報連相は大切です

 今すぐ現場に急行しなきゃ、とあせる気持ちをぐっとこらえて、もう少し状況を詳しく確認する。

 まず、聖職者の方々から。


 どうやら、王都の大神殿から派遣された神官様や巫女様たちは、楽園のいずみから聖水を汲み取って持ち帰るお勤めの最中だったらしい。

 だけど、泉の周囲に広がっている森へと入ったときに、事件は発生した。

 森に住み着いていた地竜の縄張りに踏み入ってしまったようで、襲われたらしい。


 人族なら、神職に身を置く人に手を出すような不届き者はいない。

 だけど、神殿宗教を捧心ほうしんしていない他の種族や竜族が相手になると、巫女様だとか神官様だとかは関係がないからね。


「それで、襲われた者たちはどうしたのですか?」


 マドリーヌ様も、不安そうだ。

 なにせ、大神殿から遣わされたということは、マドリーヌ様が任命したってことになるからね。

 マドリーヌ様の周囲に集った人たちも、同僚の安否に顔色を曇らせる。


「私どもはなんとか逃げ延びたのですが……。地竜に追われて逃げるのに必死で、数名がばらばらになってしまい、安否不明になっております」


 他にも、護衛役の戦巫女いくさみこ様が地竜の情報を教えてくれた。


「襲ってきた地竜は三体。そのうち一体が、他二体よりも小柄こがらでした」

「もしかしたら、親子の縄張りに入ってしまったから、襲撃されたのかもね」

「はい。もう少し警戒をしておけば……」

「いやいや。巫女様、それは難しいと思いますよ? なにせ、竜人族の戦士でも竜族の気配を探ったりするのは難しいですからね」


 自責の念にとらわれる戦巫女様をなぐさめる。

 とはいえ、一刻の猶予ゆうよもない案件なのは間違いない。

 もしも地竜の逆鱗げきりんに触れていたら、逃げ遅れた人たちは今ごろ危険な状況になっているはずだ。


 だけど、僕たちには他にも、確認しておかなきゃいけないことがある。

 次に、国軍の兵士さんに盗賊のことを聞く。


「私どもは、この先の砦の守備兵でございます。ただ、ここ最近はどうもこの辺りで竜族と人族との衝突しょうとつ頻発ひんぱつしているということで、巡回を強化しておりました」


 ということは、死霊の軍勢が攻めてきたときに最前線だった砦の兵士さんなんだね。

 兵士さんは続ける。


「ここに竜族が住み着き始めたことは把握していたのですが、それを私ども人族が規制することなどはできませんので。ですので、泉とその周辺の森に入る際にはくれぐれも注意していただきますよう、聖職者様や冒険者の方々には注意を喚起かんきしていたのですが……。それでも、どうも竜族との小競り合いが一向に減らない、と情報を受けまして。調べてみると、どうやら不届き者どもが争いの火種であったことがわかったのです」


 どうやら、楽園に住み着いた竜族が人族を襲う理由が存在していたようだ。しかも、それは人族の方が原因だったみたい。


「それで、調査しているうちに盗賊団の存在を突き止めたのです。しかし、奴らは竜族を相手に悪巧みをするだけあって、なかなかに手強てごわく……」

「ふぅん。人族のなかにも、竜族を相手に挑む者がいるのね。悪事絡みは、褒められたものではないけれど」


 兵士さんの話に、セフィーナさんが反応した。

 竜人族でも、好んで竜族を相手にしようとする者は少ない。なのに、人族の盗賊団が竜族をあえて狙うだなんて、よほどの実力者揃いなのか、無謀者の集団なのか。


「セフィーナさんの言う通りだよ。その盗賊団のあおりをうけて、聖職者の方々や善良な冒険者の人たちが被害をこうむっているという状況は見過ごせないよね」

「ええ、そうね。曲がりなりにも、私たちは竜族や他の種族と友好を築いてきたエルネア君の身内ですもの。人と竜の不必要な争いは見過ごせないわ」

「むきぃっ、許せませんね。イース家の者として、盗賊団にはお仕置きが必要です」


 意気込むセフィーナさんとマドリーヌ様。

 二人のやる気に、国軍の兵士さんたちや神職のみなさんも嬉しそうに表情を明るくさせる。

 でも、まだ情報が足りない。

 僕は最後に、フィレルとお付きの三人に向き直る。

 ええっと、僕たちが到着する以前に、ユグラ様と森ではぐれちゃったんだよね?


