚か者どもめ。この程度で怯え混乱するとは、竜族の風上にも置けん軟弱な奴らだ』


 いやいや、レヴァリアだって、スレイグスタ老とかアシェルさんの前では縮こまってるよね! なんて突っ込みをぐっとこらえて、竜心でライラに伝言を頼もうとした、その時。


『鎮まれ。竜王りゅうおう竜姫りゅうきの存在がわからぬはずはなかろう。彼らの同伴者である。それがたとえ何者であろうとも、狼狽うろたえるのは愚かであるぞ』


 遠くの空から、威厳のある咆哮が響いた。

 どこまでも空に浸透するようなこの咆哮は、竜の盟主であるフィオリーナに似ているね。

 声だけでわかる。これは、ユグラ様だ。


 灰色の雲の合間から、太陽のような黄金の輝きを放つ翼竜が姿を現わす。そして、堂々とした飛行でこちらへと近づいてきた。


「アーニャさん、落ち着いて。手綱をしっかりと持ってください」

「はわわわっ。フィレル殿下!?」


 僕たちの前を右往左往する、焦げ茶色の鱗をした飛竜。それに騎乗する女性竜騎士は、僕たちの知っている人、アーニャさんだった。

 だけど、フィレルを確認したアーニャさんはさらに慌てた様子を見せて、危うく飛竜から落ちそうになる。


「あっ」


 息を呑む僕たち。

 でも、アーニャさんが落下する前に、飛竜の方が冷静さを取り戻してくれた。

 ユグラ様の咆哮を聞き、乱れていた精神を立ち直らせることができたのかな。

 焦げ茶色の飛竜は翼を大きく羽ばたかせると、体勢を整える。それで安定したのか、アーニャさんは不恰好な姿ではあったけど、難を逃れることができた。


「ああぁっ、なんて恥ずかしい。申し訳ありませんです。フィレル殿下」


 相変わらずの、変な言葉遣いだね。

 まるで、出会ったばかりのライラのようだ。


 アーニャさんとは、最初にヨルテニトス王国を訪れた際に知り合った。

 北の山岳部から暴走してきた地竜を止めるために、協力を要請されたんだよね。

 素朴そぼくで元気いっぱいのアーニャさん。

 一応は代々の竜騎士の家系で、竜騎士爵という身分らしい。だけど、竜騎士爵のなかでも下の身分らしく、こうして王族のフィレルなんかと向き合うと、緊張のしすぎで変な言葉遣いになるみたいだ。


「アーニャさん、大丈夫ですか、落ち着いてください」

「は、はい。元気です!」


 いやいや、体調は聞いてないからね?

 こちらへと近づいて来たユグラ様の上から心配そうに見つめるフィレル。そして、王子からの声掛けに変な反応を示すアーニャさんの顔は真っ赤だ。


 あれれ?

 これって……


 ユグラ様の登場で、飛竜と地竜は落ち着きを取り戻し始めていた。

 フィレルは竜騎士団に指示を出しながら、アーニャさんが騎乗する焦げ茶色の飛竜に近づく。そしてあろうことか、フィレルは空で大跳躍をした。

 ユグラ様の補佐もあって、フィレルは焦げ茶色の飛竜に乗り移る。


「さあ、手を」

「あ、ありがとうございますです」


 体勢を崩していたアーニャさんは、フィレルの手を借りて鞍の上に跨り直す。


 ああ、やっぱり!