「ねえ、フィレル。ユグラ様の方はどうなの?」


 聖職者が竜族に襲われた事件。盗賊団が森に逃げ込んだという話。それと、もうひとつ。フィレルたちは何かの騒動に巻き込まれて、ユグラ様をおとりに、なんとか逃げ出してきたんだよね?

 聞くと、フィレルは当時の詳しい状況を教えてくれた。


「僕たちはいつものように、楽園の上空を巡回していたんです」

「竜族が暴れたり、人族が問題を起こしていないか監視していたんだよね?」


 残念ながら、監視網を逃れて竜族は暴れていたし、人族が騒動を呼び込んじゃっていたけれど。

 でも、それでフィレルたちを責めることなんてできない。

 だって、王様も言っていたよね。ここでは、奇々怪界な現象が日常茶飯事に起きているって。


 現に、フィレルたちが逃げ出す切っ掛けになった騒動も、そうした異常現象にたんを発するようだった。


「今日も、ユグラ伯は僕たちを乗せて低空で森の上空を飛んでいたんです」


 フィレルの説明によれば、空にあっても一際目立つユグラ様の存在を目にすれば、野生の竜族といえども、おいそれと騒ぎを起こすことはないらしい。

 それで、普段は楽園の上空を監視しながら飛んでいた、と話すフィレル。

 ユグラ様は、低空をわざと飛行をすることによって、より強く存在感を示していたんだろうね。


 だけど、いつも平穏だとは限らない。なにせ、楽園にはユグラ様でも手を焼くような精霊たちが住み着いちゃっているんだもんね。


「空を飛んでいると、普段から不思議な現象に見舞われているんですが……」


 僕は、それは精霊たちの仕業なんだよ、と教えてあげる。

 フィレルたちも薄々とは感じ取っていたらしいけど、なにせ精霊と交信できる者や精霊術にけた耳長族がいないので、どうにもならなかったみたい。


「やっぱり、精霊の仕業だったんですね。それじゃあ、今回の問題も、きっとそうです。ユグラ伯が泉に向かって進路を変えた直後でした。ユグラ伯が、急に高度を下げ始めたんです。僕たちはてっきり、泉に降りて休憩をするのかと思ったんですが」


 ざわわ、と森を抜けた風が草原を怪しげに吹き抜けた。

 まるで、逃げ延びたフィレルたちを追ってきたかのような風だ。

 プリシアちゃんとアリシアちゃんは、風の過ぎ去っていった方角を見つめていた。

 僕も、無意識に風の流れを追う。

 そして、当時のフィレルたちもまた、風を意識していたという。


「ユグラ伯が、珍しくうなったんです。翼が風を上手く掴めないと」

「ふむむ? だけど、風を掴めないだけで、ユグラ様が高度を落とすかな?」

「そこなんですよ、エルネア君!」


 飛竜にしろ翼竜にしろ、鳥とは違って翼に対しての胴体の比重が大きい。だから、空を飛ぶ竜族は翼で風を掴むだけじゃなくて、竜気を揚力ようりょくとして利用しているんだよね。

 だから、ユグラ様くらいになると、何らかの理由で翼が風を掴めなくなっても、竜気を代用して飛ぶことはできたはずだ。

 なのに、ユグラ様は高度を落としながら、唸っていたらしい。


「それでも、墜落ついらくなんてことにはならなかったんですけど。地上に降りた僕たちを待ち受けていたのは、これまでになく不可思議な現象だったんです!」


 フィレルは説明を続ける。


 ユグラ様は、森の中でも比較的樹木の間隔が広い場所に着地した。

 だけど、異変はユグラ様が飛べなくなったことだけでは終わらなかった。


「突然、周囲の木の枝やつたが僕たちを襲ってきたんです!」


 まるで、植物が意思でも持っているかのように、フィレルたちを襲撃していたという。


 まあ、万物ばんぶつの声を聞くことができる僕たちからすると、樹木や草花だって、立派に意思を持っているんだけどね。

 それとはともかくとして。


「払っても払っても、枝や蔦は瞬く間に再生して、僕たちを捕らえようとしてきました」


 周囲からにょろにょろと伸びた枝や蔦は、フィレルたちの身体に巻きつく。それをなんとか振りほどこうと、必死に抵抗したらしい。

 だけど、斬っても斬っても再生する枝や蔦に、フィレルたちは徐々に追い込まれていった。


「ユグラ様は、その時点で全く飛べなくなっていたんだね?」

「そうなんです。それどころか、動きも緩慢かんまんでした。まるで、強い睡魔すいまに襲われているかのように」

「ユグラ様は、なにか術でもかけられていたのかな?」


 伯に限って、このような平地で遅れをとるようなことはない。と、お付きの三人が声を荒げる。だけど、先入観は禁物だ。

 どんな場所にでも、思わぬ伏兵ふくへいは潜んでいるものだからね。


「それで、フィレルたちはどうやってそこから抜け出してきたの?」

「はい。ユグラ伯が力を振り絞ってくださって。光の咆哮で道を作ってくれて、僕たちはそこからなんとか逃げだせたんです。ですが、その頃にはもうユグラ伯は動ける状況にはなくて……」