 ぴこーん、と僕は重大な事実に気づいてしまったよ。


「すみません、エルネア君。お騒がせしました。それじゃあ、案内しますね」


 言ってフィレルは、アーニャさんから手綱を受け取ると、焦げ茶色の飛竜をって僕たちを案内する。

 ユグラ様はなにも言わずにきびすを返すと、上空でこちらを面白おかしく観察するレヴァリアを促して飛び去っていった。


「それじゃあ、僕たちも行こうか。あっ、魔王は色々と自重してくださいね?」

「其方が言うか」

「僕だから言えるんです!」

「エルネアも、変な問題を起こさないように自重しなさい」

「はい!」


 リリィは「面白かったですねー」なんて呑気に笑いながら、先導の役目を全うしようとする飛竜騎士団に従って王都へと入る。

 着地場所は、いつも利用させてもらっている宮殿の中庭だ。

 本来だと飛竜の着地場ではないせいか、フィレルを乗せた焦げ茶色の飛竜以外の竜騎士は降りてこない。

 僕たちは、案内してくれた飛竜騎士団に上空でお礼を言って、中庭へと着地した。


「よく来た。歓迎する。しかし、なにやら騒がしかったが?」

「ああ、それはですね……」


 地上では、これまたいつものように王様や高官の人たちが出迎えてくれていた。

 リリィから真っ先に降りて、挨拶をする僕。

 ライラも僕に遅れないくらいの早さでレヴァリアから降りると、王様に駆け寄る。


「今回は、ちょっと変わったお客さんを連れて来ました。そのせいで、竜騎士団に迷惑をかけちゃいましたけど」

「ほほう、珍しい客か」


 王様は、興味深そうに僕たちの背後へ視線を送る。


其方そなた、まさかまた新たな嫁をめとったのか!?」


 そして、なにを勘違いしたのか、王様は大仰に驚く。


「いやいやいや、あの人は違いますよっ。あの人は、永遠の独身です!」

「私より強く、面白い男が現れれば考えてやっても良いがな」

「そんな人、この世にいるんですかねぇ……」


 ミストラルに手を引かれ、ルイララを従えてリリィから降りた独身の女性は、無理難題を口にしながらこちらへとやって来た。


「王様、みなさん、紹介します……ええっと……」

「んん? どうした?」


 王様は、早くこの妖艶ようえんな女性を紹介しろ、と視線で訴えかけてくる。

 とはいえ、王様はこの人が何者かなんて、本当は知っているよね。面と向かって会話は交わしていないけど、僕たちの結婚の儀で姿は見ているはずだ。

 魔王の正体を知らないのは、結婚の儀に来られなかった一部の官僚や兵士の人たちだ。その、何も知らない人たちが、僕の連れてきた新たな女性に興味津々な視線を投げかけた。

 早く紹介しろ。今度はどんな関係の女性なんだ、と瞳が野次馬的に語っています。

 僕とライラは、なにも知らない平和な人たちの熱い眼差しに耐え切れず、つい目を逸らしてしまう。


「エルネア君、早く紹介しないと不敬になるわ」

「エルネア君、早く紹介しないと呪われるわ」


 レヴァリアから降りて来たユフィーリアとニーナが、笑いながら僕を促す。


「さあ、私を紹介しろ。私が自分から名乗るのはよろしくなかろう?」

「ううう……」


 確かに、お客さんを連れて来ておいて、自分で名乗らせるなんて失礼だよね。

 僕は観念して、二人のお客さんを王様や集った人たちに紹介した。


「ええっと、こちらの女性は……。魔族の国を支配する巨人の魔王です! 背後に控えるのは、始祖族を親に持つ子爵位の上位魔族です!」

「……は?」


 どうやら、平和な人たちは僕の紹介が理解できなかったらしい。……いや、違うか。

 頭が真実を受け止め切れずに拒否したんだ。


 真実を知らなかった官僚や兵士たちが目を点にして、魔王とルイララを見ていた。

 なぜか、王様はそんな家臣を見て口角を上げている。

 まさか、困惑する臣下をみて楽しんでいるんじゃないよね? というか、こうなることがわかっていて、この場で僕に紹介させたのかな!?


「魔王は……。ええっと、普通に魔王って呼べば良いのかな? こっちの貴族は、ルイルイって呼んであげてください」


 魔族は、馴れ馴れしく名前を呼ばれることを好まないからね。

 僕の説明に、つい先ほどまで平和だった人たちはぎこちなく首を傾げた。


「エルネア殿よ、冗談……」

「ではないです! 本物です!」


 僕の隣で、何度も頷いてみせるライラ。

 それでようやく現実を飲み込めたのか、官僚や使用人さんたちは引きつった顔で魔王とルイララをもう一度見る。


「人族の王よ。私の前で平頭へいとうしない無礼を許そう」

「いやいや、お互いに王様なんだから、対等にお願いします!」


 この人は、に及んでなんということを言うんでしょう。

 魔王なりの冗談なんだけど、魔族の冗談に慣れていない人たちには恐怖の呪詛じゅそにしか聞こえませんよ!


「本物の呪詛が聞きたいのか。其方の望みなら聞かせてやらんでもないが?」

「いいえ、お断りします!」

「……ふむ。剣を抜き、王を護らなければという心意気は褒めるが、止めておけ。剣に手をかけた瞬間に殺す」

「あわわっ、兵士のみなさん落ち着いて! 普通にしていれば、この人たちは怖くないですからねー。それと、心を読まれます。安易な思考は止めましよう。注意してください!」


 なんて言っても、効果はあるのだろうか。

 中庭で僕たちを出迎えてくれた人たちは、竜族のように悲鳴をあげたり恐慌状態に陥る前に、立ったまま硬直して動かなくなってしまっていた。なかには、直立したまま失神している人もいます。というか、大半が白目をいています。


 ほらね。

 やっぱりこうなっちゃう。

 だから魔王は連れて来たくなかったんだ。


「いや、そもそも其方が私の正体を馬鹿正直に暴露しなければ問題なかったのだ。人族は種族の見分けができないのだからな」

「はっ! 言われてみると、そうでしたっ」


 この絶望の状況は、真面目に魔王とルイララを紹介した僕が原因か!


「エルネア、自重しなさいとあれほど言ったのに」

「エルネア君、ちゃんと責任を取るんですよ?」

「はい……」


 僕はかっくりと肩を落とし、深く反省する。


「んんっと、お腹が空いたよ?」

『おわおっ。みんな固まってる。面白いねっ』

『リームも遊びたぁい』


 僕の気苦労なんて知らない呑気なお子様たちは、長旅の退屈を晴らすように、中庭を駆け回り始めた。


「はっはっはっ。さすが、其方はいつも面白いな」


 硬直する家臣たち。呑気に遊ぶ、ちびっ子たち。そして珍客を前に、王様だけが愉快そうに笑う。そうしながら、王様はライラの介添かいぞえを受けつつ、魔王へと近づく。


「魔王よ、よく来てくださった。ヨルテニトス王国の民を代表して、歓迎を申す」

「非公式で来た。よって、人族の非礼には目をつむる。よしなにはからえ」


 正確には、遊びに来た、ですよね!

 それに、非礼を許すなんて言いながらの不遜な態度。

 あれだ、ほら。今夜は無礼講、なんて言いながら、下に見ている者が気安く接すると今後に響くやつだよ。

 王様は魔王の言葉に苦笑を浮かべながら、それでも挨拶を交わす。


「どうぞ、ゆるりとお過ごしいただきたい」


 魔王やルイララは、特段周囲を威圧なんてしていない。そのせいか、王様は普通に歓迎することができていた。


 だけど……


 見渡すと、結婚の儀に顔を見せていたはずの高官や近衛騎士、竜騎士の人たちも硬直してしまっていた。


 どうしよう、この状況……

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