 ただでさえ、ユグラ様の身体は大きい。それで動きが緩慢だったら、いい標的にしかならないよね。フィレルたちを逃したユグラ様は、その時すでに、脚や尻尾を蔦に絡め取られてしまっていたらしい。


「そして、僕たちが逃げ出した後なんですが」


 森を必死に逃げたフィレルたち。そうしながらも、やはりユグラ様の安否が心配で、何度も背後を振り返った。

 そこで、フィレルたちは見たという。

 枝や蔦だけじゃなく、草花までもが枝葉を伸ばして、ユグラ様を包み込む様子を。


「伯は、森の牢獄ろうごくに囚われてしまった……」


 当時の状況を思い返したのか、がっくりと肩を落とすお付きの三人。

 自分たちが付いていながら、ユグラ様を囮にしてしまうような選択肢しか取れなかった不甲斐なさに気を落としているんだろうね。


 でも、考え方を変えてみよう。

 あのユグラ様でさえ抵抗できなかったような現象に巻き込まれたんだ。それなら、フィレルやお付きの三人が手も足も出なかったことも、仕方がないよね。


「それで、エルネア君。ユグラ伯は大丈夫かな?」


 説明を終え、不安そうに僕を見るフィレル。

 僕は、ふむふむと思案しながら、自分なりの答えを出した。


「たぶん、生死に関わるような事態ではないと思うよ? だって、ユグラ様やフィレルの命を最初から狙っていたとしたら、そんなゆるい手なんて使わなかったと思うし。それと、とても不思議な現象だけど、これは精霊さんたちの仕業かな?」


 確認するようにアリシアちゃんを見たら、うん、と頷かれた。


「んんっとぉ、精霊たちの悪戯なら、殺生せっしょうおよぶことはないよ。すっごく迷惑な事態にはなるけどね?」


 はい、知っています。

 僕も、竜の森で散々な目に遭いましたからね。


 フィレルたちも、なんとなくだけど、命の危険性は感じ取っていなかったらしい。

 なにせ、僕たちが到着するまでにも散々に怪奇現象に巻き込まれておきながら、重度な怪我を負ったことはなかったらしいので。

 だけど、それでも今回は少し不安だったみたい。


「エルネア君たちが到着するまでに、僕たちは何度か森に再突入を試みたんです。ですが、迷うばかりでユグラ様のもとへとはたどり着けなくて。だから、エルネア君たちが来てくれたことは本当に有難いです」


 うんうん、とお付きの三人も頷いていた。

 フィレルだけじゃなくて、竜人族の人たちにも頼られているなんて、嬉しいね。

 それだけじゃない。

 神職の方々は、マドリーヌ様を同行させてきた僕をまぶしいくらいの眼差まなざしで見つめてくるし、国軍の兵士さんも、僕たちになら後をたくせると信頼してくれている。


 これでやる気が湧いてこなきゃ、男じゃないよね!


「よし、各自の状況は理解しました!」

「それじゃあ、エルネア君。いよいよ出発ですね!」


 フィレルも、やる気十分みたいだ。

 お付きの三人も、積極的に三つの騒動の解決に介入してくれる。


「では、我々は適材適所で役目を分担した方が効率的ではなかろうか」

「そうね。竜族の件は、不詳ふしょうながら私たち竜人族が受け持つ方が良いかしら?」

「ユグラ伯を救出する役目は、くやしいが耳長族に任せる方が確実なのだろうな」

「それじゃあ、僕たちはエルネア君と盗賊団を追う?」


 お付きの三人の提案に、草原に集った人たちが納得したように頷く。

 だけど、そこに待ったをかけたのは、他ならぬ僕だった。


「いいえ、今回の騒動は戦力を分散せずに各個解決を目指します!」

「エルネア君!?」


 驚くフィレルを見て、僕は微笑む。


 みんなで分散して事件の解決に挑む?

 いいえ、問題外ですよ!


 アリシアちゃんやプリシアちゃんをここで野放しにしたら、絶対に今以上の騒動になっちゃうからね!

 そして、僕はフィレルたちを巻き込むことができて満足です!


「にゃあ」

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